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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
三部 東大陸編
55/106

四十九章 魔人













 翌朝からも、やはり起きないディーティニアとアトリを馬に乗った前後に上手く位置どらせて走らせる。

 商隊の進む速度はそこまで速いというわけでもなく、二人のために揺れを気にするキョウでも十分に追走できるものだった。

 暖かい陽射しと視界一杯に広がっている草原に眼を奪われているキョウとは異なり、雇われている探求者達は注意を決して怠ってはいない。ピリピリとした緊張感が嫌がおうにも伝わってきている。

 それは危険生物に対してであり、キョウに向けての牽制でもあった。

 

 例え命を救われたとはいえ、彼らからしてみればキョウは得体の知れない剣士でしかない。

 突然凶行にでる可能性も捨てきれないのだから、窮地から救われたのとはまた別に注意をされてしまうのは仕方のないことなのだが―――こういう時に探求者を証明するカードを見せれば信用度が全然違うということに、探求者として全く働いていないキョウは気づくことは無かった。


 ディーティニアやアトリもまた、前人未到の第一級と第二級探求者なのだが、獄炎の魔女の名を明かす訳にもいかないし、アトリ自身は実は探求者として碌に働いたことはない。

 幻想大陸を自由気ままに旅して回っている時に、危険生物から人を偶々救うことが何度も重なっていき、殆どが名誉称号という形で第二級の座を与えられているというわけだ。

 そのためアトリも探求者としては、キョウと同じくある意味素人に近いといっても過言ではない。


 もっともアトリがどこにしまったかわからない探求者カードを見せれば、別の意味で大騒ぎになったことだろう。

 第二級探求者などという伝説の域に達した英雄は彼女以外に、流水の魔女くらいしかいないのだから。


 常に護衛からは厳しい眼で見られているが、そういったことには慣れているキョウはゆっくりと馬の手綱を握りながら特に気にもせずに商隊の後に続く。

 それに昨日隊商の長と話をしたところ、彼らはもう少し南下したところから西に折れるということを聞いた。

 キョウ達はそのまま南下して目的の海獣王らしき危険生物が出現した街へ向かう予定なので、彼らから解放されるまでカウントダウンが迫っている。


 内心ではやく分岐点に来ないか考えながら二時間程度。

 ようやくキョウの願った分岐点に到着する。南へ向かう若干荒れた街路と、西へと向かう整備された街路。

 当然商隊は西へと曲がっていき、キョウ達は南の街路へ馬を少し移動させたところで立ち止まり、商隊を見送った。

 既に別れは済ませてあるので、特に時間も取られなかったのだが―――去り際に彼らから奇妙な視線を向けられる。


 商隊の姿が見えなくなってから、キョウは南へと改めて馬を走らせた。

 何故彼らは奇妙な視線を向けてきたのか。その理由は単純で、昨日の夜に長と会話をしたことを思い出す。


 なんでも、南へ繋がっている街道には昔から悪魔が住んでいると言われているそうだ。

 街道沿いに幾つか朽ちた村があるが、それらは全てが悪魔によって滅ぼされたと噂されている。

 その村を通った者は、悪魔によって浚われてしまうという御伽噺のような話が百年以上昔から伝わっているのだ。

 そして、それが決して噂だけではなく、実際にこの街道を利用した者は行方知れずとなってしまう。

 そのため南へ通じる最短の道でありながら、誰一人利用する者がいないという話だ。

 何度か東大陸の有力者達による私兵を送り込んだこともあったらしいが、そのことごとくが帰還することもなかった。

 遂には中央大陸に話も伝わったらしいが―――この街道を通らない限りは支障がないということもあり、未だこの街道は放置されたままとなっている。

 数多の探求者が解明に乗り込むものの、誰一人戻らず。

 何時しか、忘却の街道とも呼ばれることになった場所。


 そんな街道を通ろうとしているのだから、探求者達のキョウを見る目がおかしかったのは仕方がないといえた。


 キョウとしても好んでこの街道を選んだわけでもなく、迂回して南へ向かうとなると数日の差が出てくるため、今のキョウ達にとってはその日数は大きい。

 ただでさえ海獣王出現の情報から既にかなりの日数が流れているのだから、下手をしたら町を二、三個は潰されていてもおかしくはないだろう。


「……おお。まさか忘却の街道を通るなんて、勇気ある」

「なんだ、起きていたのか?」


 突如背中に抱きついていたアトリの声が聞こえ、軽く後ろを振り返ると眠たそうな彼女と視線が合った。

 ふぁっと欠伸をすると、浮かんできた涙を手の甲で拭う。

 実年齢はともかく、外見は年頃だというのに、男の前で躊躇いなくそんな姿を見せるのだから呆れるキョウだったが、こんなことは日常茶飯事だ。

 アトリのものぐささは尋常ではなく、ディーティニアを遥かに上回る。

 何度注意しても全く治る様子は見られない―――というか、注意して治るくらいならばこんな状態になるわけもない。

 ディーティニア曰く、数百年前から変化はないそうだ。


「ここは通るのは止めた方が良いのか?」

「……んー。この三人なら問題ないとは思う。実際に私も通ったことがないから何ともいえないけど」

「そうか。まぁ、たいしたことがないのを祈りつつ、急いで抜けるか」

「……うん。実はある程度予想がついているけどね」

「ほー、それは凄いな」


 パッカパッカと馬の蹄の音を聞きながら、砂利やでこぼことした荒れた街道を馬で駆けるキョウはアトリの口に出した言葉を適当に聞き流していて―――聞き流せる類の発言ではないことに数秒かかってようやく気づいた。


「……予想がついている?」

「うん。かなりの高確率であってると思う」

「それは是非後学のためにも聞かせて欲しいな」

「良いけど……外れてても苦情は受け付けない」

「ああ、構わん」


 じゃあ、とアトリがこほんっと咳払い一つして語ったのはこういう話だった。


 幻想大陸の南の大陸を数百年前から支配下においている魔族。

 彼らは女神エレクシルに敵対した旧世界の邪神の配下だった者達。もしくは、幻想大陸で生まれた女神に反する正道を外れた外道の怪物達だ。

 そのため女神が愛する人間や亜人に対して淀みのない殺意をむける―――女神が愛するという言葉にキョウは些か納得がいかないところがあったが。


 そんな魔族を、力量別によって人はある程度の階級わけをしている。


 第五級危険生物。兵士級魔族。

 第四級危険生物。騎士級魔族。

 第三級危険生物。将軍級魔族。

 第二級危険生物。魔人。

 第一級危険生物。魔王。


 第三級危険生物以上は、生きた天災とも呼ばれる超越存在だ。

 その中でもやはり魔王は別格にして別次元。魔族の大群よりも魔王一体のほうが遥かに恐ろしい。

 彼らは南の大陸を五つの領土に分断し、それぞれが一地方ずつを支配下においている。

 

 そこには南大陸に住んでいた人間や亜人の末裔や、各大陸から浚われてきた人間が奴隷のような扱いを受けているという。

 幸いにも五体の魔王は全員が別々の邪神の配下だったがために、各々の仲は全く良くないということがまだ救いとも言えた。彼らは相手の隙を虎視眈々と狙っているという噂まである。

 もし、彼らが協力して同時に戦争を仕掛けてくれば、遥か昔に幻想大陸は魔族の手に落ちていたと誰もが考えていることだ。それほどまでに魔王というのは人にとっては絶望的な相手とも言えた。

 神聖エレクシル帝国でさえ、魔王を相手にする場合は《七剣》全員と撃震の魔女リフィア、帝国六将軍を総動員せねば防衛することもできない。

 

 現在南大陸に存在している魔王は五体。


 北の魔王ヤクシャ。

 魔王の中でも最も狂暴な性格の悪鬼。

 一説によれば、鬼人族の始祖とも言える魔族の王の一体。

 高位巨人種とアナザーからの送り人の間に生まれた双子。そのうちの片割れとも推測されているが、本当かどうかは定かではない。ただ、人間を喰らうことに何の躊躇いもなく、人間に恐れられている魔王である。

 水の力を自在に操り、その力を十全に発揮すれば街一つを軽く水没させることが可能だという。 



 東の魔王パズズ。

 獅子の頭と腕。鷲の足、四枚の翼を持ち、サソリの尾を持つ。

 かつて旧世界に存在した七十二の邪神とともに世界に悪病をばら撒いた魔族の王。

 嵐さえも呼び寄せる、圧倒的な魔力と魔族一の巨躯を誇る怪物だ。

 部下の魔族さえも捨て駒とする残虐性は他の追随を許さない。 



 南の魔王デッドエンド・アイ。

 容姿は人間に近いのだが、額にある三つ目の眼が異彩を放つ。

 其の目で睨んだ相手の命を終わらせることが出来るという、魔眼を所有しているが―――その力はどのような相手でもというわけではなくある程度の条件が整わなければ効果を発動させることができない。

 超範囲に渡って火の海を作り出すことが出来る大魔法力を使用可能であり、かつて中央大陸へ攻め入った時に、獄炎の魔女と戦い敗北を喫した経験からディーティニアに拘っていると言われている。



 西の魔王ザリチュ。

 弱者をいたぶる事を最大の楽しみにしている魔王の中でも最悪な性格の男。

 彼の領地では、人間と亜人ともに何時死ぬかわからない恐怖に脅えている。

 特に理由もなく殺人を行い、楽しむ生粋の快楽殺人思考を持つ。

 地震さえ揺り起こす、強大な大地の力を自在に操る彼は、中央大陸へもっとも戦争を仕掛けている回数が多い魔王である。



 中央の魔王マリーナ。

 名前以外は全て不明。

 ただし、その力は四方を魔王に囲まれていながら数百年の間自分の領地を守り続けているのだから、疑いようがない。

 一説に寄れば魔王の中でも最強と噂されている。あくまで噂されているだけであって、本当かどうかは定かではなく―――魔王の中で唯一人間をまともに扱っている存在でもあるという。





 幻想大陸の歴史で他大陸へと攻め入ったことがあるのは四体。

 中央に陣取っているマリーナだけは、戦争を仕掛けてきたことがないという。

 南大陸から逃げ延びてきた奴隷によって、その存在と名前だけは伝えられているものの、姿形までは魔王の中で唯一不明となっている存在だ。


 その魔王は中央大陸のみならず、西大陸や東大陸へ攻め入ることもあり―――今から百年ほど昔にこの東大陸も戦禍を被ったのだ。

 東の魔王の軍勢が蹂躙してまわり、当時この大陸に滞在していたアトリとティアレフィナの二人を中心とした東大陸部族連合でなんとか撃退したのだが―――その時の軍勢を率いていた第二級危険生物である、魔人を取り逃がしてしまったという。

 その戦争跡がこの忘却の街道の近辺だったらしい。


 つまり―――。


「私達が取り逃がした魔人が失った力を取り戻すために街道に潜んでいた確率がとっても高い」


 とんでもない爆弾発言をしてきたアトリに、毎度のことながら頭が痛くなるキョウは、自分の米神をトントンと叩きながら頭痛を誤魔化そうとする。


「ちなみにここが忘却の街道と呼ばれるようになったのは何年くらい前なんだ?」

「大体、九十年か百年くらい前だと思う」

「時期は合うな……。だが、何故魔人は南大陸へ戻らなかったんだ? そちらの方が安全だろう」

「魔王は失敗した者に容赦はしない。それが例え自分の側近中の側近であろうとも……ううん。側近だからこそ、容赦はしないと言い換えた方がいいかな」

「……戻るに戻れないわけだ。魔族も中々大変なんだな」

「うん。凶悪な縦社会。失敗したら首が飛ぶ」

「比喩じゃなくて現実に飛ぶのが笑えん話だ」


 荒れた街道を若干ペースをあげて、馬で進んでいく。

 百年近くも放置されているだけあって、酷い有様だ。所々に雑草が生えて、馬はおろか人が歩くのでも苦労する。

 アトリの話を聞いてから、キョウは若干気の抜けていた意識を集中させた。

 彼女の予想があっていれば、敵は第二級危険生物。不死王ノインテーターと同格の怪物ということだ。

 あれほど厄介な敵も流石に少ないだろうが、一体どんな能力を持っているかもわからないのだから油断しないに越したことはない。 


「あー、そういえばお前が仕留め損ねたという魔人はどんな奴なんだ?」

「……忘れた」

「名前とか能力は?」

「……忘れた」


 視線を逸らしてアトリが吹けない口笛を吹いて誤魔化そうとする。

 アトリはどうも都合が悪くなると、こういった仕草をするようだ。

 ノインテーターと戦っていた時にディーティニアに怒られて、同じ様な行動を取っていたのを思い出した。

 それにしても百年以上も前のことなのだから無理ないとはいえ、アトリに完全に忘れられている魔人に少しだけ憐憫の情を抱いてしまう。


 アトリが忘れっぽいのか、魔人がそこまで大した相手ではなかったのか。

 仮にも魔王の側近中の側近。第二級危険生物なのだから、後者ではないはずだ。

 彼女の性格的に前者のほうが可能性は高い。後者だったならば―――いや、とキョウは考えないことにした。

   

 うねるような街道が遠くまで伸び、その途中の街道の脇に数多くの建物が密集しているのが見える。

 建物群の端にはボロボロとなっていた木の柵が囲いを作っている。かつては、何か動物でも飼っていたのか牧場のようにも見受けられた。

 とっくの昔に捨てられた集落という話は嘘ではないようで、朽ち果ててまともな家が一軒も残っていないようだ。 


 街道脇にある廃墟に近づくにつれて、この集落の様子がはっきりと目でわかるようになってきた。

 木造の建物全てがもはやかつての面影を残してはいない。屋根も崩れ落ち、壁板は剥がれ、野ざらし状態となっている。

 それらの向こう側にはかつては多くの家畜がいただろう、牧草地跡が拡がっていた。


 夕刻の赤が集落全てを真っ赤に染め上げている。

 もう一刻もすれば夕陽も落ちて、夜が訪れる時間帯となるだろう。

 

 このまま強行軍で馬を走らせるかどうか、少しだけ迷うキョウだったが、街道の舗装の酷さもあるため下手に夜は動かない方がいいと判断すると街道脇の集落に針路を変更させた。


 集落の入り口に到着すると、風を受けた看板らしき腐りかけた木の物体が、門に当たって乾いた音をたてる。

 表面の文字も、塗装も剥がれ落ちているため結局村の名前は判明せず、馬から降りたキョウは手綱を引いて村の内部へと進んで行った。

 

 集落中を歩き回って比較的まだまともな建物を一軒発見することができ、その軒先に手綱を括り付ける。

 先に起きているアトリの両脇に手を入れて馬から降ろす。少しこそばゆいのか、身を捩じらせる彼女を無視して地上に立たせると次は未だ眠りこけているディーティニアだ。


 優しく抱きかかえると、そのまま建物の中に入って内部を確認。

 歩くたびに床がキィキィ、生物のような音をたてて下手をしたら床を踏み抜きそうな感覚だ。

 床を踏むと、彼らの足跡が積もった埃の間に出来ていく。

 

 建物の中は、集落の中にある小さい家だけあって非常に狭い。

 部屋は僅か二個。それもそのうちの一つは、所謂台所兼土間。

 奥にある部屋にはベッドが二つ。ただし、キョウが寝転がったら圧し折れそうな脆さなのは一目見て明らかだ。


 流石にこのままでは休むこともできないため、軽く掃除を行う。

 埃を払えば空気中に眼に見えて浮かび上がるのに、眉を顰めながら格闘すること数十分。

 なんとか一夜を過ごすことが出来る状態になった家の内部を見て胸を撫で下ろす。

 

 アトリはというとディーティニアと一緒に寝ている―――と、見せかけて意外にも掃除を手伝っていた。

 一人でやろうと考えていたキョウの想像を覆す結果なのだが、彼の視線に気づいたアトリはやや心外そうな表情をしながら掃除をしていた。

 幾ら彼女といえど、埃塗れで寝るのは嫌だったのだろう。 今このときこそがアトリとキョウが出会ってから最も精力的に働いた瞬間だった。


 

 清掃が終了した後、荷物を家の中に運んで晩御飯の準備に取り掛かり始める。

 準備といっても、たいしたことではない。

 干し肉と飲み水を人数分用意するだけなのだから。


「起きろ、ディーテ。寝るなら御飯を食べてからだ」

「……むぅ」


 パチパチと軽く頬を叩きながら声をかけると、うつらうつらとしながらも眼を覚まし、もそもそと食事を始める。

 それをハラハラとしながら見守るキョウの姿を視界に映しながら、アトリもまた硬い干し肉を少しずつ齧り取っていく。

 何の味わいもない食事をすぐに終えるとその場で居眠りを始めてしまったので、手拭いで口元の干し肉を拭いつつ抱きかかえて隣のベッドへ寝かしに行った。


「……うーん。どう見ても親娘。ディーテは望み薄の可能性でかすぎる」

「ん、何か言ったか?」  

「……何でもない」


 戻ってきたキョウに、聞こえるか聞こえないか程度の大きさで呟いたアトリ。

 聞き返してきた彼に、首を横に振って答えるとアトリは硬い干し肉を噛み千切った。

 キョウはアトリの呟きを気にしつつも、自分の食事を先に終わらせることにしようと腰をおろす。


 無言が土間を支配する。

 キョウもアトリもどちらかというと自分から会話をするタイプではないのだから、沈黙が続くのは当然ともいえた。

 二人は食事を終えると、キョウはアトリの空になっている木のコップに気づき、水を注ぐ。

 有難う、と短くお礼を言うと彼女はコップを可愛らしく両手で握るとコクコクと水を飲み干していく。

 

「そういえば、集落の手前で話をしてくれた魔人の話なんだが……」

「……本当に覚えてないよ?」

「仮にも第二級の魔人のことを覚えていないというのはおかしくないか?」

「……いや、そう言われればそうかも」

「百年前は結構な戦争になったんだろう? それなのに魔人のことを忘れているとか違和感があるんだが」

「……ん。確かに……」


 キョウの質問に、アトリもまた自分の記憶の違和感に気づいたのか首を捻る。

 他人から言われてようやくその異常性に気がついた。

 百年前の戦争は、東大陸の部族から戦士をかき集めて連合を組み、さらには魔女が二人も参加してなんとか撃退することが出来たほどの大きなものだったはずだ。

 それなのに、魔族の指揮官でもあった魔人のことを覚えていないというのは奇妙な話だ。

 なによりもそのことをキョウが指摘するまで、おかしいと(・・・・・)思わなかった(・・・・・・)


 実感すると同時に得体の知れない気持ち悪さが心の中に広がっていく。


 それに忘却の街道のことは東大陸ではかなり有名になっている。

 幻想大陸を旅して回っているアトリとティアレフィナの二人とてその噂を何度も聞いていたにも関わらず何故かこの街道の謎を解こうとしなかった。

 アトリはまだいい。必要に迫られなければ行動しないからだ。

 だが、ティアレフィナは違う。彼女は人助けをすることを自分の使命と考えている節さえある生粋のお人好しだ。そんな彼女がこの忘却の街道の噂を聞けば、放っておくはずがない。ましてやアトリでも想像がつく相手が潜伏している―――しかもそれが百年前に倒し損ねた相手ともなれば、何を置いてでも解決しようと動き出すはずだ。

 此処百年のうち何度も東大陸へ来ていながらティアレフィナが気にも留めていないというのがどうにも不自然だ。


「……あれ? 本当だ。何でだろう……何で、私は覚えていない?」


 自覚した途端、急激に違和感が頭の中で嫌な警報を鳴らしてくる。

 戦争のことは覚えている。誰と一緒に戦ったかも覚えている。どれだけ戦死者がでたのかも覚えている。

 だが―――肝心の魔人のことだけが頭からすっぽりと抜けていた。


 気持ちが悪い。

 とてつもなく気色が悪い。

 これではまるで誰かに意図的に記憶をいじられたかのような―――。

 

 ズキズキと突如発生した頭痛に眉を顰めたアトリの首にトンっと軽い音とともに発生する衝撃。

 それを最後に彼女の意識は抵抗することなく闇に沈んでいった。

  


   

 














7/13は帰宅が遅くなるので更新はお休みか、出来ても5000文字くらいが限界だと思います。

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