29.パーティー戦。
リアとミアがライズ達により救出されている頃……。
ギンッ!ギンッ!
倉庫街の奥に金属音が鳴り響いていた。
「そろそろ諦めたら?」
「くっ、まだですわ!」
エレクシアVS勇者……。
それは闘いと呼ぶのもおこがましく、一方的に勇者が聖剣を振るい、それを辛うじてエレクシアが防いでいると言う物であった。
「おっ!良いねぇ~、その強気な態度!中々興奮する。」
相対する勇者は……、強い奴を屈服させる事で興奮を覚え、それを死ぬまで凌辱すると言う特殊性癖持ち……。
エレクシアはそのお眼鏡に叶うには、申し分ない資質を持ち合わせていた。
自慢の髪もドリルが崩れストレートへと変わり、ドレスアーマーには少なくない傷がついている。
勇者と言えば、まだまだ余力を残し、息切れすらしていない。
そしてその勇者から最後通告が言い渡される。
「んじゃ、時間も時間だし本気出すよ。」
勇者は武器をしまうと、体をゆすり小刻みにリズムを刻み出す。
異世界の武術……、多種多様な技がありその全てが相手を壊す事に特化している。
エレクシアは師匠からの教訓が脳裏をよぎる。
(逃げろ!でしたわね……。でも……、逃がしてくれそうにありませんわ。)
エレクシアは身構え警戒するも……。
「グヘッ!」
エレクシアの淑女らしからぬ声とともに、勇者の拳が鳩尾へと突き刺さる。
横隔膜の機能が低下し、肺が活動を停止する。
一瞬の事ではあるが、それは脳への酸素供給停止を意味し、エレクシアの意識は暗転、その身を地に投げ出す事となった。
(私、ここで終わりなのね……、でも今度は助けられましてよ…………。)
薄れゆく意識の中、勇者の声が響く。
「おっ、寝ちゃったのかな?では……、いただきます……。」
勇者の手がエレクシアに伸びる。
ガチャ、ガチャ!
そしてその場にはエレクシアの鎧を剥ぎ取ろうとする音だけが響いた……。
……………………。
………………。
…………。
……。
「くそ!何だよこれ!」
勇者の不満を口にする。
その事から、エレクシアはまだ無事である。
エレクシアの鎧は、この世界でも特殊な部類に入る。
ドレスアーマーはそんなに珍しくはないのだが……、鎧自体が魔道具と言うのは珍しい。
それは着脱に魔力の封印を解かねばならない。
そんな事を知らない勇者は、鎧を脱がす事に苦慮していた。
「面倒くせぇ~な!」
そう言うと、赴ろに聖剣を出し鎧接合部に聖剣を当て、手前に引く。
キンッ!
甲高い音が響くと、鎧の一部が外れる……。
幾らエレクシアの鎧が優秀と言えど、聖剣相手では接合部など脆いものである。
「はぁ~、最初からこうして置けば良かったぜ!」
元日本人の几帳面さが出てしまった事に、苦笑いする勇者。
そしてその行動は、続けられた……。
既にエレクシアは、タイツに似た体のラインが強調されているインナーを残し、鎧が剥ぎ取られている。
「やっぱ、良い物持ってるじゃねぇ~か!」
ヘソの辺りの布に聖剣の先を引っ掛ける。
ピッ!
聖剣を弾くと小さな穴が開き、一気の上機嫌となる勇者。
「それでは今度こそ……。いただきます!」
勇者はその穴を広げ、一気に引き千切ろうとする魂胆なのだが……。
「「「待てっ!」」」
それに待った!をかける者がいた……。
「あ~ん!」
勇者は振り向きざま威圧する。
「何だ!おめ~ら!」
「そこから離れろ!」
「あん?」
勇者はエレクシアと今来た者達を見比べ結論に至る。
「はっ!何だおめ~ら、この前こいつの後ろで泣きそうになってた奴じゃねぇ~か!何だ混ざりに来たのか!俺は何人でも構わねぇ~ぜ!」
勇者の前に立った者達は……、サシャ、ニーナ、フレミーの3人であった。
「誰がするか!」
ニーナが勇者にナイフを投擲する。
「おっと。」
カッ!カッ!
勇者がバックスッテップでそれを躱すと、そこにナイフが突き刺さる。
そして……、倒れているエレクシアと勇者の間に間髪入れすサシャが入り、勇者を切りつける。
更に勇者が下がり距離が出来る。
そこへ遅れてフレミーが来るとエレクシアを介抱する。
フレミーはエレクシアに何やら薬液を嗅がせる……。
嗅がせた物は気付け薬……、ただ気絶しているだけなら即意識を覚醒する物である。
サシャ達も実力はエレクシアに劣るものの、かなりの修羅場を潜り抜けている。
このような強敵との邂逅は幾度経験している……、パーティー同士が集まって行われる大規模レイドにおける撤退戦で殿を務める事もあった……。
3人の連携による攪乱……、その一点においてはギルド内でもトップクラスと自負している。
嵌れば強いのである。
「つれないね~。」
勇者は思う……、この世界に来てから会う異性は全員美形……、そして目の前には4人の美女が居る……。
神から全てを許された職、勇者である自分に与えられたご褒美なのだと……。
「ヒャッハ~。こりゃ彼奴らには悪いが役得だな!」
テンションが上がった勇者が天を仰ぎ口走る。
「意味分かんない!」
「見るに堪えないね!」
サシャ、ニーナが並び、勇者を見据える。
「んっ……。」
「エレクシアさん!」
意識を覚醒させたエレクシアが朦朧としながら周りを見る。
「あ……、あなた達……。」
3人に気付き立ち上がろうとするが、フレミーにそれを制される。
「取り合えず、これを。」
フレミーはポーションをエレクシアの口に運ぶ……。
「これ……、ポーション……。」
エレクシアもポーションの価値は知っている、高額な物を無造作に押し付けられたのである。
「何……。私が作ったものです。手間は掛かりましたが元手は掛かっていません。」
それを聞きエレクシアはポーションを飲み干す。
「あれ?」
「どっかで聞いた事あるセリフだね。」
サシャ、ニーナが警戒しながらもフレミーを茶化す。
「もうっ……。」
エレクシアの視界が回復してきたのか辺りを見渡すと、天を仰ぐ一人の男が視界に入る。
「あ、あなた達!逃げなさい!!」
サシャ達、それに相対する勇者……、両方の実力を把握しているエレクシアは自然とそう言葉にした。
「無理です!」
「生憎と友人が暴行されそうになっていたのです!」
「そうです、それで矛を納めるれるほど、人が出来ていません!」
3人の意志は固いようだ。
(友人と言ってくれるのね……。なら尚更!)
「ですが……!」
エレクシアの言葉を遮り、フレミーが話す。
「それに彼も直ぐ来ます!」
それは彼女達3人の願望でしかない……。
ただ、自分たちが気付いたのだから、ライズがこの場所に気付かない筈はないと彼女達は確信していた。
数分後……。
3人の装備がボロボロになっていた。
エレクシアは、その様子を後ろから眺めるしか出来ない自分に、歯がゆさを感じている。
「くっ!」
(こんな事で良いの!あの日、誓ったじゃない!)
エレクシアは気合を入れ、身体に力を入れる。
ポーションを飲んで時間がたっている事もあり、辛うじて立つ事が出来た。
勇者がサシャ達に馬頭を浴びせる。
「何だ!3人でこんなもんか!しゃしゃり出てきた割に、弱いな!もっと楽しませろよ!」
蔑むものを見る目でサシャ達を見下す。
「なら……、4人で如何かしら?」
エレクシアが体に鞭打ち、気丈にも歩き出す。
「はっ?面白ぇ~な、お前!やっぱ最高だぜ!」
エレクシアは後ろで見ていて気付くこともあった……。
サシャ達と、勇者の間合いの違いだ……。
自身の時もそうである、サシャ達は武器を手に振り回すも、勇者との距離が近すぎ存分に振り回せていない。
投擲するにも味方に当たりそうで、タイミングがつかめない。
じわじわと体力が削られ今の状況となっている。
故にエレクシアは碌に動けない自分が指示を出せば、うまくいくと考えていた。
更に数分が過ぎる頃……。
4人はボロボロになりながら善戦していた。
「サシャ、右後方!」
スッとサシャは右後方へ剣を振る。
勇者がその剣を躱す。
「ニーナ下がって!」
ニーナが下がる。
「フレミー今よ!」
ニーナが死角となり、勇者にフレミーの投げた液体が当たる。
ジュッ!
勇者の腕が焼け爛れる。
「ちっ!面倒くさっ!」
フレミーの投げた薬品は、魔獣スライムから作られた酸の一種……、致命傷にはなり得ないが、痒みを帯びる……。
エレクシアが入る事で、パーティとしての視野の拡大……そしてそれにより……、連携が機能し始めていた。
殺気を纏った剣での攻撃、ナイフの投擲は躱される事だろう。
だが薬品なら……。
フレミーが考えた事ではあるが……、それは皆も同じく考える余裕が出来たと言う事である。
嫌がらせにも似たチクチクとした攻撃が、勇者を苛立たせるのであった。
「ウザッ!ウザッ!ウザッ!ウザッ!フンガッ~!」
そしてついに勇者がキレる!
その機を見計らいエレクシアが合図する。
「今よ!」
接近していたサシャが下がり、ニーナが粉の入った袋……、フレミーが液体の入った二本の瓶……、が勇者上部へ投げられる。
エレクシアは空かさず短縮詠唱……。
「我が手に集え、真紅の焔……、ファイヤーボール!」
それは袋と瓶に向かって発射される。
魔術が当たると、爆発に似た炎が勇者に向かい降って行く……。
袋には小麦粉、瓶には油が入っている。
冒険者として、長期保存の効く食べ物は常備しており、それを使っての攻撃である。
普段しない攻撃ではあるが、上位の魔獣にも効く緊急攻撃術である。
「やったか!」
視界に煙が舞う中……誰かがそう呟いた……。
それは不覚にもフラグと呼ばれるものである事を、ここに居る4人は知らなかった……。
「残念~でした……。」
恰もフラグ回収したぜ的な勢いで、勇者の声が聞こえてくる。
「「「「くっ!」」」」
4人は無傷で炎から出てくる勇者を見て表情が曇る。
「ヒャッハッハッハッ!また最初から、やり直し~!」
勇者は心底楽しそうにエレクシアたちを指さして笑う。
「ライズ……。」
エレクシアが小さく呟く……。
その声が届いたのか、ライズの声がした。
「本当っ!残念だよ!」