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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
三部 東大陸編
56/106

五十章  魔人2






 ふらりっとアトリの身体から力が抜け、倒れこみそうになったところをキョウが肩に手を置いて抱きとめる。

 どこか彼女の様子がおかしく、ただ事ではないと判断した彼が回避を許さない速度で軽く手刀を叩き込んで意識を奪ったのだ。

 ぐったりとなっているアトリを抱き寄せると同時に、奥の部屋からディーティニアが飛び出してくる。

 そんな獄炎の魔女は眠たそうな表情や雰囲気は微塵もなく、不死王と戦っていた時のように真剣な眼差しでキョウの傍まで駆け寄ってきた。


「……何があったのじゃ?」

「詳しいことは俺にもわからん。ただ、この気配(・・・・)が漂いだしてからアトリの様子がおかしくなってきたから、万が一のことを考えて寝かせておいた」

「強制的に、とはお主も中々えげつないのぅ」

最悪の事態(・・・・・)を想定して動いているのな。安心しろ、後遺症とかは残らない程度の一撃だ」

「それは信頼しておるよ。さて、どう動く(・・・・)?」


 ディーティニアは、村中に蔓延している甘ったるい匂いに眉を顰めながら、口元を押さえる。

 死者の時の様な死臭というわけではない。表現が難しい、花というには濃厚で、女性の香りというには甘い。

 脳内を痺れさせる芳香が漂う中で、キョウは抱えていたアトリをディーティニアに手渡すと背を向けた。

 

「アトリのことは頼む。俺が行って来よう」

「出来ればワシも行きたいところじゃが、アトリを放置しては行けんしのぅ」

「恐らくは俺一人でも大丈夫だろう。アトリのおかげで敵の大体の予測はたてられた」

「ほぅ。それは心強い。それならば手早く頼むぞ?」

「―――任せろ」


 揺るがない鋼鉄の意志を言葉に秘めて、キョウは片手をあげてディーティニアに答えると家屋の外へと出る。

 家の外には不穏な気配を感じてか、手綱を繋がれている馬がブルルっと嘶くのが聞こえ、周囲を見渡せば既に夕陽の赤は西の彼方へと沈んでおり、廃墟が闇に染まっていた。

 明かりも何もない。あるのは空からの月と星々が地上へおとす淡い光のみ。

 一寸先は闇―――とまではいかないが、普通の町に比べると殆どが漆黒と言っても過言ではないだろう。


 それに加えて、真っ暗闇の廃墟に響き渡る不気味な声。

 年寄りの、男の、女の、少年の、少女の―――怨嗟に満ちた呻き声がどこからともなく聞こえてくる。

 背筋を冷たくさせる異様な声が、まるでキョウを呪い殺さんばかりに響いてくる。

 ゴクリっと緊張しているのか、珍しくも冷静沈着な剣士は口内に溜まりつつあった唾液を飲み干した。


 これは一体どんな現象なのか、心を落ち着けながら重心を落としてどのような攻撃にも対応できるように周囲を観察しながらすり足で廃墟を進んでいく。

 まるで死者の怨念を聞いているかのような、恐ろしげな唸り声がやむ気配は全く見られない。

 だが、これは死者が放つものではないことは明白だ。

 嫌というほど叩き斬った相手だからこそわかる、彼ら特有の死臭、腐臭―――生者へ対する憎悪を感じられない。

 

 緊張しているのだろうか。

 キョウは何故か自分の手の平に汗をかいていることに気づく。

 ふぅっと搾り出すように肺から空気を吐き出して、廃墟の隅にまでやがて辿り着いた。

 朽ちかけた廃墟の中でも若干大きな家。恐らくは村長かだれか有力者が使用していたと思われる建物の横の隙間を潜り抜け、裏手へと回り込む。


 視界が開けたそこは、そのまま集落の外に面しているようだった。

 夕闇に支配された平原が、彼方まで続いている。もっともその殆どが闇に包まれているため確認はできていない。

 

 キョウは躊躇いなく目の前の草原に足を進める。

 草原に足を進めていく度に徐々にだが、背中を這う悪寒が強くなっていく。

 夜ではあるが、じっとりとした熱気が辺り一体を包んでいて、その暑さが嫌な汗を流させる。

 

 クスクス。


 転がる鈴のような笑い声。


 クスクス。

 

 感じるのはキョウの第六感を刺激する違和感。


 クスクス。


 夜間の草原に響くにしては、不釣合いな音だった。


「こんばんは、お兄ちゃん」


 キョウと同じ黒髪の、おかっぱ頭の小柄な少女が空に浮かんでいた。黒髪と同色のドレスを身に纏い、そこから垣間見せる肌は若干の褐色。背中には黒い鳥類を思わせる翼が一対。

 少女はドレスを両手で軽く摘むと、空中に浮かんだまま一礼。

 可憐な笑みを口元に浮かべ、得体の知れない雰囲気を漂わせて、少女はキョウを上から見下ろしている。

 その眼光は鋭く、人間をまるで虫けらのように見ている無機質な瞳だった。


「……」


 返答はせず、キョウは突如現れた少女に油断せず視線を送る。

 彼の戦意を滲ませる視線を身体に受けながら、少女は怯む様子も見せてはいない。

 キョウの気配に眼を眩しそうに細めて、ゆっくりと満天の夜空を見上げた。

 彼女の口元に浮かぶ笑みは、人間には為しえない邪悪な何かを秘めている。

    

「返事をくれないなんて酷い。少し傷ついちゃう。それとも何か警戒してる? 大丈夫だからお話しようよ」

「……信用したわけではないが、一つ聞かせろ」

「うん、なになに?」


 ようやく口を開いたキョウに、邪気を放ち続けたまま少女は首を傾げる。


お前が(・・・)、この街道の主でいいのか?」

「うん。そうだよ。私が貴方達人間が忘却の街道と呼ぶこの地の主」


 黒い霧を身体中に纏わせながら、少女は芝居がかった調子で両腕を広げ視線を夜空からキョウへと戻した。

 口元の笑みをより深く、濃く。キョウの背筋を這う悪寒は更に強く。


「―――人は私をこう呼ぶ。魔人ムニン、とね」



 魔人ムニンと名乗った少女は、背中の翼をはためかせて空中に浮かんだまま優雅に立っている。

 どうやら相手の言を信じるならば、彼女はかつてアトリ達が撃退したという東の魔王の配下であることは間違いないようだ。百年前の戦争時に、仕留め切れなかった魔人がこの街道に潜んで体力を回復させていた予想が当たっていたと言えよう。


 こんな姿をしているが、その実力は疑いようがない。

 第二級危険生物の域に達した怪物。不死王と同じ生きた天災の一体なのだ。

 

 ピリピリと緊張感が高まっていく最中、キョウは相手の力量をおおよそではあるが分析を終えた。

 鼓動。呼吸。骨格。筋組織。動作。

 それらを全て一挙手一投足を見逃さないように凝視していた結果―――ムニンの力は、そこまで(・・・・)ではない(・・・・)、ということが判明した。


 確かに、強い。それは、はっきりと理解できる。

 だが、強すぎはしない。

 第一級の王位種とは比べるまでもなく、純粋な近接戦闘能力は不死王とほぼ互角くらいかと予測をつけた。


 勿論それは、キョウから見た場合の戦闘能力の分析結果だ。

 只の人間―――いや、達人の域に達した人間にとっても彼女は十分な脅威となるだろう。

 それこそ一体で、街一つ程度ならば笑って壊滅させることが可能な怪物である。


 油断さえしなければキョウが敗北することは万が一にも有り得ない。

 だが、問題があるとすれば―――彼女が持つであろう特異能力(アビリティ)

 普通に戦えば覆すことが出来ない戦闘能力の差をあっさりと埋めてしまう世界からの贈り物。

 マナの扱い方によって威力が上下する魔法のように誰もが使用できる能力とは異なり、各個人に与えられた奇跡を起こす特異能力。


「なるほど。どうやらアトリの予想は間違っていなかったか」

「うん、大正解。あの魔女には百年前に痛い目にあわされたから復讐しようと考えていたんだけど……厄介な相手がさらに二人もいてどうしたものかと考えていたんだ。どういう理由かしらないけど二手に分かれてくれたおかげで私としては大助かりだけど」


 ぽつりと自分にだけ聞こえる程度の呟きを耳聡く聞き取ったムニンが、ニコニコと律儀に答えてくる。

 どうにも王位種とは思えないほどに人当たりが良く見える彼女に調子を狂わせながら、刀の柄に手をかけた。

 それを見たムニンが、唇を尖らせながら―――。


「私は名乗ったよ。お兄ちゃんは?」

「……」


 自分の名前を名乗るべきか一瞬の迷い。

 相手の能力は未知数なのだ。もしかしたら、名前を名乗ることが何かしらの条件に引っかかるのかもしれない。

 

 普段のキョウならばここまで神経質になることはない。

 ならば、何故名前を名乗ることすら躊躇っているのか。

 それは簡単な話で、アトリとの会話から―――ムニンの特異能力(アビリティ)の予想がついているからだ。

 しかも、非常に厄介な類のものであり、それをキョウは懸念しているというわけである。

 そんな用心深いキョウへ対してクスリっとムニンは苦笑をこぼした。


「そこまで用心しなくてもいいのに。まぁ、いいか。どうせ後で掘り返せばいいんだしね」


 彼女にしかわからない意味合いの言葉を呟き、ムニンはパチンっと指を鳴らした。

 

 瞬間―――。


 ぞわっと膨れ上がる敵意と怨嗟の声。

 地面を蹴り飛ばし、宙に飛翔するキョウが今の今までいた場所を幾つもの槍が貫いていた。

 視線を下に向ければ、何時の間にか出現していた白い影達。背は成人男性とほぼ同等。いや、各個体によって身長は異なっている。身体中の輪郭が定まらない異形。そんな彼らの手に握られた長槍がキョウを貫こうと一度引かれた。

 

 それを黙って見ているキョウではなく、隠し持っていた短刀を足元で長槍を握っている白い異形の頭部目掛けて投げつける。

 寸分の狂いもなく、四本の短刀が異形の頭に突き刺さり、彼らは音もなく消え去った。

 その場に着地した彼は、周囲に視線をはしらせる。

 

 一体何時現れたかも定かではない身体中の輪郭がぼやけた白い異形。

 彼らが見渡す限りの草原を埋め尽くしていた。皮肉なことに闇夜の世界だからこそ映える白い影が、遥か遠くまで微かに見えることが、この化け物達の数の多さを証明している。

 クンっと鼻を鳴らすも、やはり死者特有の腐臭は感じられない。


 こんな時に危険生物博士のディーティニアが居れば、と後悔するも居ないことに対して後悔していても仕方ない。

 手近にいた白い異形を斬り伏せると、一度後退するかどうかを悩むが―――そんな彼の悩みを考慮しない怪物達が殺到する。白い異形はそれぞれでかなり姿形が異なっている。小さい者もいれば、細いものもいる。大きいものもいれば、何やら鎧を纏っているものもいる。

 手にもつ武器も様々だ。短剣であったり、長剣であったり、長槍であったり、戦斧であったり、メイスであったり。

 

 統一性のない不可思議な敵を切り続けていくうちに、立ち塞がった小さな白い異形の首元を刈り斬った。

 霧散する瞬間に、キョウはその小さな白い異形のぼやけていた顔に浮かんだ表情を見て、息を呑んだ。

 何故ならば彼が見たのは、年端もいかない少年の顔。無念と悲哀と憎悪に満ち溢れた顔でキョウを睨み―――霧散していった。


「お兄ちゃん、気づいた? その化け物達の正体に?」

「……これはお前(・・・・・)の仕業か(・・・)?」

「そうそう。ネタばらしになっちゃうけど……まぁ、いいかな。これが私の特異能力(アビリティ)記憶喰らい(イーター)。私が心を覗いた相手の記憶を具象化することができちゃうんだ」

「……自分から能力をばらす、か。何を考えている?」

「特に何も。ただ、その方がお兄ちゃんもやりにくい(・・・・・)でしょう(・・・・)?」 


 宙に浮かび、キョウの剣の届かない空中に立ちながらムニンは厭らしく笑う。

 外見からは想像できない、人の深淵を覗き見た魔人の笑みだった。


「私はね、人の記憶が読める。この両の眼で、人の奥底を覗き込むことが出来る。勿論、それだけじゃない。それだけで終わったらただの大道芸で終わってしまう。私の能力は、人の記憶を読んで―――人の記憶を具象化することが可能なの。人の中の記憶を見て、自分がどういった髪をしているのか、顔をしているのか、声をしているのか、肌をしているのか、体型をしているのか、行動をしているのか、それらを理解したとき一個の完成された生物を創造できる」


 熱を帯びたムニンが、愛おしそうに眼下の地上を埋め尽くす具象化された人間達を見下ろして。 


「ただし、私が記憶を具象化すれば、当然その分の記憶は当人(・・)から失われる。残されるのは自己の喪失によって廃人と化した只の肉塊だけ。つまり、ここにいる全ての怪異は、私の特異能力(アビリティ)によって生み出された怪物の皮を被っただけの記憶を持った人間(・・)


 パチンっとムニンが指を鳴らせば、キョウの周囲に再び多くの白い異形が出現した。

 いや、良く見れば彼が今までに切り伏せてきた者達ばかりだ。

 キョウの正面には、先程斬った小さな少年の姿をぼんやりと残した異形もいた。


「私が死なない限り、彼らは具象化され続ける。何回殺されても、何十回殺されても、彼らは私の兵隊として戦い続けるの。さぁ、お兄ちゃん。これを聞いて貴方はどうする?」

 

 子供のように無邪気に、だが残酷に微笑むムニンは―――キョウがどのような選択肢を取るのか期待しているかのように眼を輝かせていた。 



























 一方その頃の都市プラダ。

 《七剣》が宿泊している巨大な宿舎。

 その一画にある鍛錬室にて二つの人影があった。

 

 その正体はアルストロメリアとカルラ。

 どうやら二人で鍛錬を兼ねた手合わせを行っていたようだが、二人の姿は対照的だった。

 アルストロメリアは汗一つかかずに、床に刃を落としている戦斧を置いて平然とカルラを眺めている。

 一方のカルラは床に転がっており、激しい呼吸を繰り返しながら汗を滝のように流していた。


 数分も経ってようやく呼吸のリズムが戻ったカルラはよろよろとしながらもなんとか立ち上がると、双甲を嵌めた手をあげて構える。


「もう一度、お願いします」

「……いえ。今日はこの辺にしておきましょう。私も残った仕事を片付けないといけませんしね」

「わかり、ました……」


 半ば無理矢理付き合ってもらっている以上、アルストロメリアが仕事があるといえばそれ以上引き下がるわけにもいかず、カルラはあっさりと諦めた。

 それに、ライゴウよりも聞き訳が良くて助かると内心で思いながら練習用の武器置き場に戦斧を立てかける。


「それにしても、お噂はお聞きしていましたが……これほどとは正直考えていませんでした」

「仮にも《七剣》の第一席ですからね。そうそう遅れは取りませんよ」


 カルラが口に出した言葉は本心である。

 《永久凍土》の噂は遠く東大陸の鬼人族の里まで流れてきていたが、これでは噂の方が可愛いくらいだと彼女は感じた。

 兎に角、強い。本人曰く魔法戦士らしいが、魔法を使用しなくても、カルラが手も足も出ない。

 近接戦に置ける能力が恐ろしいほどに高い。それに加えて超範囲に渡る魔法も行使可能なのだから、確かに神聖エレクシル帝国最強というのは大袈裟ではないだろう。


「その、不躾ながら貴女と旦那様―――キョウ様が戦えばどちらが勝つのでしょうか?」


 ふと湧いて出た疑問は、喉で止まることなく口から出てしまい、しまったと思うも―――アルストロメリアは特に気分を害したわけでもなく両腕を組んで真剣に考え始めた。

 しばらくの間考えていたようだが、思考が纏まったのか、組んでいた両腕を解いた。


「そうですね。条件によってかなり勝敗はわかれるでしょう。例えば、スメラギ殿が奇襲、もしくは戦闘開始直後に特異能力(アビリティ)を使用すれば私の敗北で終わるはずです。ですが、それ以外の場合―――真正面からの戦闘であるならば私が十のうち九は勝てるでしょう」

「……十回のうち九は勝利できると?」


 カルラの口調に疑念が混じる。

 彼女はキョウの力量を知っているからこそ、アルストロメリアの断言ともいえる予想に若干の含みを持ってしまったのは仕方がない話だ。


「はい。元々私とあの方では相性がありますしね。スメラギ殿の二つの弱点。遠距離攻撃が特異能力(アビリティ)のみ。魔法に対する抵抗力が皆無。つまりは間合いが離れた状態から範囲魔法を使えばそれで終了です。仮に近づかれたとしても単純な近接能力では私ではスメラギ殿には到底及びませんが―――十数秒程度なら耐えることは可能です。その間に詠唱破棄(ターンゼロ)による範囲魔法を使用すればどうなるかわかりますよね?」

「ええ、しかし……」

「貴女の言いたいことはわかっています。これはあくまで机上の空論。あの方の力量は命を賭けた戦いの中でこそ輝く。さきほど私は十度戦えば九度勝利することが出来ると言いましたが―――」


 ツカツカと鍛錬場の壁際まで歩いていき、窓から夜空を見上げる。

 綺麗な月が、アルストロメリアの視界に映り。


「―――本気で殺し合えば、あの方はその一割の勝利を必ず引き寄せるでしょう」


 暗に自分が負けると言葉に含めたアルストロメリアの表情はどこか優しげだ。

 常に表情を変えない彼女にしてはかなりの珍しいことなのだが―――付き合いが浅いカルラはそれを知る由はなかった。

 自分の思い人のことを持ち上げられて、気分がよくなったカルラの顔もどこか嬉しそうにも見える。

 そんな時間が暫く流れ、カルラは何かを思い出したのか。


「そういえば、魔族のことをお聞きしたいことがあったのですけど」

「はい。なんでしょうか?」

「基本的に中央大陸へ攻めてくる魔族はどういった類の相手が多いのですか?」

「そうですね。主だった戦力は第五級に位置する兵士級魔族が大多数です。騎士級魔族や将軍級魔族もいますが、かなり個体数は少なくなっています。第二級の魔人は滅多なことでは姿は見せません。ですので、貴女でしたら余程のことがない限り苦戦する敵は少ないかと」

「確かに、ノインテーターに操られていた将軍級魔族くらいでしたらどうにか出来そうですね……」


 先日戦った不死王の配下にいた将軍級魔族のことを思い出して、安堵する。

 確かに強敵には違いないが、あれならばカルラでも一対一という限定条件ならば十分に撃破することは可能だ。

 そんなカルラに対してアルストロメリアは首を振った。


「あれは操られていたから相手だからこそ、あの程度ですんでいました。生きている将軍級魔族をあまり甘く見ないでくださいね」

「―――はい」


 僅かな慢心を指摘されて、カルラは素直に頷いた。

 それと、とアルストロメリアは言葉を続け。


「もう一つ。魔人、と呼ばれる怪物には注意してください。彼らと将軍級魔族の間には決して埋められない差があります。もしも戦場で魔人と名乗る相手に出会ったならば、必ず私の到着を待つようにお願いします」

「……それほどの相手ですか」


 ゴクリっとカルラは唾液を嚥下して―――。


「アルストロメリア殿はこれまでに魔人と戦った経験は?」

「幾度か。そのどれもが撤退させるので手一杯でした」


 目の前の彼女でさえも、倒すことが出来ない相手。

 そこまでの怪物がいることに身体をぶるりっとカルラは震わせた。

 

「その中でも特に手強いと感じた相手はどんな魔人だったのですか?」

「……そうですね」


 再び思考するように手を顎に当てて視線を床に落とす。

 トントンと足でリズムを取るように叩いていたアルストロメリアは―――。


「最も手強いと感じた魔人は二体(・・)。二体で本領を発揮する例外の魔人」


 一度だけ見たことがある最悪の悪魔。

 互いの短所を補うのではなく、長所を遥かに伸ばす組み合わせの怪物達。


「―――魔人ムニンと、魔人フギン(・・・・・)



 アルストロメリアの美しい唇から―――二体の魔人の名前が静かに語られた。



 

 

 


 


 




  

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