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Light and Shadow

作者: 中倉三利

短編シリーズ第二弾


男の誰もが感じたことがあるかもしれない事を書いてみました。

 最終電車に乗る人の数は皆同じ顔をしている。ぐったりと疲れたように席に座り込み、スマホをいじる者、カバンに顔を埋めこむ者、上を向き口を開けて寝る者もいる。電車が揺れる音しか響かない車内で、ただ一人、貴史だけが吊革に掴まり、窓の外を眺めていた。駅に近づき速度を緩める時しか窓の景色はよく見えない。ネオンが煌めく飲み屋か、怪しげな広告しか見えることはない。再び速度が上がれば、暗闇に浮かぶ自分の顔が見える。仕事の疲れか、それとも先の見えぬ不安からか、とにかく全てのマイナス要素を詰め込んだような顔をしていた。

 「ひでえ顔だな。」

 ぽつりと呟いた言葉は、ひどく大きな音に思えた。


 私達結婚します!

 ポップな字面で装飾された手紙には、昔憧れていた幼馴染の幸せそうな笑顔と、顔も知らない男とのツーショット写真が載せられていた。

 「そうか、結婚するのか。」

 憧れは今や遠い淡い思い出となっており、そこには嫉妬も喜びも、なんの感情もなかった。

 一人都心へ引っ越していた貴史の住所を知る友人は少ない。幼い頃からの友人たちとも連絡を取ることなく、久しぶりにSNSを通じて連絡が来たかと思えば、「結婚します」の文字だけ。実家に送られてくる年賀状には子供の写真を載せていて、毎年の成長記録となっている。たまに親や住所を知る数少ない友人づてで都心のマンションに結婚式の招待状が送られるが、一度として参加に丸をつけたことはない。気がつけば、貴史の周りは結婚した人ばかりで、行き遅れているのは貴史ぐらいだった。

 結婚したやつらは幸せそうにしているが、それに対し羨ましさはない。素直におめでとうと言えるが、その言葉の返答として「早くお前も結婚しろよ」と返ってくるのが嫌に気持ち悪かったので、次第に反応することをやめていた。親もそれを察したのか、二年前から結婚しないのかと聞いてこなくなった。他の兄弟は結婚し、子を作っていたおかげか、孫の顔を見せろと求めてこないのはありがたかった。

 「貴史はさ、彼女とか作らねぇの?」

 同僚で唯一飲みに行く仲である斗真に、一度尋ねられた事がある。

 「なんだよ急に。」

 「いや、事務の由美ちゃんいるだろ?あの子がお前のこと気にしてるって聞いてさ。んで、よく飲みに行く俺なら知ってるだろって言われたけど、そういやそういう話聞いたことないなぁって思って。」

 「彼女はいないよ。ていうか、由美…って誰だ。」

 「お前のそういうところが悪いところだよな。もっと他人に興味示せよ。」

 他人に興味が無いわけではない。むしろ知りたい事ばかりだ。ただ、知りたい事が特殊なだけで。


 貴史が家についたのは、深夜二時になる頃だった。スーツのままベッドに倒れ込み、一つ深く呼吸をする。明日は仕事は休みだ。いや、もう今日になっているが…。思い出したかのようにスマートフォンを手にすると、いつものようにサイトを開いた。サイトにはポップな項目が散りばめられ、一瞬目を回すが、用のある項目を的確にタップする。一瞬にして、たくさんの女性の顔写真が浮かび上がる。まな、めい、ゆきこ、あっちゃん、どいつもこいつも嘘くさい作り笑顔で貴史を誘いかけている。いつものように、貴史は自分のプロフィール欄を見に来た女性から、サクラではない女を見極めていた。利用期間、顔写真、プロフィール項目、五年も利用していれば、どれが本物でどれが偽物かだいたいわかっていた。一通り本物であろう”足跡”に”いいね”というボタンを残し、貴史は眠りについた。

 次の日、昼過ぎに起きた貴史は、ベッドの中で今夜の相手を物色していた。昨夜”いいね”した相手へ、ランダムにメッセージを送ると、一人の女性が返事をしてきた。

 「初めまして♪

  都内でOLをしてるカナって言います!

  今日は暇なんで何時でも相手できますよ!

  1.5でホ別で!」

 典型的な利用者だ。老舗出会い系サイトは、実際に会える可能性が高いと言われていた。もちろん、怪しい文章であることは変わらないが、きちんと最初から料金を指定してくるやつほど、ちゃんと会える。金が絡むと人間はしっかりビジネスと理解する。何度かきちんとした文章の女とあったことがあるが、外国人利用者に当たって痛い目に会っていたので、それから気をつけていた。

 「初めまして。ごとうです。

  昨夜はプロフィールを見てくれてありがとう。

  カナちゃんが一番可愛かったので一番に連絡取ってみました。

  18時から会えないかな。」

 当たり障りのないメッセージを送る。心の底から思ってもいないような事を無心で打ち込む。このときだけ、自分がAIにでもなって、返事を送っているように感じる。

 「いいですよ〜!

  渋谷駅で待ち合わせしましょう!」

 文章と同時に送られてきた写真には、際どい下着姿のカナと名乗る女が写っていた。

 「素敵な画像をありがとう。

  また時間が近くなったら連絡するよ!」

 なんの感情も持たず返信をしたあと、シャワーを浴びにベッドを出た。

 

 待ち合わせまで一時間。貴史は渋谷駅のコーヒーショップにいた。カナとのやり取りを再開し、お互いの事をなんとなく聞く。今日来ていく服装、趣味、好きな食べ物、どれもこれもつまらない会話だ。時間まで十分を切ったとき、店を出て待ち合わせの場所に向かった。休日の渋谷駅は人が多く、殆どの人が待ち合わせを行っていた。事前に聞いていた服装どおりの人を探しながら往来を眺めていると、一人の女と目があった。

 「ごとうさんですか?」

 あどけなさを化粧で隠したような女は、静々と聞いてきた。

 「はい、初めまして。カナさん。」

 営業で培った笑顔で対応する。援助交際だろうがビジネスには変わらない。自然に仕事モードに入っていた自分に嫌気が差す。

 「うわぁ、思ってたよりカッコイイですね!」

 「ありがとう。カナさんも可愛いね。」

 「そんなことないですよ〜。」

 「じゃ、行こっか。」

 恋人のように手を繋ぎ、渋谷の街に繰り出す。旗から見れば二人は完全に恋人同士だろう。しかし、二人を繋ぎ止めるのは、たった二枚の貨幣なのだ。

 ホテルについて、上着を脱ぐ。カナもまた、いそいそと服を脱ぐが、下着姿になったところで制止する。

 「下着はそのままにして。脱がすのが趣味だから。」

 「ふふ、エッチだな〜、ごとうさん。」

 カナは言われたとおり下着姿のまま、貴史が近づくのを待つ。そっと肩に手をやると、ビクッと身体を震わせるが、すぐに身体を硬直を取る。肩紐をずらし、締め付けられた跡をそっとなぞると、擽ったそうに笑った。

 「ひゃ〜、やめてくださ〜い。」

 ふざけながら反応するカナに、自然と笑みが溢れる。一気に緊張感が無くなったのか、抱きしめると、抱きしめ返してきた。そのまま、ブラジャーのホックに手をかけると、一瞬で外れた。自慢じゃないが、ホックを外すことは上手い方だと思う。変に手間がかかると女の子も興ざめになる。むしろ、手早くこなすことで、手慣れていることをアピールできる。

 「うわ、一瞬だ。ごとうさん遊びすぎ〜。」

 「バレた?」

 くだらない冗談を言いながら身体を離す。若々しい身体に、瑞々しい乳房。その頂点に主張し過ぎず、しかししっかりと存在感を放つ二つの突起をいたずらに弄る。

 「あんっ。」

 可愛く鳴くカナに、一層興奮する。そのまま身をかがめると、ショーツに手をかける。ゆっくりと下げると、次第にアンダーヘアが露わになる。美しく整えられたそこは、カナが普段から手入れをしていることを予想させた。

 「綺麗だね。いつも手入れしてるの?」

 固くないフワフワとした触り心地の毛質を確かめるように優しくなぞると、カナは擽ったそうに身をよじらせる。

 「うん。綺麗な方が男の人が喜ぶから。」

 普段から援助交際をしているのだろう。そう思わせる言葉を放つ。一通り触り心地を確かめたら、残りをサッと剥ぎとった。一筋の線は美しく、余計なものを取っぱらっていて、裸婦画のようだった。

 「ごとうさんのも脱がしてあげようか?」

 「いいの?」

 「脱がしたがりの人は、脱がされるのも好きでしょ。」

 小悪魔のように笑う彼女は、屈んでいる貴史を立ち上がらせると、貴史ボクサーパンツに手をかけた。ゆっくりと下げられる下着に興奮し、すこし体を起こし始めている分身は、ゴムに引っかかったあと簡単に姿を表した。

 「あはっ、もうちょっと勃ってる。」

 「カナさんの身体が綺麗だったから。」

 「メッセージではカナちゃんって呼んでたのに、なんでカナさん?私、確かごとうさんより年下だよね。」

 「あー、なんとなく、かな。カナちゃんって呼ぶと馴れ馴れしく思えて。メッセージなら顔を見なくても会話できるから、けっこうラフに話せるけど、実際会うとちょっと緊張しちゃうんだよね。」

 「ふーん、カナちゃんでいいよ。さん付けあんまり好きじゃないし。」

 カナは立ち上がると貴史の身体に手を回し、胸に顔を寄せながら応えた。

 「わかった。じゃあカナちゃんって呼ぶね。」

 貴史もまた、小さな彼女の肩を抱きしめ、髪の毛に顔を寄せた。シャンプーの香りが鼻孔を擽り、一瞬にして恋に落ちる。

 「じゃあ、シャワー浴びようか。」

 彼女の手を取り、シャワールームへ行く。バスタオルを二枚用意している間、彼女は先に浴室へ向かい、シャワーの温度を確かめていた。

 「湯加減はどう?」

 「このホテル熱すぎ。火傷しちゃうね。」

 恥じらいも何も見せないまま、生まれたままの姿をこちらに見せながら、彼女ははにかむ。そそくさとお湯を浴びると、ボディソープを股間と脇につけて泡立て、全身に泡を広げる。彼女もまた、胸から泡を広げ、デリケートゾーンまで綺麗に洗っていた。

 「ごとうさんは、洗わせたくない人?洗ってほしくない人?」

 「ソープ嬢みたいに?」

 「うん。ほとんどの男の人は洗わせたがるし洗いたがるし。」

 「別にソープ嬢みたいな事を求めてるわけじゃないからね。」

 「ふーん、じゃあ何を求めるの?」

 「君がしたい事。」

 「どういうこと?」

 「普通さ、こういう事をする女性は、普通じゃないことを求めないかな。ごく一般的なセックスじゃなくて、男が喜ぶセックスじゃなくて、自分が楽しめるセックス。俺は、そういうセックスをやらせてあげたいし、それによってどんな性格をしているのかを知りたいんだ。」

 「変な人ね。」

 「よく言われる。」

 さっと身体を洗った二人は、バスタオルで水滴を取ると、すぐにベッドに横になった。

 「いきなり触らないのもごとうさんの流儀?」

 「うん。他愛もない話しながら、女の子に身を任せてる。」

 「M?」

 「どちらかと言えば。求められたらSにもなるよ。」

 「ふふふ、面白いね、ごとうさん。」

 カナは仰向けに寝る貴史の横でじっと彼の目を見つめる。同じように見つめ直すと、彼女はキスをしてきた。

 「私、キスしないとセックスする気分にならないのよね。」

 「恋愛してるときみたいなラブラブなやつがいいの?」

 「うーん、責めて喘がせたいかな。」

 「どうぞどうぞ。」

 「そう言われるとやりたくなくなるなぁ。」

 「天邪鬼め。」

 カナは微笑を浮かべたまま、もう一度貴史にキスをした。舌をねじ込み、貪るように唇を重ねる。次第に反応する下半身を優しく手で包み込むと、耳元で甘く囁く。

 「どんなこともしていいの?」

 「俺がお願いしたら聞いてくれる?」

 「ダーメ。」

 首元を蛇のように舌がなぞる。ゆっくりと身体を舐めていく。完全に勃ち上がった半身に到達したとき、恍惚の表情で口に咥えた。音を立てて啜り上げ、主導権は完全にカナのものになった。

 援助交際を始めた頃は自分の主導権に女を置きたがった。しかし、いつからか、女主体のセックスに興味を持ち、彼女たちの持つ性格を吟味するかのように、アダルトビデオとは違う、作り物ではない、本物の女性の性格を知ることが貴史の趣味になっていた。

 程なくして満足したのか、カナは自身の身体を慰めてほしいと、貴史にねだった。その願いを受け、貴史は彼女の上に跨る。首筋を責め、敏感な場所を探す。彼女の息が荒くなるにつれて、さらに強い刺激を与える。二人が完全に受け入れられる状態になったことを確認したら、コンドームを取り付け、行為に及んだ。お金で買った作為的な愛を育む。わずか一時間に満たない偽りの愛。一万五千円の関係。ビジネス。頭の中は興奮している体と違って、ひどく冷静だった。いつからか忘れたが、気がつけば冷静にセックスをしているようになっていた。

 彼女の中で果てたとき、訪れる虚無感は、いつも貴史を責め立てる。いつまでこんなことをしているつもりだ。無駄な時間だろう。自分を高めろ。最愛の女を見つけろ。そしてその女を抱け。脳はいつだって冷静に、最も正解に近い答えを出す。しかし、心はすでに腐りきっている。今更真実の愛を求めても、ココロとカラダはついていかない。

 肩で息をする彼女をベッドに残し、ソファに座ってタバコを吸った。

 「すごく良かったよ。」

 ベッドの彼女の言葉を脳で反芻する。これはビジネスな言葉か、真実の言葉か。

 「俺も良かったよ。」

 優しく笑顔を振りまく自分の言葉は明らかに前者だ。いつだって生涯で一番気持ちよかったセックスを超えることはない。

 

 「また会ってくれる?」

 「もちろん。君が求めてくるときに。」

 女からまた会いたいと言われたときは、いつもこう言う。満足してくれるならば、そこに自分の存在意義を感じるからだ。

 ホテルの外で彼女と別れ、行きつけのバーで簡単な食事を済ませ酒を飲んだ。身体は虚無感を携えたままで、ひどく孤独だと感じた。薄暗い照明に輝く琥珀色の液体は、まるで宝石のようだ。満たされない気持ちを、ゆっくりと埋めてくれる。記憶の片隅に残る、一番幸せだった頃を思い出す。光り輝く記憶は、すでに美しいものになっている。本当はもっとくすんでいたはずなのに、たくさんの女性を抱いているうちに、宝石になってしまった。記憶の底で輝き続けるそれに反射されて、今日の出来事も暗い影を落とす。貴史の顔にも、影が広がる。

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