第九話 再会
いた。やはりいた。
鏡の中では、学校の時とは違い、黒のボディースーツ(いわゆる全身タイツ)を来たオリエプが千切れんばかりに両手を振っていた。
「た、ただ今、兄さん」
その喜びっぷりに少したじろぎながら玉吉が言うと……
「だ〜めだめ! 俺、こっちの名前では蒼吉って言うんだ。だから、俺のことは『あっくん』て呼んでくれよな!」
いつの間にか鏡から抜け出てきたオリエプが、人差し指をチッチッチッ、と振った。
至近距離でそんな仕草をされれば、常人ならばどん引きしているところだろう。
しかし玉吉は、そんな仕草にときめいたのか、頬を染めて
「あ、あっくん……」と呟いた。
「そうそう!」
いい子だね〜、と蒼吉――オリエプが玉吉の頭を撫でる。更に広がる頭頂部の空隙。
その手を心地よく思いながら、玉吉は本題を切り出した。
「兄さ、あ、あっくん、俺には何が何だかさっぱり分からないよ。双子がいたなんて聞いたことなかったし……それに、鏡の国って?」
意味深な目付きで玉吉を眺め回していたオリエプは、玉吉の手をとり、三流俳優も真っ青になるくらい、大げさで芝居がかった口調(ちなみに普段からこう言う喋り方だ)で答えた。
「あぁ、たっちゃん……おまえが何も知らないのも無理はない! なぜならこれは、屋盛家に伝わる伝説が関わっているんだ。話せば長くなる、とりあえず座ろう」
部屋の主人が勧めもしないのに勝手にソファの端っこに座ったオリエプは、自分の隣をバンバン叩いて笑顔を浮かべた。
「さぁたっちゃん、俺の隣においで!! 俺が手取り足取り教えてあげよう、我が家に伝わる伝説を……」
強引な兄にたじろぎつつも、玉吉は素直に腰を下ろす。
すかさず玉吉の肩に腕を回すオリエプ。緊張しきった玉吉の体が、驚きでビクッと撥ねた。
大の男二人を抱えた革張りのソファーはその重さ以上に沈み込んでいる様である……きっとソファーも息苦しいのだろう。
「なっにから話っそかなぁ〜」
明らかに楽しげなオリエプの、その掌はすでに玉吉の肩を撫で回している。
「兄、あっくん……あの……手が……」
顔が青くなったり赤くなったりして困惑する玉吉を楽しそうに見つめるオリエプ。
何を言わんとしているかは十分理解している―─が、オリエプには、弟への熱烈愛情攻撃を中断する気は毛頭ない。
長年想い続けた愛する弟が、いま目の前にいるのだ。鏡の中じゃなく、直に触れる場所にいるのだ。
改めて感激するオリエプ。隣に座る弟の体を引き寄せ、逃げられる前にさっさと話を進めてしまうことにした。
パチンッとオリエプが指を鳴らすと、まだ夕方なのに何故か暗くなりムーディーな雰囲気を醸し出し始める。
「 鏡王国……そこは鏡の中にあるもう一つの世界。住民はみんな全身タイツの民族衣装を着て幸せに暮らしている、素晴らしい国がありました。こんな童話を聞いたことないかい、マイブラザー?」
「え……!?」
それは確かに聞き覚えのあるフレーズだった。玉吉がまだ幼い頃、ママンがよく話してくれた童話。
「それは本当に存在しているんだよ。」
玉吉と――鏡名
「オリエス」と、オリエプ――本名
「屋盛蒼吉」。
二人は鏡の向こうの国・ミラ皇国の国王オリエプ3世と王妃ドドザベス(ママン)の皇子として生まれた。
輝く美しい顔の皇子として大切に育てられるはずだった二人。
しかし国にはある掟があって……
「……あぁ! なんということだ!! 俺たちは引き離されてしまったのだよ!!!」
話が進むにつれて、オリエプの手は肩から背中づたいに腰へ移動していた。
「俺は泣く泣くダディと残り、たっちゃんはママンに連れられてこの世界にやってきた……。まぁ、ダディはたまに顔をだしていたみたいだけどね」
玉吉にはショックな真実だった。自分がこんなメルヘンな国の皇子だったなんて。仕事でめったに帰れないと言っていた父が、よもや鏡から出てきていたなんて。全身タイツが強制だなんて。
「ショックかい、たっちゃん? そうだろうとも。でもこれ全て事実なのさ! それからの兄ちゃんはなぁ、いつも鏡の向こう側からお前を見て……」
「あの……ところで、掟って?」
数秒の間。
「……。なんだっけ?」
[続く]