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1-2 司令官は逃げ出した

 クオン砦は、クオン山の中に作られた天然の砦である。昔から現在に至るまで、ジャンケルニア王国及びヤトーマ伯爵領における防衛の要として機能している。

 クモの魔獣の群れが発生した森から命からがら脱出してきたジェフ達第3警備隊の面々は、大急ぎでクオン砦に帰還した。

 ジェフは副隊長に魔獣の毒を吸ってしまった兵士たちのを医務室へ向かわせるよう指示を出すと、クオン砦の司令官の部屋へと向かった。


 「司令官、ジェフです。入ります」

 「どうした、ジェフ隊長?」


 クオン砦の司令官はこの一帯を治めるヤトーマ伯爵の次男だ。年齢は30台でジェフと同じくらいだが、貴族ということもあって出世のスピードは平民であるジェフと比べてはるかに速い。


 「この付近の森で、クモの魔獣の出現を確認しました」

 「魔獣? 冗談も休み休み言いたまえ。魔獣は100年前のラグナロクですべて滅んだはずだろう?」

 「いえ、確かに魔獣はいました。しかも1体ではありません。少なくとも10体、もっと多いかもしれません。私の部下も目撃しています」

 「はあ……」


 ジェフの報告に対し、司令官は呆れたように大きなため息をついた。

 

 「司令官、早急に対応を……周辺住民の避難と、通知にあった『Vフォース』とやらへの連絡をお願いいたします」

 「おいおい、君まで成金殿下の道楽に乗っかってどうする?」

 「司令官、魔獣の出現は事実であります! 直ちに動かなければまた70万人の被害が――」

 「ジェフ隊長、疲れているのか?」


 ジェフが力説しても、司令官はまともに取り合おうとはしない。

 

 「司令官、自分の目は正常です。確かにクモの魔獣が出現したのです!」

 「何かの見間違いだよ、ジェフ隊長。君も君の部下も、疲れているんだ」

 「いえ、そんなはずは――」

 「働かせすぎて悪かったよ。しばらく休暇をやるからゆっくり休むといい」

 

 司令官はそう言うと、話はこれまでだとジェフに退室を促した。この司令官は、面倒なことを避けたがる傾向にある。ジェフがどうしようかと悩んでいた時、司令官の部屋の扉が勢い良く開かれ、兵士が飛び込んできた。監視塔の兵士だ。かなり慌てている。


 「き、緊急事態です! 司令官!」

 「どうした? 騒がしい――」

 「魔獣が! クモの魔獣が出現しました!」

 「な……なにっ?」


 司令官は信じられないといった表情でジェフの方を見る。司令官の顔には明らかに動揺の色が浮かんでいた。同じ報告が2件。ここまでくると信じざるを得ないのだろう。いくら信じたくなくても。

 司令官とは対照的に、ジェフは努めて冷静な態度で飛び込んできた監視塔の兵士に尋ねる。


 「森から出てきたか? 数は?」

 「はい、森の中からぞろぞろと出てきました。100体はいると思われます」

 「動きは?」

 「まだ目立った動きはありません。森の周囲をうろうろしています」

 

 森の中でジェフ達第3警備隊が見たのはほんの一部だけっだったというわけか。

 幸いなのはまだ大きな動きをしていないことだ。

 今ならまだ、安全を確保できる。

 ジェフは真っ青な顔をしている司令官の方を向く。


 「司令官、緊急事態です。監視塔へ向かいましょう!」

 「あ、ああ……」


 ジェフと司令官は部屋を出ると、兵士に案内されて監視塔を登る。登り切った先で森のほうを見ると、そこにはクモの形をした巨大な影がいくつもあった。望遠鏡を使うまでもない。監視塔の上から肉眼でも確認でもできるほどの大きな影だ。


 「本当に100体か……これは厳しいな」

 「う、嘘だ……こんなことあるわけない……」


 クモ型の魔獣が報告通り100体いることが分かり、冷静沈着なジェフも弱音をこぼす。司令官は魔獣の出現が嘘ではないことを知り、顔を真っ白にしてその場に座り込んでいた。

 100年前のラグナロクの際には、多くの将兵が神聖魔法の発動のために囮となって命を落とした。司令官は自分も囮になることを怖がっているのだろうか?

 

 「司令官」

 「お、俺は囮なんて嫌だ……まだ死にたくない!」

 「司令官? 待ってください! どちらに行かれるんです?」 


 司令官はジェフ達兵士に背を向けると、その場から走り去った。

 ジェフはその後を追う。


 「司令官!」

 「お、俺は王都に連絡に向かう! ここは任せる!」

 「お待ちください! 王都への連絡なら通信機からでも……」

 「頼むぞ! これは命令だ!」

 「司令官! お待ちください! 司令官!」


 ジェフの呼びかけに答えることなく、司令官は馬に乗るとそのままクオン砦を後にしてっしまった。


 「逃げた……嘘だろ……」


 ジェフは司令官の後姿を眺めながら、茫然と呟いた。

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