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プロローグ

基本不定期。

一週間に一話投稿を目標。

 -Alice Miller-『アリス・ミラー』



 サークル『鏡の国』が配布するフリーホラーゲーム。

 残酷なホラー演出、豊富に用意されたイベント、会話のバリエーション、独特なイラスト、魅力的なキャラクターデザインなど、細部まで作り込まれており、公開直後から爆発的な人気を博した。


 フリーゲーム実況の台頭的存在となり、有名な動画サイトを中心に人気が出始め、近年には書籍、漫画、映画など多方面においてメディアミックスがなされており、若年層からの人気が高い作品である。


 物語はどこにでもいる平凡な少年・『鏡也』が友人たちと共に肝試しに洋館へ訪れるところから始まる。鏡也は友人たちと逸れてしまい、埃の被った姿見のある部屋に入った。そこで謎の少女・『アリス』と出会い、彼女に導かれるように平凡な日常から怪異の世界へと逸脱していく。


 鏡也は鏡を通じて現れる多くの悪霊と対峙し、仲間を失いながらも逃げ延びていく。親友の姉である霊能力者『神崎沙夜』に命を救われ、彼女を師事した鏡也は修行と経験を積み、能力的にも、精神的にも成長していく。そして神崎沙夜の死により、彼の霊能力者の資質が完全に覚醒した。


 鏡也は日本屈指の霊能力者一族『神崎』の名を襲名し、作中では最強の霊能力者となった。はじめは何の抵抗も出来ず逃げ回っていた悪霊すら簡単にあしらえるほどの能力を持ち、直視することすら躊躇うような惨状を目にしても現実から目を背けなくなった。


 人間の成長。

 それが主人公側のコンセプトである。バトル漫画の使い古されたような設定だが、だからこそ主人公への人気は絶大であった。


 そして鏡也と対峙する敵側にも絶大な人気があり、そのコンセプトは真逆。


 不変的理不尽な恐怖。

 救いようのない残酷な死であり、ただそこに存在するだけで命を刈り取る災害。


 そのコンセプトから万人受けはし辛いが、その分、深く根付いた人気は消えることはない。


 陰と陽。正義と悪。

 交わることのない両者はどちらかが敗北するまで戦い続ける。


 終章では全てを終えた神崎が、全ての始まりである少女アリスと邂逅する。





 ◆  ◆  ◆





 かつて大陸に築かれた美しきガラスの城。世界の姿を映した鏡の城。

 過去の繁栄の輝きもなく、城は魑魅魍魎の巣窟へと成り果て、今は異次元の空間に閉じ込められた。それでも化け物どもは殺戮を求め、鏡から現世に現れては人を食らい続けるのを止めない。犠牲者は人類の大半を占めたが、それは戦争と災害の陰に隠れ、人々は種を脅かす侵略に気づくことなく偽りの安寧を過ごしてきた。


 それも終わる。全てが終わる。


 城は多くの怨霊の念から解かれ、異次元の狭間で消滅する。

 長く続いた人外魔境の『ミラー城』がようやく終わるのだ。


 何百年も死と怨念を食らい続けた城が、たった一人の子供に救われた。


「よくぞ、ここまで来ました」


 崩れゆくガラスの玉座の間で、少女の声だけがはっきりと響く。

 ミラー城の主である。


 主の名は――アリス。

 名前の通り、まるでルイス・キャロルの著作である『不思議の国のアリス』に登場する主人公のように幼い容姿であり、フリルやレースの愛らしい服で着飾っている。しかし喪服のようなモノクロ調の色彩と、ゆったりとした佇まいが、容姿にそぐわない大人の魅力を演出していた。髪も挿絵のアリスとは違い灰色の短髪。どちらかといえば、アリスのモデルとなったアリス・リデルに近しい。


 アリスは玉座の肘掛け部分に腰を下ろして少年を見下ろす。

 西洋調のアリスと反し、少年は東洋調の服装。日本の学生が着用する黒の学ランを着ている。


 一見してただの学生にしか見えない少年。しかしアリスの目には違うものが映っていた。


 学ランの裏に縫い付けられた聖なる経典と護符の防御。その上に神崎流の洗礼術式の上掛け。自身の強大な霊力による力の増幅。

 少年は個にして恐山並みの霊場と化している。並みの悪霊ならば触れただけで浄化されるだろう。ただの学生などとは程遠い。ここまで生きてきたという事実が、それを否定している。


 少年の名前は――鏡也。

 アリスと出会うまではいたって普通の日本の学生。平凡な唯の学生だった。


「……ここまで来るのに随分とかかったよ」


 虚空を見つめる瞳は懐古的だった。


 たった数ヶ月の出来事だった。それが何十年も過去の出来事のようだ。思い起こせばひどく懐かしく感じる。その数ヶ月は彼が変わるために要した時間でもあった。


 ここに至るまでの数ヶ月間。ただの学生だった彼が、ミラー城の悪霊たちと戦い、そして生き延びてきた。例え自分に終焉をもたらす人間であっても、その偉業を称賛することをアリスは惜しまない。


「ただの人間がよくここまで辿りつけたものです」


「それでも多くの人が犠牲になった。その人たちの犠牲の上に俺はここに立っている」


 鏡也は手が白くなるほど拳を握りしめて告げる。

 確かに多くの人間が、彼の成長の過程で死んでいった。親友、両親、師匠、関係のない民間人までもが死んでいった。どれも鏡也にとっては掛け替えのない日常の存在であった。例えこの悪夢から目覚めたとしても、彼の日常に亡くなった者たちは帰らない。


「ふふふ……」


 鏡也の様子を眺めてアリスは短く嘲笑う。

 勘違いも甚だしい。彼の今言った言葉が業腹でならなかったのだ。


「これ以上の結果を望むのは欲張りです。あなたが私たちを倒したこの結果こそが最良なのだから。――あまり、私たちを見縊らないで頂きたい」


 玉座の後ろに闇が広がり、無数の目が鏡也を恨めしそうに睨む。アリスが内包する亡者たちも彼女と同意見らしい。突き刺さるような殺気が辺りに充満するが、鏡也は平然した表情でアリスを見つめている。


 本当によく成長したものだ。

 この”エンドを何度も経験した”アリスは鏡也を見て感慨深く思う。


 アリスが漂う闇を宥めるように撫でると無数の目たちは徐々に怨嗟の眼を閉じていく。内包する亡者たちを解放しているのだ。解放された亡者は本来の場所へと帰り、城にわずかに残る怨念がさらに減ったことで崩壊への時間が早まる。


「此度の戦いは私たちの敗北のようですね」


「……待て、それはどういうことだ?これで終わりじゃないのか?」


「紛れもない幸福なエンドですよ。しかし、私たちはまた出会うでしょう。それはなす術もなく殺される貴方。それは選択を誤った貴方。それは戦い敗れた貴方。それは目の前の貴方。この世界が円環の理を持ち続ける限り、私たちは繰り返し出会うのだから」


「なにを言っている……?」


 この世界のシステムを理解していない鏡也には理解できないだろう。理解できたとて、それが彼の幸福になるとは限らない。

 絶望か、はたまた新たな希望を見出すか。どちらの彼もアリスにとっては愛でるに値する。


 さあ、ラストはおきまりの台詞で物語を着飾ろう。


「確かに貴方は多くを多くを失った。日常に戻っても平穏は戻らない。だから鏡也さん……私の仲間になりませんか?貴方ほどの存在が人外へと反転すれば、きっと神や悪魔にもなれる。死者の蘇生など簡単なことでしょう」


「!」


 耳元に注ぎ込まれる甘美な甘言に彼は苦悩の色を滲ませる。それがたとえ論理に反する行為だとして、彼の失った日常はあまりにも輝かしいものだった。


 何より恩師である神崎沙夜の存在が悩ませた。

 アリスたちとの戦いの記憶は神崎沙夜と過ごした日々。両親を殺され行くあてのない鏡也を育てた家族であり、まだ霊能力を身に付けて間もない鏡也には彼女の強さは眩しく映っていた。


 母のような姉であり、憧れの恩師。

 彼女の死は他ならぬ鏡也の責任だった。彼女の蘇生を望まないと言えば、それは嘘になる。


「さあ、私の手を取って下さい。この玉座こそ貴方に相応しい」


 事ここまで至って逡巡する鏡也にアリスは手を差し伸べる。何万回と行った動作だけに一切の澱みがない。だからこそ鏡也はきっと自分の手を取らないと、アリスは知っている。


 決まったラスト、運命なんて陳腐な理由ではない。この数ヶ月の経験と鏡也がこの場に至った結果が、彼という人間のおおよその形を形成している。


 だからこの玉座には座らない。アリスの隣には鏡也は決していない。自分と対峙する存在こそが鏡也なのだ。


 もうすぐ出る明確な拒絶が、すでにアリスの耳の中で幻聴のように響いてる。


『「断る」』


 知っている。

 貴方は決してこの手を握ることはない。しかし手に入らないからこそ美しい物もある。


「それでこそ貴方です。私は貴方に甘い言葉を囁かれるより、ナイフを胸元に突き刺される方が魅力的ですもの」


 アリスは愛おしい表情でその柔らかな胸元を指でなぞる。

 精巧な人形のような無機質な美しさと、人ならざる魔性の淫靡さが合わさり、鏡也の心を惹いた。


 アリスの表情がただ美しいかったのだ。


 愛しの宿敵が見惚れた事実にアリスは快感にも似た歓喜を抱く。それだけで最後の別れは十分だった。


 鏡の割れる音が鳴る。それと同時に鏡也の立っている床が一枚の薄い鏡が砕けるようにして崩れた。


「アリス!」


 重力のままに落ちていく鏡也に、アリスは微笑んだ。

 この世界の鏡也の心に美しいままの姿で残るように微笑んだ。


 やがて鏡也が元の世界である日本に帰ったのを確認すると、”ゲームマスター”であるアリスは誰も座らない物寂しい玉座を撫でる。





 ◆  ◆  ◆






 ゲームの世界には終わりという物がない。ゲームがクリアされてもプレイヤーがコンティニューしたり、新規のプレイヤーが現れると、その瞬間からゲームの世界はリセットされ始めからやり直すことになる。


 人々の記憶からこのゲームが消え去るか、人間が滅びるまで延々と物語は繰り返される。

 それはとても気の遠くなる話だ。


 本来この繰り返しにゲームの世界のキャラクターは気付くことはない。だが例外としてゲームマスターと呼ばれる管理者は記憶をリセットされない。ゲームの内のバグやエラーを駆除するため、ゲームマスターたちは正しいストーリーを把握しているからである。


 永遠に続く世界の記憶を持ち続ける。それは無限地獄にいるようなものだ。だから元々、ゲームマスターとは常人の精神構造を持ってはいない。精神的超越者か、あるいは高次元の視野を持った者がゲーム内から選出される。そのため、人間の精神構造と異なった怪物や悪魔が選ばれる確率が高い。中でもアリスはその代表例だといえる。


 ゲームマスターであるアリスは、もうこれが何度目のクリアなのかすら覚えてはいない。何度ゲームオーバーしたかも忘れてしまった。

 しかしアリスはこの繰り返しを退屈に思ったことはない。ただの人間が足掻き、苦悩し、絶望し、それでも諦めず戦う姿に興味が尽きなかった。ただの人間が自分たちを打倒する偉業に歓喜せずにはいられなかった。


 たとえ世界が誰かの空想でも、自分の細胞の全てがデータによって構成されていても、この歓喜さえフレーバーテキストに記載された感情でも。


 私は今、たしかに悦んでいるのだ。


「やはり人間とは素晴らしい……」


 クリア後の満足感にアリスは酔いしれながら、割れた床の上で踊る。ガラス片がキラキラと粉雪のように降る中で、踊り子のアリスは次の世界に想いを馳せた。


「ゲームクリアおめでとう。そしてようこそニューゲーム」


 城は粉々に砕け散り、世界は暗転する。





 ◆  ◆  ◆





「……さて、これはどういうことかしら?」


 目を開けたアリスは困惑した。

 本来、アリスが目覚める場所は鏡也と初めて出会った姿見のある部屋のはずだった。


 まず目に映るのはテーブルの上に用意されたアフタヌーンティーセット。湯気の上る紅茶とケーキスタンドに盛り付けられた色とりどりのケーキやサンドイッチに食欲をそそられる。


 まわりには本棚、暖炉、階段、キッチン、古時計など家具が設置されており、どれも部屋の容量に合わせたゴシック調の小さな造りになっている。

 まるで可愛いものを詰め込んだドールハウスのようだ。


「ドールハウスのドールになった気分ね」


 新しい経験に静かに感嘆し、嬉々とした感懐を抱く。

 この現象が異常なことであっても、やはり新たな物に惹かれるのが道理だ。


 新たなバグか、世界すら改変する大掛かりなアップデートか。

 考えられる可能性とやることは沢山あるが、まずは、


「冷める前に頂きましょうか……」


 アリスは紅茶の良い香りに誘われ、目の前のカップに口をつけるのだ。

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