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「ちーっす。あー、疲れた」

 部室へ入ると、いつも通り光輝が先に来ている。

「おや、今日はそっちからですか。どうしたんですか?またもや女子にでも追いかけられましたか?」光輝はパソコン画面から顔を離さずに答えた。

「ちげぇよ。女子どもにはすでに攻略法がある」

「何ですか?攻略法って」

「話しかけてきたら、『俺はぐいぐい接してくる奴って苦手なんだよね。だから早くどっか行かないと君の好感度下がるよ』って言えば、まずほとんどの奴はどっか行く。最近ではその噂が校内に広まったから、この学校の生徒だけはあまり不用意に話しかけてこなくなったくらいだ」それでも話しかけてくる奴はゼロじゃないが。

「相変わらず鬼畜ですなぁ」

「うるさい。自己防衛だ」

「適当に遊んで捨てればいいのに」

「お前は相変わらずクズだな」

「ぐふふ、クズ上等です。それで、女子じゃなかったら、何にそんな疲れたんですか?」

「男だ」

「ホモですか?」

「違う。俺のせいで彼女を失った奴らだ」

「ああ」こちらからは背中しか見えなかったが、何故かこいつの嬉しそうな顔が鮮明に浮かんだ。「まったく、NTR耐性の無い方たちですなぁ」

「寝取ってねーよ。ていうか、話してすらない。彼女が勝手に俺に惚れて、勝手に彼氏を捨てただけだ」

「なんだ、そうですか。けど来るところまで来ましたね。学校の裏サイトには結構その兆候はありましたが、ついに実力行使ですか。面白くなってきましたね」

「いや、何も面白くないけどね、俺は」

「またまたぁ、これで八代さんの好きな騒ぎを起こすチャンスが増えたじゃないですか」

「騒ぎなんか好きじゃねーよ」俺は見えない壁を攻撃したいだけだ。そのためには大抵騒ぎを起こす必要があるから起こしているだけである。

「僕にはそうは見えないなぁ。昨日なんか警察沙汰じゃないですか。あれはすごかったなぁ。ホントに感心しましたよ。もう脱帽を通り越して脱毛です」

「黙れ、ハゲ」

「ぐふふ、本当に脱毛したりはしませんよ。これは地毛ですからね。でも、感心したのは本当です。八代さん、是非これからも積極的に外で陰険部の活動をしていきましょう。そして、この腐った世の中に反逆の狼煙を上げましょう」顔の半分をこちらへ向けた光輝の表情は、いつも通りの気味の悪い笑顔であった。

「やなこった。そもそも俺は一度も陰険部として活動した覚えはない」

「そんなこと言ってぇ。今日の六時間目もすごい陰険なことやってたじゃないですか」

「お前…」何で知っている、と言いそうになったが、そう言ったらまるで自分の行動が陰険であったことを認めるみたいだ。「が何で俺の教室のこと分かるんだよ」

「僕はわざわざ保健室へ行くと言って教室を抜けだし、八代さんの教室を覗きに行ったんですよ。何だかんだ、八代さんの奇行を生で見たことはあまりないですからね」

 こいつ、アホか…まあ、知っていたが。

「いやあ、それも予想以上でした。あれだけやればリア充たちも充実できないこと間違いなしという攻撃っぷりです。素敵だったなぁ」

 光輝は恍惚としている。その横顔は普段の五割増しで気持ち悪い。それにしても、こいつはなにゆえこんなに世の中を憎んでいるのだろうか。まあ、俺がそんなことを思うのはおかしいかもしれないが、ちょっと尋常じゃない。確か、以前は親友に裏切られたようなことを言っていたが…

「お前ね、何でそんなに」

 ゴンゴン。

 俺の言葉はノック音に遮られた。

「ちょっと、まさか」

 ゴンゴン。

 校外に繋がっている通路の扉だ。恐らく、ほのかだろう。

「八代さん、あなた昨日、あの人を部室に来ないようにさせる作戦をしなかったんですか?」

「んなこと、とっくに忘れてたわ」

「ああもう、何ですか、それ。まったく使えない人だなぁ」光輝は吐き捨てるように言った。

「使えないとは何だ」なんと露骨な手のひら返しだろうか。数秒前まで崇拝するような態度を取っていたくせに。

「使えないから、使えないって言ったんですよ。せっかく僕の作戦は完璧だったのに」

「完璧なものか。そんな相手の羞恥心に訴える程度のやり方じゃ、どうせ意味はない。何せ、ほのかは異常なくらい俺に惚れてるんだから。そう易々とあいつの中の俺に対する恋心をかき消すことはできねぇよ」

「ああ、ホント、何でこんな人がモテてるんだろう?」

 光輝は俺でさえ思わず相槌を打ちそうなくらいもっともなことを嘆いて扉へと近づいていった。しかし開けるでもなく、ただ様子を窺っている。ゴンゴンというノック音は、その間も次第に間隔を短くして鳴り続ける。

「どうするんだよ?」

「どうしましょう。このまま放っておきましょうか?」

「それはあかんだろ。この場所をばらされたらどうするんだ?」

「それもそうですね。どうしたものか」

「諦めろよ」

「ぬう…八代さんのせいですよ。ホントにもう」

 光輝はぶつくさ言いながら扉を開けた。

「あ、やっと開いた」案の定外にいたのは、ほのかだった。「さっきからノックしてたんだけど」

「八代さんが好きだからと言って、この部屋にまでつきまとうのは止めて下さいよ」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

「じゃあ、何なんですか?何でわざわざここに来るんですか?」

「それは…その、軽い運動、そう運動のために来てあげてるの」

「じゃあ、ここに着いたらもういいですね。早く帰って下さい」光輝はにべもない。

「ちょっとくらい休ませてくれてもいいでしょ」

「ダメです」

「何でよ?」

「女子禁制だからです」

「あんたたち、ホモなの?」

「ちょっと蔑ろにされたからって、今度はそんな安い挑発ですか?そうやって挑発すれば顔真っ赤にして否定してあなたを受け入れるとでも思ってるんですか?あなた、どれだけ短絡的な思考なんですか。随分と甘く見られたものだな。僕は別にあなたにどう思われようと構わないんですよ。そこへ、あなたはわざわざそうやって自分の評価を落とすような発言をする。これでは元々望み薄だった受け入れが不可能になるのは当然だと何故分からないのですか?バカなんですか?ああ、バカでしたね。話していて分かりました。僕、バカの相手は嫌なんです。早くお引き取り下さい」

 つらつらと光輝が言い終えると、ほのかは涙目になっていた。

 さすがは陰険部の創立者だけあって人の嫌がることを言うのは得意らしい。それにしても、なんと嫌な奴だろうか。一人の友達もいないことが納得できる発言であった。そして、何故かまるで鏡を見るような気分になる発言であった。

「それでもここに来たいというなら、そろそろ八代さん目当てということを認めて下さい。リアルのツンデレは見ているだけで苛々するので」

「なんだ、その条件」ボロクソ言っていた割に随分簡単だな。

「まあ、もう場所も知られてしまっていますからね」光輝は諦めたような口調だったが、『この際だから少しでも楽しもう』という考えが透けて見える。

「い、いいわよ。そこまで言うんなら、そういうことにしておいてあげる」

「では、八代さんのことが好きなんですね?」

「そういう設定ね」

「はあ、何だか味も素っ気もないツンデレですね。まあ、いいや。どうぞお入りください」

 ほのかに部屋に入るよう促した時、光輝の顔がこちらを向いた。今日はそれまで光輝の顔をまともには見ていなかったので気づかなかったが、左目の下あたりに青あざがある。

「おい光輝、何そのあざ?」

「そういえば、私もさっきから気になってたんだけど」ほのかも俺の向かいに腰かけながら光輝の方を見る。

「別に何でもないですよ。ただ、昨日の帰りに恐喝にあっただけです」

「それ、何でもないのか?」

「警察には?」

「言ってどうするんです?」光輝は呆れたといったように肩をすくめる。「どうせ捕まりませんよ。僕が恐喝されるような男であるという無様な事実を広めるだけです。取られたのもダミー財布の中に入ってる千円だけでしたし」

「ダミー財布なんて持ち歩いてるのか?」

「ええ。昔っから出かけると結構な確率で恐喝に遭うので。僕はそういう性質なんです」

 何となくこいつが世の中を憎んでいる理由が垣間見えた気がした。

「でも、もしかしたら捕まるってことも」

「いいんですよ。大体どんだけお人好しなんですか、海野さん。今さっきあなたをバカにした僕を心配してるんですか?僕に同情するんですか?普通だったら、ざまあみろと言って喜ぶところでしょう」

「だって、私はあなたみたいに低俗な人間じゃないし」

「しっかり言い返してるじゃないですか。まあ、とにかく僕のことはどうでもよろしい。それよりも来る文化祭でどう陰険部が活動するのか、ということを僕は話し合いたいんです」

「何だそれ、聞いてないぞ」

「ええ、言ってませんから。でも今日の六時間目の八代さんを見て僕は決めました。これからは陰険部も積極的に活動を展開して、諸々の楽しい行事をぶち壊しにするんです。しなければならないんです」

「ちょっと何を言っているのか分からないんだけど」ほのかは戸惑っている。

「言葉通りの意味です。この部屋を使うからには海野さんにも協力してもらいますよ。スーパーエースの八代さんもいることですし、成功は間違いなしです」

「誰が参加するって…」いや、待てよ。ひょっとしたらこれは上手く使えば、一人でやるよりも大きな打撃を見えない壁に与えられるかもしれない。動機は少し異なるが、光輝も結局は文化祭をぶち壊したいというのは同じだしな…教室では山内を使うのに失敗したが、こうやって前もって協力しながらぶっ壊していくのもありか。

「八代さん、お願いしますよ。一緒に壊しましょう、文化祭」

「うーん、やり方次第じゃあ考えてもいいかもな」

「本当ですか。さすが八代さん。それでこそ我が部のエースです。僕、全身全霊を込めて誰一人として得しない、最悪の文化祭にする作戦を考えますから。あ、でも僕は得しますね、ぐふふ」

「あの、本当にその作戦に私も参加するの?」

「当然ですよ。嫌なら出て行って下さい、今すぐ」シッシッと動物でも追い払うように光輝は手を振った。

「嫌な奴ね。やればいいんでしょ」

「そうです。大好きな八代さんと一緒に居たければ、やればいいんです」

「それはあんたが考えた設定でしょ」

「なら、海野さんは何でそうまでしてここに居ようとするですか?」

「それはまあ、ここの居心地がいいから…」

「それなら、僕らがここを使わなくても一人でここを使うために毎日通ってくるんですね?」

「う…初めて会った時から思ってたんだけど、あんたってホントにムカつくわね」

「結構です。それで、どうなんですか?一人でもここ使うんですか?」

「あーもう、分かったわよ、そうよ、正に会うために来てるの。これでいい?」

「そうです。人間、素直が一番」

「お前なんて、性格の悪いとこ丸出しだもんな」

「八代さんに言われたくないですね。僕の同志としてはこれ以上ないくらいの人ですが、正直言って、何で海野さんが八代さんを好きなのか分からないです」

「潜在的魅力って奴だよ。まあ、ほのかは俺にべた惚れだから欠点が見えてない部分があるんだろ」

「そんなわけないでしょ!本当に私があんたのこと好きだと思ってんの?何、べた惚れって。何を根拠に言ってるわけ?」

「そうやってムキになるほど墓穴を掘っていることに、そろそろ気がついてください」

「顔真っ赤だしな」

「な、ななな何よ。か、顔が赤いのは、ちょっと、その、暑いだけなんだから」

 こいつはまだ隠せると思っているのか。ツンデレもここまでくると、可愛いを通り越して気の毒になってくる。

「分かった、分かった。それで光輝、お前のクラスは何をやるんだ?」

「六時間目いなかったんでよく知らないですけど、どうもメイド喫茶をやるらしいですよ。どうせ、クラスの中心になっている輩が楽しくやりたいっていう自分らの欲望を、あたかも正論のように他の人間に押し付けて協力させるんだろうなぁ。そして、その実楽しむのはそいつらばかり。ああ、一人も客が入らずに終わって、お通夜みたいな雰囲気のあいつらが見たいです」

「お前とクラスメートになった奴らあれだな…可哀そうだな」

「何言ってるんですか、あんな連中に同情の余地はありませんよ。八代さんだって、そういう奴らが憎いんでしょう?」

「別にそんなことはない。俺はあらかじめ心中で彼らに何度も何度も重ねて謝罪をしつつ、文化祭をぶっ壊すんだ」

「何なの、それ」ほのかが怪訝な顔をする。

「思った以上にイカれてますね。さすがは陰険部のエースです」光輝は嬉しそうな顔をする。

「お前ね、さっきからエースとか言ってるけど、俺はまだ入部してないぞ?そもそも正式な部活動じゃないだろ、ここ」

「非公式だからこそ、部長の僕が決めたらその人は入部なんです。それにずるいですよ、散々この部屋を避難所に使っておいて」

「避難所?」

「八代さんは学校にいると女子が群がって来るんで、生徒や先生に知られていないこの場所に避難しているんです」

「おい!」何でばらしているんだ、このアホは。

「え?ここって大原高校の中の施設じゃないの?」

「あ…」

光輝の表情が固まった。

「はあ。仕方ないな。ここはだな…」

もう隠しきれないと悟った俺は、この場所が大原高校の中では存在しないことになっている場所であるということをほのかに説明した。

「へー、それじゃあ、この場所がばらされたら困るわけなんだ」復讐の笑みがほのかの顔に浮かんでいた。

「あ、あなただって、ここが明らかになれば放課後に八代さんと会うことができなくなるんですよ?」

「でも、私にはまだ他の手段があるし…って、別に正に会いたいなんて思ってないわよ!」

 光輝は悔しそうにほのかを睨んだ。ほのかは涼しい顔をしている。

「くそう、脅迫だ。脅迫だ。警察を呼べ」

「まあ、落ち着いてよ。私は別に、ばらしてやろうなんて思ってないんだから。こっちにだってメリット少ないし。だから、あなたの態度次第ね、光輝くん。あなたが私に普通の態度で接すれば問題ないのよ」

 光輝は歯を食いしばってほのかの方を睨み続けていたが、やがて「分かりました。お互い穏和にいきましょう」と言って、がっくりと机に突っ伏した。

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