第十三話 鏡界
「みんなどこいっちゃったんだよぉ〜……」
小声でつぶやきながら、オリエプは不安げに辺りを見回す。しかし誰も答えてくれない。玉吉もママンもいない。
それもそのはず、オリエプは一人鏡の向こう側へ、神様の不思議な力によって吹っ飛ばされてしまったのだ。
バラ色のパジャマ(玉吉とおそろい)の端を握り締め、孤独に震えるオリエプ。
知っているだろうか……
うさぎは一匹だけでは寂しさのあまり死んでしまうらしい。
……なーんてそんな悲劇を演出してみたりしながら、オリエプは歩き始めた。
まずは、二人を探さなくては!!
ポジティブ思考が彼の長所でもあり、短所でもある。
今日はそれが功を奏したのか、すぐに森の出口を発見できた。急いで暗い森を抜けると、そこには草が点々と生えているだけの荒野が広がっていた。
まるで、ミラ族の頭のような枯れようだった。
オリエプがそこに足を踏み入れた、その時……
「夜のトレーニングだぁあぁぁ!!」
奇怪なお叫びをあげ、何者かがすごいスピードで近づいてきた。しかも一人ではなかった。
タターン タターン
聞き覚えのあるステップ。
忘れもしない、あの赤チェック。
あれは、あれは……
「シャマイ族だ……」
オリエプはようやく自分が鏡の国にいることを悟った。そしてシャマイ族の長ア・ヤカ・ミカを先頭に、総勢40人はいるであろうモラン(シャマイ語で戦士の意)軍団がこちらに向かって突進してくることも。
「え?…あああぁぁぁ!!」
シャマイ族は、ミラ皇国に住む勇敢な先住部族のひとつである。最近はミラ族を倒してシャマイ王国をたてようと狙っているらしい。
新長のア・ヤカ・ミカが実力あるモランだから……ではなく、補佐役のマヤン・ミラキの腹黒もとい綿密な策略と、モラン期待のルーキー、レラッカ・ブ・ルコーの強さは彼らにとって驚異なのだ。
とにかくも、そんなシャマイ族達が猛烈に突っ込んでくるものだから、オリエプは必死で逃げ出した。
「ぜはー、ぜはー」
なんとかシャマイ族の突進から逃げ切ったオリエプは、王都ポロッサの玄関口・薔薇門に辿り着いた。
普段体を鍛えてはいるが、さすがにあのシャマイランから逃げるにはかなりの体力の消耗を余儀なくされた。
「な、なんで帰ってきてしまったんだ……せっかく愛しいたっちゃんの寝顔をじっくり観察しようと思ったのに……」
突然の強制帰還に、ただただ嘆くオリエプ。
その時――
「お、皇子!!」
背後から聞こえた柔らかなボーイズソプラノにオリエプが振り替えると、そこには彼の腹心・フランシスコ兄弟の弟、ジョルディ=フランシスコが数人の衛兵を従えて立っていた。
「じ、ジョルディ?!」
自分が勝手に城を留守にしたことは誰にも言っていないはずなのに……
驚くオリエプをよそに、ジョルディはそのあどけない顔に安堵の色を浮かべ駆け寄ってきた。
「オリエプ様、一体どちらにいらしたんですか?! 陛下のご命令でおよびに参ったら、皇子の部屋には誰もいないし、皆に聞いても誰もあなたの行方を知らなくて……。あぁ皇子、ご無事でよかった! 皇子になにかあったら僕は……!!」
涙声で言葉をつまらせる年若い家来を安心させるように、オリエプは疲れた顔に笑顔を浮かべた。
「心配かけてごめんよ。実はオレ……」
[続く]