第一話 予兆
『鏡の国戦記』は、実在の人物、団体等とは一切関係ないオリジナル・フィクションです。物語の一部にぬるいBL・同人的要素が含まれますが、全年齢・両性対応ですので、ご理解頂ける方は、どうぞお楽しみ下さい。
枕元に置いたケータイから、目覚ましに設定したメロディが流れてくる。
「……うぅー……」
再び閉じようとする目蓋を気合いで開き、ケータイの目覚ましをオフにした玉吉は、ベッドから起きあがるとまず、おもむろに部屋備え付けの等身大鏡に向かった。
鏡の向こうでは、日に焼けない、男にしては白い顔が、いつもは釣り目がちの瞳をしょぼしょぼさせている。
玉吉は、ぼんやりした頭でもう一人の自分に向かって微笑み、心中で念じる。
『うん……今日もキマってる! 俺って罪な男!』
そして次に、鏡の前でポーズをとる。
「はっ!」
今日は、7歳からずっと習っている空手の型を決めてみた。
いくつか型を決めていくうちに、だんだんと頭が冴えてくる感覚。
「よしっ!」
両手で頬をぴしゃりと叩くと、玉吉は洗面所へと階段を降りていった。
これは、玉吉が毎朝行う、眠気覚ましの儀式である。
屋盛玉吉は、道立藻下蘭高校に通う3年生だ。成績も生活もいたって普通――もちろん本人の語る所ではあるが――である玉吉に、普通でない所があるとすれば、それは、
『ナルシスト』
である事だった。
「あら、玉ちゃん、起きてたの? 早くしないと遅刻しちゃうわよ」
洗面所の鏡の前で、自慢の外刎ねヘアをセッティングしていたところに、その時突然、洗面所の扉が開いた。母のご登場である。
「まぁ玉ちゃん、今日も可愛いわ!」
母は、パジャマ姿で髪をいじる息子をうっとりと見つめた。
「あぁ、ママン。おはよう!」
玉吉がママンと呼ぶ母――彼女こそ、玉吉がナルシストになってしまった最大の要因と言っても過言ではない。
母は、尋常でないほど息子を溺愛している。いつも息子をうっとり見つめては、言葉のかぎりに誉めちぎり、そして……
「じゃぁ写真を撮りましょうね! 今日はどんなポーズがいいかしら?」
おもむろに、エプロンのポケットからデジカメを取り出す母。
そう。彼女はなによりも、息子の写真を撮ることに心血を注いでいるのだ。毎朝の写真撮影は一日も欠かしたことがない。
曰く、『いつか有名になったときに写真集を出すためよ!』
――こんな母親に育てられれば、多少ナルッ気が芽生えるのも無理はない。
「じゃぁ、今日はアフレンジャー・レッドのポーズでいこうかな」
真剣な顔つきで、今流行りのアフロヘアーのレンジャーのポーズをとる玉吉。高々とあげた右足と、斜め左に捻った上半身が、ぷるぷると震える。
軽快な音とともに、母がシャッターを切った。
「じゃぁ、これは帰ってくるまでに現像しとくわね」
うれしそうに去っていく母を横目に、今日学校に着ていく服を選ぼうと、洗面所から出ようとした玉吉。その時……
『……っちゃ……が……』
「?!」
鏡から何か声が聞こえたような気がして、玉吉は素早く振り返った。
「……そんなわけないか」
首をひねりながら、玉吉は洗面所をあとにした。
[続く]