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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
四部 西大陸編
72/106

六十六章 大渓谷前にて2



















 呪い竜の大渓谷と呼ばれる断崖の前にて、一際強い風が吹く。

 この場所は一年中強風が吹きつける渓谷として知られているため、本来であれば不思議に思うほどのことでもない。

 ただし、今まさにバルバロッサ達が身体中に感じる風は、背後の大渓谷からではなく、前方―――キョウ=スメラギがいる方角から皮膚を強かに打ちつけてきていた。


 本能が反射的に一歩騎士達を後退させる。

 ぽたりっと何かが乾いた地面に黒い染みをつくりあげた。

 何かと思えば、滑り気を帯びた汗。それもバルバロッサだけではなく、彼の部下達も似たような状況だ。

 額から頬を滑り落ち、顎を伝い大地に吸い込まれていく。


 初めに理解できたのは、生き物としての本能だった。

 それが、目の前の怪物へ対する敵対行動を悲鳴にも似た警告を痛いほどに脳内で繰り返している。


 次いで感じたのは、五感。

 そのうちの一つ、嗅覚が違和感を嗅ぎ取った。

 ただの風ではない。吐き気を催すほどの鉄の香り。生理的嫌悪感を否が応でも味あわせてくるほどに濃密で濃厚すぎる血臭。

 ここには死体の一つもない。血を流している人間は一人もいない。その筈が、戦場だと勘違いするほどにあまりにも強すぎる血風が吹き付ける。


 そんな死を連想させる疾風の後には、音が来た。

 大渓谷を、大地を、揺らし巨大な地響き。無論、その地震は実際に起きたわけではない。

 騎士達の五感をも曖昧にさせるキョウの圧倒的な戦意。物理的な圧力を感じさせるほどに凶悪な気配。それが騎士達の感覚を歪ませていた。


 その幻覚は、あたかも現実に起きているかのような圧迫感。

 キョウの迸る重圧は、大気を打ち震わし、騎士達の覚悟をも微塵に粉砕していく。


 それだけで騎士達は悟った。

 目の前にいる剣士は、人間は―――これまで戦ってきた魔族など歯牙にもかけない人の姿をしただけの怪物なのだと。

 彼らは獄炎の魔女へ対する特殲部隊だ。しかし、それだけではなく魔族との戦いの前線にも出て行く神聖エレクシル帝国の精鋭である。

 兵士級魔族や、騎士級魔族など腐るほど見てきた。

 第三級危険生物である将軍級魔族も時折見かけたことはある。生憎と第二級危険生物の魔人と呼ばれる魔族とは出会ったことがないが、それでも理解できてしまう。

 獄炎の魔女の相棒を名乗る男は、既にそういったレベルの相手ではない。

 

 まさしく魔王級。伝説に語られる天災の域に達してしまった怪物。

 そういった類の存在だと納得させるほどに、あまりにも人智を逸した圧力を放っている。

 

 戦闘に慣れている騎士達が、我を忘れて息を呑む。

 唖然とする彼らを置き去りに、キョウ=スメラギは地を駆けた。

 その行動は実に自然で、違和感を覚えさせない。相手に認識をさせない不思議な動きだ。

 

 騎士達が気がついたときには、既にキョウは彼らの間合いの中にいた。

 僅か数歩。それこそ瞬きする間。一秒にも満たない時間。

 

 ざっと地面を擦りながら身体を低く、滑り込むように騎士の一人の懐深く潜り込んできたキョウが、小狐丸の柄に手をかけた。

 音もなく、流れる動作で抜刀。空気に三日月の残光を刻み込み、純白の鎧の胴体部分を右薙ぎで払い断ち切る。

 恐ろしいほどに速く、気がついたときには騎士の一人がごとりっと大地に四肢を投げ出し、倒れ伏す。よく見てみれば、霊白銀(ミスリル)製の鎧が見事なまでに切り裂かれていた。


 その事実を視認した瞬間、ぶわっと全身のあらゆる毛穴から冷や汗が噴出す。

 額だけではなく、背中にも多量の湿り気が襲ってきた。びっしょりと身体を濡らす気持ち悪さも、今は全く気にもならない。

 それ以上の脅威が、バルバロッサ達の目の前でゆらりっと姿を陽炎と見間違える動きを見せる。


「―――散、れ!!」


 鍛え抜かれた意思が、バルバロッサに命令を下させる。

 ここはもはや戦場だ。油断すれば即座に死ぬ。生と死が曖昧な境界線を綱渡りで歩くような、圧倒的な強者との決闘。

 数多の戦を生き抜いてきた本物の戦士は、キョウへと対抗すべく声を張り上げる。しかしながら、その声はかすれていてどこか悲鳴染みたものになったのは仕方のないことだろう。

 

 団長の一喝に、ようやく凍った時は動き出す。

 叫び声を噛み殺しつつ、その場から跳び下がる騎士達だったが―――それとは異なる行動を取った者達がいた。

 キョウの近くにいた騎士四名。彼らはその場に佇んだまま身体がぐらりと揺れる、まさか、と思う暇もなく重厚な鎧を纏ったはずの彼らの肉体は地に沈む。 


 肺から搾り出す空気が異様に熱い。火傷しそうな熱量をもって、喉から吐き出される。 

 逃げ出したくなる気持ちを無理やり意思の力で抑え付け、騎士達は迅速に動き出す。

 キョウを取り囲み、中心として輪を描く。幾重にも包囲をつくりあげた騎士達は、互いに声もかけずに剣を携え―――中心にいるキョウへと躍りかかっていく。ここにいる誰もが魔族との戦争を生き抜いてきた兵ばかり。以心伝心。視線をかわすだけで、攻撃のタイミングを取ることは容易い。

 

 円を描いた輪が乱れ、騎士達の刺すような殺気が向かう先は、たった一人の人間の剣士。

 人間でありながら人を超えた人。そう再認識している騎士達には、数による油断も慢心も存在しない。

 瞬く間に五名を屠られた信じられない光景を目の当たりにしたのだ。彼らの行動は至極当然。


 最高のタイミングで、彼らは己たちの最速で攻撃を仕掛ける。

 僅かに速く、突出した騎士の一人が白銀に輝く長剣を強く握り締め、輪の中心で佇むキョウへと振り下ろす。

 頭を叩き割る角度で迫った剣先は、肉と骨を断つ感触を伝えてこず、その代わりにガキィっと大地を激しく噛む音と感触が手から伝わってきた。後に続く騎士達の剣が、先頭の騎士に折り重なるようにして叩き込まれていく。


 最初に気づいたのは先陣を切った騎士。続いてコンマ一秒遅れて彼に続いた騎士達が首をひねる。

 円陣を組み、蟻の子も逃さないようにして迫ったはずの騎士達の剣は標的の命に届くどころか―――骨や肉、挙句の果てには薄皮一枚すら切ることも出来なかったのだから。


 再度ぶわっと死の風が吹く。

 ひやりと身体をなで上げる冷たい旋風。

 騎士達の円陣の包囲網を何時抜けたのか誰にもわからない。とある騎士の背後に音もなく姿を現したキョウは、抜いていた小狐丸を握っている右手を軽く振る。撓る鞭を連想させる動作で、水平に薙ぎ払う。

 銀光を残して、三名の騎士の鎧を同じ軌道で二度なぞる。


 置き土産を残したキョウが、とんっと軽く後方へと跳躍して騎士達全てが視界にはいるように調整する。

 新たに三名の騎士が地面に横たわることになったが、もはや驚くことはない。驚く暇があったら剣を振るう。そうしなければ瞬く間に残された自分達は抵抗するまもなく敗れることになってしまうのだから。

 

 覚悟を決めた騎士のうちの二人が剣を握り締めてキョウへと迫る。

 重い鎧を着ていながらその動きは驚嘆すべき速度であった。地面を抉るほど強く、一直線にキョウへと駆けつけ身体ごと叩きつけるように刺突を放つ。

 生涯最速最高と確信を得るほどの刺突が二つ。空気を貫きキョウへと放たれた切っ先は、何の手ごたえもなく剣士の頭を通過する。

 身体を軽く開き、難無く敵の攻撃を避けたキョウが流れる動作で身を沈めた。


 両足を鋭く深く、そして重く。

 ズシンっと重厚な音を響かせて、足の裏が大地の全てを捉えきる。

 ふっと呼吸を漏らし、蹴りだされた右足が、霊白銀(ミスリル)の鎧で覆われている騎士の腹部に叩き込まれた。

 巨人種の一撃を受けたと勘違いするほどに重い一撃が、身体全体にあますことなく伝わっていき、鎧をへこませながら吹き飛ばされた騎士が後方から続いてきた騎士を巻き込み地面を転がっていった

 強固な鎧に覆われた騎士二名が、避けきれずに十数メートル近くも弾けとんだ光景は再び怖気を感じさせるには十分に値するものだ。


 一瞬の迷い、恐れ。

 突進の速度が鈍った騎士達を嘲笑う如く、キョウが動く。

 僅かに乱れた陣形。密集された騎士達の間にあいたほんの少しの綻び。

 そこをキョウが散歩をするように、ゆらりと身体を揺らめかし抜ける。


 はっとそれに気づく者もいたが、それは遅く。

 騎士達の視界に広がる光にも似た斬閃が、彼らの意識をあっさりと刈り取っていく。

 それはさながら、悪夢の中に住まう死神。己の理解を遥かに超えた存在の裁きにも見えた。

 新たに数名の騎士が呻き声一つあげずに糸が切れた操り人形のように、ぐらりと揺れて崩れ落ちる。


「―――魔法、だ!! 距離を保って魔法で応戦しろっ!!」


 剣が届く範囲では、どうしようもないことに気づいたバルバロッサが再度吠える。

 その声に反応した騎士達が、慌ててキョウの間合いから外れるべく、一斉に後退するものの―――それに反応したのは十八名の騎士だけだった。

 その事実。自分達の目に映るどうしようもない残酷な現実に、彼らは皆が同じ思いに囚われていた。


 ―――たった十八人? 他の人間はどうしたんだ?


 どうなったかわかっている。しかし、認めたくない事実。

 十秒にも満たない間で、既に半数の同胞が敗れ去ったということだ。

 ひたひたと忍び寄ってくる死の予感。ごくりっと誰かが唾液を飲み込んだ音が耳に届く。

 彼らが思考していたのはほんの一瞬だ。一秒もかからなかっただろう。それで思考をやめて、標的に視線を向けなおす。

 だが、しかし―――彼らの視界からはキョウの姿が消えうせており。


「―――っ!!」


 やはり誰かがあげた声にならない悲鳴。

 距離を保ったはずの騎士の一団の背後に何時の間にか回っていたキョウが、小狐丸を逆胴へと叩き込む。

 金属が砕き、切り裂かれ、果てには筋肉に覆われた内臓がひしゃげ、内圧によってもたらされた衝撃が、胃の中の内容物を逆流させる。傷ついた臓物の影響でせりあがってきた血液と吐しゃ物が混じりあったそれを口と鼻から撒き散らし、地面に転がっていく。


 魔法を正確に着弾させようと、キョウの姿をしっかりと確認するも、それではあまりにも遅いのだ。

 彼らが魔法を詠唱しようとする時間さえも与えない。神速の世界でキョウは動く。

 近場にいた騎士へと踏み込むと、左右の両足の裏で感じた大地の重み全てを左手に込めてかちあげる。小狐丸を握っていない左手の掌底が容赦なく騎士の兜に叩き込まれ、激しい脳震盪を起こされた身体が不安定にぐらぐらと揺らいだ。五指を広げ兜をつかむと、そのままの勢いを殺さずに後頭部を地面へと叩きつけた。


 雷鳴と聞き違える轟音と同時に砂埃があがる。

 それに眼を細めた騎士達の、不明瞭な視界からキョウが埃を切り裂いて疾駆した。


 あまりにも圧倒的。あまりにも絶対的。あまりにも超越的。


 騎士達は決して超えられない壁を、キョウの姿に見た。

 決して覆すことが出来ない力量差。絶望を体現した剣に狂った魔が黒い影となって地を滑る。

 散開する騎士達を横切るたびに、重厚な鎧を纏った騎士が、時には宙を飛び、時にはその場に崩れ落ち、時には血霧を飛び散らせ。

 気がつけば、神聖エレクシル帝国の精鋭中の精鋭。第三聖騎士団の三十四名は、誰一人己の足で立っている者はいなくなっていた。

 ただ一人残された、団長―――バルバロッサは、ただただ愕然と目の前に創りあげられた光景を凝視し、わなわなと身体全てを震わせている。


 彼がこの瞬間。キョウ=スメラギという名の怪物と戦って最後に見た光景は―――空気を引き裂き飛来する黒い閃光。

 戦いによる昂揚感を僅かたりとも感じさせない平静そのもの。戦闘という行為の途中だということを忘れさせてしまうほどに、何の感情も見せずに、刀を一閃する彼の生涯最強の男の姿だった。


 抵抗することも許さない。

 三十五名の騎士を軽々と撫で斬りにしたキョウは、一人静かに大地に佇む。

 彼は地面に転がる騎士達を一瞥すると、小狐丸を鞘へと収める。


「―――聞こえているとは思えないが。安心しろ、峰打ちだ」


 多少の後遺症はあるかもしれないが、とぽつりと漏らしたキョウをじっと見つめるディーティニアは、息をすることも忘れていたのか、今になってようやく呼吸を再開させた。

 勝敗がどうなるかは戦う前から分かっていた。仮にも第一級危険生物である陸獣王セルヴァを打倒したキョウが敗れる可能性は微塵も考慮していなかったが、それでも相手を殺さないという条件下でここまで容易く帝国の精鋭を無力化する。言うのは簡単だが、実際にやるとなれば難しいだろう。少なくとも手加減が苦手なディーティニアでは無理だったはずだ。 

 キョウはディーティニアの力量は底が知れない、と考えていたが―――ディーティニアから言わしてみればキョウの力量こそが底知れないと感じていた。 


 感動にも似た感情に襲われていたディーティニアとは異なり、この場にいるもう一人。

 アールマティの反応はというと―――。


「……っ」


 何故か、彼女は右手の手のひらで自分の顔を押さえていた。

 正確に言うならば、自分の鼻の部分を、だが。


 その理由はすぐさま判明する。

 ぴちゃっと、抑えている指の隙間から滲み出る赤い液体。

 指を、手の甲を伝い滴り落ちる血液。ごつごつとした地面を小さい赤い斑点を作っていく。

 自然と発生した鼻血など気にも留めていないアールマティは、爛々と瞳を輝かせてかつての仲間であり、友であり、相棒であった男の背中に視線を送り続ける。


 がりっと何かをかみ締める音が微かに聞こえた。

 その発生源はアールマティの鼻を押さえていた手だ。何時の間にか口元に近い指を噛んでいたが―――噛み千切らんばかりに強く、彼女は己の指に歯を食い込ませている。 

 

 ―――ああ。凄い。やっぱり、あんたは変わらない。腹が立つほどに昔のままだよ。剣に生きて剣に死ぬ。他には一切の執着をみせない。それがあんただ。剣に狂った魔だ。二年前でも既に比類なき怪物だったのに、さらに強くなっている。あんたの、限界はどこにある? あたしと一緒だ。あんたはやっぱりあたしと同じ同族だ。


 鼻血とともに零れ落ちそうな狂声を、必死になって噛み殺す。

 ぶるぶるっと全身の筋肉に震えが走る。身体中の毛が逆立ち、歓喜とも恐怖ともいえない電流が背筋を伝う。

 胸を早鐘のように叩く心臓が、激しい耳鳴りにも聞こえた。


 ―――嗚呼。今この場であんたと、全力全盛で、命を賭けて、殺し合い(遊び)たい。



 ビキビキっと今にも躍動しそうな身体中を、必死になって抑え続ける影使いは、両手で己の肉体を抱きしめる。骨が軋むほど強く、堅く。気を抜けば、目の前のキョウに襲いかかろうとする自分を律し続ける。

 鼻から口に伝った血を、赤い舌でぴちゃりっと舐めながら、アールマティは狂気と狂喜を滲ませた蒼い瞳でキョウを睨み続けていた。

 

 ある種の異様を漂わせるアールマティだったが、今はまだ駄目だと深呼吸を繰り返しながら、眼をつぶる。

 ここでやりあっても間違いなく邪魔が入る。目の前のディーティニアは、恐らくキョウとアールマティの戦いを良しとしないだろう。以下に影使いといえど、剣魔と魔女の二人を同時に戦うのは厳しいというのが本音だ。

 拮抗している二人の戦いにディーティニアが加われば、戦いの優劣は簡単についてしまうだろう。


「さて。眼を覚まされる前に行くとするか。構わないか、ディーテ?」

「―――う、うむ。了解したぞ」


 そんな葛藤に襲われているアールマティを置き去りに、キョウは一仕事を終えて若干満足そうに口元を緩め、己の相棒に声をかける。

 一方のディーテは、突然のキョウの声掛けに、多少驚いたのかどもりながら返答をした。

 

 その頃には何時もの調子を取り戻していたアールマティに、キョウは視線を向け。


「アルマ。ここまでの道案内助かった。礼を言う」

「……ん。素直に受け取っておくよ」

「またいずれ中央大陸には戻ってくる予定だからな。その時はゆっくりと会おう」

「……わかった。その時を楽しみにしているよ。ああ、この連中の世話はあたしに任せておいて」

「すまんが頼まれてくれるか? 助かる」


 下手に気を取り戻されたら面倒だと考えたキョウは、ディーティニアを伴って呪い竜の大渓谷の入り口へと足を向けた。

 遠ざかっていく二人の背中。キョウが言ったように、再び会える日はきっとそこまで遠くはないだろう。幻想大陸は確かに広大だが、アナザーほどではない。また会える日々を夢想していた彼女は―――それでも一抹の不安を胸に抱く。

 

「―――キョウ」


 だからだろうか。 

 何故かアールマティは遠ざかっていくかつての相棒を引き止めた。


「どうした? 何かあったか?」

「……ええっと……」


 キョウはそんなアールマティの声に振り返り、訝しむように眉を顰める。

 引き止めたはいいが、続く言葉を瞬時に思い浮かばなかったのか、一瞬言葉に詰まった。しかし、やがて意を決したのかアールマティは、とある言葉を口に出す。


「―――あんたは、あのこと(・・・・)を覚えている?」


 漠然とした質問。

 一体どのことなのだろうか。普通ならばわかるはずもない不明瞭な問い掛け。

 アールマティ自身、失敗したなぁ、と頬を引き攣らせる。


 だが―――。


「ああ、覚えている(・・・・・)。なんだ、お前も覚えていたのか」

「……っ」


 あっさりとそう言い切ったキョウに、絶句するのはアールマティだ。

 まさか僅かな躊躇いもなく言い切られるとは想像もしていなかった。

 だが、キョウが話を合わせているだけとも限らない。自分の考えている、あのこととはまた別のことなのかもしれない。

 嬉しかった反面、漠然とした不安を隠し切れない。


「お前とかわした約束であり、盟約だ。そう簡単には忘れんさ」


 続けたキョウの発言に、アールマティはビクリっと身体を震わせた。

 それで確信を得る。自分とキョウが思い描いている、あのこと(・・・・)は同じである、と。


「それがどうかしたか?」


 何でもないように聞いてくるキョウに対して、嬉しい反面少しだけ憎らしい。

 アールマティが色々悩んでいるのが馬鹿らしく思えるほどに、キョウは何時もどおりなのだから。

 でも、やはり嬉しいというのが本音だった。 


「ううん、何でもない。確認しただけ」


 すうっと心が落ち着いたアールマティは、口角を吊り上げる。

 彼女もまた普段どおりの己を取り戻し、どこか皮肉気に笑みを浮かべた。

 その笑みが、どうしてかとてつもなくアールマティ=デゲーデンハイドには相応しく見えてしまったのは、キョウの見間違いではないはずだ。

 だからだろうか、かつて交わした約束をふと口に出してみたくなったのは―――。


「そうか。魔族との戦いもあるだろうが、息災でな? 約束を破られても困るからな」

「ああ、うん。あんたもね。巨人種なんかに負けるんじゃないよ? 約束を破られて困るのはあたしのほうもだし」


 何がおかしいのか、くくっと笑みを零した二人の人災は、同時に背を向け―――。


「「お前(あんた)を殺すのは―――」」


 どちらも憎しみも悪意も感じさせない、ただ純粋なまでの戦意だけを漂わせ。


「「―――この(あたし)だ」」


 そして、二人はかつての約束を再び交し合う。


















 






次回は早くても24日くらいです。

(今月または今年のとは言わないでおきます

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