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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
一部 邂逅編
9/106

八章   旅立ち


 怪しい雰囲気が部屋中を包んでいる。

 ディーティニアの手がキョウの頬を撫で続けていたが、それが止まることがない。

 互いが互いの顔を覗き込むように、視線を合わせる。テーブルの上に身体をのせ、両膝をつきながら魔女は顔を寄せている。恋人同士が愛を囁く光景と見間違えんばかりの姿だが、二人の間にはそういった甘い空気は微塵も流れていなかった。

 逆にピリピリとした、息も吐けぬ常人では近づくことも出来ない空間がここにある。


 その気配が家の外にまで漏れ出ていたのだろう。

 ギャーギャーという鳥の鳴き声と、飛び立つ音が外から聞こえてきた。

 夕方にディーティニアの戦闘態勢に入ったときの重圧で逃げ出した彼らは、折角戻ってきたというのに再び、二人が放つ異常な気配で逃げ出すはめになった。なんとも哀れな話である。


 その音が引き金となり、張り詰めていた部屋中の空気が霧散した。

 キョウもディーティニアも、ハッと我を取り戻したようにぱちくりと何度か目を瞬かせる。

 二人の顔の距離僅か数十センチ。吐息がかかるほどの近さだ。


 暫く見詰め合っていたが、やがてディーティニアは自分がテーブルの上に乗っていることを思い出すと、そそくさと降りる。そのまま勢いよく椅子に腰を下ろすと、大きめの三角帽子を夕方にやったようにもう一度深々と被りなおした。

 

「うむ……なんじゃ。そういったわけでワシもお主の旅に同行しよう。安心せい、迷惑になることはせぬよ」

「ああ、まぁ……俺も幻想大陸(・・・・)のこと全くわからないし。一緒に来てくれるなら助かる」

「そ、そうか。うむうむ。」


 ごほんっと咳払いして、早口で語るディーティニアに、キョウも歓迎するといった口調で答えた。

 実は三角帽子の下、キョウから見えなくなっているディーティニアの顔は、自分がやってのけた行動を思い出し羞恥で赤く染まっていたことを知る者はいなかった。 


「ん、それでだが。今現在幻想大陸(この世界)では一つの国が南を除いた大陸を支配しているのか? それともそれぞれの大陸で治めている国家は違うのか?」


 ディーティニアの話を聞いていて、キョウは気になっていたことを質問する。それに対して魔女は、二、三度深呼吸を繰り返して精神を落ち着かせた。

 質問は二つのうちのどちらかを聞いているが、三番目の可能性。即ち国家が存在しないというのは、恐らく有り得ないと確信は得ていた。それは、彼女との会話の中で国家単位で魔族とは争っているという話題が出ていたからだ。


「それも話さねばならなかったか。幻想大陸の現状は後者じゃな。大陸ごとに支配している国は違っておる。例えばワシ達が今いるこの地は北大陸じゃが、この大陸を治める国家はトリニシア王国。西大陸は、様々な小国家によって形成されたバルジア連合国。東大陸が、人狼族や猫耳族、エルフやドワーフといった亜人の部族ごとによって造られたランディルア部族国。中央大陸は、皇帝を中心とした絶対帝政をひいておるエレクシル神聖帝国。魔王率いる南大陸との激戦区じゃな、中央大陸は」

「……多分忘れると思うから、また教えてくれ」

「分かった、良いぞ。心配せんでも当分はこの北大陸から離れられぬし、ゆっくり覚えておけばよい」


 ディーティニアの大陸から離れられないという台詞に、キョウが訝しげにしたのに気づいたのだろう。

 それを説明するために彼女が追加の情報を伝えようと口を開いた。 


「幻想大陸は季節によって海の天候が大いに荒れるのじゃよ。今から各大陸へ渡る港町へ向かったとしても、そこで二ヶ月近くは足止めを食うはず」

「そんなに長い間海上が行き来できなくなるのか……」

「こればかりは仕方ない。これも女神(エレクシル)が人間が滅ばないように作った仕組みの一つじゃろうがな」

「ん、どういうことだ?」

「南大陸からくる魔族達の足を止めるためじゃな。流石の奴らも他大陸に攻め入っても二、三ヶ月に渡って援軍が期待できないとなると戦線を維持はできん。数ヶ月で大陸一つを滅ぼせるのならば、補給も援軍もなくなる時期のことを気にせず戦えるがなかなかそう容易くいくものでもないからのぅ。それ故に本格的な戦争などワシが知る限りここ暫くは起きてはいないぞ。小競り合い程度の戦いならば幾らでもあるらしいがな」

「いや、しかし魔王が出てきたらどうするんだ? 話に聞く限り人類側に対抗する手段があるとは思えないんだが……」


 当然といえば当然の疑問をキョウはディーティニアにぶつける。

 その疑問は既に予想していたことなのか彼女は特に考えるでもなく、チッチと口に出しながら人差し指を顔の前で軽くふった。


「南大陸も一枚岩というわけでもないのじゃぞ? むしろ、五人いる魔王は常に相手の隙を突こうと虎視眈々と狙っておる。それがわかっているのにノコノコと他大陸に魔王本人が遠征などいけるわけもなかろう。様々な偶然が重なって、他大陸へ魔王が出張ったこともあるが、そんなものは百年に一度あるかないかくらいじゃなかろうか。それでも人間への敵対を止めぬあたりが女神の呪いも恐ろしいものじゃな」


 確かに魔族の間だけでも五つに分裂し内紛しているというのに、人間との戦争を続けるというのも魔族の業の深さが読み取れるというものだ。しかし、それならば魔王同士で同盟してから人間世界へと攻勢にでればいいのではないかとキョウは考えたが、それがないということは魔族にも魔族の事情があるのだろう。


 魔族の情報は理解できたが、つまりキョウ達もディーティニアが言うには二ヶ月近くはこの大陸から出られないと言う事になる。だが、特に急いで他大陸へ行かねばならない理由もない。

 海上を行き来できない間は、北大陸を巡ってみればいいか、と意外とあっさりとキョウは心に決めていた。


「とにかく他大陸へと渡れない事情は分かった。その間は北大陸を旅させてもらうが―――大体一通り見て回るのにどれくらいかかるんだ?」

「うーむ。それぞれの街にどれくらい逗留するかでかなり変わってくるが……二ヶ月ではちと足りんのぅ」

「……意外と幻想大陸(ここ)は広いのか。そういえば近くの村まで徒歩で十日かかると聞いた時点で予測できたことだったな」

外界(アナザー)を知らんから何とも言えんが……まぁ、幻想大陸全てを回ろうと思ったなら、それこそ数年単位は覚悟せねばならんぞ?」


 キョウが考えていたよりも、想像を遥かに超える広大さを持つ幻想大陸は持っているようだった。

 小さいよりはいいか、とプラス思考で頭を切り替えると右手で握ったままだったコップを一気に呷る。先ほどまでは冷えた水だったそれが、時間が経ったせいか少し温めになっていた。

 改めて周囲を見渡せば、窓から入ってきていた夕陽は何時の間にか消えている。その代わりに夜の帳が落ち、天井から吊り下げられた魔法の光を発する照明だけが、部屋の中を明るく照らしていた。

 随分と話し込んでいたことに気がついた二人は、どうしたものかと顔を見合わせていたが、視界の隅に炊事場に置かれていた鍋を拾う。

  

「とりあえず晩御飯の準備でもするとしよう。簡単なモノでも構わぬか?」

「作って貰う立場だ。何も文句などないさ」

「それは助かる。ワシは生憎と料理のレパートリーは少ないからのぅ」


 ディーティニアは自嘲気味に語りつつ、炊事場の床の扉を開け、よく冷えた地下室からギガントタートルとはまた違った肉を取り出してくる。

 水竜かとも考えたが、それにしてはキョウが持ってきたものとは違う。遠目ながらそれくらいは見て取れた。


「水竜の肉は全部干し肉にするから、今日は食べれぬぞ? 干し肉といっても味は保証しよう。ここから旅立つ以上、残り物は処分しておかねばならぬから、こちらの肉で我慢するのじゃぞ」


 キョウがじっと見ていたことに気づいたのか、ディーティニアはそう告げてきた。確かに腐らせるのは勿体無い、それは非常に同意できることである。

 喋りながらもディーティニアの手は止まっていない。縦横十数センチ程度の肉のブロックを数センチ程に細かく刻み、後はこちらも細かく切った野菜と混ぜ合わせて炒めあげる。その間に余っていたギガントタートルのスープが入っている鍋を暖めておくのを忘れない。

 

「ここから近場の村まで歩いて十日。食料と水はかなりの量になるから荷物持ちは期待しておるぞ?」

「ああ、全てまかせっきりになってしまうんだ。荷物持ちくらいはしよう」

「それと竜鱗も頼むからのぅ」

「……意外と持っていくものがあるな」

「村まで我慢すればよい。運がよければ乗り合いの馬車で街まで運んで貰えるはずじゃ」

「運が悪ければ?」

「歩いて行くしかないのぅ」


 肩を竦めたディーティニアは、香ばしい匂いをさせながら手に持つフライパンを動かす。

 油が弾ける音。肉の焼ける匂い。使用している香辛料の香り。それらが嗅覚を刺激する。


 運がよければ馬車に乗れるとディーティニアは言ったが、キョウは恐らく―――いや、確実に乗れないだろうということを

確信していた。こういったことに関しては、必ずといっていいほど悪い方向に結果が転がる。生来の運の悪さを持っていると彼は自他ともに認められている。 

 となれば、村から街まで徒歩でさらに五日。合計十五日の道のりを歩くことになる。

 キョウは旅慣れているので、それくらいは余裕で乗り越える自信はあるのだが、果たしてディーティニアはどうだろうか。

 

 見かけは完全な少女。いや、幼女かもしれない。いやいや、やはり本人を尊重して少女というしかない。

 そんな彼女が十五日の旅に耐え切れるだろうか。世界最高の大魔法使いという名乗りはもはや疑う余地がないのはキョウとてわかっているものの、体力に関してまでは読みきれない。

 キョウが知る限り魔法使いの体力は―――語らずとも明らかなことだ。


「あー、その……なぁ、ディーティニア」

「ディーテじゃ」


 キョウの呼びかけに、即座に訂正がはいる。

 一瞬何のことか分からず戸惑うキョウだったが、彼女の呼び方について変える様に言われていたことを思い出す。


「ああ、すまん。いきなり忘れてた」

「先が思いやられるが、村に着くまでにはしっかりと呼ぶのじゃぞ?」

「わかったわかった。次からは気をつける」

「忘れぬように頼むぞ。それで何じゃ?」

「……村まで十日もかかるらしいが、お前は大丈夫なのか?」


 何が、とまでは問わなかったがキョウの聞きたいことを読み取ったのか、ディーティニアは料理をしながら頷く。


「勿論じゃよ。ワシとて八百年も生きてはおらぬ。一時期放浪の旅に出ていたこともあるしのぅ。先ほども言ったが、お主の足手まといにはならぬよ」

「―――そうなのか」


 意外と言えば意外な小さな魔女の返答に、素っ気無く返しながらも、内心で安堵のため息をつく。

 これで一番心配な点も解消され、キョウの心も若干軽くなる。

 

 一方手早く肉野菜炒めを調理し終わったディーティニアは、二枚の皿を取り出しそれぞれに取り分けた。

 スープとともにテーブルに持ってくると自分とキョウの前に置く。部屋中に充満する香ばしい匂いに、食欲が刺激された。


 何の肉か不明だが、肉野菜炒めを口に放り込む。

 すると、やや獣臭さは残るものの、十分にキョウの舌を満足させる味が口の中に広がっていく。

 噛んだ瞬間、あっさりと噛みきれる。どこかで食べたことがある味だと過去を思い出そうとして、暫くして思い当たった。山や森で野宿をしていた時に結構な頻度でお世話になっていた熊に似ている。

 独特の臭み。獣臭さが残っているものの、熊よりも肉質は柔らかくキョウの好みに合っていた。

 

「……これも旨いな」

「うむ、そう言って貰えると作ったかいがあるというものじゃ」


 キョウの短い称賛に、ディーティニアが頬を綻ばせる。

 この二年―――いや、それ以上の長きに渡って、誰かと一緒に食事を取るといったことがなかった彼女にとって、キョウの言葉少ない称賛でも心が震えていた。

 

 黙々と食事をすること十数分。肉野菜炒めもスープも完食した二人は食器を片付けると、冷たい水を飲みながら一息つく。しかし、すぐにディーティニアは何も言わずに家の奥へと向かい姿を消した。

 ギガントタートルほどではないが、これまでの食生活を顧みるに、上位に位置する食事で至福を味わったキョウは一人、遠い目で窓の外に広がる薄暗い森をみつつ、コップの中の水をちびりちびり飲みながら時間を過ごしていた。


 さて、これからどうしようかと頭の片隅で考えていたキョウだったが、正直特にやることはない。

 剣の鍛錬をしようかとも考えたが、正直な話―――今日一日だけで女神と戦い、魔女と戦い、水竜と戦った。精神的にも少々疲労が出てきているのが本音である。

 出来れば休んで次の日のために体力と精神力を回復させたいと考えていた丁度その時。


「部屋の準備が出来たから、今日はもう休んでおく良い」


 姿を消していたディーティニアが廊下の奥から現れ、そう声をかけてきた。

 まるで心を呼んだかのような彼女の気配りに、知らず知らずのうちに凝視してしまう。じっと見られたディーティニアは反射的に一歩後ろに後退する。僅かに困った顔が、小動物らしく可愛らしい。ピコピコと長い耳が動いているのにも目が奪われる。

 戦闘の時は氷を思わせるほどに無表情だが、その時との落差が激しいことに違和感を感じるが、そういうキョウ自身も戦闘態勢の時との差が凄まじいほどに違うことを気づいていない。


「な、なんじゃ? そんなにワシを見て……ま、まさか!?」

「さて、休ませてもらうとするか」


 ばっと両手で身体を隠しながら慌てて後ろに下がったディーティニアを無視して立ち上がる。

 あまりにもあっさりとスルーされたことに、やや不満気な様子で頬を膨らませる。そんな姿に本当に小動物みたいだっと改めて感じた。


「もう少し乗ってくれてもよいじゃろうに。全く……」

「はいはい。で、俺はどの部屋を使わせてもらったらいいんだ?」

「この廊下を突き当たった一番奥を使うと良い。軽く掃除はしたが、埃があったらすまぬ」

「いや、屋根があるだけで十分だ。助かったよ」

「うむ、気にするでない。ゆっくりと休むと良いぞ」

「ああ、お休み」


 お休みじゃ、と言う返事を聞きながらキョウは廊下の突き当りへと向かう。

 パタパタと足音をさせて離れてゆくディーティニアの気配をかんじながら、彼女が言ったらしき部屋の前まで辿り着く。どうやらディーティニアはまだ用事があるらしく、気配は広間から動いてはいない。

 扉を開けてみれば、そこは殺風景な部屋だった。窓際に置かれた小さなテーブルと、部屋の片隅のベッド。ただし、清潔そうな白いシーツが皺一つなくかけられている。頭には大きめの枕が、足の方にはこれまた新品同然の布団が畳まれている。

 いざ寝ようとすると、急激に疲労が身体中を襲ってきている。

 疲れた身体をおしながら、ベッドに横たわると刀を腰から外し、傍らに置く。手の届く範囲に置いていないとどうにも安心できないからだ。

 布団をかぶると目を瞑る。はぁっと深いため息を吐いた。


 今日一日にあったことを暗い視界で思い出す。

 世界(アナザー)で追っ手との死闘。数百人を斬り殺し、屍山血河の頂点に居た時に、ついに念願の(エレクシル)と出会うことができた。しかし、結果は完膚なきまでの敗北。

 血を数滴流させることができたとはいえ、それは十七度という死を乗り越えた結果だ。もしも、戦ったのがエレクシルの領域ではなく現実だったならば、勝敗は一瞬。たった一撃の神罰で決着はついていた。それが許せない。

 神殺しを目指して戦ってきたキョウ=スメラギが、何も出来ずに敗北するなどということは、死んでも認められないことだ。だが、後悔はしているだけ無駄だ。今、キョウは生きている。ならば、次の時のために己を高める。一歩ずつでも前に進み続けなければならない。


 そんなエレクシルとの戦いの後、気がつけば幻想大陸という人類未踏領域に飛ばされていた。

 しかも、そこで海に落とされ、巨大な亀に襲われる。その後は獄炎の魔女という幻想大陸最高の大魔法使いと出会い―――伝承にしか語られないような竜種との戦い。

 非常に濃密で濃厚な一日だったと思い返していると、自然と口元に笑みが浮かんでくる。

 

 ―――ああ、俺はここに来てよかった(・・・・)


 自分が更なる高みにのぼれる可能性。

 ここ(・・)でなら、それが出来るとおぼろげながら確信していた。

 

 特にディーティニアの全力全開を想像しながら―――キョウは、夢の世界へと誘われていった。


 




 



 








 キョウが眠りについた丁度その頃、とうのディーティニアはというと、二人が食事をしていたテーブルの前の椅子に座っていた。

 目の前には透明な瓶。中には深い蒼色の液体が半分ほど入っていた。

 

 コップにその液体を注ぐと、口元に運ぶ。ツンとしたアルコール独特の香りが鼻につく。

 クンっと嗅覚でそれを楽しみ、ついで口に含む。ぶわっとアルコールとともに甘い味わいが口の中に広がっていく。

 これは自家製の果実酒で、以前気が向いたときに造った代物だ。お酒はあまり嗜まないディーティニアにしては珍しく、飲み干していく。既に三杯目を注ぎ終えたところだ。


「……全く、こんな奇跡が起きるとはのぅ」


 コップを傾けながら、ディーティニアは苦笑する。

 起床して、釣りをして、魔法の訓練をして、一日を終える。それが悠久の時を生きる彼女の変わることなきルーチンワークともいえた。今日も今日とて、それは変わらないと考えていた。

 それがまさか、外界(アナザー)から飛ばされてきた男と出会い、そしてその男が自分と同じ目的をもつ剣士だった。昨日の自分に言っても決して信じられないような奇跡。

 

 それがとてつもなく心が弾む。心がおどる。


 くくっと堪えきれない苦笑が漏れた。

 一人で笑うなど気味が悪いことこのうえないが―――今はそれでもいい。

 それくらいにディーティニアは、心のそこから嬉しかったのだから。


「―――しかし、女神(エレクシル)の狙い通りに動くというのも癪に障るが、我慢してやるわ」


 広大な幻想大陸で、ディーティニアの下へのピンポイントともいえる漂着。

 別世界に住んでいたはずの、同じ目的(神殺し)を目指す者同士が巡りあうなど天文学的な確率だ。それは間違いなく―――女神(エレクシル)の仕業と見て間違いない。未だ神殺しを諦めていないディーティニアのもとへと、キョウを飛ばしたのは挑発もあったのだろう。


 いつまでそこにいるつもりだ、と。お前とキョウ=スメラギの二人で、この(・・)領域にあがってこいという、言葉には聞こえない招聘。


 言われずともその領域までのぼってやると心の中で固く誓う。

 知らず知らずのうちにコップを握る手に力が入る。抑え切れない怒りが放出された。

 ミシミシと木で出来たそれが悲鳴をあげている。


「その傲慢が、その驕りが―――お主を敗北へ導くと知れ」


 バキリっと音をたて砕け散ったコップ。中身が飛び散った状態でありながら気にも留めないディーティニアは―――それでも凄惨な笑みを浮かべて笑っていた。




















 それから、数日。

 二人は旅立ちに向けて様々なことをしていた。

 干し肉を作ったり、干し肉を作ったり、干し肉を作ったり、干し肉を作ったり、干し肉を作ったり、干し肉を作ったり、干し肉を作ったり、干し肉を作ったり、干し肉を作ったり―――。


 基本的に干し肉を作っていた二人だったが、ようやく十分な量を準備できたのは、キョウとディーティニアが出会って六日目のことだった。大凡十日分を超える簡易食料と飲み水を用意し、二十枚近くの竜鱗を袋に包み、その殆どをキョウが持つことになったが―――なんとか旅立ちの準備を終えた。


 数日を過ごした家の前で、キョウは大きな袋を背に抱え、両手には荷物を抱えている。

 なにをするでもなく、その場で佇んでいたキョウだったが、暫くすると家の扉が開きそこから片手に杖しか持っていない小さな魔女が出てきた。荷物の一つも持っていない彼女に多少恨みがましい視線を送るキョウを無視して、ディーティニアは扉を閉める。


「すまぬな、待たせたか?」

「ああ、随分と待たされたな」

「……そこは待っていないと言うのが男の甲斐性というものではないのか?」

「さぁな。生憎とそんなものは俺は知らん」


 やれやれと肩を竦め、ディーティニアはキョウと並ぶ。

 そして、二年間世話になった家を感慨深げに見上げるも、それをすぐに消し、森の方向へと身体を向けた。

 随分とあっさりした様子に、拍子抜けしたキョウだったが、森へと向かう魔女の背中を追う。


 そして二人は極北の地から静かに旅立った。

 この二人の旅が、幻想大陸を戦乱へと導くことになる切っ掛けとなるのだが、それを知る者はまだ誰もいない。 


  


 

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