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【病院】

【病院】

 

 しとしとと雨の降る日の話だ。

 と言っても、幽霊の話とかお化けの話かと問われると、少し不思議なお話。

 

 夏には、打ってつけの物語。

 

 その病院はオンボロだった。

 いや、病院の建物自体はそう古くは無い。設備だって整っていた。いや、後者は半分、嘘である。

 長年の経営不振と経費削減のため、設備の備品が徐々に老化、取替えようにも在庫も底をつき始め、院内は程よい感じにピリピリしていた。

 

 この話は、本来語られない話。

 せいぜい生き残ったのは、精神科の先生くらいか。

 あと、痴呆のおばあちゃん。鏡の前で、もういない自分のお爺ちゃんと会話する人だ。

 

 くちゃ……くちゃ、おじいさんや? あはは、あはは……くちゃくちゃくちゃ……。

 

 精神科の先生は「これは、脳が自分のおじいちゃんが目の前にいる。と言う認識をしているからよ? ほら、あのりんごを見て?」

 と、りんごを示す。

「これは何色に見えます?」

「そう、赤色ね。これは脳が、『りんごが赤いですよ』と認識しているからよ。

私たちは、脳から来ている情報に支配されているの」

「あのお婆ちゃんもそう。見えないのに、見えると脳が認識しているのよ」

 

 

 話を戻して、老朽化した病院内だ。

 不慣れな新人看護士がミスをしでかすわ、

 それを婦長が怒るわ、

 医師は経営不振にイライラ、

 別の医師はさらに給料の振込みが遅いとか、

 ……まさに泣き面に蜂……

 そんなときに起こった、とある患者の容態の急変。

 バタバタバタ、ガヤガヤガヤ、……飛び交う指示、手渡る医療機器、

 カチャカチャ、運び込まれる機材、


 ガヤガヤ、バタバタバタバ――


 医師と看護婦たちは迅速に行動をしたが、募っちまった不満が焦りを呼んで……ついにやってしまった、医療ミス。

 

 俺も名称は知らないが、薬になるはずの薬品が、その患者には毒になっちまってな。

 即死――薬品を運んだのは新人看護士、指示したのは医師、その場の全員、時が止まっていた。

 

 責任がどうのこうの、私が悪いの、どう報告する? 誰もが慌てたその中で、一際か細い声が、響いたんだ。

「隠せないか?」

 急変だったため、手術は病室で行われ、目撃者はなし。いや、さっきの痴呆のおばちゃんがケタケタケタと笑って見ていただけ。

 

 ほかに……、目撃者はいない――

 

 ストレスがピークに達していた医師たちは、その薬品の隠滅のため、死体を一旦、別室へ。

 

 

 だが、そのときまた別の、今度は外来から運び込まれてきた。

 医師たちは焦った。これから隠滅のためにいろいろせねばならないのに。

 やって来た救急隊員たちには頑なに断り、そして死体を別室へ運び込み、薬品隠滅のため、室内を暖かくし始めた。

 

 ひと段落して戻ると……

 

 外来に急患が、置き去りにされていたんですね。

 

 

 医師たちは激昂したが、そこへ新たな医師が現れて、その患者を観察し、驚くべき事実を告げる。

「現代では見られない奇病だ。これを解明すれば、この病院が救えるんじゃないか?」

 

 その病気は、全身が崩れ、内臓を溶かし、緑色のグジャグジャと音立てる、不気味な見たことも無い病で

「感染の恐れもあるから気をつけろ」と、新たな医師は告げ、婦長に一旦、その患者を一任します。

 

 ぐじゅるじゅる……

 

 病院に暇はありません。急患もさることながら、事件の医師たちは死体を隠蔽しつつ、夜勤をこなさなければなりません。

 新人の看護士は、注射が下手でした。

 そして、患者を死なせてしまったのも、注射でした。

 婦長にいつもしかられ、ベテラン先輩には怒られ、そのストレスは限界でした。ぐじゅるじゅる……

 

 そんな不満を抱えていたころ。

 あの、奇病の急患者が逃げました(・・・・・)

 

 見張っていた婦長さんが倒れており、空調の管にはあの緑色の汁が……ネトネト、ベトベト……

 

 婦長さんに幸い怪我はなく、別室で休ませることになり、医師たちは今度は逃げ出した『患者』を見つけ出さなければなりません。

 っつか、その時点で逃げ出せば良かったのに、と。

 医師として、院内の患者を守る義務を捨てても、それはできません。

 

 なぜなら、死体を隠蔽中だから……

 

 そのうち、あの奇病の急患者を看ていた婦長さんの様子がおかしくなりました。

 急に上の空になって、使い捨ての注射器を持ち出して「もお、こんなに無駄遣いしちゃって」「消毒すれば、また使えるじゃない」と……

 

 ブクブクブク――――ブォジュワァァァ――――

 

 自らの手ごと、熱湯で注射器を消毒しようとしました。

 もちろん婦長さんの手は真っ赤に膨れ上がって、それでも婦長さんは笑っています。

 

 気がついた先輩看護士が叫んで、ようやく婦長が悲鳴をあげますと――

 

 緑色の液体を吐き出しました。

 

 すぐに医師が駆けつけて、ビニールシートを被せて、別室に運びました。

 すでに婦長さんは目や火傷跡から、真緑の液体を流して、そして死んでしまいました。

 

 医師が遺体を調べ、内臓が溶けている、急患者と症状が一緒だと――戦慄しました。

 

 そう、未知の病気は、感染することが立証された瞬間でした。

 

 

 その魔の手は、新人の看護士にも向かいました。

 先輩の看護士が落ちこんだ後輩を見に行くと……

 

 自分の腕に何本も注射をぶっ刺して、ケタケタ笑っています。

「先輩、私、もう注射が打てるようになりましたよ。

あはははは、

あははははは、

あははははははははははははははは」

 

 ゴルブチャア――――

 

 先輩看護士は逃げ出しました。

 

 カッカッカッカ――パタパタパタパタ――

 その頃、医師たちは逃げた急患者を見つけ出そうとして、必死になって探しています。

 

 しかし、探していた医師の一人が――二手に分かれた際に襲われたようで、

 真緑の目をしたまま、――クワッ! 「逃げろ」と言い残し、絶命してしまいました。

 

 と、そこへ急患者を最初に観察した新しい医師が「新しい事実を発見した」と、言い放ちました。

 医師は「すぐに警察、医師連に連絡しよう」と言いますが、新しい医師は「だめだ」と言い、「我々で調べきるんだ」と頑なです。

 

 と、そのうちにあの新人看護士が死んでいるのを聞かされ、ふと先輩看護士はどうなったか……

 その時間帯は、あの死体を交代で見張る時間帯でしたので、証拠隠滅中の部屋にやってきました。

 

 トクトク……トクトクトク――

 先輩看護士は……死体に輸血してました。

 真っ赤な鮮血は、すぐに黒い緑色の液体に変色してしまい、医師は戦慄します。

 

 その背後に――

 死んだはずの婦長が立っていました。

「さぁ、先生も一緒に――」

 

 何が一緒に、なんでしょうか。手には緑色の液体の入った、注射器……

 足元には先輩看護士の緑色になって倒れた死体。

 

 医師は思わず逃げ出し、あの新しい医師に掴みかかりました。

「もう、皆死んでしまった。これはアンタが仕組んだんだな」

「違う、この病は、人の心に感染する病だよ」

「アンタか、誰だかが発見した新種のウィルスの実験か何かなんだろう!」

 医師はほとんど発狂寸前でした。

「君は現実と仮想との区別がなくなっているね」

 

 ふと、この新しい医師には言われたくないなとは思うんだな。

 オチを言おう、この【新しい医師】……ふと、医師が気づくと、鏡に映って(・・・・・)ないんだ。

 

 しかも、この新しい医師の顔、名前――どこかで見たことがあるような気がしたんだ。

 

 

 悲鳴。ただし、誰かが襲われたとか、そんな悲鳴ではない。

 

 精神科の女性医師が、新人看護士の注射漬けの遺体を発見し、その傍で真っ赤な白衣を身にまとった、医師を見つけてしまったから。

 傍に、あの新しい医師は、いなくなっていた。

 

 あわてて、死体部屋へと向かって……そこで死んでいる先輩看護士たちを見て、気づく。

 

 緑色、――じゃない。

 

 とにかく死体をもとの部屋へと運ぼうとして、ネームプレートを見て、気づく。

 その患者の名前、さっきの幽霊医師と同じ名前で――顔を良く見れば……あの医師の顔だった。

 

 真緑に見えていたのは、紛れも無い血液で――ほかの看護士、医師たちの遺体を確認しても、どれも……血まみれだった。

 

 だけど……鏡に映った自分の手、何処で切ったかしらない切り傷からは、

 

 緑色の血が流れていた。

 

 

 鏡越しには紅いのに、医師には赤が緑に見えていた。

 

 その後、医師の行方を知るものはいない。

 

 

 

 殺人事件として、事件は終えるはずだったが……薄く笑う痴呆のお婆ちゃん。そして第一発見の精神科医の医師は……ふと気づく。

 あの光、なんで緑色なのかしら? 救急車の赤色灯を見据え、次に……消防用のランプ……

 ……なんで、緑色?

 

 

 〜〜〜〜

 

「靜兄さん、それ、この間見たビデオのまんまじゃないですか」

「おろ? あそっか、姫っちと一緒に見てたんだっけ……あれ? じゃあ安寿とスフィーと一緒に見たのって」

「ちょw オマ――妹と彼女と何見てんだよ」

「いや、百物語の予習に(笑」

「まんまパクっちゃ駄目だろう」

「でも、百の怖い話の一つとしては、十分過ぎる面白怖さには違いないだろう?

それに、フィクション、ノンフィクションって決まりはないし、いいじゃん、映画でも。

さぁって、この事件の犯人は誰なんでしょう?」

「むっ、靜……それはミステリーホラー、推理物なのか?」

「いいえ、普通のホラーっすけど、俺の式には、これ犯人いるって直感が」

「靜、映画なのでしょう?」

「あれ? いつ、俺この話が映画だって言った?」

『ヲイ!』

 

 

 〜〜〜〜

 

 精神科の先生が、色識別の器官に異常があると訴えて、院内で治療を受け始めたころ――

 使われていない一室の掃除用具ロッカーから、小さな悲鳴が聞こえ続ける。

 タスケテ……タスケテ……

 

 ロッカーの隙間から腕が伸び、ぼとりとおちた。

 まるで、何かに溶かされたように……

 

 緑色の、腕だった。


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