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一年越しの遺書をあなたへ。

作者: 旅人@みどり

雪がうっすら積もるような二月のある朝、ポストに自分あてに手紙が届いた。差出人は書かれておらず「柳田 健太 様」と少し癖のある、それでいて丁寧な文字が綴られていた。その文字はまぎれもない青柳栞奈の文字であった。彼女は去年の今頃―――自殺した。


 高校三年生の、卒業まで残り僅かとなったある日、その知らせは突然おとずれた。担任の口から告げられた彼女の訃報に教室中はシンと静まり返る。担任がみんなに様々なことばを告げていたが、うまく耳に入ってこなかった。

彼女が死んだなど、信じられるはずがない。だって、昨日まであんなに元気だったのだ。卒業式まであとどれぐらいだ、なんてとりとめのない話をしていたのだ。ホームルームを終えると教室のあちらこちらから涙交じりに「どうして…」という声が聞こえてきた。

そのあとのことはよく覚えていない。ただ、気づけば自分の部屋にいた。授業を受けたのかどうかさえよく覚えていなかった。なぜ、どうして。そればかりが頭の中を満たした。


あっという間に卒業式が過ぎ去り、大学生になった。そして、彼女の死から一年後の今日、自分宛に彼女から手紙が届いた。わけもわからず震える手をどうにか使いながら封を切る。手紙は「柳田 健太くんへ」ということばから始まっていた。


「柳田 健太くんへ

 死んだ人間からの手紙なんて怖い、と思ったらぜひ捨ててください(呪ったりしないので安心してください)。

 そうはいってもあなたのことだから捨てないことをちょっとだけ期待している自分もいます。なんだか変ですね。

 私はあなたにちゃんと伝えたいことがあります。まず、死んだくせにと思うかもしれませんが、私はあなたと過ごせた日々が本当に楽しかったです。あなたは私が知らないことを教えてくれました。ただそばにいるだけで楽しいということって本当にあるんだなぁと、とても感慨深かったです。そんなあなたの隣は居心地がよくて、私はついついあなたに甘えすぎてしまいました。それなのに、あなたは嫌な顔ひとつしないで私のわがままを聞いてくれました。本当に感謝しています。私の話は正直鬱陶しかったでしょう?(笑)

 正直、私が死ぬ理由なんて見当がつかないと思います。それもそうです。私自身にもよくわかっていないのですから。

 私が死んだのは、ただぼんやりした不安からなのです(芥川のことばです!)。私はあなたという理解者を得ながらも、結局は言い知れぬ不安からは逃れることができなかったのです。ある日突然苦しいぐらいの孤独感に襲われて心がズキズキと痛む瞬間、他者と話している瞬間に訪れる自分の不必要さ、自分の愛する家族が自分よりも先に死ぬのであろう未来への恐怖、そんなぼんやりした不安が私の心を侵食していきました。きっと、だれだってそんな不安とたたかっているのだと思います。そんなことで死んだのか、と正直人々は私を非難するでしょう。むしろ、非難されてしかるべきです。私だってあり得ないと思います。でも、私にはどうしたってそれらが耐えられなかったのです。“繊細”なんていえば良く聞こえますが、本当はただ“わがまま”なのです。自分が悲しい思いをしたくないだけ。そのために大切な人たちを悲しませたのです。私はきっと地獄に堕ちるでしょう。

 あなたは私のことばを何も否定しませんでしたね。「苦しい」と言った私に「みんなそうなのだから耐えなさい」なんて言わなかった。「辛い」と言った私を「辛いと思うから辛いんだ」なんて言わなかった。あなたは「みんなそうなんだから耐えろ、なんて理不尽なことだよな」といつも私を励ましてくれました。そんなあなたの存在が私にとって、救いでした。本当に感謝しても足りないくらいです。ありがとうなんて言葉では言い表せないです。

 ここまで長々と読んでくれてありがとう。私はあなたにどうしても伝えたかった。私が死んだ理由を、そして、あなたへの感謝を。

 わがままな私を気にかけてくれてありがとう。あなたはあなたらしく、生きてください。私はせめて、あなたを地獄から見守っています。(最後にちょっと怖くなっちゃったかな?笑)

                    

 青柳 栞奈 」


「バカやろう…。」

手紙を読み終えると、思わず言葉がもれた。しかし、不思議と彼女を責める気持ちは起こらなかった。ただ、やるせなかった。

彼女は自分の言いたいことだけを言い残してこの世を去った。でも、自分にだって彼女に伝えたいことがあったのだ。

隣にいて楽しかったのはお前だけじゃないということ。救われていたのは自分のほうだったのだということ。

見ていて不安になるやつだなと思った。だから思わず声をかけた。最初は本当にそれだけだった。でも、いつのまにか彼女の人柄に惹かれていった。そばにいられることがただ嬉しかった。

卒業式の日、自分は彼女に告げるつもりだった。

「俺はただ、お前のことが好きだっただけなんだ…。」

  静かな雪の朝、震える声だけが耳に届いた。

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