七章 七剣と超越種
「とりあえず、この大陸で使用されている貨幣はそれくらいじゃなー」
少しの間だけぼーとしていたキョウは、ディーティニアの声で我を取り戻す。
対して彼女は相変わらず竜鱗の状態を観察していたためか、キョウの様子には気づいていないようだった。
「ああ、助かった。つまりこれを売れば暫くは生活は大丈夫ということだな」
「うむ。まぁ、これを近くの町まで持っていくのが正直面倒ではあるが」
「そうなのか? 近場の街はどれくらいかかる?」
「一番近い村まで歩いて十日くらいじゃな。そこからさらに五日。そうすれば比較的大きな町に到着する。確かあそこならば大陸規模で運営されておる商業組合の支部があったはず」
「その村では駄目なのか?」
「人口千人にも満たない小さな村に期待できると思うておるのか? こんな竜鱗を取り扱える筈なかろうて。鍛える手間がかかるとはいえ、竜鱗の剣など性能と希少さのため大白金貨五十枚は軽くこえるのじゃぞ?」
「……言われればそうだな。面目ない。しかし、それは高価な代物だな」
呆れたようなディーティニアの発言に、素直に謝罪するキョウは当たり前といえば当たり前の指摘をされた。それに少し羞恥を感じるも咳払いをして無理矢理誤魔化す。それにしても剣一つで大白金貨五十枚以上とは、信じがたい話である。
しかし、キョウはあることに気づいていなかった。
大白金貨三枚以上の値がつく竜鱗は―――中位竜種のものであるということに。
高位竜種や竜王種ともなればどれだけの売値になるのか、それを知った時キョウは再び驚くことになる。
それにしても近場の村まで予想より日数がかかる距離だったらしく十日と言い切ったディーティニア。キョウは窓の外に見える森の木々を見ながら仕方ないかと呟いた。辺境だとは薄々感じていたが、どうやら彼の考えよりも更に奥地にあったらしい。
キョウの本音を言えば、その半分くらいの予想をしていた。
「仕方あるまい。ここは竜園にもっとも近き大陸の最北端。ワシ以外の人間が来ているのを見たこともないぞ。こんな場所の近くにはおちおち村など建ててもおられまい」
「―――竜園?」
「外の海岸から小さく見えたじゃろう? 水平線の彼方にある、竜の楽園。幻想大陸にいる竜種の生まれ育つ地。幾千もの竜が蠢くこの大陸でもっとも絶望を知れる場所じゃよ」
「……ほぅ」
キョウは、水平線の彼方に豆粒みたいな大きさの島が見えたことを思い出した。
そしてディーティニアの語りに、興味深そうな色を瞳に浮かべるが、竜鱗から視線をあげたディーティニアがやれやれといったように首を横に振る。
「今はまだ止めておけ。あそこには飛竜や水竜など相手にもならぬ竜種がおる。お主ならば或いは高位竜種を屠れるやもしれん―――が、竜王種とだけは戦うでない」
「……そこまで、強いのか?」
「言ったはずじゃぞ。あやつらは別格。他を圧する巨体と人を遥かに凌駕する超魔法力。その魔法力によって人に似た姿を取ることさえも可能とする。そんなあやつらは竜園の遥か深奥―――そこに潜む。竜園に住む数千の竜種を従えた、竜種の王達。悪竜王イグニード・ダッハーカ。竜女王テンペスト・テンペシア。雷竜帝ヴァジュラ・アプサエル。幻想大陸創世より、確認されているのはこの三体だけじゃ」
「―――その言い方だと、その三体以外にもいると聞き取れるんだが」
「恐らくはいる。人の前に姿を現していないだけで、残り二体の竜王種はいるはずじゃ。何せ魔王も五体。魔獣王種も五体だというのに、竜王種だけ三体しかおらぬというのもしっくりこぬ。そこらあたり、女神は遊び心があるはずじゃよ」
なるほど、とキョウは頷いた。
竜王種が五体いるという理由付けにしては弱いが、ディーティニアがそう言うのならそうかもしれないと取りあえずは納得しておく。どうせ今この場で考えても答えは出ないと分かっているから、結論を先延ばしにしたという理由もあるが。
「今は他の敵と戦うことによってこの幻想大陸での戦闘を身体に馴染ませておくと良い。どうせ竜王種は逃げはせぬ。それでも行きたいというのならば、ワシも一緒に行かせてもらうぞ」
「……いや、ディーティニアの言うとおりにしてこう。楽しみは後に取っておく方だからな」
キョウが素直に自分の言うことを受け入れたことに安堵したのか、ふっと彼女の表情が緩む。
そこで何かを思い出したのか、椅子から立ち上がると炊事場の方へと足を向けた。
何かと思えば、水竜の肉塊を置きっぱなしにしてあったのに気づいたのか、包丁で適度な大きさに切り分けていく。そして幾つかの塊に切り分けると、足元の床に手をあてる。何をするのか、とキョウが興味深そうに見ていると、床のへこんだ部分に指をひっかけ持ち上げた。丁度正方形の小さな扉の下には、石造りで覆われているそれなりに大きな空間が広がっている。
ひんやりとした空気がその地下の空き室から上の部屋へと漏れ出てきた。
キョウが中を覗いてみると、そこには様々な食料が置いてあるのがわかった。ディーティニアはその一画に空き箱にいれた水竜の肉を入れて置くと上の部屋へと戻り、入り口を閉める。
「ああ、冷蔵庫になっているのか」
「なかなか便利でいいんじゃぞ。肉は特に痛みやすいから、ここがなかったらすぐに駄目になってしまうからのぅ」
困ったものじゃと呟きながら、テーブルまで戻ってくると食事の時と同じく、キョウの対面に腰をおろす。
「さて、お主の最終目標は神殺しとして、これからどう動くか決めた方がよかろう」
「ああ、出来れば色々と教えてくれると助かる。今の俺の力ではまだあいつには及ばないのは分かっているしな。今よりも上の段階に上るためにもディーティニアが強敵だと考える相手を教えてもらいたい」
「うーむ。人限定にしたほうがいのか?」
「いや……種族問わずで構わない」
人間限定にするかも考えたが、どうせ結局はこの幻想大陸にいる全ての猛者を斬り倒して、神へと至る予定なのだから今の内に教えてもらっていたほうがいいかと考え直す。
その返答で、ディーティニアは三角帽子の縁を指で触りながら暫く考え込むも、思考が纏まったのか帽子から指を離した。
「とりあえず人間から行くと……先ほど話に挙がった【七剣】。こやつらは幻想大陸で上位の戦力を持つ戦闘者じゃな。第七席から第二席までも十分強いが、お主からしてみれば期待外れになる可能性も高い。それでも、おぬしと良い勝負ができるくらいの腕前は持っておるぞ? 特に第一席の通称【永久凍土】のアルストロメリア―――こやつは七剣のなかでも別格。桁外れに強い。あやつがいるからこそ、魔族との戦線を保つことが出来ているといっても過言ではないかのぅ」
「……ディーティニア級と考えてもいいのか?」
べた褒めのディーティニアに対して、キョウが問いかける。
それに対して、彼女は鼻で笑って椅子の背にゆったりともたれた。
「それはワシを甘く見すぎというべきか、アルストロメリアを過大評価しすぎというべきか。確かにあやつの力は高位竜種とも単騎で渡り合えるほどじゃが―――まだ、青い」
「成る程。まぁ、なんとなくわかった。他にはどんな手練れがいる?」
キョウの発言で、やや不機嫌そうに目を細めたディーティニアを見てあまりうかつなことは言えないと自分を戒めた。
「後は有名どころだとワシ以外の魔女……くらいかのぅ。あやつらも魔法使いとしては超一流。四人ともがアルストロメリアとほぼ互角以上に渡り合える連中じゃな。他にも小粒は結構おるが、お主の相手にはならない連中ばかりといっても過言ではない」
「合計十一人か……思っていたよりも多いな」
「それだけでも最低限、じゃからな? 名が知られておらぬ強者も大陸を巡れば発見できるやもしれん」
「そうか……期待しておこう」
大陸最強の対危険生物特殲部隊―――七剣。
ディーティニアと同じ魔女の名を冠する四人。
一体どれほどの敵であるのか。ぶるりと喜びとも畏怖とも、どちらとも言えない電流が背筋を駆け抜ける。
「竜王種はさっき言ったから飛ばして構わぬな? 魔族が本拠地としている南の大陸には五人の王がおる。それらを魔を統べる王として【魔王】と人は呼ぶ。ワシら魔女が火、土、水、風、雷の属性に特化しているように、あやつらもそれぞれの属性に特化した魔王として君臨しておる。大魔法力と人をゴミ屑のように蹴散らす近接能力。未だ嘗て人の手で打倒したことがない不敗を誇る魔族どもじゃな。女神の加護を受けた使徒でさえ、命を賭けても退けるのが精一杯という桁外れの力を持つ怪物よ」
正確には、女神は使徒に対して魔王を退ける程度の加護しか与えていなかったのだろう。
彼女が欲しているのは自分に届く可能性を秘めた何か。それは平和を享受した世界には決して生まれない可能性だ。だからこそ、女神は戦乱を求める。あらゆる生物が命を賭けて戦うこの世界―――そのバランスを崩さないためにも、女神は魔王を殺せるほどの力を人には与えない。
そうディーティニアは読んでいる。でなければ、幻想大陸の歴史の中で全ての使徒が、魔王や竜王種、魔獣王種といった超越種を退けることしかできていない筈がない。
「さて次は魔獣王種か。こやつらは少し例外が混じっておるな。魔獣と名前をつけられておるが、中には海獣の分類の危険生物もいる。陸獣王、海獣王、空獣王、魔獣王―――そして、幻獣王。五大陸のそれぞれに一体ずつが散らばって存在しているが……こやつらは基本的に自分の住んでいる領域から出てはこん。そういった点では、竜王種と同じか。ちなみにこの北の大陸には陸獣王セルヴァが西の果てに住んでおったはずじゃ」
「つまり、人間のもっとも警戒しているのは魔王率いる魔族―――ということでいいのか?」
「その認識で構わぬ。危険生物による突発的な被害は多いものの、常に戦争を繰り広げているのは人間達と魔族くらいじゃ。まぁ、二年間ほどここに引きこもってはいたが、その間に変化があったやもしれんが」
「……いや、二年もこんな場所で何をやっていたんだ?」
ディーティニアの引き篭もり発言にキョウが軽くひく。
こんな辺境の地でまさか二年間も暮らしているとは、流石に予想の斜め上をいっている。
「べ、別に大陸中の人間に嫌われているからここに住んでいるわけではないぞ? コボルトとかもいるから一人じゃないし!!」
うわっと顔を顰めたキョウの様子に、慌ててディーティニアは自分自身をフォローするが、全くなっていないことに当の本人は気づいていない。コボルトと一緒だからと言われても、人外の友達しかいないのかと、ディーティニアの現状にほろりと涙が流れそうになる。
だが、キョウも世界では知り合いという知り合いがいなかった。思い返せば戦闘の日々。友達はおろか、知り合いさえもろくにいなかった。ディーティニアは、姿形まで有名なのかはっきりとはわからないが、生憎とキョウは世界では名前も容姿も世界的有名人だ。
素顔を晒しては街にも入れず、世界を回っていたときは殆どが街の外で野宿が多かった。
知り合いらしい知り合いといえば、七つの人災くらいだろう。とはいっても、アナザーは広大な世界だ。キョウとて彼らと滅多に会うことはなかった。
操血だけはかなりの頻度でキョウに会いに来ていたが、果たしてアレを知り合いといっていいのかキョウには判別できない。操血とキョウの関係は言葉では表現できない、異様で異常な捻じ曲がったものであったのだ。
そういった意味では、キョウとて決してディーティニアのことをどうこう言えるわけもなかった。
「……ああ、わかってるわかってる。きっと何か理由があったんだな?」
「う、うむ……。な、なんじゃ、急に優しげな顔になりおって……」
突然百八十度態度が変わったキョウに対して、不審の視線を送る。
「いや、それで。何故こんな辺境に住んでいたんだ?」
「……新魔法の開発をしようと思ってな。ここなら竜園にも近いし、丁度良い実験材料が時々飛んでくるからのぅ」
他の人間が聞いたら正気を疑うような理由。
魔法の開発のためだけに、竜園に近いこの場所で暮らしている。
あろうことか竜種に対して、悪びれもせず実験材料とまで言い放つ小さな魔女。
この大陸の誰一人として、こんな理由に納得をしないだろう。
だがしかし、今彼女の目の前にいる男は―――。
「ああ、そうか。それなら仕方ない」
至極あっさりと納得した。
剣を極めるためならば。剣の答えを識れるのならば。
自分もそれくらいのことはするだろう、と。キョウはディーティニアの言葉を当たり前のように受け入れた。
自分達の命を省みない二人の姿は、見るものが見れば、逃げ出したくなる禍々しい歪みを感じさせる。
「それはそうと、少し喉が渇いたのぅ。講義は少し休憩にするとしよう」
ふぅっと一息ついたディーティニアは隅に置いてあったコップを手に取ると水差しから水を注ぐ。キョウがそれを受け取ると、一口含む。冷やしてあったのか、冷たく滑らかな喉越しの清水が、するすると喉を通り過ぎていく。
一気に飲み干したキョウの空いたコップに、新たになみなみとディーティニアは水差しから再び注いだ。
「すまない、助かる」
「なに、構わぬよ。ああ、それとこれからはワシのことはディーテと呼んでほしい。出来れば人のいるところでは必ず」
「ん……ああ、分かった」
「済まぬな。ワシの名は有名すぎて、本名がばれると碌なことにはならぬのじゃ」
「名前を隠すだけで大丈夫なのか?」
「問題はない。一人歩きしているのは名前だけで、ワシの外見までは普通の人間なら知らぬよ。もっとも知っている者もそれなりにおるから、その時は諦めるしかないが。その時は上手いこと共に逃亡するとしよう」
「まぁ、その時はその時で……って、もしかして俺についてくるのか? 近くの町まで送ってくれるだけではなく?」
ディーティニアの台詞に、キョウがまさかと思い確認を取るように問い掛けた。
彼の問い掛けに、何を今更という表情で―――キョトンとしながら答える。
「当然じゃ。お主が女神を目指す限り、ワシも共に行く。お主の歩む場所がワシの進む道」
可愛らしく小首を傾げるディーティニア。
激しい違和感。気色がわるいほどに、感情が噛み合わない。
何かがおかしい。
全身のあらゆる毛が逆立ち、毛穴が開き嫌な汗が滲み出てくる錯覚をキョウは感じた。
淡々と語ってくるディーティニアの言葉が不思議と頭に入ってこない。まるで、羅列された数字を読み上げるかのように、機械的に口を紡ぐ。目を奪われるほどに、暗く、黒く、闇に染まった威圧にも似た雰囲気が部屋中を包む。
ディーティニアが浮かべるのは、ぞっとするほどに歪んだ笑み。
そこにあるのは神殺しを渇望する八百年の時を、そのためだけに捧げてきた魔女の凶笑だった。
「お主が望むのならば竜王種をも殲滅しよう。魔王であろうとも灰燼と化そう。魔獣王種をも塵芥に変えよう。故に―――」
その凄絶な微笑みは、大切なナニかが壊れてしまった人間がするモノと同じで。
「―――あの超越存在を、跡形残さず滅ぼそうぞ」
テーブルに乗り上げ、対面にいるキョウの頬を優しく撫でる。
彼の頬を撫で上げるひんやりとした手から伝わってくるのは、純粋な狂気。エレクシルへ対する底知れぬ憎悪。
そして―――八百年孤独に歩み続けてきた獄炎の魔女が初めて見つけた同胞へ対する執着。
逃がさない。放さない。離さない。甘酸っぱい愛情や恋心とは違った、どろどろとした煮えたぎるような負の感情。
様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った混沌。
禍々しい、黒い虚ろな狂気。キョウとてこれほどまでに、混沌とした人間を見たのは二度目である。
ディーティニアという魔女は、まるで七つの人災の最強を見ているかのような既視感を受けた。
―――ああ、そうか。
キョウは悟る。
ディーティニアという存在は自分と同じだ。剣と魔法という正反対の道を進んだ者同士。誰よりも遠く、逆に誰よりも近い二人。
自分達の目的のためにどうしようもなく、神を殺したい。
そのためならばどんな手段でも、どんな方法でも使う覚悟がある。
エレクシルを殺せるならば、ディーティニアは何の躊躇いもなくキョウを殺せるだろう。
何故ならば、キョウもエレクシルを殺せるならばディーティニアを躊躇いなく斬れるからだ。
同じ目的を持った狂人同士。
それならば共に旅をするのも悪くはない。
「―――ああ、宜しく頼む」
「うむ、頼まれた。地獄の果てまで、共にゆこうぞ」
二人は静かに盟約を交わす。
言葉だけの。だが、どんな魔法よりも確かな契約。
幻想大陸とアナザー。同じ世界にありながら、別たれた異なる世界で歩んできた二人の道が―――今交わった。
お気に入りにいれていただいた方有難うございます。
今話ででてきた名前は忘れていただいてもおkです。
先の話で出てきたときに思い出していただけたら……