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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
三部 東大陸編
62/106

五十六章 交易都市ギース








 温泉で疲れを癒した翌日。

 ディーティニアも完全復活したため、キョウ達は南へ向けて出発した。

 出来れば乗り合い馬車等で行ければ早かったが、生憎とそこまで都合よく日にちと時間帯が合わずに泣く泣く諦めることとなった。

 馬を一頭買い、そのまま南へ向かう。

 何時も通り、アトリを後ろに乗せ、ディーティニアを前にというサンドウィッチの形だ。

 ナインテールはどうしたのかというと、驚くべきことに生身で馬と並走している。

 

 本来ならばもう一頭別の馬を購入すればよかったのだが、残念ながらキョウ以外に馬に乗れる人間がいなかったのだから仕方ない。

 ナインテールの、「僕は走ってついていくよ」という発言を最初は訝しんだものの、しばらく試しに並走してみて、何故彼女がそこまで自信満々なのか理解できた。


 三人が乗っていてたいした速度を出せないとはいえ、それでも軽々と馬と並んで駆け抜けることが出来る人外の速度と体力。半日以上も並走していながら、息一つ乱していないことに、流石は幻獣王と三人とも驚きを隠せない。

 幸いなことに、途中で他の人間に会わなかったため随分と距離を稼ぐことができた。

 馬と並走している幼女の姿など、到底人に見せられるものではなく、怪しさ満点である。


 一日目の夜は途中の街道脇にて野宿。

 二日目の夜も同じく道中の街道脇にて野宿。

 

 そして―――三日目の昼下がり。


 背の高い草々が深緑の大海原となって、穏やかな風に揺れている。  

 馬の背に乗って進む、舗装された街道。

 忘却の街道とは正反対に整った道は、大変進みやすい。


 やがてキョウ達を乗せた馬は平原を越えた先に鎮座する比較的大きな街へと辿り着いた。

 これまで道中で立ち寄った温泉があった町とは比較にもならない。

 北方にある都市プラダに勝るとも劣らない巨大な敷地面積を誇る街だ。


 危険生物に対処するために、街全体が石の塀で覆われており、自然と安心感を住人に与えている。

 交易都市ギース。東大陸でも南に位置する大都市。

 東西南北全てから街道が繋がっている。ただし北の街道だけは忘却の街道に繋がっているため、その途中の温泉町に行くときにしか使用されないが、他の三方はおおいに活躍していた。

 例えば南からは多くの漁村や港町の名産である新鮮な魚が運ばれてくる。当然北部に位置する町には北からの魚介類が運ばれるが―――西部の港街ファイルがノインテーターに破壊された影響もあって、東大陸の南半分はこの街を経由して運ばれていく。

 西からは、忘却の街道を避けて通ってきた旅商人達がやってくる。

 東からは、広大な森が広がっていて豊富な動物を狩猟で仕留めた者達が運び入れてきていた。


 ノインテーターの襲撃の爪痕を色濃く残す東大陸において、たいした被害を受けていない稀有な都市でもあるためか、多くの亜人や人間が集まってきているのだ。

 交易都市という名に偽りはなく、この街は日々膨大な量の取引を行っている。


 それを証明するように、この街は眠ることはない。

 もちろん比喩ではあるが、深夜の時間帯でさえも、煌々と魔法の照明が夜の闇を駆逐して昼間の如き明るさを都市の中心部に齎している。

 街を突き抜ける吹き抜けの大通りの左右には、やはりというべきか露店がぎっしりと隙間なく出店されており、街の住民のみならず、旅行者にもいきの良い声がかけられていた。

 

 キョウは街に入ると人の多さに辟易していたところ、北門の傍にあった馬の預かり所が目に入った。

 簡素な藁葺き屋根の、単純に馬を入れるためだけに仕切られた建物だ。

 中には二匹程度の馬しか見えず、流行っているとは言い難いが、それもある意味当たり前のことだ。

 この街から北には、温泉町が一箇所あるだけで、他に寄れる場所はないのだから、北門を利用しようとする人間が少なくて当然の話だ。


「お、いらっしゃい。なかなか良い馬だね、旦那さん」


 暇そうにしている店主は、目が合ったキョウに気安く声をかけてきた。

 丁度良い客だと思っているのか、ニコニコと愛想を振り撒いているがキョウとしても、今更他の預かり所まで行く気は全くなかった。


「ああ。値段の割には良馬だったと思う。すまないが、頼めるか?」

「あいよ。何日預かろうか?」

「あー。そうだな……」


 言葉を濁しながら、視線でディーティニアに問い掛ける。

 その視線に気づいた彼女は、ふむっと両腕を組んで考えながら、人差し指と中指をピンっとたてた。


「とりあえず、二日でよかろう」

「そんなもんだな。それで頼む」

「確かに。世話の方はきちんと任せておいてくれよ」


 馬三号を預かり所に預けて、キョウ達は交易都市ギースの通りを南下し始めた。

 ちなみに北大陸でお世話になったコーネル村からの贈り物である馬一号は、セルヴァとの戦いの時に破壊の閃光に巻き込まれて塵も残さず昇天している。

 二号は言わずもがな。数日前にディーティニアに炭化させられて一生を終えていた。

 ここまで馬を使い潰すのも珍しいなとキョウは考えているのだが、馬とて安い買い物ではない。幾ら資金が潤沢にあるとはいえ、無駄使いしていてはすぐに底をつく。

 馬三号は大切にしようと彼は心に誓った。


 キョウの右側にはディーティニア。左側にはナインテール。背後にはアトリ。

 三人の幼女、少女らしき人物を従えて通りを歩く百八十超の三十路の男性。

 しかも、そのうち二人はエルフで一人は狐耳族。

 如何に多くの人間や亜人が集まる交易都市でも、好奇の視線が送られてくるのは仕方のない話だ。

 それでも、ディーティニアとキョウが旅してきてからこれまで一度たりとも難癖を付けられたことはない。

 

 その原因のほぼ九割九分九厘が、キョウにある。

 百八十を超える長身だけでなく、薄っすらと脂肪を残した以外は無駄なく引き締まった肉体なのは、服の上からでも一目でわかる。頬に残る傷痕もまた、彼の厳しい表情を際立たせているからだ。纏う雰囲気もまた、戦闘の時と比べれば天と地の違いがあるにせよ、用もなく声をかけることが憚られる。佇む姿からは、精悍な武人という印象を受けた。

 要するに、姿形だけで只者ではないことがわかってしまうということだ。

 わざわざこんな相手に絡むほど馬鹿はそうそういないだろう。


 もしも仮にキョウの容姿が今とは異なっており、もっと小柄で優しげだったならば―――どれだけの絡まれ率になっていたかは定かではない。


 南へ進むにつれて、人通りは多くなっていき露店も増えていく。

 目の前の光景が目まぐるしく変化していく様子は北門が如何に寂れていたかを物語っていた。

 

 心ここにあらずといったナインテールは、北の温泉町とは比べ物にならない交易都市の中での人々の営みに目を完全に奪われている。

 これまで以上に瞳を大きく開けてきらきらと輝かせるその姿は、外見相応にも見えた。

 街の中央に到着してみれば、耳が痛いほどの絶え間のない喧騒に包まれている。


「うっわー!! うっわー!? なにこれ、凄い!!」


 田舎者丸出しのナインテールの姿に、くすくすと周囲から笑みが零れる。

 ただし、それは蔑んだような笑いではなく、可愛らしい子供の姿を見守る温かい笑みだった。

 こういう時は、彼女の容姿が最大限の力を発揮する。


 手近にあった露天を食い入るように見つめているナインテールの姿を呆れながら見守っていたキョウだが、他の露店に飛びつきそうな勢いの彼女を慌てて腕を掴んで止める。

 頬を膨らませたナインテールは、どこか恨めしげな上目遣いで見上げてくるが、その程度で参るようなキョウではない。


「はしゃぎたい気持ちはわかるが、少し落ち着け。まずは宿を確保してからだ」

「ええー。いいじゃないかぁ、少しくらい」

「こういった街は旅行者や商人が多い。早めに宿を借りないと、下手をしたら野宿する羽目になるぞ」

「僕は別に構わないけどなぁ」

「俺たちが構うんだ。後で付き合ってやるから、今は宿探しを優先するからな」

「はぁーい」


 まだ不満気な様子だったが、ここで折れるほどキョウは甘くなく、ナインテールをやや強引に引っ張って歩いて行く。

 ディーティニアもやれやれと小さく呟くのが聞こえたが、アトリは無言で特に文句もなくキョウの後を追った。いや、目尻がとろんっとしているところを見ると、眠たいだけなのかもしれない。


 大通り沿いには選べることが可能なほどの多くの宿を発見することが出来た。

 あまり贅沢な宿に泊まる必要もなく、それなりの外装の宿を見繕い二泊の予定で部屋を借りる。

 幸いにも一人当たり一泊金貨一枚程度。そこまで高くもなく安くもないといったところだった。四人旅とはなったが、相変わらず借りる部屋は一つで通している。倫理的にはあまりよろしくないが、今のところキョウも手を出す気も予定もないのだから、特に問題はないわけだ。それにキョウ以外の三人が同じ部屋にいることによって奇妙な拮抗した雰囲気を構成している。といっても、ディーティニアとナインテールの二人の間だけで、アトリは我関せずといった様子ではあるが―――。


 荷物を部屋に置くと、それを待っていたナインテールが尻尾をパタパタと振りながらキョウの手を掴んで引き摺っていく。見かけからはそう見えないが、単純な膂力ならばキョウが勝てるはずもない。

 先程の発言を思い出し、自分の言葉に責任を持つためにも仕方ない―――そんな考えのキョウは引き摺られるのをやめて、ナインテールの腕に掴まれていた手を引き抜く。

 いとも簡単に自分の手から逃れたキョウに、ナインテールは不思議そうに首を捻った。


 そういったやり取りがあった背後。

 部屋の中でぼふっと、鈍い音がする。発生源はアトリで、ベッドの一つに身を投げ出し寝る気満々の体勢であった。

 

「お前は出かけないのか?」

「んー……眠い」

「そうか。晩飯はどうする?」

「適当に何か買ってきてくれると嬉しい。出来れば肉」

「……お前は肉が本当に好きだな。野菜も買ってくるからちゃんとバランス良く食べろ」

「えー。ピーマン抜きなら、食べる」

「わかったわかった。ピーマンが入ってないやつを買ってきてやる」

「むー……お願い」


 ベッドにうつ伏せになった状態のアトリは、片手をあげてヒラヒラと手を振ってくる。 

 完璧に寝る体勢となった彼女にはもはや何を言っても無駄だと悟り、キョウは頭をガシガシとかきながら宿の外へと向かう。我慢できないのか、そわそわとしているナインテールはキョウ達の一歩先を歩いているが、今にも駆け出そうとしているのを必死に堪えているのは一目瞭然であった。

 

 キョウは彼女の行動に慣れたとはいえ、ディーティニアの視線には呆れが混じっているのは当然とも言える。

 ナインテールの本性を知っている獄炎の魔女としては、街の露天で一喜一憂している姿をみせている彼女が、あの九尾の狐と同一人物とは未だ信じがたい話だったからだ。

 しかし、それをいうならば逆もまた然り。

 ナインテールもまた変わりに変わった獄炎の魔女の姿を見て、信じられない気持ちを抱いていたのだから。

   

 我慢の限界に達したナインテールは、目の前に広がる人によって埋め尽くされた大通りへと飛び出していった。

 今度はキョウも止めようとは考えていない。今まで我慢できただけでもたいしたものだと考えながら、視線で彼女の姿を見失わないように追う。

 ディーティニアやアトリは迷子になっても何だかんだで何とかできるだろうが、ナインテールの場合どうなるかわからない。下手をしたら周囲一帯を焦土と化してキョウを探し出すかもしれない―――流石にそんなことは杞憂だろうが。


「そういえば、嬉しい誤算じゃったな」

「ん。何のことだ?」

「九尾……ナインが海獣王の居場所がわかることじゃよ」

「ああ、そのことか。確かにそれは有り難い話だ。どうやって見つけるか悩んでいたからな」

「うむ。最後に確認された場所が一週間以上も前であったからのぅ」


 ディーティニアの嬉しい誤算という発言。

 それはナインテールが同じ王位種の存在ならば、気配を察知できるということだ。

 彼女曰く、ユルルングルはこの街から更に南の方角。つまりは、都市プラダにて報告にあがった漁村。

 どうしてか海獣王は最初に襲撃した場所から移動していない様子だったが、その理由はナインテールの情報で判明した。

 女神エレクシルからの命令。送り人―――キョウ=スメラギとの闘争。

 つまりは、ユルルングルは誘っているということだ。敢えて襲った漁村の人間を逃し情報を流させる。そして自分はここにいるぞ、とキョウへ向けてメッセージを発しているのだ。そのため下手に移動せずに、獲物がやってくるまで一箇所に止まっているのだろう。 


「しかし、海獣王の特性がわかったのは良いが……厄介じゃのぅ」

「それには同感だ。俺としてはセルヴァの方が余程やりやすい相手だな」

「ワシとしてはまだユルルングルの方が戦いやすいがのぅ」

「まぁ、お前は……セルヴァとは最悪なんてレベルじゃないからな、相性が。絶対魔法防御だけはどうしようもない」


 見物する露店を次々と変えていくナインテールの後姿を追尾して、キョウとディーティニアは雑踏を潜り抜ける。

 大通りを歩いて行くキョウは、そんな時あることに気づく。

 亜人が殆どなのは東大陸なのだから当然ではあるが、亜人の中でも希少とされる種族がを多く見つけることができたのだ。ノインテーターの襲撃によって住んでいた村や町を追われ、生き延びた者達が身を寄せているのだろう。

 虎耳族や兎耳族といった、鬼人族並みに珍しい種族も雑踏の中で発見し、思わずキョウが視線を送ってしまったのも無理なかろう話だ。


「ほぅ。珍しい種族もおるのぅ。そういえば、お主もこれで幻想大陸の大体の種族を見たのではないか?」

「あー、そうだな。こんな場所でこれまで見かけていなかった種族を見れるとは思ってもいなかった」

「鬼人族が高山に住むように、あの種族は東大陸でも相当な田舎に引っ込んでおるんじゃがのぅ。不死王の爪痕はどうにも深いと見える」


 歩く隙間も碌に無いというのに、キョウはすいすいと人波を突き進む。

 まるで道を歩いている他の人間が、彼を避けて歩いているのではと勘違いしそうになる歩き方であった。

 遥か昔。それこそ十数年も前にアールマティから教えられた歩法なのだが、地道にキョウの役に立っている技術だ。

 

 それについていけないディーティニアは、彼女の小柄な身体も合わさって、途中で押し流されそうになったが―――そんな時に彼女の手が掴まれる感触がした。

 振り払おうという気は全く起きない。

 誰が掴んだのか、目で見て確認しなくてもわかったからだ。


 ぐいっと力強く引っ張られ、人波の中から救い出された先には、やはりというべきかキョウの姿があった。

 特に何かを言うでもなく、手を握ったまま歩き出すキョウに遅れを取らないよう自分の足で歩き始める。

 しばらくして随分と歩きやすくなったことに気づいたディーティニアだったが、それが何故か考えるでもなく彼女は理解していた。キョウが多少強引に、歩く空間を確保していたのだ。

 何を言うでもなく、自然とそんな行動を取るキョウの横顔をチラリと見て、ディーティニアは薄く笑みを浮かべた。


「……全く。格好をつけおって」

「ん。何か言ったか?」

「何でもないぞ。なに、ただの独り言じゃよ」

「そうか。それはそうと、夜飯は何か食べたいものあるか?」

「ふむ。そうじゃな……ワシはとくにない。適当に目に入った飯屋にでも入ればよかろう」

「ああ、そうだな。一応飯屋も注意して見つけておくか」


 二人で会話していたところ、多少離れた露店で面白いものを見つけたのか、ナインテールが二人を振り返って大きく手招きした。

 流石に無視するわけにもいかずキョウは彼女のもとまで向かおうとするが、ディーティニアは通りの反対側へと針路を変更する。


「ワシは少々休ませてもらうかのぅ。少しばかり人酔いしたようじゃ」

「そうか。しばらく時間がかかるだろうし、そこで待っていると良い」

「うむ。そうさせて貰うぞ」


 キョウはナインテールとともに露店―――何やら怪しい物ばかり売っているようだが、陳列してある商品の説明を求められて律儀に答えている姿を、茶店の長椅子に腰掛けながらディーティニアは眺めていた。

 二人の姿を改めて遠くから見ていると、兄と妹。いや、種族は違えど父と娘にしか見えない。

 ディーティニアとキョウの関係も親娘にしか見えないとよく言われていたが、傍から見るとあのような様子だったのかと確認できて、その意味をようやく理解することが出来た。

 

 注文した茶を啜りながら、彼女の視線は片時もキョウ達から離しはしない。

 少しでも異変があれば、即座に駆けつける準備はできている。

 ナインテールがキョウに仇名す行動に出れば、全力で焼き尽くすことに僅かな躊躇いもなかった。


 はっきり言ってディーティニアはナインテールを全くと言って良いほど信用も信頼もしていない。

 確かに幻想大陸に閉じ込められる前からの知り合いではあるが、それはそれ。これはこれ。

 とくに魔獣王種として選ばれた彼女は、女神エレクシルの尖兵とも言えた。

 ナインテールが女神の命に従って動いていないとも限らない。

 キョウの手前、ディーティニアは見事なまでに敵意を抑えているが―――凍えさせた感情の表面下は、マグマのようにどろどろと煮えたぎっていた。


 彼女が全幅の信頼を寄せる神殺しの同胞へ近づくことへ対する単純な嫉妬ではない。

 無論、多少なりともそういった感情があることが否定できないが―――ディーティニアが警戒しなければならないほどに、ナインテールという怪物は常軌を逸した相手とも言えた。


 陸上でまともにやりあえば、間違いなく魔獣王種最強。

 特異能力(アビリティ)―――妖炎(プロミネンス)超獣変化(メタモルフォーゼ)を使いこなす正真正銘の怪物だ。竜王種と比べれば格が落ちるものの、間違いなく善戦はできるほどの域に達した存在。ディーティニアとて全力を出しても勝敗は五分五分に持ち込めればいいほどだ。

 

 そんな怪物をキョウと二人きりにさせておくわけにもいかない。

 少しでも怪しい真似をしたら、容赦なく消す。

 そこまでの覚悟を秘め獄炎の魔女は、鋭い視線を向けていたのだ。


 だが―――。


 ナインテールのはしゃいでいる姿を見ると、どうもディーティニアの考えすぎのようにも思えてきた。

 本当に楽しそうにキョウと話している姿は、嘘偽りを見つけることが出来ない。

 誰かに命令されたのでは、ああまで無条件に花のような笑顔を向けることはできないだろう。


「……まぁ。多少は警戒をといてもよかろう」

「ああ、それで良いと思うぜ? ナインテールの奴は女神にこの前殺されそうになってたからなー」

「なんと。それは本当―――」


 ピシリっと空気が凍る。

 自分の独り言に返答があったことと、その内容に対して。 

 背筋を這いまわる悪寒。湯飲みを持っていた手が小刻みに揺れている。

 違う。手だけではなく、全身が揺れていた。隠しようのない、絶対的な強者の気配を真横に感じ、呼吸が停止する。

 肺を握りつぶされたかと勘違いするほどに、自由に息をすることができなかった。


 何故こんな化け物がここにいるのか。

 何故こんな化け物が傍に居ることに気づかなかったのか。

 

 竜女王テンペスト・テンペシアにさえも怯むことはなかった獄炎の魔女が―――緊張で目を見張る。


「いや、別にとって喰おうってつもりで来た訳じゃないんだぜ? ちょっくらお前さんたちと話し合いの場を設けたいと思ってきたんだ。だからそんなに緊張すんなよ」


 そんなディーティニアとは真逆で、緊張も敵意も全く見せることのない赤髪の男性。

 しかしながら、彼は言葉を発するだけで圧死させられると勘違いするほどの圧力を放つ。

 長椅子に座り、何時の間にかお茶の入った湯飲みを啜っている人の姿をしただけの怪物が、快活な笑みを浮かべて。


「というわけで、獄炎の魔女。ちょっとそこまで付き合ってくれねーか?」


 幻想大陸最強存在。

 悪竜王イグニード・ダッハーカは、圧倒的な存在感を隣にいるディーティニア以外に感じさせることなく、交易都市ギースに降臨した。


   

 









今日できることを明日にのばすな、というのを実感した四日間でした。

ついでにプロットを弄繰り回して、削りに削りまくり、多分残り半分くらいで完結になります。

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