05.雪!雪!雪!
アウルーラの7割は海域、残り3割の陸地の内、8割は人類未踏の地とされている。
前世でのライズ事ファスト・フロストは大森林地帯、その中でもとりわけ奥深い深淵の森に幼少期、アトリー・ブラッティーと共に住んでいた。
アトリー・ブラッティーが深淵の魔女と呼ばれていたのも、この森に由来される所もある。
もちろん魔術の深淵を覗いていると言う事もあるのだが……。
さて、今世でライズ達が降り立った地は……。
「寒い……。死ぬ……。」
一人、黒髪の少年が呟く……。
「…………。」
その少年にしがみ付きながら、軽く頭を縦に振る猫耳少女……。
「私はそんなに感じません。なぜならば!トランスモードですから!」
少年の頭上に半透明な女性が腕を組んで浮かんでいる。
そこは白銀の世界……。
彼等がいるのは極寒の雪山中腹……。
梺にはところどころ煙が立っている。
「強くてニューゲーム転生舐めてた……。なぜに雪山!それに成長してるし!」
そう、精神を高揚させ疑問の声を上げる少年……、彼は10歳位に成長したライズであった。
褌に赤い前掛け……。
どこぞの足柄山で熊と修業中の雰囲気を醸し出し、雪山とは似つかわしくない格好、凍傷必至……、寒いのは当たり前である。
「二イチャ……。寒い……。」
猫耳少女が初めて声を上げる。
彼女はネロ……、ライズにより名付けられ眷族となっている。
彼女の服装は貫頭衣一枚、それもまた寒いのは当たり前である。
「二イチャ?………………!兄ちゃんか……。」
彼女もまた、ライズ同様成長しており、ついでに幼女神によりインプリンティングされていた。
どうやら、兄妹と言う設定らしいが……、義理のと言った所だろう……。
「二人ともだらしないですね!子供は風の子と言うじゃないですか!こんな雪山でそんな事では先が思いやられますよ!」
ライズの頭上に居る半透明の女性が二人に説教する。
彼女はアウラ。
一応全裸の筈だが……。
「どうせお前は周りの精霊の干渉を遮断してるんだろ!俺達はそれが出来ないから寒いんだ!氷点下に半裸で居て見ろよ!」
「ドキッ!具現化することが出来て、テンション上がってました。すいません。」
「それはまあいい。そんな事より何とかならないか?このままだと本当に死にそうだ。」
「そうですね。分かりました、何とかします。」
そう言うと、アウラから何かが溢れ出し、ライズとネロに纏わりついて来た。
「どうですか?」
「ああ、大分いいけど、何したんだ?」
「風の精霊に呼びかけただけです。」
精霊への呼びかけ……、精霊術と呼ばれる亜人種特有の魔術。
精霊と契約を結び、呼びかけにより属性に応じた様々な現象を起こすことが出来る。
自分の魔力を使わずに行使が出来る為、自分の力量以上の強力な魔術となる。
ただ、周りの環境に作用される為、時と場所に融通が利かない……。
精霊種であるアウラにとって、精霊術は単なるコミュニケーションでしかない様だ……。
そもそも一般的な精霊術なのかも不明である。
「そうか。それにしてもこんな所にいてもしょうがない……。どうする?」
「兄ちゃ……。あれ……。」
ネロが雪山梺の煙?が出てる所を指差す。
雪山……、梺……、煙?……。
「温泉だと良いな……。取りあえず向かいたいけど、この格好も何とかしないと。」
現在、半裸2名、全裸1名、雪山には似つかわしくも無い姿をしている。
「ライズ様、アイテム何かありませんか?」
「何も入れた覚えないけど……。」
「それでも開いてみてください。シンラ様が何か仕込んでいると思います。」
「そういや、ステータスの確認もしないとな……。でもそれは後でいいか。まずはアイテムだな。」
ライズはメニューからアイテムを確認する。
アイテム
・神帽×2(ライズ用)
・神衣×3(ライズ用)
・神靴×2(ライズ用)
・神下着×5(ライズ用)
・神外套×1(ライズ用)
・神ジャージ×2(ライズ用)
・神帽×2(ネロ用)
・神衣×3(ネロ用)
・神靴×2(ネロ用)
・神下着×5(ネロ用)
・神外套×1(ネロ用)
・神ジャージ×2(ネロ用)
・神刀×2
・神棒×2
・神弓×2
・神小刀×4
・神カイザーナックル×2
・神10徳ナイフ×3
・神洗面具セット×100
・神調味料×100
「んっ?神○○?」
「ああ、それはシンラ様が作ったからですね。」
神衣を一つ取り出し見てみる、どうやらジャッケットにスラックス、Yシャツにネクタイのリクルートスーツセットらしい。
ご丁寧にタイピンにカフスまでついている。
そしてエフ部分には○幼印が……。
「なるほど……。○幼印の神アイテムと言う事か……。しかし……。」
「言いたい事は分かりますので、それ以上は……。ほら、そんな事より着替えが優先だと思いますよ。」
○幼って……。
そんな事を胸に秘め着替えをするのであった。
「ところでアウラの着替えは無いのか?」
「ああ、私でしたら……。」
そう言うと、魔力の渦がアウラを包む。
すると、アウラの周りに魔力が収束し、半透明の巫女服に似た衣を纏ったような状態に変化した。
「これで大丈夫です。」
「何それ?」
「これは精霊衣です。魔力の塊ですね。」
「透けてるよね?」
「ライズ様はエッチですね。ちゃんと省魔力モードや1/1モード時は、可視化されます。ライズ様がお望みならシースルー状態を維持も出来ますが。」
「兄ちゃは、エッチ?」
「エッチじゃない!そもそもアウラの心配しただけだ!それよりも全員着替えた事だし、移動しよう。」
変な所で勘違いされてられない。
多分、この身体は10歳位だとすると、ネロは一つ下の9歳、身体能力高めの獣人だから梺に見える温泉?までは何とかなりそうだ。
ただ、温泉でなかったら詰みである……。
「………………。アウラがいれば何とかなるか……。」
そうしてライズ達は、温泉?を目指し行動を開始した。
行動を開始して間もなく、この行軍がどんなに無謀かをライズは思い知っていた。
始まりの場所は風の吹き抜ける場所だった為、雪が少なく地面が見え隠れしていたが、梺に近付くにつれ積雪が増えて来た。
今ではライズの膝上、足を上げるのも辛いくらいだ。
ネロはと言うと何故か身体が沈まず飄々《ひょうひょう》と雪の上を歩いている。
アウラは普通に空中に浮かび、雪が障害になっていない……。
「兄ちゃ~!」
「ライズ様~!」
先を行く二人がライズに向け笑顔で手を振って来る。
ライズは苦笑いをしながら手を振り返すが……。
「何故、俺だけ……。」
不遇さを噛みしめながら、ライズは呟く。
(このままではだめだ……。)
伊達に賢者をしていない、転生後と言えど一応はアウルーラでも指折りの知恵者である。
脳をフル回転させ、現在の状況を好転する術を考える。
(火魔術……。今の魔力量だと梺までもたない……。スキー、かんじきは無理だろうし……。だとすれば、アイテムストレージだな!)
そう閃いたライズがまずやった事は、3Dマップウインドウを開く事だった。
それにより、地面と雪の境界が顕わになる。
そして自身が落ちない様に、メニューからアイテムに雪を収納して行く。
「収納、収納、収納……。」
一回の収納で約1立方メートルの雪が収納される。
アイテム項目には水と表示されるが、状態が違うだけなので問題無い。
(これなら行ける……。)
「収納、収納、収納……。」
ライズは繰り返し目前の雪を収納して行く。
そして側面の雪がライズの身長を超えた頃、上部より声が掛かる。
「ライズ様?」
「兄ちゃ、何してる?」
急に姿が見えなくなり心配してくれたのだろう。
「見て分かんないか……。移動が困難だから雪を掘ってる?で良いのか。」
「トンネル?」
「ネロもやる!」
「いや、これ俺にしか出来ないから……。」
「そう……。」
残念そうに頭を項垂れるネロ。
「ライズ様、それは危険でないのですか?」
「多分危ないだろうけど……。」
そう……、雪は危険なのだ!
雪崩は目に見えて危険が分かるが、それ以外にも色々と危険が潜んでいる。
記憶によれば、都内で10cmの積雪で遭難し、死亡した事例もある。
1cm積もれば交通マヒだ……。
改めて豪雪地帯の住人の方は、逞しいと思う。
1日で1m、2mはざらなのだ……、それなのに大して生活に変化が無い。
それを考えれば、都会育ちのライズはさっきまでの寒さを忘れ、雪を舐めている。
「まあ、大丈夫だろ。梺の温泉?までだし、アウラがいれば問題ないと思ってる。頼りにしてるからな!」
「ええ、任せて下さい!たとえ雪崩が起きようと止めて見せます。」
アウラは小さい半透明の身体ながら、胸を張り叩いて見せる。
その勢いで大きく胸が揺れるが、半透明の為良く分からない。
そうしてライズは雪の収納を再開した。
ライズの後ろにネロが、頭の上にアウラがと言う形で掘り進む。
時折、障害物を回避しながら、それでいて最短距離でと言う具合に3Dマップと併用しながら3人の移動は続く。
「ねえ、ライズ様。食事はどうするのですか?この場所だと獲物を探すのも、一苦労だと思うのですが……。」
先程から生き物の姿が視界に入って来ない。
それどころか、植物は枯れ果て生命の息吹が聞こえすらしない。
現代社会において輸送路が確保されている為、食糧難となる事は特別な事が無い限り起こらない。
ただ、雪山に置いて食糧難となった時の食糧確保は、地球でもアウルーラでも難しいことに変わりないのだが……。
「それに関しては何とかなると思う。」
ライズには考えがあった。
「まさか!ライズ様にマタギの経験が……。私を犬代わりに使おうとするとは、中々の鬼畜!私もついに雌犬と罵られるんのですね。」
アウラ突拍子も無い事を言い出す。
「ちげ~よ!」
「兄ちゃ、私も雌犬?」
ほら、ネロまで言い出す……。
「ネロは猫だろ!」
「やった~!ネロは雌猫!」
「雌犬に雌猫……。やはりライズ様は……。」
「違うって言ってるだろ!マップが有るから獲物の居場所が丸分かりなだけだ!雪に潜って下から強襲掛ければ一発だろ!獲物の確保も難なくこなせる。それに冬眠している生き物の確保だって楽勝だ!これで食糧問題解決!はい!この話はここまで、質問は受け付けません!以上。」
「なるほど……。つまりライズ様は一発下から突き上げ昇天してやると、それに寝込みを襲うのも躊躇しない、と言いたいわけですね。」
「お前!ワザと言い直しただろ!絶対ワザとだよな!表現が卑猥に聞こえる。」
「そんな事無いですよ。新妻として当然の言い直しです。」
今世イージーモード予定がいきなり高難易度ステージ!準備不足に覚悟無しだった為、すっかり妻たちだと言う事を失念していた。
(後で幼女神にクレームだな!)
「とにかく拠点確保が最優先、次いで食糧確保、暇を見て社作りだ。」
「「了解~!」」
「と!言ってる傍からチャンス到来。上に何かいるぞ!各員戦闘準備!獲物の足元の雪を収納する。」
「「了解~!」」
合図とともに上部の雪を消失させる。
獲物にとっては足元がいきなり無くなったのだから、後は自由落下してくる。
眼に映ったのは、全長30cm程の白兎……。
それが、ライズの胸元にしっかりと確保されていた。
初戦闘とも言えないひ弱な生物、獲物としては十分だろう。
「食糧ゲットだぜ!」
「それ食べるんですか?」
「可愛い。」
各々から聞こえる声、約2名からは自分達が死と隣り合わせに居る事を、微塵も感じさせない言葉が出ている。
「食べるに決まってる!確か毛を綺麗に毟らないと苦みが出るんだっけ。後は煮るにしろ焼くにしろ甘みのある美味しい肉だった筈だが、お前ら喰わないのか?」
「「じゅるり……。」」
二人が涎を啜るのだが……。
(精霊も肉食べるんだ……。)
アウラの食事事情の一角を知ることが出来た。
「取りあえず血抜きするから、少し離れてろ!」
ライズは二人を傍から離し、兎の解体を行なう。
足元の雪が真っ赤に染まり、ある意味痛々しい光景がその場を包む。
(それにしても、何この神十徳ナイフ……。切るのに抵抗が無いんだけど……。)
最初は毛を毟ろうと考えていたライズだったが、余りの神十徳ナイフの性能に皮の剥ぎ取りをする事にした。
生活の場所も考えなければならない事に気付き、町に行けば皮の売買も出来るだろうとの、思惑もあった。
少なからず金銭の確保も視野に入れて置かなければならない。
(と言うか……、ここ何処だよ!)
今現在、分からない事だらけだと言う事に気付くライズであったが、ライズ達にとって今はそれを考えるだけの余裕がない。
取りあえずの仮拠点として、温泉?らしき場所への移動が急務だと言う事を何度も噛みしめ、ライズは解体を急ぐのであった。