六月の雨
窓を叩く雨音で、目を覚ました。
「ぅ……んぅ──」
どうやら横向けになっていたらしい身体を動かし、ごろん、とベッドの上で寝返りを打つ。仰向けになり、薄く開いた目で壁に掛けた時計を見た。
──時刻は七時三十分。もちろん午前だが。
「しちじ……はん……」
ぼんやりとした頭で、半開きになった口を動かして言ってみる。その言葉はゆっくりと、でも確かに身体の中を走り抜けて行った。
しちじはん。シチジハン。七時はん。七時半──
「って、七時半ッ!? やっば、完全に遅刻だこれー!」
一瞬で覚醒し、勢い良く起き上がる。普段は腹筋の一回だって出来ない癖に、こんな時はアスリート顔負けのスピードで起き上がるなんて、火事場の馬鹿力とはかくも凄まじいものなのか。
って、いやいや。そんなことはどうでもよくて。
今はただ、朝ご飯とか洗顔とか寝癖直しとか、アレやコレやが起きたばかりの脳内を全力で駆け回っている。あと遅刻の言い訳とか。
「あーもう、なんでこんな時に限って目覚ましセットしてないかなぁ……。こんなことで皆勤賞逃がすなんて笑えないよ……」
入社以来、未だに遅刻はしたことがないのだ。それが大した仕事が出来ない自分の、密かな自慢でもある。
それは置いといて……口に出してみて、はたと気が付いた。普段、目覚ましのセットは欠かさずしている。それが何故、今日に限って忘れているのか。
そんなことを考えて、枕元に置いていたスマートフォンを手に取り、画面を呼び出すと、
「…………あぁ」
その表示に、一気に力が抜けたのを感じた。
──日曜日。天気、『雨』。
「今日……日曜じゃん……」
ぼやき、ふにゃっとなった身体を倒して再びベッドに寝転がった。
衝撃でほこりが舞ったかもしれないが、別に気にしない。もうこっちはそれどころではないのだ。せっかくの休日、睡眠補給の絶好のチャンスを自分のうっかりで失ってしまったのだ。
「こうなったら、意地でも二度寝してやる……!」
タオルケットを被り、ぐっと力を込めて睡眠モードへと移行する。
これで良し。あとはこのまま眠りに就けば、予定通りだ。まったく問題ない。そう思っていたのに。
「……眠れない」
ぽろっと出た敗北宣言が、静かな部屋に虚しく響いた。どうやらさっきのバタバタで、頭だけでなく身体までもが起きてしまったらしい。
ということはつまり、もう全く、これっぽっちも眠くないということは──
「仕方ない……起きるか……」
溜め息を吐きながら、ベッドから起き上がった。それから、何とはなしに窓際に近寄って、カーテンをはらりと捲った。
外では雨が降っていた。
どしゃ降りでもなく、かと言って小雨でもない、『雨』って感じの雨。
ざあざあと妙に心地良い音で世界を塗らすその雫を見つめていた時、向かいのマンションの花壇に咲いた花が目に映った。
この雨のように、水の色を表すかのような、綺麗な青色。美しく花開いたそれは、この季節を象徴する花──
「紫陽花……梅雨だねぇ……」
ピチョン、なんて音が聞こえてきそうに雨を弾く紫陽花を見て、そんなことを口にしていた。
──六月の、とある日曜。今は梅雨で、今日は雨だった。
ありがとうございました。