午の刻 教会
明くる日、日の出頃。森の麓の教会の中。
「御早う、ジャック。昨晩はよく眠れたか。」
「そりゃもう快適だったさ、神官臭くてな。」
「おや。掃除は丁寧にしたつもりだったのだが…。」
「ふん。掃除したくらいで住んでいたやつの臭いが消えると思うか?お前らには分からないかもしれないが、俺達は鼻が良いんでね。」
「ふむ。肝に銘じよう。」
神官は至極神妙な顔で頷いた。
「…何も言い訳はしないんだな。昔の自分の住まいを提供しておいて。」
「確かに、言葉が足りなかったな。貴殿の予想通り、あの小屋は昔…いや、数年前までは私が住居としていた場所だ。」
「…詳しくは聞かんぞ、お前の過去になんぞ興味はない。」
「ああ。もとよりそのつもりだ。」
神官の応えが一抹の寂寥も感じさせず、むしろ清々しささえ持って神の御前に響き渡ると、次にその空気を壊したのはいつかに聞き覚えのあるノック音だった。
「レヴェルか、入ってくれ。」
「失礼致します。本日はお日柄もよく、お会いできて光栄の至りでございます、クリス殿。」
「あぁ、こちらも来てくれて嬉しい。」
「またお前かタキシード。」
「レヴェル、です。ミスタクラッシュウェル。」
「それは父の称号だ。俺は襲名していない。…もとより、興味もない。」
「それは失礼致しました、ではジャック殿と。…さて、本題に入らせて頂きますと、昨夜フィルディオから連絡がございまして、そちらをお伝えしたく参上致しました。」
「お前はもっとすっきり喋れないのか?」
「構わん、続けてくれ。」
「ではそのように。」
人狼の横槍を気にも留めず、敬虔な信者は続けた。
「昨夜のことです。彼は本業に勤しむ傍ら、ミト子爵の御邸宅の様子を伺っていたようなのですが、ついに子爵が御帰宅なさったようで。」
「ミト?…あの麓のか?」
人狼は眼を瞠った。
「御存知でしたか。」
「いかにも、彼はここミト領地の領主だ。長らく出張でこの地を離れていたのだが…。そうか。これで話が進む。めでたい事だ。」
「…あの物好きも関与しているとはな…。なんだ、その子爵様にも協力願おうって魂胆か。」
「いかにも。彼は貴族だが、魔族への理解が深い。…それは貴殿も相知るところであろうが。」
「…父がよく訪れていた。友人だと慕って。だがあいつは…最後の最後で、人の王に屈した。…裏切ったんだ。」
「それは…。」
「本人に直接聞くべきだろう。彼は理由もなしに非人道的行為をする御仁ではない。」
ジャックの苦々しい呟きに返そうとしたレヴェルを遮ったのは、凛としたクリスの声だった。
「何?あいつに会えって言うのか。」
「あぁ。事は早い方が良い。フィルディオと合流して、子爵邸に向かおう。」
「何を勝手に…。」
「承知致しました、クリス殿。」
「…はぁ。」
ため息は誰に聞かれるともなく消えた。