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人食い狼と天才神官  作者: 紫菟
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卯の刻 魔物の森麓の教会

そこは長い歴史を持つ教会。そこの神父・クリスは、人食い狼を連れて教会に戻るのだった。

「…一つ言わせろ聖職者。」

「クリス·フォワード。貴殿が自ら聞き及んでいると言っていただろう。」

「…はぁ。」

日の登った早朝、森の教会前。教会の赤茶けた煉瓦の壁は朝の光の中で暖かい色を孕み、凛とそそり立つ外観は神の御前の名に相応しい。築100年を越えても信仰の途切れぬこの教会も、まだ日曜礼拝の時間でない今は人気が無い。そこに佇む人影が二つ。

至って穏やかな表情の聖職者と、苦虫を噛み潰したような表情の青年。襤褸のフードをだらしなく被っているため、紺色の髪と瞳が垣間見えている。

…誰もこの青年が巷で噂される『最恐』の人狼だとは思うまい。

「そう気を落とすな、人狼。神の裁きを受けさせるために連れてきたのではない。禊の庇護下にあるのだから、教会にも無傷で立ち入れるはずだ。」

「…ちっ。」

悠然と聖職者が歩きだすと、青年も続いた。


がちゃ、と教会の大扉が開かれる。

ステンドグラスから朝の光が漏れ、聖母画を柔く照らし出す。

そして通路の両端、木製の長椅子に人影が1つ。

「御早う御座います、ミスターシルク。」

「やぁ、そっちこそ早いなクリス。そこの旦那連れて来たんだろ?」

長椅子に座りトランプを操っていた男が振り返る。灰色の髪は白髪混じりにも見えるが、黒曜色の瞳は悪戯っ子の少年の様な輝きを湛えている。年齢の読めない男だ。目を完全に離しているにも関わらず依然トランプは右手から左手、また右手…とパラパラ動き続けている。

「彼はミスターシルク。よく教会に遊びに…否、子供達の面倒を見に来ている。」

紹介された男はやっと手を止め、椅子の背もたれ越しに身を乗り出した。

「俺はシルク。シルク·ウェルディン。皆んなはミスターシルクなんて呼ぶ。ま、その辺に居る手品師さ。よろしくな旦那。」

シルクに差し出された手を青年は黙って見つめた。

「…ところでミスターシルク。何故こんな朝早くから教会に?礼拝にはまだ時間がある。居る分には全く構わないが…。」

「何、手品師の勘さ。旦那に会える気がしてね。…あんた、あの噂の人狼だろう?」

手を引っ込めたシルクは、青年…否、『最恐』の人狼の目を見て、言った。


臆することなく。

そうであると知っているかのように。


「…お前魔女か。」

「まぁね。女じゃあないが。母親が魔女だった。」

「…ミスターシルク。」

咎める様に聖職者が言うが、シルクは先程とはうって変わり、静かな湖畔のような凪いだ瞳をして続ける。

「クリス。この旦那をただの討伐や封印としなかったのは、『魔女狩り』の解決のためだろう。」

クリスは押し黙った。


─魔女狩り。

数十年前、その名の通り、魔女を初めとする魔族の狩り、すなわち掃討が人間によって行われた。

争いは激化の一途を辿り、お互いの指導者が相討ちとなったことで漸く終結した。

生き残った魔族は森に隠居するか、『人間』として生きなければならなかった。

「俺の母親はその時死んだ。別に恨みがどうとかはないがね、旦那も思うところはあるだろう、魔族の長?」

「…確かに多くの同胞を…父を殺されたのは恨んでも恨み切れないお前ら人間の所業だが…まさか今更協調してくれだなんて言わないだろうな。憎みこそすれ解決に協力等するか。」

「まぁそうだろうが、人間と魔物、双方に利のある話だ。魔女狩りの前は、確かに人間と魔物は相互に協力し合って生活していた。それは旦那も知るところだろう?」

「…話に聞いただけだ。仮に知っていたとしてもお前らのやったことは変わらない。過ぎたことは戻らない。去った命も帰らない。」

「…確かにな。だが、」

コンコン。

静かな論議の中、軽いノック音が聞こえた。

「クリス殿、」

「レヴェルか。」

神官がいらえると、きぃと音を立てて扉が開いた。

「お早う御座います、クリス殿。」

「おはようございます。神官さん。」

「お早う、レヴェル、フィルディオ。礼拝にはまだ早いが…何かあったのか。」

神官が問うと、タキシードの男は恭しく、コートの男は微笑を浮かべながら答えた。

「いいえ、私共には変わり御座いません。然しながら、私共も夜の住人故、昨夜の森での出来事を察知した身としては、クリス殿にお変わりないかと勝手ながら懸念しておりまして、ご迷惑と存じながらお訪ねした所存で御座います。」

「回りくどいけど心配で見に来たって事です。元気そうですね、狼さんも手品師さんも。」

「ちっ、折角真面目に話してたってのに。」

シルクが静謐な雰囲気を霧散させて舌を打った。

「貴方が真面目に行動するとは、明日は大蒜が降りますね。」

「そりゃいい、パエリアでも作ろうぜ。」

「ニンニクたっぷりかぁ。美味しそう。」

「人狼、こちらはレヴェルとフィルディオ。吸血鬼と死神だが、普段は麓の町で暮らしている。」

「…なぁ誰かつっこめよ。」

「そういや、」

人狼の呟き虚しく、シルクが目を輝かせて言う。

「旦那の名前は?ずっとフィルディオみてえな呼び方じゃ変だろう。」

「変じゃないよ。おしゃれだろう。」

「確かにな。貴殿の名は?」

「…人じゃ発音できない音だ。勝手に呼べ。」

「ふむ。よし旦那、1枚引きな。」

シルクがトランプの束を扇状に広げて人狼に突き出す。

「は?」

「いいからいいから。」

訝しみながら人狼が引いたのは、


「ジョーカー。53分の1の確率を引くとは、運がいいな、『ジャック』。」

「『ジャック』?」

「ジョーカーは3枚のジャックのうち1つ、最高位の切り札として後で追加されたものだ。他のジャックはそこの魔物2人。んで、ジョーカーじゃあ安直だから『ジャック』。男前だろう?」

「…好きにしろ。」

「おや、いい名前を貰ったじゃないか、狼さん。」

「これからご助力願います、ジャック殿。」

「…は?助力?」

「悪いがこれは不可抗力だ、『ジャック』。私の禊に掛かっている限り、人を喰らうことは疎か、危害を加えることもできん。」

「…ちっ。お前らに従えって事か。」

「裏山の中腹に山小屋がある。其処に住まうと良い。『神官』として歓迎しよう。」

「はぁ?働かせる気か?」

「…そうだな、先ずは着替えて、教会の周りの掃除から。」

「無視かよ…。」

クリスにローブと箒を渡されたジャックは、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも大扉を開けて出て行った。

恐らく続きます。

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