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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
四部 西大陸編
82/106

七十四章 決戦の巨人種3













 





 飢えている。

 ああ。私はかつてなほどに飢餓している。

 目の前にいるのは何だ? 敵か? 敵なのか?

 それとも餌か? 餌なのか?


 腹部が痛む。

 極上の肉を喰らったばかりだが、だからこそ身体がさらなる肉を求め訴えてくる。

 はやく。一分でも一秒でもはやく。

 本能の、肉体の飢えを満たさなければ、狂ってしまう。

 いや、もう狂ってしまっているのかもしれない。だが、それでもいい。

 

 我慢はしなくてもいいんだ。

 さぁ、喰おう。さぁ、狩りを始めよう。

 私は狩猟者。この世の全ては、私の獲物だ。

 

 お前も。お前も例外ではないんだぞ。

 私の宿敵。尊敬すべき怨敵よ。


 なぁ―――キ■ウ=ス■ラ■!!





 









 キョウ=スメラギという男は、端的に言うならば強すぎた。

 人類未踏領域と呼ばれる外海を超えた大地を除いたとしても、数十億を超える人間が百を超える国々のもとで生活する広大な世界―――アナザー。数多の魔法使い、戦士、異能力者が存在するその世界で、彼は血反吐を吐き、泥水をすすり、悪鬼羅刹の修羅道を歩み続け、勝利し続けてきたのだから。


 彼が敗北を喫した相手はそれこそ数えるほどしかいない。

 

 全ての生命体の血液を操り纏いて、生あるモノを葬る世界最強。

 纏血葬生(ブラッドアルター)のシマイ=スメラギ。


 数千年にも渡って積み上げられたありとあらゆる負の感情の結晶体をその身に宿す世界最悪。

 億千万の怨念。サイレンス=サイレント。



 操血。人形遣い。と呼ばれる人の身で人を外れた怪物たち。

 キョウにとっては、その二人は己が掲げる目標へ到達するための壁、試練だと考えていた。

 無論、他にも幾人かは対等に渡り合える者達もいたが、明確な敗北を刻まれた相手はこの二人だけと言っても過言ではない。 


 そんな彼が幻想大陸へ渡りおよそ半年。

 女神を除けば、キョウが本気で戦わねばならない相手が続々と現れた。

 陸獣王セルヴァ。悪竜王イグニード。竜女王テンペスト。幻獣王ナインテール。海獣王ユルルングル。


 そして―――獄炎の魔女ディーティニア。


 

 数多の敵と出会い、時には戦い。時には共闘し。

 歩み続けてきたキョウの戦の歴史。

 その中で間違いなく上位に位置する化け物が、確かに目の前で獣欲を剥き出しにして笑っている。


「―――俺と戦うために、そこまで(・・・・)昇ったか(・・・・)


 どこか嬉しさを堪えきれない様子のキョウが、口元をいびつに歪めた。

 そこにあったのは、感動だ。感謝だ。感激だ。これ以上ないほどに昂ぶりきった歓喜であり、興奮であった。

 

 キョウ=スメラギという人間と戦うために、全てを捨てた。

 闘争にのみ全盛をかけたアグリアス達に、言葉では表現できない感情を抱く。 

 

 キョウ以外から見れば、アグリアスの行動は理解できないだろう。

 間違っても、昇ったか、などとは評価しない。彼を除く全てが、堕ちたか(・・・・)―――と論じるはずだ。

 ろくな思考回路も残していない、本能に支配された獲物を狩るだけの狩猟者に、しかしながらキョウの送る視線は暖かである。


「感謝しよう、アグリアス。そして認めよう」


 玩具を与えられた子供のように、キラキラと眼を輝かせ剣魔は刀を抜いた。


「―――間違いなくお前は俺の敵となった」


 まるで恋人にベッドの上で愛を囁くかのような、火傷をしかねないほどに熱く煮えたぎったキョウの感謝が空気に溶ける。

 それを合図に可憐で極上である容貌の雪の妖精が―――破滅的な殺意を撒き散らし、眼前から弾け跳んだ。


「キョ■ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――!!」


 雄たけびをあげ、声高らかに爆進を開始したアグリアス。

 左右対称に位置する伸びた犬歯を剥き出しにする姿は、今すぐにでもお前を喰らいたいという意思表示だった。

 生暖かい死の突風が吹き付ける。十メートル近くの間合いは一瞬で殺され、キョウの視覚をもってしても―――気がついたと(・・・・・・)きには目の(・・・・・)前にいた(・・・・)


 それは、どれほどぶりになるだろうか。

 イグニードは明確な敵意を発したことがないから例外として、セルヴァの完全解放状態の時に感じた悪寒と同種のもの。

 一歩でも一手でも間違えれば死ぬ。言うなれば生と死が紙一重の境界線に存在する戦場に塗り変えられた。


 死神が脳裏にちらつく鉄火場。修羅場の予兆。

 そんな嫌な気配を、アグリアスの身体から滲み出る邪気がキョウに伝えてきた。


 迷い無く振り下ろされる小柄な肉体からの一撃。

 読まれていたとしても関係ない。力任せの拳が、超高速で飛来したアグリアスから放たれた。

 キョウの顔面に叩き込まれる軌道を描くそれを、考えるよりも早く―――反射の域で後退して避ける。そこに、これまでのように紙一重でさけようとか、反撃を試みようとする行動は見られなかった。 


 駄目だ駄目だ駄目だ、と。

 長い間身体に刷り込まれた回避や反撃の動作をも押しつぶす。本能が絶対危険の警告を痛いほどに鳴らしてきたからだ。

 そして、それは確かに吉とでることになった。


 アグリアスの肉体で変化した部分は無い。

 つまり、彼女の体格は精々百四十センチ程度の、体重は三十半ば。

 その小柄な肉体のどこに、先ほどまでの巨剣を操る力が隠されていたのかは謎だが、巨人種だらかという一言で納得するしかない。

 さて、そのアグリアスだが、外見からはそれこそ瓦一枚砕けない華奢にしか見えない。


 そんな彼女の拳が地面に着弾した瞬間。

 凶悪な破砕音が周囲一帯を支配した。

 砕け行く地面。飛び散る石礫。舞い上がる砂埃。

 

 何の冗談だ、と誰もが眼を見張る結果がそこには生まれた。

 十メートル近い巨人種であったアトラスの攻撃さえも可愛く見える、大破壊。

 放射線状に抉れた大地に、ペコリとあいたクレーター。

 その最深部でギラギラと欲望に眼を輝かせてキョウを見上げている巨神がいる。


 後ろへと避けたキョウは、造られたクレーターの縁に爪先が丁度かかる位置で足を止めていた。見上げてくるアグリアスと視線があったキョウは、まるで己が地獄の底を覗いている気分を味わう。

 上と下。天と地。現世と地獄。


 一人と一体の間にあったのは、そんな境目であった。


 煙が消え去る時間も与えずに、アグリアスの両脚が大地を叩き付ける。

 蹴り足によって産み出された凄まじい爆発力が彼女の肉体を加速させた。先ほどの直線的な攻撃を避けられたことで学習したのか、次なる一手は複雑怪奇と化す。


 ガンッ。バンッ。ドンッ。

 キョウの周囲で何かが砕ける音が次々と聞こえ始めた。

 

 残像がかすかに見える程度の超速度で、大地から建物へ。建物から再び大地へ。

 上下左右、縦横無尽に駆け巡るアグリアスの動きはあらゆる生物と比較にならない。重力を無視し、三次元的な動作で駆け巡る彼女の姿を捉えるのは至難の技。

 純粋なまでの凶悪な殺意を漲らせ、巨神種の包囲網が縮まっていく。


 動きを視線で追っていては対処は不可能。

 軽く足を肩幅に開き、軽く浅く呼吸を繰り返す。小狐丸を右手に、特に構えるでもなくその場に自然とした姿で佇むそれは形無き構え。相手の攻撃にあわせ、後の先を取る戦法。

 パチリっと眼に見えてわかるほどに、キョウの集中力がましていく。

 それこそ、視認できるのではないかと感じられるくらいに彼の周囲に剣気が渦巻いている。円形に見えるそれは物理的な代物ではないが、それはこう表現しても間違いではないだろう。

 即ち、剣の結界、と。


 獣に近くなった本能が、その結界に触れる危険さを察知しているのか、アグリアスは周囲を飛び回るだけでなかなか攻勢に出ようとはしない。

 千日手になると思われた瞬間、飛翔する彼女が口を大きく開く。


 それに高まる悪寒。

 考えるよりも早く、キョウは自身の耳を塞いだ。

 戦闘中に己の両腕の自由を奪うなど愚かしい行為にもほどがあるが、結果それは彼の命を救うことになる。


 アグリアスの口元が、陽炎の如く揺らいだ瞬間―――。




「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



 一拍遅れて叩きつけられる大音量。

 巨竜を感じさせるに値する不可視の衝撃波が、キョウの全身を痛いほどに打っていく。

 おさまりつつあった粉塵が、再度吹き上げられ、彼方へと飛ばされていくほどの高密度な音震動。


 耳を塞いでなお、全身の骨と言う骨をバラバラにしていくような衝撃は、嘔吐感すらも味合わせてくる。

 鼓膜が痛みを訴え、眩暈までも引き起こされ、平衡感覚さえも失われたキョウに叩きつけられる尋常ではない殺意。


 背後。しかも上空から降ってきたアグリアスが、獣のように掌を開き、伸びた爪でキョウを引き裂こうと襲来する。

 決して進入不可能な剣の結界を容易く無効化した恐るべき敵に、心の底から再度感謝の言葉を贈りたくなるが、現状でそんなことをしていれば、この五体は容易くバラバラにされてしまうだろう。


 ならば今は全力全盛を以って、対応するべきだ。


 反撃を試みるべきか。

 それとも防御に徹するべきか。


 迷ったのは一秒にも満たない刹那の時。


 キョウが選択したのは、二度目の回避であった。


 この戦いは一手間違えただけで死へと直結する闘争だ。

 そんな危うい戦いを、平衡感覚も麻痺しているこの状態で続行できる考えてもいない。

 まずは普段の状態を取り戻すのが先決である。


 ぐらりと揺れ続けてる視界を、ぷつりっと唇を強くかみ締め、噛み千切ることによって多少の自由を取り戻す。

 派手に地面に着地したアグリアスが、さらに後退していったキョウへと突撃する。

 

 甘い。甘いぞ、キョウ=スメラギよ。


 そんな幻聴が聞こえる苛烈な進撃に、キョウが軽く舌打ち。

 一瞬という言葉さえ相応しくない瞬間で、狂える戦神が横殴りに暴風を叩きつけてきた。

 単純なまでの暴力。右腕をただ振り回しただけ。

 しかし、アグリアス程の化け物になれば、それさえも驚異的で、脅威的な攻撃となるのは当然の帰結といえた。


 迫ってきた死を具現化した巨神の右腕を、小狐丸で薙ぎ払う。

 まるで金属同士がぶつかりあった甲高い音が響き渡り―――苦悶の声もあげられずに、木っ端のように吹き飛ばされたのはキョウの方だった。

 

 

 頭が地に。足が天に。上下反転しながら濁流に飲み込まれたと勘違いする勢いで水平に弾かれたキョウの腕に痺れがはしる。

 おもわず小狐丸が手から零れ落ちそうになったのを、歯をかみ締めながら握りなおす。

 視界が逆転する中で、アグリアスの手からはえていた爪が途中から砕け折れるのを捉えたが、瞬きした次の瞬間にはそれらは再生するかのよう元の長さへと戻っていた。

 

 開いた距離をつめるために、巨神の肉体が躍動する。

 上下左右も関係なく。空も大地も建物さえも。全てが己の支配下にあるといわんばかりの多角的で、自由自在。四方八方から襲い掛かる動きは、如何なる人でも魔獣でも為し得ない。

 

 まるで竜巻。渦潮。

 巻き込むものを、何の区別も無く粉砕していく死の暴風だった。


 

「―――あはっ!! あははははははははははははははははははははははははははははははは!!」



 その小さな拳は、大地を穿つ。

 その爪は、鋼鉄さえも容易く切り裂く。

 

 狂気を孕んだ嗤い声をあげながら、キョウの肉体を弾き、切り裂き、翻弄する。

 そこにあったのは、超再生力と回復力を誇る陸獣王セルヴァさえも上回るであろう、全てを飲み込み終わらせる戦神の攻勢だった。

  

 だが、真に驚くべきところはアグリアスではない。

 彼女の烈火怒涛の乱撃に、その身を晒されながらも―――それら全てをかすり傷で抑えているキョウ=スメラギこそが、異常極まりないのだ。


 決して、アグリアスの攻撃が生温いのではない。

 重ねて断じる。ここにある異端はアグリアスだけではなく、キョウを含めた二つの生命体だ。


 数多の死の調べを告げてくる巨神の電光石火の攻撃に、軽く頭を振って深く息を吐き出す。


「……待たせたな。ようやく、本調子に戻ったようだ」


 淡々と、だが死の境界線で踊っていることを自覚しながら、己の周囲を飛び回っているアグリアスに静かに告げる。

 右手に小狐丸を。自由な左手で、軽く手招く。


「お前の全てを俺に見せてみろ」


 言い終わったと同時に上空から叩き込まれる巨神の顎。

 獲物に喰らい付くように、大きく開けた口がキョウの頭へと落下してきた。

 ぬらりっと唾液で光を反射させる犬歯が標的に向かって牙を剥く。その牙は頭蓋骨を噛み砕き脳髄を犯す軌道であったが、ガチリっと宙を噛み砕くに終わった。


 前方へと軽く跳躍、振り向きざまに小狐丸を背後に感じた気配に向けて一閃。

 しかし、刀が振るわれた瞬間には既にアグリアスの肉体は、キョウの間合いから離脱していた。


 離脱したのも一瞬で、休む暇も与えず巨神種の肉体は攻撃を放ち続け―――それを時には避け、時には防ぎ、時には反撃を試みる。

 どちらも決定打には至らない。紙一重の攻防だ。


 一人と一体の戦いは、見るだけならば後者が優勢だと言えた。

 確かに致命傷は避けているものの、キョウの身体中に細かな裂傷が刻まれている。

 対してアグリアスはほぼ無傷。時折叩ききられる爪は、瞬時に再生され新たな兵器と化す。

 それでも、この闘争は拮抗していた。危ういバランスを保つ天秤でありながら、天災と人災の争いは互角の領域で行われている。

 

 単純な速度ではアグリアスに軍配があがるのは道理。

 同様に、力でもまた巨神に勝てるはずもなし。 

 ならば何故、キョウはここまで渡り合えているのか。


 それはどこまでも単純な答えだ。

 キョウの膂力を十とすれば、アグリアスはその数倍。

 キョウの速度を十とすれば、アグリアスはその数倍。


 しかし。

 しかし、だ。

 アグリアスの技。技術を十とすれば、キョウの技量はその数百倍。

 比べるのも馬鹿らしい。子供と大人? 否、蟻と竜。そこまでの明確な差があった。


 三十年というキョウの闘争の歩み。

 数多の経験。数多の死闘。数多の敗北。

 それら全てがキョウの経験値となって、彼の全てを構成するモノとなっている。

 ただただ鍛え。ただただ戦い。ただただ殺し。

 完成されていながらも、それに満足せずに未だ己を鍛え続けている狂人の技量は、人の身でありながら既に超常現象の域に達していた。



 そんなキョウへとあらゆるものを殴殺せんと迫り来る巨神の拳。

 頭を柘榴のように砕かんとするそれを、絶妙のタイミングと力加減で下方へと払い流す。

 一体幾度目になるのかわからない、爆砕音。大地を穿つアグリアスの拳が新たなクレーターを作り上げる。 

 身体全体に感じる風圧と、舞い上げられた砂埃に視界を封じられ、次の一手を迷ったその一瞬。


 煙を引き裂いてアグリアスが迷いも無く突撃してきた。

 両の腕の爪が幾つもの円弧を大気に描く。人の限界を容易く超えた膂力から発せられる爪撃の嵐。

 真正面から受ければ、小狐丸はともかくとして、キョウの肉体のほうが持たない。己に到達するものだけを見極めて、爪撃を受け流し、払い流す。それにともなって、一歩後退。


 息もつかせぬ連続の攻勢の合間に、隙とも言えぬ刹那を狙って胴狙いの横一文字の一閃が空気を滑る。

 それさえもアグリアスの本能が、予想していたと言わんばかりの様子で、大地を蹴りつけ左手へと逃げ出した。彼女の動きを計算、予測。黒装束の懐に隠し持っていた短刀を、アグリアスへと投擲。

 致命傷には絶対に至らぬであろう攻撃だが、それでもキョウの攻勢にでるための糸口になればそれでいい。

 

 そんな狙いすまされた短刀は、しかし―――着地点に降りるはずのアグリアスは空中で身体を捻り、そこからさらに遠くへと降り立った。

 だが、そんな彼女の本能を刺激する危険信号が鳴り響く。

 その信号に従い、この場からさらに遠ざかろうと後退するものの、それは若干遅すぎて。


 全ては計算どおりだと、嘲笑うキョウの姿が新たな着地点にあることに気づいたアグリアスはさらなる逃走を決断するも、冷たい金属が彼女の喉を音も無く撫で上げる。


 厄介な遠隔攻撃となる戦神の咆哮を潰すつもりの一撃だったが、手に残された感触は会心には程遠い。

 もはや原型も残さないほどに陥没し、荒れ果てた街路の上に鮮血を吹き散らしながら倒れこんだアグリアス。そんな彼女へと追撃する手が止まった。

 確かに隙には違いないが、彼女の瞳は死んではいない。逆に爛々と赤く輝きながらキョウを睨んでいる。

 それは紛れも無く罠だった。もしも迂闊にも追撃にでていれば、狙いしました反撃を食らっていたことは疑いようは無い。


 キョウが足を止めたことに気づき、罠にのってこないことを確信したアグリアスが勢いよく立ち上がると―――逃げるかと思えば、怯むことなく様子を窺っていたキョウとの間合いを潰し、その豪腕を振るう。


 アグリアスの細腕が、大地を、建物を圧壊していく光景は圧巻とも言えた。

 それはあくまで観客となっているアトリ達の感想であり、暴風地帯の中心となっているキョウにとってはたまったものではない。

 破壊を繰り返すアグリアスの連打に、避け切れなかった僅か一撃がかすっただけで、鞠のように吹き飛ばされ彼方へと弾かれ、墜落していくさなか、ぎりぎりのところでなんとか体勢を整え着地する。


 ぶわっと血臭を漂わせる颶風が押し寄せた。

 ひたひたと歩み寄ってくる死の足音を感じつつ、キョウは頭を正面に向ける間もおしいと、即座に跳躍。

 コンマ一秒後には、彼の足元を雪の妖精染みた容貌を狂気に塗り替えた死神の行進が通り過ぎる。上空へと逃げたキョウへ拳を振り上げるよりも早く、可愛らしいアグリアスの頭を蹴りつけ、その反動を利用してこの場から離脱を成功させる。

  

 軽やかに降り立ったキョウは、仕切りなおしだと小狐丸を構えるものの、そんなことは知ったことかと凶暴な戦意が迸った。

 獣の暴虐さをあらわに、大上段からの砲撃にも似た死の判定が落とされる。

 

 拳が唸り、刀が舞う。

 戦を彩る火花が散り、血飛沫が飛ぶ。


 その戦いは、闘争に特化した化け物と化け物の争いだった。

 

 一人と一体のぶつかり合いは、互いの全てをかけた死闘。

 巨神アグリアスは言うに及ばず。キョウにとっても、油断も手加減もする余裕がある相手ではない。

 ましてや、彼女はキョウと戦うために己をも捨てた。ならば、それに答える義務がキョウにはある。


 いや、義務といったくだらないものではなく。

 キョウ自身の本能が、堪えきれない強者との戦いへの渇望が。揺ぎ無く、隠しようの無い戦闘欲が、キョウを闘争へと駆り立てる。

 彼の眼前にいるアグリアスは、確かにキョウが本気を出して戦うに値する怪物の中の怪物であった。


「―――ァァァァァァァアアアアアアアアアア!!」


 アグリアスの絶叫は、先ほどまでのような凶悪な衝撃波は発生しない。

 流石に喉笛を浅いとはいえ斬られていれば、そこまでの威力は望めないのは当然だ。むしろこれで通常の状態と同様の破壊力があったならばそれこそ反則である。 

 彼女自身も理解していたのだろうか。その咆哮は己を鼓舞するために叫んだということは想像に容易い。


 もはや碌な思考も残していないアグリアスではあるが、だからこそ強い。

 人が長年積み上げてきた技術など小賢しい、とありとあらゆる能力と反射と本能で、思うが侭に破滅を撒き散らす。

 思考も人性も理性も何もかも。全てを捨てて戦う彼女は、怖ろしい。だが、美しい。少なくともキョウにとっては、この一時は何事にも変えがたい経験だった。

 




 認めよう。ああ、認めよう。

 お前は綺麗だ。お前は美しい。獣の如き本能に蝕まれ、もはや思考も言葉も紡げない身ではあるが、他の誰でもなく俺が認めよう。

 世界の誰もがお前を疎んじようとも。お前を貶めようとも。

 俺だけは、お前という存在がいたことを胸に刻もう。









 ほんの一瞬、眼を閉じる。

 開け放たれた次の一瞬で、キョウの肉体はアグリアスへと迫っていた。

 彼女の間を読み、外した動作。巨神の初動を挫いた一閃が、頭を唐竹に砕く軌道で振り下ろされる。

 反射で眼前に掲げた爪が小狐丸を寸でのところで受け止めるが、そこからキョウの両脚が爆発的な力を生み出し、爪ごと叩き斬る目的で押し込み始めた。

 如何にアグリアスの膂力が人外の域だったとしても、身体を仰け反らせた体勢ではキョウの力を押し返すのは難しい。

 

 一歩前進するキョウ。一歩後退するアグリアス。

 その隙を逃さずにキョウの身体が反転。逆手で引き抜かれたラギールの刀が水平にアグリアスの両脚を狙って切り払われた。一切の無駄が無い流れるような動作の剣閃を跳んで避ける。

 空中に浮かんだ巨神へと刀を持ちながら器用に短刀を二本投げつけ、その切っ先がアグリアスの顔へと到達する瞬間、手の甲でその二本を殴りつけるようにして弾き落とす。


 しかし、まるで短刀の影に隠れるように。ミリのずれも無く投げ放たれていたラギールの刀が眉間へと突き刺さる―――その一瞬で、獣の反射が頭を傾け紙一重で回避することを可能とした。

 ラギールの刀は彼女の背後にあった建物の壁に直撃し、不快な音を立てて弾かれ地面に落ちていく。アグリアスもまた、片手を己の後ろへと伸ばし壁に穴を開けて鷲づかみとすると、くるりと壁に足をつけて蹴りつけた。

 解き放たれた弾丸。キョウへと一直線に襲い掛かっていった小柄な肉体は、地面を爆発させながら着地。既にそこから逃げ延びていたキョウへと、地を這うように迫り行く。


 破壊を。殺戮を。蹂躙を。

 赤い瞳を輝かせ、疾駆する巨神種が背に纏う気配は激烈だ。

 対峙する者の希望を、勇気を、心を挫き、砕き折る。

 たった一体でありながら、彼女は幾千幾万もの巨人種を従えているかのようだった。

 固体で最強を誇った陸獣王セルヴァとはある意味異なる王者の存在感。戦いを愛し、戦いに愛された巨人種を従えて、それらの唯一残された王としての誇り。


 大地を抉り、大気を打ち震わす暴力の襲撃。

 もはや如何なる小細工も知ったことかと荒れ狂う巨大な竜巻と化す。

 そんなアグリアスを不動で迎え撃つのはキョウ=スメラギだ。

 

 先ほども感じたように、このまま続けていても千日手となるのは明白である。

 キョウはその超越領域に踏み入った人外の超越技で。

 アグリアスは、人外の中の人外と言える身体能力と反射神経で。

 

 両者ともに鉄壁を誇る防御と回避で、致命傷を負う事は無いだろう。

 となれば、残されたのは消耗戦。互いの体力が尽きたその時が決着となる。

 そうなれば、不利なのは一応は人間であるキョウの方で、有利なのはアグリアス。それを考えれば、早期決着を望まなければならない。


 ―――と、いうのが建前で。


 本音は異なる。

 全てを賭けたアグリアスに対して、そんなつまらない決着を見せるわけには行かない。

 お前が全てを賭けたならば、その対価として俺も全てを見せるとしよう―――そんな想い、心意気。 

 ここに剣魔の業が解き放たれる。

 


 本能で行動しているからこそ理解できる、キョウの本気。

 ぞくぞくっと背筋を這っていく絶望的な死の予感。


 駄目だ。行くな。退け。戦うな。

 そんな弱気とも言える警鐘が、アグリアスの脳裏に痛いほどに響いていた。

 

 されど、巨神は後退を知らず。

 頭にちらつく敗北のイメージを打ち払い、迷いも躊躇いもなく吶喊する。


 轟々と、爆音を引っさげて放たれた蹴撃は、地面を衝撃で放射状に破砕し、はつり抉っていった。

 それは言わば目眩まし。キョウの随分と前方から放った煙幕に等しい一手だ。ただの視界を遮るためだけにしては随分と派手だが、彼女が全力でやればこれくらいにはなってしまうのだから仕方が無い。


 巻き上げられる粉塵と砂埃。

 細かな石が礫となって飛来する中、しかしながらキョウはうろたえることも顔色を変化させることもなく遮られたはずの前方を凝視する。そして、パチンっと小狐丸を鞘へとおさめた。


 それだけの動作で膨れ上がるキョウの重圧。

 ピリピリと肌を刺激してくる電流にも似た感覚に―――アグリアスは口元を歪める。

 それは狩猟者の笑み。勝利を確信したモノが浮かべる、深くどこか狂った三日月を連想させる嘲笑だった。


お前を(・・・)―――」


 キョウが己の特異能力(アビリティ)を発動させる鍵となる言霊を口に出す。

 それを聞いたアグリアスの肉体が、加速する。白色一閃。電光石火。文字通りの白い雷となって煙幕を打ち破り躍りかかった。 


 

 ―――誤ったな(・・・・)、キ■ウッ!!



 確かにキョウの特異能力(アビリティ)は絶大だ。

 対象と定めた相手を斬殺するという特性を考慮すれば、間違いなく対個人においては最高峰に分類されてもおかしくはない。

 しかし、それ故の制限。鞘に刀をおさめていないといけない。それに、もう一つ。技を発動させるまでの隙が大きい。

 アトラスを葬った時や、アルゴスの赤閃を叩き斬った時とは現状は異なる。


 瞬きする間よりも、言葉を紡ぐよりも速い、真の化け物がここにいるのだ。


 


 ギチギチと全身の筋肉が悲鳴をあげるが、それさえも心地よい快感となって全身を駆け巡る。

 もうすぐ獲物の、キョウの血を浴び飲み干すことが出来ると思えば、どのような苦痛にも耐え切れた。

 

 たった一度だけ見たキョウの特異能力(アビリティ)の特性と欠点を見抜いたアグリアスは、神か悪魔か。それともそれを超越した現世に君臨する化け物か。


 拮抗するこの戦いで、彼女の獣の本能が狙っていた瞬間。

 この一瞬に狙いを定めていた巨神種の邁進はあまりにも速過ぎた。

 

 限界ぎりぎりにまで引き絞った弓矢が如く。

 研ぎ澄まされたアグリアスの拳が、キョウの必滅呪詛を発動させる前に―――彼の右胸に風穴を開けた。






























「―――お前は強いな(・・・・・・)、アグリアス」


 馬鹿な。有り得ない。何時の間に。どうしてだ。

 何故、お前が私の真後ろにいる?


 驚愕し、驚嘆し、愕然と拳を突き出したままの体勢で固まっていたアグリアスと殆ど密着する形で背中合わせとなって、キョウは彼女の豪腕から逃れていた。

 アグリアスが貫いたと思ったキョウは、ただの幻。残像。紙一重で避けきった故の彼女の錯覚。

 

 言葉通り、アグリアスは強かった。

 キョウの予想通り、死線で争わねばならないほどに。

 だが、予想以上ではなかったのだ。巨神種は、剣魔の想像を超えることは出来なかった。


 キョウがアルゴスとの戦いで見せた特異能力(アビリティ)

 それは決して使わされた訳ではなく、キョウの意志で使用したということに、アグリアスは気が付いていなかった。

 あの時その気になれば、必滅呪詛に頼らずとも窮地を脱することはできた。しかし、キョウは敢えて己の奥の手を見せ付けた。


 不死王ノインテーターのように何かしらの奥の手を隠し持っていると判断したキョウが考えた、全てはこの一瞬のための布石。

 無論、アグリアスがここまでの怪物なるのは流石のキョウも予想外ではあったが―――強かったからこそ、闘争者としての本能が優れていたからこそ、彼女は罠にはまった。

 キョウの奥の手。比類なき必殺の一撃である、必滅呪詛を決定的な勝敗をわける場面で使用する、と頭に刷り込まれていた。

 

 全ては彼女が強かったからこそ芽吹いた布石。

 もしも、アグリアスがキョウの予想より弱ければ、そもそも必滅呪詛を使うこともなかった。

 キョウが彼女に贈った一言。強いという称賛は、決して嫌味でも何でもない。本心からの言葉だ。


 



 必滅呪詛を使う瞬間こそが最大の好機と全盛を注いだアグリアス。

 それを誘いとし、待ち構えていたキョウ=スメラギ。


 

 それならばどちらに勝敗の天秤が傾くかは、語るまでもなし。



「―――くはっ」



 己の敗北を本能で悟ったアグリアスが、乾いた笑みを浮かべた。

 もはや如何なる手段をもってしても、勝敗は覆らない。 

 それを理解してしまった故に、巨神は空を静かに見上げる。


 何故ならば、既に決着は付いているのだから。


 ずるりっと何かが地面に落ちる音がする。

 前方へと突き出していた右腕が、根元から断たれて大地に転がった。

 次は左腕。右肩から左脇腹にかけて深い斜め一閃の太刀傷。さらには右足、やがては左足―――。

 次々と刻まれていく斬痕を、青黒い鮮血が彩っていく。


  


 

 どこが生と死を別つ分水嶺となったのか。

 死ぬ直前、辛うじて戻った思考でそれを分析するアグリアスは、ゆっくりと首をまわし虚ろな視線でキョウを見た。

 瀕死の彼女を見る彼の目には憐れみも蔑みもない。あったのは感謝。お前と戦えてよかったという純粋なまでの感動だった。

 キラリっと陽光を反射させる刀身が、やけに煌いて見えて―――。



 ―――ああ、そうか。初めから、か。



 死の間際に彼女は答えに辿り着いた。

 アグリアスは最初から間違えていたのだ。

 確かに必滅呪詛は怖ろしい。だが、恐れるべきはそれではなかった。警戒するのは当然として、神経を注ぐのは別のところにあった。

 

 真に注意すべきは、キョウ=スメラギ本人だ。

 人の身で、生きた天災と渡り合うことが可能な人の子(バケモノ)。彼が放つ剣閃は、それだけで既に必殺の域。

 そんな剣士を相手取り、奥の手の隙を突こうとしていた己こそが愚か者。特異能力(アビリティ)などに頼らずとも、天災を屠れる怪物なのだから。

 最初から我武者羅に吶喊していれば、また違った戦いの結果になったかもしれないが、それはただの夢想でしかない。




「―――ああ。お前の、勝ちだ。巨人種(我ら)の死神よ」



 敗者の口から漏れ出る敗北宣言。

 しかしながら、その宣言には恥や悔しさは微塵も感じられない。



 彼女の視界には、剣の軍勢。剣の檻。剣の舞踏。そんな言葉が相応しい、光の剣閃の残滓映り―――。


 そう表現するに相応しい数十にも及ぶ斬閃は、幼い彼女の肉体を肉片にまで微塵切りにし、蹂躙した。

 ばらばらと崩れ落ちる雪の妖精。面影すらなく細切れになったアグリアスを一瞥。

 自分と戦うためだけに全てを捨てた美貌の巨人王に、キョウは黙礼を送った。





 ここに人災と天災の闘争が、幕を降ろす。
























 ▼



















「―――げほっ。いたたた……これは明日からしばらく筋肉痛かなぁ」


 キョウ達の戦いが行われている街中よりも、郊外はさらに凄惨な景色となっていた。

 大地が大きく陥没し、草原が焼け野原に変わっており、さらには山さえも削れている。

 地形も変化させてしまう、天蓋の獣達の争いは―――キョウとアグリアスの戦いが終わる頃には終焉を迎えていた。


 大きくクレーター状に陥没している箇所の一つ。

 そこの一つに、仰向けに倒れているナインテールの姿があった。頭には狐耳がピコピコと自己主張していて、臀部から生えている九本の尾がシュンと垂れている。さらには彼女の魔力で形作られている衣服も、至るところが破かれており彼女の新雪のような白い肌が見え隠れしていた。

 それはつまり現在のナインテールは、衣服を形作る魔力さえも発する余裕がないということに他ならない。

 よく見れば、身体中のあちらこちらに細かな裂傷を負っている。

 

 起きるのも億劫だと、眉を顰めて上半身だけを起こして、欠伸を一度。

 あいたた、と老人のように腰を叩きながらようやく立ち上がる。両手の掌を合わせて空に掲げ、おもいきり伸びをすること数秒。

 

「うーむ。だいぶ鈍ってるなぁ……。そういえば本来の力を取り戻してから、これが初めての超獣解放(メタモルフォーゼ)かぁ。うん、そりゃ身体に負担かかるはずだよ」


 身体中を動かしながら、骨をコキコキと鳴らすナインテールは、軽くふらつく足取りでクレーターの最深部へと降りていく。

 よく見てみれば彼女の足が向かう先、つまりはクレーターの中心には黒く焦げた何か(・・)があった。

 ナインテールは、躊躇い無くそれ(・・)に近づくと片手で掴んで持ち上げる。

 

 それ(・・)は、四肢も翼も、身体中に無事な箇所など無いほどに焼き燃やされた空獣王の成れの果てであった。

 原型も残していないその姿は、まさに凄惨の一言。

 冷たさすら感じさせる美貌さえも、薄汚れ元の容姿が想像もつかないほどに焼かれている。


「悪いねぇ? キミが中途半端に強かったからさぁ、手加減できなかったよ」


 ふぅっと疲労の嘆息をつくナインテールだったが、そんな彼女が持ち上げていたアエロの瞼がうっすらと開く。

 もはや死んでいなければおかしくはない致命傷をとっくに通り越した重傷でありながら、まだ生きていたことに若干驚いたのか、ナインテールがキョトンと表情を崩す。


「うわー。僕がやっておいてなんだけど、凄いね。まだ息があるんだ?」

「……かっ……ふ……」


 アエロに僅かに残された原形をとどめた左目は胡乱。

 如何に空獣王と謳われる彼女でも、打つ手なし。魔力は枯渇し、肉体は死の淵に立たされている。

 そんな彼女の唇らしき箇所が、震えた。


「……ナイ……テール。彼を……あの人間を……殺しなさい……」

「まだ言うの? それは聞き飽きたんだけどさぁ」


 キっと厳しい視線になると、持ち上げてる片手に力が入る。

 苦悶の声があがることなく、アエロは途切れ途切れに残された命を削って言葉を紡ぎ続けた。


「……私は、夢を見る……幾度と無く……繰り返される歴史。彼とともに……仲間としても……敵としても……いつも……彼が引き金と……魔女……女神が狂う……」

「……何言ってるのさぁ?」


 既に意味を成していない言葉の羅列。

 それに薄ら寒いものを感じたナインテールがさらに右腕に力を込めた。


「……何故、私は忘れて……思い出した……こんな大切な……ことを……どうして……ああ、お前か……混沌……」


 ぶつぶつと虚空に向けて呟くアエロだったが、突如として瞳に生気が宿る。

 四肢もなく、翼も無く、見るも無残な彼女は、それでもどこか美しかった。一瞬とはいえ、死の淵に立たされながらも発する気配はこれまで以上の濃厚さを垣間見せる。


「……ナイン、テール。前言を……撤回します……彼を……頼みますよ」


 再度キョトンとナインテールが首を捻ることになったのは当然だ。

 あれほどキョウのことを殺せと言っていたアエロが、一体どういった風の吹き回しか。一転して、キョウのことを頼むと言い出したのだから、ナインテールの疑問は仕方の無いことだろう。


「……お願い、します。ナイン……テール……私では……無理でした……だから……お願いします……」


 お願いしますと壊れた機械のように幾度と無く繰り返すアエロ。

 それの意味はわからない。彼女が死の間際に放った台詞はあまりにも意味不明すぎて、一体どういうことなのか。

 しかし、懇願してくるアエロは真摯で、もうすぐ尽きる自分の命よりもそちらのほうが余程大切だと言わんばかりの熱を感じた。


わかったよ(・・・・・)僕にまかせて(・・・・・・)


 ナインテールが頷き、力強くアエロへとそう言い放った。

 それが聞こえたのか、それとも限界を迎えたからなのか。  

 どこか安堵を浮かべ―――アエロは静かに目を閉じた。


 僅かに残っていた生命の鼓動。

 それが消えていくのを掴んだ右手から感じ取ったナインテールは、ゆっくりと地面にアエロを降ろす。

 あれほど胸に燻っていた憎悪も憤怒も何もかもが、奇妙なほどに失われていた。

 

 何故だろうか。様々な疑問が頭に浮かぶ。

 だが、幾ら考えたとしても答えは出てこない。恐らく唯一それを知っているだろうアエロは既に―――。 


「まぁ、仕方ないか。とりあえず、剣士殿と合流するかなぁ」


 物言わぬ骸となった空獣王に背を向けて、クレーターから這い出たナインテールは、パチンっと指を鳴らす。

 瞬間。轟っと音をたててクレーターを埋め尽くす灼熱の海が発生した。

 どこまでも赤い真なる業火に包まれて、残されていたアエロの亡骸は跡形も無く葬送されていく。


 そんな光景を一瞥したナインテールは、それ以上足を止めることなくキョウのもとへと戻っていくのだった。




















 

これにてあとは何話か、幕間と後日談を投稿して西大陸編は終了です。

五部は中央大陸 魔王侵攻編です。

よろしくお願いします。五月の後半は研修やら入っているのでまた投稿ペースがおちるとは思いますが、是非おつきあいください。

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