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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
四部 西大陸編
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六十四章 影使いの迷い

お、お待たせしました。



















 中央大陸から西大陸へと渡るには二つの手段がある。

 一つ目は、もっともメジャーな方法な船による渡航。中央大陸に点在する多くの港から西大陸へと向かう船が出航しているため、大多数の人間が選ぶ手段だ。

 二つ目が、陸路を行く方法。中央大陸と西大陸は実は陸地続きのため徒歩でも横断することは可能となっている。しかしながら、西大陸と中央大陸の境目は巨大な峡谷が続いているため安全度という面では海路に遠く及ばない。


 決められた航路を走れば海獣とも出くわさない海路と、危険生物に襲われる可能性が高い陸路。

 相当な事情がなければ海路を選んで西大陸へと渡る者が多いのは至極当然な話である。


 雨季に入り海路を利用できなくならない限りは、陸路で西大陸に行こうとする物好きは殆どいない―――はずなのだが。

 その峡谷に向かって馬を向ける旅人の姿があった。


 馬に乗ったキョウ=スメラギ。

 そして、彼と一緒に乗馬している獄炎の魔女ディーティニア。


 そんな二人に加えてもう一人が彼らの後姿を追って馬を走らせていた。

 意外、としか言いようがない人物。

 《七剣》の第五席。アールマティ=デゲーデンハイドその人である。


 三人の上空に広がっている果てしない雲一つない蒼い天井。

 それと似た髪を靡かせて、アールマティはキョウが走らせる馬につかず離れずの距離を保っている。

 流石に外界(アナザー)でキョウとともに世界中を旅して回っただけあり、彼女の乗馬の技術は実に見事であった。

 

 前を走るキョウ達の後姿を眺めながら、アールマティはふと懐かしい気持ちに襲われてしまう。

 幻想大陸へと漂着して約二年。もはや外界(アナザー)にいるキョウとは会うことはないだろう、と考えていただけに湧き出てくる郷愁ともいえる気持ちを抑えることが出来ない。


 初めての邂逅はおよそ十五年もの昔。

 未だキョウとアールマティの二人ともがそこまで名が知れていなかった時代だ。

 殺しあった仲でありながら剣鬼と影使いの二人は不思議なほどにウマが合った。いや、殺しあった仲だからこそ、と言い換えるべきだろうか。

 

 二人はそれこそ何でもやった。

 傭兵として吹けば飛ぶような小国に味方して、大国の軍を押し返したこともあった。

 不可侵の条約で定められた古代の遺跡に無断で入って荒らしまわったこともあった。

 闇組織の腕利きだけを集めた九十九と呼ばれた暗殺集団の残党を完膚なきまでに壊滅させたこともあった。

 互いに身体を重ね合わせたこともあるし、些細なことで殺しあったこともある。

 それこそ外界(アナザー)と幻想大陸含めて、アールマティが殺しあった回数が多いのは間違いなくキョウ=スメラギだろう。そしてキョウもまた、それは同じである。

 両者ともがお互いに負の感情を抱いているわけではない。逆だ。互いをこれ以上ないほどに認め合っているが故に、二人は何の遠慮も躊躇いもなく刃を向け合う。


 ―――この程度でお前(あんた)は死なないだろう?


 そんな無条件な信頼。

 キョウもアールマティも互いの力量を誰よりも何よりも理解し、把握し、認め合っているのだから。 


 さらには二人で《操血》と戦ったこともあった。

 結果はどうであれ二人して命を拾うことができたことは、密かな自慢だ。

 本気(・・)の彼女を前にして生きているのは、世界中を探してもキョウとアールマティの二人だけなのだから。


 剣鬼を超えた剣魔と称されたキョウ。

 世界最強の暗殺者とまで呼ばれるに至ったアールマティ。


 二人ともが世が世なら世界最強の称号を欲しいがままにしている化け物同士。

 だが、七つの人災で最強と認められているのは問答無用で《操血》である。

 しかし、他の六人はどうなのか。互いに戦ったという話を聞かないため、誰が《操血》の次に強いのか。決めたくなってしまうのが世間というものだ。


 無差別に人を虐殺する魔人《人形遣い》。

 軌跡さえも残さない神速の槍使い《執行者》。

 傭兵でありながら一国の王にまで上り詰めた《傭兵王》。

 剣魔の弟子。凍える太刀筋を持つ《剣姫》。


 そこにキョウとアールマティと《操血》を加えて、七つの人災。

 

 最悪の人形遣い。

 最速の執行者。

 最硬の傭兵王。

 最良の剣姫。


 そして―――最凶の剣魔と、最高の影使い。


 誰かが言う。

 人形遣いの特異能力(アビリティ)こそが国を地獄へ導く最悪だと。


 誰かが言う。

 執行者の特異能力(アビリティ)こそが視認も出来ない最速だと。


 誰かが言う。

 傭兵王の特異能力(アビリティ)こそが無敵を誇る最硬だと。


 誰かが言う。

 剣姫の特異能力(アビリティ)こそが近づくことも許さない最良だと。


 人々は恐れ、怖れ、畏れながらも夢想する。

 七つの人災同士で戦えばどうなるのか。どのような結果が生まれるのか。

 その結果は絶対に世の中に知られることはない。何故ならば操血を除き、他の六人は絶対不可侵の約定を交わしているからだ。   

 エレクシル教国と敵対し、滅ぼした七人―――操血を除く―――には、少なからず同族意識というものが芽生えたのも事実。そのため戦えばどちらかが死ぬような決闘を行いたくないと考えての約定だった。

 

 だが、しかし。何事にも例外は存在する。

 この場合の例外とはキョウとアールマティのことである。


 長い付き合いである両者はアールマティが姿を消すまでは、幾度となく鎬を削りあったものだ。

 そのため剣魔と影使いの戦いだけを語るならば、結果は至極簡単なものとなる。

 三桁を超える死闘の果て。互いの命を削り合う殺し合い。

 勝敗は―――。


 キョウの一勝。それ以外は全て引き分け。

 アールマティの一敗。それ以外は全て引き分け。 

 

 本気(・・)のキョウ=スメラギと本気(・・)のアールマティ=デゲーデンハイド。

 二人の全力全盛は、常に拮抗していた。


 もっともキョウの一勝とは、彼らが初めて戦った時のモノなのだから、正確には全戦引き分けといってもいいのかもしれない。  


 そんな過去の思い出にふけっていた蒼髪の女性は、短い回想を終える。

 果たしてアールマティ(自分)が幻想大陸へきて二年の間で、互いの力量がどう変化したのだろうか。

 むくむくと湧き出る好奇心にぶるりっと身体が震えた。

 それは決して馬にのっている震動のせいではないのは、誰よりも彼女自身が理解している。


 視線が少しだけ移動し、キョウの前方にて彼に背中を預けて居眠りをしているディーティニアへと向けられた。

 アールマティは自覚していないが、その視線は恐ろしいほどに冷たい。同じ人間―――エルフだが―――に向けられる視線とは到底思えないほどに凍えていた。

 身体の奥底で暴れ回る不可思議な感情。かつては自分がその場にいたはずなのに、今は違う。獄炎の魔女と名乗るエルフにその場を奪われてしまった。

 もっともそれをどうこういう権利などアールマティに無いのは理解出来ている。

 選ぶのはキョウだ。剣に生きて剣に死ぬ。誰と情をかわしていようが関係ない。彼の目的のためならば、アールマティ(自分)だろうがディーティニアだろうが、斬り捨てて突き進む覚悟がある―――いや、覚悟というほどでもない。彼は当然のようにそれを受け止め、受け入れる。それはあくまでも当たり前のことでしかないはずだ。


 それをわかっていながら、アールマティはどろどろとした黒い感情を心の奥底から浸食してくることに気持ち悪さを感じていた。


 ―――なんか、吐き気がするなぁ。


 誰にも聞こえないように心の中で毒づいたアールマティは僅かに眼を細めて、ディーティニアの背中を刺すように睨み付ける。自然とアールマティの右腕が手綱から離され、手のひらが音もなくかつての相棒に抱かれている小さな魔女の背に向けられる。

 軽く眼をつぶり、暗闇の中でこれから起きる未来の予想を思い描いた。

 地面に映る影が鋭利な錐となって背中を串刺しにするイメージ。あふれ出る鮮血。肉を抉る感覚。濃厚な鉄の混じった香り。驚いたような表情のキョウ。それら全てに表現の仕様がない快感を覚える。ぞぞっと背中を伝う陶酔感。

 抑圧しきれなかった感情が、知らず知らずのうちに小ぶりな桃色の唇をかすかに動かす。

 

「―――食い尽くせ、影狼の(シャド……)―――」


 ガクンっとそのとき一際強い衝撃がアールマティを襲う。

 その震動に、はっとしたように我を取り戻した彼女は、慌ててディーティニアの背中に向けていた手をおろして手綱を握りなおした。

 今まで感じていた黒い衝動が波が引いたように消え失せ、視界は普段通りの明瞭さを取り戻す。

 

 今何をしようとしていたのか。

 自問自答するまでもなく、はっきりとしている。

 自分の手でディーティニアを殺そうとした。何の疑問もなく、躊躇いもなく。

 

 彼女が憎いわけではない。それこそ幻想大陸の住人ならば納得がいく行動だろうが、アールマティは送り人だ。特に獄炎の魔女へ対する憎悪は非常に希薄……というか、そんなものはないはずだ。

 それならば何故自分はこのような行動に出たのだろうか。

 己の行動に全く見当がつかない外界(アナザー)最強の暗殺者は、首を捻る。


 混乱の極みに達しているアールマティとは裏腹に、前方を疾走するキョウとディーティニアの二人は平静そのものであった。

 外界(アナザー)最高の暗殺者は、異常なまでの危機察知能力を誇る二人にさえも、危うい気配を微塵も感じさせなかったということだ。


 それは仕方がないと言えば仕方のないことだ。

 元々気配を感知したり、気殺をするといった行為は全てがアールマティからの直伝。

 そういった単純な能力でいえば、彼女はキョウをも遥かに凌駕する。


 もっとも実際に攻撃されていたならば、結果がどうなっていたかは―――神のみぞ知るといったところだろうか。


 遠目に見れば馬が二頭走っているだけという何でもない光景だが、水面下ではそのような一触即発の出来事が起こりかけていたのだ。

 さて、何故三人がこのような場所を走っているのか。

 それは単純に西大陸へと陸路経由で向かおうとしているところだからだ。


 ディーティニアがとある港町を破壊してから既に一週間が経過しているのだが、本来ならばその港町から船で西大陸へと行けたのだが……結果は言わなくてもわかるだろう。

 波止場を完膚無きまでに破壊してしまったがために、ディーティニアの噂が瞬く間に拡散。

 中央大陸ではもはや船を利用することが不可能になってしまったのだ。

 そのため多少時間と危険が上乗せされるが、陸路を行く方法しかとる手段が無くなってしまったというわけだ。

 

 リフィアやアルストロメリアの本音としてはディーティニアとキョウを首都に招いて歓迎したかったのだが、流石にそれを行えるほど中央大陸は獄炎の魔女に寛容ではない。

 かつて魔眼の王を退けるためとはいえ、歴史にさえ刻み込む大虐殺を行ってしまった地なのだ。

 下手に首都に行けば、国一つと真っ正面から戦争が勃発しかねない。


 それがわかっているため、リフィアはわざわざ首都からまだ人の目が少ないあのような果ての港町まで足を運んだ。そうしなければ東大陸の危機を救って貰った英雄に礼の一つも言えないことがわかっていたからだ。

 決してリフィアが、ディーティニアに会いたいが為に無理矢理来訪してきたというわけではない……はずである。


 本来ならばアルストロメリアの権限で西大陸へと渡る船を用意することも出来たのだが、時期が悪かったというしかない。何故ならば、これから南大陸からの魔族の侵入時期にも重なると言うこともあり、今は少しでも戦力を必要とする。

 キョウ達に手助けしてもらえば随分と助かるのだが―――神聖エレクシル帝国の軍の上層部との兼ね合いもあり、なかなかそう上手くはいかないのが現状だ。


 そのため、物資や資金の提供。

 そして、西大陸との境界線である峡谷までの道案内兼護衛としてアールマティが派遣されているというわけだ。

 その人選は、キョウとの古い付き合いであり、ディーティニアに偏見を持たない彼女に決定するのは当然と言えば当然ともいえた……のだが、肝心の護衛の筈のアールマティが、二人を害そうとしたのだから微妙に皮肉な結果になりそうだったのかもしれない。


 そんな影使いは馬に揺られながら、別れ際にアルストロメリアに耳打ちされた伝言を思い出した。

 何時にもまして真剣な表情の永久凍土は、言葉を濁すことなくしっかりと言葉に出したのだ。


 ―――いいですか、アルマ。彼女(・・)のことをくれぐれもよろしくお願いします。


 一体何をそんなに気にしているのか、と考えていたのだが、その疑問は峡谷の手前に来てようやく氷塊することになった。


 この時期は滅多に人が通らない西大陸と中央大陸の境界線。数え切れない危険生物が生息する危険地帯。 

 その入り口には不吉な気配を漂わせ、数十人にも及ぶ純白の騎士が殺意を漲らせ佇んでいた。


 彼らが圧倒的な悪意を視線に乗せ向ける標的は―――獄炎の魔女。








 










主人公のモデルがわかったかたはまじで凄いです。

多分わかるかたは二人か三人くらい? 

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