完璧超人の世迷言
今泉玲香は絶世の美少女だ。
ただ歩くだけで、男は惚れ、女は嫉妬も忘れファンになるほどに美しい容姿をしている。
しかも彼女は『それだけ』ではない。鉛筆と紙を持たせれば難解な数式の証明をこなし、喋らせればあらゆる国の言語を話し、ボールを持たせればレーザービームの如き豪速球が放たれる。
一言で纏めれば、文武両道というやつだった。しかもコミュニケーション力もあり、どんな人にでも分け隔てなく話す優しい一面もある。
プラス、大企業の社長令嬢。
俺に向かって世迷言を紡いだのは、そんな完璧超人だった。
「ハーレムを作ろうと思うの!」
「あー、知ってる。無駄な努力って言うんだよなそれ」
「辛辣な態度が良いね…!ぐっと来るよ!」
「ドM発言止めろや」
一歩間違ったらただの変態である。
普段は性格も良く良識もある彼女だがたまにこうなる。親の教育方針が合わないらしいのだ。俺は彼女の他にも社長令嬢を知っているが、それほど家に縛られてはいなかった。
その社長令嬢…豊崎美南曰く、「ここの会社、継げるなら継いで欲しいなー!」というかなりフランクなお願いに対して「私、医者になるから無理だなー!」とこちらも大分フランクに返したらしい。企業経営とかよく分からないけどそんな感じで良いのか。
美南のところは弟が「姉貴の代わりに継ぎたーい」と言って解決したようだが、玲香のところはそうも行かなかった。身内に継ぐ者がいなければ有能な部下を襲名するような現代的な就職形態ではなく、世襲制らしいのだ。まあ女性がなるという点においては現代的だろうが。
そしてその次期社長の筆頭が玲香なのである。
家に帰れば稽古三昧、学校に行けば持て囃される彼女は、こうやって時折ストレスを爆発させる。
「私のステータス最高値じゃない?いけると思うんだよね」
「自分で言うか。てかお前あれだろ、壊れっぷりヤバいだろ。これ家の奴に見せたら一発で候補から外れるんじゃね?」
「それじゃあ駄目なんだよー!会社の人の命運握るのが私以外の人なんて信用出来ないにも程があるし!腹の内に何抱えてるのか分からない人ばっかりなんだよ?」
「てかそもそもハーレム作る時点でアウトなんじゃ…」
学校総ハーレム化とか言いかねないし。
しかもそれを出来てしまうのが玲香である。普段は高嶺の花である彼女が「私のハーレムに入らない?」と声をかければ、皆躊躇いなく頷くだろう。
最早高嶺過ぎて奪い合いとかは起きないだろうが、彼女を崇めるあまり新興宗教でも出来てしまいそうだ。
「大丈夫だって!醜聞にならないように、ハーレム要員はちゃんと女子限定にするから!」
「それじゃあただのお前主催のサロンだろ!」
ハーレムと言うのだろうか、それ。
寧ろそちらの方がマズイ気がするのだが。百合嗜好と間違えられたら跡継ぎ問題の時にややこしいことになるぞ。
そういうのに理解がなかったら迫害されるだろうし、あったらあったで「女性が好きな彼女に男性と結婚しろと言うのは人権を踏みにじった行為だ。だから跡継ぎはうちの家の者から出す」とかなりかねない。玲香のとこの家系は恐ろしいんだよな…
「えー、でももう決めちゃったからー」
「社員の人生総無視か!?」
「違うよ。違うけど、私だって一人の女の子な訳じゃない?たまには羽目も外したいよねって…あはは、駄目かな?」
明るい声音で言ってはいるが、その声は僅かに震えている。
彼女は苦労人だ。ただ普通に話して欲しいだけなのに、カリスマ性がありすぎて神聖視され、遠巻きにされる。気のおけない友達もいるにはいるが、その友達も政治家の子息だったり医療業界のトップの子供だったりでなかなかスケジュールが合わない。
彼女に気兼ねなく話す人はそれ相応のスペックを持った者でなくては、という強迫観念にかられ、皆が彼女を敬遠するのだ。
一般庶民の中でまともに彼女と話すのは、高嶺の花に手を伸ばす愚か者の俺だけ。
なら、やることは一つしかないだろう。
「バッティングセンターに連れてってやる。そこでストレスごと思う存分かっ飛ばせ」
「え…良いの?だってバイトがあるって…」
「げ。入ってたっけ?あー、うーん…
申し訳ないが、三ゲームだけで良いでしょうか?姫」
「…っふふ、勿論ですとも!」
家計は火の車だ。苦しむ友人を元気付ける為と言ってもバイトは外せない。だってそんなことしたら家族路頭に迷うしな!?
誰も知りたかないだろうが俺が抱えた事情を話そう。
気の良い両親は以前親戚の借金の連帯保証人になり、その結果夜逃げされた。残されたのは八桁の借金。以上。
あれは今でも思い出す。人生で一番大きいトラウマだし。
金がない俺がこうやって私立高校に通えているのも、成績が優秀で全額免除の推薦が来たからだ。ここに通えてなかったら地獄の底へでもどこへでも行って親戚を探しあて、引きずり下ろしていただろう。それくらい未だに恨んでいる。
まあ俺のヘビーな過去のせいで周りからは『逆玉の輿を狙って近付く不敬者』扱いされてるが知ったことではない。玲香を利用するつもりなど欠片もないし、そんなことをしたら友人失格だ。と言うか、誰があの親戚みたいな最低行為に走るか。あのクソ野郎、せめて一言くらい謝罪文残せや。
閑話休題。
重荷に押し潰されそうな感覚は嫌というほど理解している(こちらは借金でという意味でだが)。だからこそ、彼女に笑って欲しくて言葉を重ねた。
「愚痴でも何にでもいくらでも付き合ってやる。だから背負いすぎて潰れんなよ」
「うん…ありがとう!」
ああ、やっぱり玲香には笑顔が一番似合ってる。
あれから十年後、借金も完済し、俺は無事に大企業のそこそこ重要なポストにつくことが出来た。
凄くないか!?毎月約十万を払った甲斐があった。必死に働いて捻出していることを知った銀行の人達とも仲良くなれたし、そこの銀行員さんが「有能な少年がいるよ。試しに会ってみたら?」と現在の就職先に話を通してくれたのだ。
ちなみにその銀行員、自分の好きな人が俺を好きとかなんとかで俺を嫌っていたが、それとこれとは話が別だと考えて話してくれたらしい。ありがたや。
余談だが、俺を推薦したことを知ったその女性が、それを切欠に無愛想な彼の優しさを知ったらしく、今では本当に俺のことが好きだったのかと疑いたくなるくらいのろけてくる。
…まあ、何だ。二人とも幸せそうで何よりだよ。
ところで俺の就職している大企業は、嘗ての同級生であり親友でもある玲香が社長をしているところだ。
だからだろうか。彼女はよく俺を呼び出しては雑談をするのだ。息抜きになるなら良いかと思っていたが、
「決めた。何が何でも貴方と結婚する!」
「何言ってんの!?」
またストレスがたまっているらしい。
どうやら完璧超人の世迷言はまだまだ続くようだ。
作中でほぼ明かされなかった主人公のプロフィールです。
橘千晴
妹と弟がおり、生粋のお兄ちゃん気質。そのため家のノリで皆の悩みを聞いて解消してあげるのが日課となりつつある。玲香をやたら持ち上げているが、本人もかなりのハイスペック。
高校時代は逆恨みされてごく一部からハブられていたが、人たらしが発動して結局は和解した。
玲香とは親友…と思っている。相手から想われていることにも、自分が想っていることにも気付かない究極的な鈍感野郎だが、そのお陰で周囲の人々に「良いからお前ら早くくっつけよ…!見てるこっちがじれったい!」と、仲を認められ(?)つつある。
顔もそこそこ良い。