第十話 真実
「え、忘れたの?」
不安げな玉吉。
しかしオリエプはそんな弟を安心させるように破顔した。
「まぁ、こうして俺たちは出会えたんだから、そんな細かいことはどうでもいいじゃないか!」
「そ、そうだね……」
間近で見る兄のまばゆい微笑みに、すっかり憧れに似た感情を抱ききった玉吉。
「今まで淋しい思いをさせてしまったね、たっちゃん。でも、ダディに鏡を通り抜ける技を伝授されたのはつい最近だったんだ! あのわからず屋ときたら、俺が成人するまでは絶対にお前に会いに行くななんて言ってさ」
ちなみにその理由こそが、オリエプがすっかり失念した
「掟」だった。
ミラ王家には、双子の兄弟が生まれると国に災いがもたらされると言う伝説がある。そのため、代々双子が生まれると引き離すのが王家の
「掟」となったのだった。
「この前俺たち、18才の誕生日だっただろ? ミラ皇国では成人を迎える年さ! それで、成人になったんだからってことでダディのお許しがでたわけさ!! あぁ、長かったなぁこの18年……」
ダディは、成人すればいくら弟バカなオリエプでも分別がつくだろう、と思ったからこそ、オリエプが玉吉に会いにゆくことを許可したのだ――こちら側に連れてこないという条件付きで。
しかし、ダディは甘かった。そりゃもうケーキに砂糖と蜂蜜をしこたまかけたくらい、甘かった。
「まぁ、そう言うわけだよたっちゃん! ダディのお許しも出たことだし、一緒に故郷に帰ろう! そしてこれからは兄ちゃんとずっと一緒に暮らそう!!」
今や両腕で弟の体を引き寄せ、甘いバス(本人曰く)でまくしたてるオリエプの脳みそには、ダディの忠告などミジンコの足の爪ほども残っていない。あまりの感動で、そんなものは吹き飛んだようだ。
「あっくん……」
一方、玉吉の頭の中はごっちゃになっていた。いきなり知らされた出生の秘密は、あまりにもメルヘンすぎてにわかには信じられなかったし、何より今の状況――薄暗くムーディな部屋のソファに座り、まさしく理想的な(つまり自分とまったく同じ)姿の兄に抱き寄せられている――は非常に心臓に悪い。さっきから心拍数は右肩上がりだ。
「どうしたんだい、たっちゃん? 緊張しているのかい?」
混乱しすぎて何も言えない玉吉を見て、オリエプは困ったような笑みを浮かべた。そしてあろうことか、玉吉の左胸に耳を押しあてたのだ。
「ちょっ、あっくん?!」
「ははは! こんなにどきどきしているのかい、たっちゃん? いくら兄ちゃんが美しいからって、そんなに緊張することはないんだよ!!」
邪気配合の必殺スマイルを浮かべながら幸の薄い頭をすり寄せてくる兄を、冷や汗でびっしょりになった手で押し返しながら玉吉は言った。
「あ、あのさ! 今は正直どうしたらいいかわからないんだ。だから、ママンが帰ってくるまで待ってくれないかな……ママンと相談しよう!」
「それもそうだなぁ。それに、俺も、物心ついてからママンに会うのは初めてだからね!」
しぶしぶ玉吉から離れたオリエプはそう言うと、いきなり真面目な表情を浮かべて玉吉を見つめた。
「それじゃぁ、ママンが帰ってくるまで、兄弟水入らずの時間をすごそうじゃないか! 積もる話もあるしね」
「そうだね……」
今までずっと、お互いのことを知らずに育ってきたのだ。もっと兄のことを知りたいし、自分のことも知ってほしい。
すると、何から話そうかと悩む玉吉に、オリエプがおもむろに切り出した。
「実は兄ちゃん、お前にあえたらぜひとも頼みたいことがあったんだ。たっちゃん、兄ちゃんのお願い、聞いてくれるよね?」
すっかり兄のことが好きになった玉吉は、ただただ素直に頷いた。
「なんだい? 俺にできることなら……」
そして。
それを見たオリエプは、にやりと笑ってその
「お願い」を言い放った。
「じゃぁ、兄ちゃんに膝枕をしてくれ!!」
「えぇぇ?!」
冗談じゃない! と玉吉は思った。
いくら美しい兄の願いとは言え、そんな恥ずかしいことは出来ない……のではなく、
(俺はするよりされる派なんだぁぁあ!!)
さすがナルシー、論点のズレ具合が半端じゃない。
葛藤中の玉吉とは裏腹に、オリエプは目を爛々と光らせ、顔を近付けてくる。
「あ、あのさ、あっくん、さすがにそれは……ちょっと……」
「ちょっと……なんだい、たっちゃん?」
如何にも腹黒そうな笑みを浮かべたオリエプは、弟の頭頂部に右手を乗せ、玉吉最大の弱点――空白の部分――を親指でゆっくりと撫で回した。
「ぎゃああっ!!」
[続く]