episode.5
不満げに道をゆく久利生は、後ろを振り向き、再び大きなため息をついた。
「付いてくるな」
「何よ。私がまた狙われるかもしれないでしょ。あたしじゃこの刀使えないんだから、守ってよ」
「はぁ?!」
久利生は喉奥で、愚痴を飲み込んだ。
言ったところで面倒になるに違いないと思ったからだ。
バイクを走らせていると、静岡県に入った。
「ねぇ、どこに向かってるのよ」
道沿いのラーメン屋に入ると、雪野が話しかけてきた。
「ラーメン1つ」
「二つ
。お願いします」
久利生はため息をつきながら、二人分の料金を店員に渡す。
「優しいじゃん、おごり?」と、からかうように笑う雪野。
「手切れ金だよ。さっさと消えてくれ」
「何よ。感じわるい。あのねぇ、あんたがくるのが遅いから死にかけたのよ」
なんとも理不尽で面倒な奴である。
二人分のラーメンが届く。
「お待ちどう」
「どうも・・・・、煮卵もらいますね」
カウンター横にあったお盆に乗っていた煮卵を一つ貰う。
「あいよ。50円ね」
「私はいらないから」
久利生は文句を喉元にとどめた。
「それにしても、いいところね。景色もいいし」
静岡県道9号を走っていると、自然豊かで、気持ちのいい風が吹く。
調べておいて正解だったな、と呟く。
「なかなかいいところじゃん。褒めてあげる」
流石に苛立ちを隠せなくなった久利生はバイクを路肩に止めた。
「どうしたの?」
無言で、雪野のバックを掴み、山道に投げ込む。
「何すんのよ」
「お前がうるさいからだ」
久利生は再びアクセルをかけた。
今度は流石に雪野は付いてこなかったが、ミラーに映る山道に入っていく彼女の姿に少し後悔を覚えた。
「何よ、あいつ」
雪野は一人で草を掻き分けながらバックを探していた。
高い木々が並ぶ山では、草むらというものは出来にくい。
日光が遮られて、光合成が出来なくなるからだ。
つまり、比較的容易に探せるはずだったのだが・・・・
「あんなところに・・・」と、雪野。
バックは、視線の先、一本の杉の枝に引っかかっていた。
面倒だなぁ、と呟いたが、慰めてくれる人物はそこにはいない。
雪野は渋々、杉の木を登り始めた。
幸い、枝打ちがされていない木を登るのは女の力でも容易かったが、細かい木の皮に擦りつけたことで、白いスニーカーが汚れたのをみて、雪野は顔をしかめた。
元の道に戻ろうと、きたみちを振り返ると、女が一人立っていた。
「妖刀をよこせ」と、呟いた女の目は黒に染まっていた。
まるで鴉のように、一切の他の色がなかったのだ。
小さく悲鳴をあげた雪野をあざ笑うかのように、女は躊躇なく懐から小刀を取り出す。
雪野はたまらず、山の奥へと逃げ出した。
少しの傾斜が、運動不足の彼女の足に疲労を蓄積していく。
数分走ったところで体力が切れたのだろうか、雪野が立ち止まり、息を整えていた時だった。
すぐ後ろに何かが落ちたような音が聞こえた。