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電車を待つ女

作者: kamekichi

 Fさんは高校生の頃、駅構内のコンビニエンスストアでアルバイトをしていた。

 Fさんの働いていた駅は高校の最寄り駅沿線上にある。学校の授業を終えるとそのままアルバイト先へ向かい、アルバイトが終わると電車に乗って帰宅するのがFさんのいつもの行動であった。


 ある日、アルバイトを終えていつものようにホームで電車を待っていたFさんは一人の女性に気付いた。

髪型はショートカット、赤色のサマーニットに青いタイトスカートを履いている。柱にもたれて正面を向いていた。

 平日の午後8時くらいである。ホームにいるのはスーツ姿のサラリーマンが多く、色鮮やかな女の服装はぱっと人目を引いた。にもかかわらず誰も女の方を見ていない。Fさん自身、派手な格好の人だなぁと思いはしたものの、そういうファッションなんだろうとそれ以上は気に留めなかった。


 女のことを忘れたまま数か月が過ぎた。

 アルバイトを終えて電車を待っていたFさんが何気なくホーム中ごろを見るとそこにはあの女が立っていた。

 数か月前に見た時と同じく、赤いサマーニットに青いタイトスカートという出で立ちで柱にもたれて立っている。

 Fさんは女の格好に違和感を覚えた。

 季節は既に冬に差し掛かる頃でサマーニットを着ている人はどこにもいない。白い二の腕がむき出しになっているにも関わらず、女に寒そうな様子はなかった。ただ無表情に正面をじっと見据えている。


 やがて電車が来た。

 Fさんは電車に乗り込むと吊り革をつかんで立った。扉が音を立てて閉まり電車がゆっくりと動き出す。Fさんはなんとなくホームに目をやった。

 女は相変わらずそこに立っていた。

 降車した客達が足早に階段へと向かっていく。せわしない人並みの中で女だけが柱にもたれて正面を向いたまま、微動だにしていない。

 電車が女の前を通過する瞬間、目が合ったような気がした。


 翌日、アルバイトを終えたFさんがホームに行くと昨日と同じように女が柱にもたれて立っていた。格好も昨日と同じ赤いサマーニットと青いタイトスカートである。その月の最低気温を記録するほど冷える日だったが寒がっている気配はなかった。


 この女性は何故いつも同じ格好なのか、何故来た電車に乗らなかったのか、何を待っているのか。

好奇心を刺激されたFさんはやってきた電車には乗らず、女が電車に乗るまで見届けてみようという気になった。

 電車が来たがFさんは乗らなかった。

 音を立てて扉が閉まり、電車がホームを去っていく。やはり女も電車に乗らなかった。相変わらず柱にもたれて正面を向いたままだ。降車した客たちは女に視線をやることなく階段を上りコンコースへと急ぎ足で去っていく。

やがて人がはけたホームはFさんと女の二人きりになった。女は相変わらず前を向いている。

このまま終電まで動かない気だろうか?さすがに終電まで女を見張るつもりはない。あと2~3本待っても電車に乗らないようなら帰ろう。そんなことを考えながらFさんが様子をうかがっていると、女が動いた。

 ゆらり、と身を起こした女は重たい足取りで階段の方へ歩いていく。

(なんだ、改札を出るのか)てっきり電車から降りてくる人間を待っているのだと予想していたFさんは少し拍子抜けしたが距離を開けて後をつけた。

 一段一段を大儀そうに上りきった女は改札の方へ向かったが、改札を通らず無人精算機の方へ歩いていく。

 女は無人精算機の横で立ち止まった。

 何もない、無人精算機の横の壁をじっと見つめている。

 女の視線の先にあるものが何なのか、確かめようとFさんが目を凝らした時、女は壁の中に溶けるようにして消えた。

 驚いたFさんが駆け寄ったが女はもうどこにもいなかった。しかし女が溶け込むようにして消えた壁には、地面から10センチメートル位の高さのところに、小さな鳥居が赤いペンキで描かれていた。

 

 後日Fさんが聞いた話によると、この土地に駅が建つ前は神社があったらしい。取り壊すのも障りがあるとかで鳥居だけでも残したという事だった。

 駅の中を彷徨し続ける、いつまでも夏服姿の女性の姿がFさんの頭に浮かんだ。

 あの女の人は神様だったのかもしれない。

 彼女は社を失った神なのだろうか。電車に乗らなかったのは乗らないのではなく乗れないのかもしれない。何らかの地縁が彼女をこの駅に縛り付けたまま、鳥居の側を離れられないのかもしれなかった。


 その後、女の姿を見ることはなくなった。

 しかしFさんは、その壁の前を通るたびに手を合わせるようになったという。

 人間の都合で神社を壊され、たった一人で電車を見送り続け、誰にも顧みられず小さな鳥居へ帰る、神様がかわいそうに思えたのだ。自分だけでも拝んであげよう、そういう気持ちだった。


 「拝まない方がいいですよ」

 ある日、Fさんがいつものように鳥居の前で手を合わせていると背後から唐突に話しかけられた。驚いて振り返ると開襟シャツを着た学生ふうの男が苦虫を噛み潰したような表情で立っていた。

 「拝むようなもんじゃない」

 呆気にとられたFさんが言葉の真意を問う間もなく、男は吐き捨てるように言うと踵を返して雑踏の中に消えた。


 それ以来なんとなく気味が悪くなったFさんは鳥居の前で立ち止まらなくなったし、間もなくアルバイトも止めてしまってその駅には行かなくなった。

 しかしFさんは未だに気になることがあるという。

 あの男は「拝むようなもんじゃない」と言った。一体、あの男には何が見えていたのだろう。そしてあの女がホームに立っている時間帯はいつも同じだったのだ。彼女は何を待っていたのだろう。

 


 ーーーーー自分はいったい、何を拝んでいたのだろう?



 

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