プロローグ
――暗い。ただただ暗い。光すら届かない、孤独の中に居るように。
『…………なさ……い……』
――寒い。ただただ寒い。人の温もりすら与えられず、絶えてゆく者のように。
『……めざ……なさい……』
――薄れていく。自身の意識が、魂が。この世界から離れていくのを感じる。
だが、それでもいい。後悔は無いと、そう思える。
何せ、俺にやり残したことは何一つとして無いのだから。
『……めざめ……さい……』
――だというのに。
『……めざめなさい……』
――……。
『目覚めなさい、ウンコよ』
……オイ。
『……スウゥ。目覚めるのです、ウンコよ』
――いやうるさいわ! さっきからずっとうるさいわ! 何なんだこの幻聴は!? 誰がウンコだって? オイ!!
『うーん。〝魂の印画〟に失敗したのかしら。これだから機関は……。おーーい、早く目覚めなさい、このビチグソ野ろ……』
「ブリイイイッ!!(訳:誰が、ビチグソ野郎だオラアアアッ!!!!)」
『嫌アアアアっ!! ウンコが喋ったあああああっ!?』
「ブリィイイ!!(んだとテメェッ!!)」
――暗闇に閉ざされた視界が開けると同時に、俺は眼前に居た鈍く発光するよく分からん女に掴み掛かろうとする。
だが、掴めない。それをする為の手が、腕が無いのだ。
それどころか足すら無い。よく見ると、体が固まったカレー、いや、ふやけたカリントウみたいになっている。
「ブリッ!?(な、なんだ!? どうなってんだ俺の体!? 夢か!?)」
『ハァハァ、あーーびっくりしたわ。ウンコが喋れるとか、この偉大な女神様でも想定外よ。……夢ではありません、ウンコよ』
こいつ……。
◇◇◇
「――ブリ(言いたいことは山ほどあるが、つまり、お前は自称女神なワケだな?)」
『そうですウンコよ。貴方は元の世界でトイレ中にケツが挟まり抜けなくなって死んだのです。持ち込んでいたエロ本は散乱、スマホには……ああ、熟女と少女の、ふむ。そうですか。良かった、スマホは無事ですよ』
「ブリイイイ!!(帰して! 俺を元の世界に帰して! 後悔とやり残したことしかない!)」
自称女神が残念そうに首を横に振ると、その鈍く輝く焦げ茶色の髪から、髪と同じ色をした粒子が散った。フケだろうか。
っていうか、えっ? お家に帰れないの!? その後ろに映し出されてる映像って死んだ俺ですよね!? ヤバイ、家族が来てるからドアどんどん叩いてるから!
『それは出来ません、ウンコよ。貴方はもう死んだのです。それが人の理に縛られた、貴方の一生であり、結果なのですから』
馬鹿な……。エロ本を散乱させスマホには禁足事項が丸出しで、全裸で便座に挟まったまま死に絶える事が俺の人生の結果だと言うのか……。
『ですが、貴方が〝奴〟を打ち倒したのであれば、その人道に外れた願いすらも、自ずと叶えられることでしょう』
光輝く便器の上で、至って真面目な顔で、丁寧に足を揃えて何かを力みながらおっしゃるトイレの女神様。
あれ? もしかしてこの人、ウンコしながら俺の人生とこれからの事を語ってね? 死んだばかりの相手にそれは失礼では?
いや、それよりも生き返られるなら朗報だ。あの惨事を無かった事にするしか道は……って、後ろの映像! ドア! ドアがバールのようなもので無理やり!
『では、往くのですシモベよ。貴方の正道を、私の威厳をかの愚かしい世界に知らしめるのです! この私、《〝亜麻色の女神〟スカトロビッチ・フォルテッシモ》に選ばれし、芳香なる勇者よ! 神威《異世界転生レグルナス・ワールド!!》』
「ブリッ!?(名前酷ッ! クソクソネームかよ! あっ、体が消えてく)」
『!? な、なんですって!? あなた今誰に何て言っ、ちょ! 待ちなさい! 待てコラ糞野郎ッ!!』
――自称女神ことスカ子が何やら騒いでるが、後ろの映像が気になって気になって仕方ねーわ。
でも俺の意識はどんどん遠退いてるし、ドア壊されかけてるし、これはもう駄目かもわからんね――
後書き
猿蟹合戦風ファンタジーです。