episode.7
芥川李畔が目を覚ますと、見覚えのない部屋に寝ていた。
「起きましたか」
スーツをきた、40代くらいの男がベッドの横に置かれた椅子に座っていた。
「ここは?」
「安心してください。私は、ファイブスターコーポレーションの社長をやっている百瀬です。君が、オーリムに覚醒したお祝いをしにきたんだよ」
「オーリム?それは、僕が変身した怪物のことですか?」
百瀬の体を黒い靄が包み、一瞬牛の化け物に変化した。
「私たちは、昔から黄昏に生きてきた。逢魔時ともいうね。誰そ彼、太陽が黄色に染まり、人の姿が虚ろになる空間。そんなところだ。つまり、私たちはそういう時間を生きる生物なんだ」
「黄昏を生きる生物。なら、僕は人間ではなくなってしまったのですか?」
「そうだ。まぁ、君の場合は覚醒したという方が正しいけどね。君はもともと、そういう性質を、身に持っていたということなんだ」
「僕が、怪物だった・・・、だから」
芥川は堪え難い叫びを抑え、自分の足を殴りつけた。
「君の気持ちはわかる。だが、我々は、人間を殺さなくてはいけないのだ」」
「どういうことですか?なんで僕がこんな目に」
百瀬が笑って、芥川の話を遮る。
「戸惑っているようだね。だが、安心したまえ。君の安全は私たちが保証する。
とりあえず、僕の話を聞いてくれ。」
芥川はしぶしぶと言ったように口を閉じた。
「君は、妖怪、物の怪、魑魅魍魎。そう言った存在を信じるかい?」
「いえ、信じていません。信じていませんでした。さっき自分が怪物になる前は」
「そうだろうね。そういう教育を、君たちは受けてきた。国、いや世界単位で、おそらく騙されて生きてきたんだね」
「どういうことですか?国が、物の怪の存在を認めているということですか?」
芥川は再び混乱する。なにせ、妖怪など、お伽話、あるいは科学をよく知らなかった先人たちの妄言としか思えなかったからだ。
「そうだ。少なくとも、我々を殺そうと軍隊を派遣したこともある。その結果、私たちをほとんどの仲間を失い、絶滅したと考えられたがね」
「軍隊が、妖怪退治?」
「まぁ、妖怪って言葉は好きじゃないけどね」と、百瀬が顔をしかめる。
「でも、化け物じゃなかったですか?」
芥川は再び、自分の姿を思い出す。
まさしく、鬼の姿だった。
「人間から見れば、そうかもね。同族嫌悪というやつだ。我々は、人間の進化系なのだよ」
「進化系?」
「そうだ。ホモ・サピエンスという言葉を聞いたことがあるね。現在、人間と呼ばれている生物がそれだ」
「人間と呼ばれている種類」
「そうだ。だが、おかしいとは思わないか?ネコ科で言えば、ネコ属、カラカル属、そのほかにも数え切れないほどの種に別れ、そこから様々な生物種に分類される。他の全ての生物種も同様だ。人間を除いてな。
なぜ、人間だけが単一種族と言えるのだ?過去には数えきれないヒト属に分類される類似の生物種がいたというのに?」
「それは・・・・」
「人間は、ホモ・サピエンス以外のヒト属を全て滅ぼしてきたからだ。これからもそうだろう。ホモ・サピエンスという種族は圧倒的に増えたその数で、進化を止めてきたのだ」
そして・・・、と百瀬が立ち上がる。
「我々もヒト属に属する新たな種族だ。他の生物の特徴を取り込み、強力な肉体と生命力をえた種族。日本で言えば、平安期に生まれた種族だ」
「妖怪が人間の別種だったということですか?」
百瀬が顔をしかめる。
「私は妖怪という言葉が好きではないと言ったでしょ。我々は自分の種のことをこう呼んでいる。ホモ・オーリムと」
「オーリム。ラテン語で過去という意味ですよね?」
芥川はかつて、ラテン語の授業を履修していたことがあるので、これを知っていた。
「そうだ。なかった事にされた我々の仲間たちを忍び、こう名づけたのだ。我々は、再び示さなくてはならない。この種が脅威であることを。そして、生きる自由を勝ち取るのだ」
「生きる自由」と、芥川は呟く。
「来たまえ。ファイブスターコーポレーションは日本有数の企業だが、この実はオーリムの隠れ蓑だ。我々の仲間を君に紹介しよう」
百瀬が芥川に手を伸ばした。
一瞬、迷った芥川だったが、恋人を殺したという事実から目を背けずに原因を知りたいという一心で、手を掴むのだった。