第三話 朝景
獅子浪の視線の先には、一人の少女が歩いていた。これまたクラスメイトの月要女子である。
女子は、学校祭で幾度か会話してから密かに玉吉が狙っていた美少女だ。
『月要さんとはメアドまで知っている仲だ。最近は俺の美しさに恥じらいを覚えたのかメールのやりとりはないが、最近どうも俺のほうをチラチラみているみたいだし……今日は何かが起こる日なんだ!』
わずか3秒で、心の中で勝手な納得をした玉吉。もちろん、ナルシストが大の苦手である女子が既に自分のメアドを葬りさっていることはまったく想定外だ。
「比奈野……月要さんに声をかけて、こっちにつれてこい。そしたら、月要さんのひよこはお前のものだ!」
女子が、飼っているひよこを最近学校に連れてきていることをすでに知っていた玉吉は、ここぞとばかりにその情報を獅子浪に与える。
その一言に理性をなくした獅子浪は、たてがみのような髪をなびかせながら、獲物に狙いを定めたライオンのごとく激しく、慎重に女子との距離をつめてゆく!
そして、自分が一番セクシーだと信じている歩き方で接近を開始する玉吉!女子、危うし!
ヒヨコに目がくらんだ獅子浪が、女子の肩を叩こうとしたその時――!
タターン タターン
「こ、この足音は、まさか彼女か……?!」
タターン タターン
通常の日本人が一般道を歩いている限り、絶対に聞かれないであろう足音──
その足音の主は、マサイ族屈指のステップで颯爽と駆け抜ける少女。
見た目は子供!頭脳も子供!
その名は、飛跳亜芽!
『やばい……やばいぞ比奈野……飛跳はハムハムハ流免許皆伝のモランなのに!』
亜芽は、夏休みを利用してケニア旅行にでかけ、サバンナをぶらついていた時に出会ったマサイの戦士と友達になり、しかも現地でモラン――マサイ語で勇者、戦士の意――の免許まで皆伝されたという、最強少女である。
幼げな外見や、のほほんとしたしゃべり方からは想像もつかない。
「めこーおっはよぉー♪」
「おっ亜芽ぇー気付かなかったよー!」
亜芽はヴァイオレンスな女子のいぢめ(あくまでい“ぢ”めである)の対象──だが、女子の危機を感じて助けに来てくれたのだった。
亜芽が少し焦っている様だったので、女子はまさかとは思いつつ後ろを振り返った。
「……──ッ!?」
玉吉と獅子浪の姿を視界に入れてしまった女子は、震え立つ体に鞭打って、亜芽と共にダッシュ(もちろん常人の走り方である)して教室に逃げ込んだのであった。
一方、絶好のチャンスを逃した玉吉は、早足で横断歩道を渡っていた。
『ちっ、あの忌々しいマサイ女め……。まぁいいさ、時間はいくらでもある。近いうち、俺のスマイルはダイヤモンドに匹敵する輝きで彼女を魅了するだろう! そして……(以下略)』
……玉吉はしぶとかった。
藻下蘭高校の校舎に、朝のHRを告げる鐘が鳴りわたる。
玉吉は、その音と同時にF組の教室にすべりこんだ。ぜはーぜはーと荒い呼吸を死に物狂いで押し隠し、平静を装う。
いついかなる時もダンディ&マイルド。それが玉吉の美学なのだ。
そしてふぅっ、と一息、汗がしたたる前髪を掻き上げる。これも当然周囲の目を意識しての行動である。何度も言うが、玉吉はナルシーなのだ。
遠くで亜芽が
「だいじょーぶだったー!?」と叫んでいる。
亜芽は魔珠から話を聞き、潔癖である彼女を心配していたのだが、そんなことが玉吉に理解できるはずはなかった。
そこに、玉吉の第二の友・左東朱牙が近づいてくる。
又の名を、カテキン会会員その1。
「おはよう……。比奈野はどうした? 休みか?」
『あ、忘れてた……あいつどこ行ったんだ?』
哀れ獅子浪は、ひよこに飢え、猛獣のように何処かへ走り去ってしまったのであった。
ただでさえ危ないのに、またひとつ、欠席日数が増えた獅子浪。
そうこうしているうちに、一時間目の授業が始まった。
[続く]