サムライの力
すらりと刀を抜いた姫野先輩に最初に到達したのは三匹の皮膚のただれた狼のようなアヤカシだった。
アヤカシは連携をとりながら先輩へ近づくとその内の一匹が先輩の首筋に食らいつこうと飛びかかる。
先輩が飛びかかってきたアヤカシをかわし、そのついでととばかりに流れるようにその狼のアヤカシの首を切り飛ばす。
その動きはアヤカシも先輩も人間がかろうじて捉えられるような速さで行われていた。
その感想が頭に浮かぶと同時に俺は、自分がその速さで行われた戦いを普通に見ることができていることに気がつく。それによって今まで半信半疑でもあった、自分が本当にサムライの血を持っていることについて少し実感できた。
それにしてもこれだけ普通の人間とは違うスペックを持っていてよく今まで気づかなかったな、と自分の鈍さを自嘲してしまう。
そんなことを思っている間にも当然戦闘は進んでいく。
最初に突っ込んだ一匹目はそうして先輩に倒されたが、しかしそれは狼のアヤカシ達にとっては作戦のうちだったようだ。
刀を振るった直後の先輩の腕を目掛けて更にもう一匹のアヤカシが食らいつこうとした。
「『撃ち払え』」
「危ない」と俺が叫ぶより早く先輩が言葉を放つ。
それは同時に違う言葉を発したように重なって聞こえ、それでいてその言葉の意味は理解できるという不思議な聞こえ方をした。
「キャィンッ」
そして先輩がそれを唱えると先輩に飛びかかったアヤカシが不可視の力によって弾き飛ばされた。
残りの一匹の狼のアヤカシはそれが予想外だったのか大きな隙を晒し、先輩はそれを見逃さずに素早く接近すると刀を振るって切り飛ばした。
「……今のが、サムライの持つ力なのか?」
サムライは強力な力を持つと言うがそれは肉体的なものだけではないらしい。もちろん先輩は所々で人間にできないような速さで動いていたが、今のはそれとも異なるものだった。
だがむしろ今先輩が見せた力こそがサムライの真骨頂なのではないだろうかと実際にその力を見て思わされた。
おそらくこの後で先輩はこのチカラについて説明してくれるだろう。というよりこの力を説明前に一度見せるための戦闘だったのだ。
まあ今はサムライの力のことは置いて戦いの方を見よう。
何はともあれこれで足の速い狼のアヤカシは倒しきった先輩だが、その間に人型のアヤカシが後続として迫ってきていた。
アヤカシは白骨化した人間の容貌、つまり骸骨でありその手にはそれぞれが武器を携えている。
そんな骸骨兵が三体、狼のアヤカシを倒した直後の先輩に突撃する。
先輩は、まず刀を持った骸骨兵と一瞬鍔迫り合いになると相手の刀を受け流して体勢を崩させる。
そしてそのまま首を刎ねた先輩が、なぜかその場ですぐさま身を捻った。
間髪を入れず、身体一つ分ずれた先輩のすぐ横を骸骨兵の一体が持つ槍が貫く。先輩は刀の骸骨兵を捌きながらもしっかりと他の敵も見ていたようだ。見た目は綺麗な女子高生といった感じだが先輩はかなり戦い慣れているらしい。
そして先輩は躱したその槍の柄を掴んで引き込むと自分の方へつんのめってきた骸骨兵の頭に手を当てた。
「『潰えよ』」
再び例の力を行使したのだろう。ズン、と低い音がかすかに響くと同時に、先輩が当てていた手を中心に骸骨兵の頭に何かが強くぶつけられたかのような衝撃が入り肩から上が弾けとんだ。
先輩がそのまま押し退けるようにすると骸骨兵は力なく崩れ去った。
先輩は残った一体へと向かおうとするが、そんな先輩の背後から影が覆いかぶさる。
首を刎ねたはずの一体目の骸骨兵が首のない状態で刀を振りかぶっていたのだ。そしてそれに合わせるように残りの短剣を二本構えた骸骨兵が先輩の懐に飛び込んでくる。
しかし今度は俺も焦りを覚えることは無かった。何故なら先輩はまたしてもあの不思議な声であらかじめ言葉を発していたからだ。
「『砕き、撃ち据え、退けよ』」
その言葉は前の二度と比べると少し長く感じる。そしてその長さに比例するかのごとく例の謎の力が先程より広範囲に、具体的には先輩を中心にその周囲に放出された。
空気が振動する音と共に、前後から先輩を挟撃しようとした骸骨兵が身体をくの字にして吹っ飛ぶ。
そのまま重力によって地面に叩きつけられた骸骨兵達はバラバラに砕けて完全に動かなくなった。
○姫野 リサ
血統:鬼種B級
真言:衝
転生刀:未所持
茶色に染めた髪を後ろで括った女子高生風の美少女。血統はB級と並程度ではあるがよく使いこなしており、戦闘能力は決して低くはない。