第五話 捕球
3、4時間目は体育だった。男子の中には、まぁ単に面倒臭いからと言う理由で、女子の目も気にせず教室で着替える者もいるが、玉吉に言わせれば、そんな行為は下品極まりないことだった。
『まったく、純情なレディ達に、よくそんな汚い体をさらせるものだ! 俺ほどのセクシーな体ならいざ知らず……。まぁ、俺はダンディかつ紳士だからこんな下品な連中と同じ行動をとろうとは思わないけどな!』
わずか3秒の思考ののち、巨大な『お着替えセット』――大きな黒い袋にジャージが入っている――を手にした玉吉は、一人トイレに向かった。
人目をさけるように、いつも玉吉は個室で着替えている。もちろん、時間厳守は紳士の基本なので、迅速に着替える。
本人としては紳士的行動なのだが、クラスの男子はいつも、『屋盛、また腹壊したのか?』と思っていたのだった。
着替えを終えた玉吉は、高速歩行でグラウンドに向かった。今日の体育はソフトボール。しかも、隣のテニスコートでは女子がテニスの練習をしている。
『これは……! 空手で鍛えた強靱な肉体が打ったり投げたりするトコロをアピールする絶好の機会じゃないか!』
テンションがジェット気流のごとくアップした玉吉は、さっそくグラブをはめてキャッチボールを始めた……
……いのだが、しかし相手が見付からない。
親友・朱牙はさっさとクラス一優しい男と評判の慎出井介と組んでしまったし、もう一人の親友・獅子浪は未だにひよこを絶賛捜索中なのだ。
玉吉は焦った。いくら間違ったポジティブシンキングの持ち主と謂えども、さすがに危機を感じているようだ。
が、やはりナルシスト。思考は常人とは一味も二味も違った。
『……ちッ……これじゃ俺の強靭な肩をレディ達にお披露目することが出来ないじゃなぃか!』
どうやら自分が仲間外れにされていると言う考えには全く至らないらしい……きっと長生きするだろう。
左東達の組に入れてもらうか否かと思い悩む玉吉……かなり挙動不審である。
ところが、そんな玉吉にも気を付かう心優しき物好きがいた。
「おぉーーやもりぃ〜余ってんなら一緒にやろうぜぇ〜」
玉吉は更に焦った。こんな特徴的な発声をした男は彼奴しかいない!!
恐る恐る振り返った玉吉が見たものは……
「「何してんだよー?早く来いよー」」
そう…玉吉が目にしたのは愉快に手を振る満面笑顔の男――その実体は半袖ラバァーで常時笑顔のイイ奴、上立笑矢。
そして笑矢の隣に仁王立ちしているチビマッチョ、猪克髭であった。
玉吉は絶望した。何故ならクラスで最も彼のポリシーに反している二人に誘われてしまったからだ。
玉吉に言わせれば、スマイルはそんなに簡単に振り撒いて良いモノでは無いし、筋肉をむやみに見せびらかすのは野蛮な行為なのだ。
しかし玉吉だって常に笑みを浮かべているようにみえる。
だが、彼は表情筋が発達していない為に、自身の表情を操ることが出来ず、思考が全て顔に出てしまっているのだ。
ただ鏡に映った自身の麗しい虚像や周囲の人々の反応を思い浮かべては、思い出し笑いをしてしまっているだけなのである。
漸く玉吉は判断を下した。笑矢達の方へ向かって歩き出した。
笑矢達のいた場所が良かったのか……すぐ隣は女子達のいるテニスコートである。
そして、怒濤のキャッチボールが始まった。
[続く]