第十四話 旅立
オリエプは今日の出来事をジョルディにすべて暴露した(専ら弟の美しさについての話題で占められていたが)。
「そうですか……」
ジョルディは、“掟”の事には敢えて触れなかった。生き別れた弟にやっと出会えたオリエプの喜びが、同じく兄弟をもつ自分にはよく理解できたからだ。
「皇子、彼らを見てください」
唐突に、ジョルディは、眼下で夜のトレーニングに励むシャマイ族を指差した。
「彼らがどうかしたのかい、ジョルディ?」
いかにもアホな声音で尋ねる主君に内心ため息をつきながらも、ジョルディは言葉を続けた。
「彼らシャマイ族は、ここ数年でかなり強くなりました。族長のア・ヤカ・ミカは絶大なカリスマ性をもっています。さらに、彼女の側近マヤン・ミラキの腹黒さとレラッカ・ブ・ルコーのバイオレンスさは、我が国でも1、2を争うと言われています」
「え?! そんな恐ろしい人材が揃っているのかい、シャマイ族ってのは!!」
今まで鏡ばかり見てあまり帝王学を学んでこなかったオリエプは、いまさら知る国の内情に舌をまいた。
「シャマイ族だけではありません。ひよこ族、キノグラ族、イケモンド族……多部族国家である我が国は、いつも国家転覆の危険と隣り合わせ。そして皇子はこれから、そんな我が国を治めていかなくてはならないのです。我らミラ族の末永い繁栄のためにも、どうか、この事実を忘れないでください」
ジョルディの真剣な言葉を聞いているうちに、オリエプは“掟”のことを思い出していた。だが……
「心配するな、ジョルディ! 俺はオリエプ様だぞ! そんな呪いなんて、俺の力で封印してやるさっ!」
どこまで楽天的なんだ……
城への帰路で、ジョルディは何度もため息をついた。
その頃、現実では――
「う、う〜ん……あれ? あっくん?」
玉吉が夜中にふと目を覚ますと、隣で体を寄せ合って眠っていたはずの兄が姿を消していた。
家のどこかにいる気配もない。
しかしオリエプが自分に何も言わず出かけるとも思えない。
「どこ行ったんだ?」
捜しにいこう、と上半身をおこすと不意に強烈な力で引っ張られた。
ママンがしっかり玉吉の腕をつかんで眠っていたからだ。
「ママン、あっくんを捜してくるから離して……お願いママン、頼むからママン……だぁっ! もう! あっくんのためだ……とぅ!」
玉吉は得意の空手技でママンを弾き飛ばし、ベッドから飛び降りた。
いつもならママンに手をあげるなど絶対にないのだが、玉吉は兄がいなくなって動揺していた。
――ある日突然やってきた不思議の国の住人が、いずれこっそりと自分の国に帰っていくというのはよくある話じゃないか!!
捜索むなしく、玉吉の不安は大きくなるばかり。トイレにも、ママンの部屋にも、バスルームにも、クローゼットにもいない。
やはり――玉吉は部屋の全身鏡をみつめた。
「あっくん……」
鏡の向こうで、あっくんの叫びが聞こえた気がした。
「待っててあっくん! こんどは俺が迎えにいくよ!!」
玉吉は鏡に入る方法など知らないが、オリエプと離れ離れになるのは我慢できない。
意を決して鏡にダイブする。
「あっくーーん!!!!」
鏡に映る玉吉の姿と玉吉自身が近づいていき、抱き合ったかのように一瞬見え、そして消えた。
[終・第2部に続く]