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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
三部 東大陸編
50/106

過去話1 言霊使いと影使い









 幻想大陸の外界にあたるアナザーでは、軽く百を超える国家が乱立しており、その中でも大国として知られている国家が五つある。

 そのうちの一つがエレクシル教国。女神エレクシルを唯一神として崇め、アナザーで最も強大な影響力を持つ宗教国家だ。ただし領土は五大国の中でもっとも狭い。

 その国家は少々特別で、確認されている限り千年以上も昔から存在し、現存している国の中では最古の歴史を誇る。

 この国に王はおらず、代々教皇(・・)と呼ばれるエレクシル教の最高位が国の長として君臨していた。


 アナザーでも最南端に位置して、東西南は外海へ繋がる入り口としておおいに荒れているため侵入は不可能。

 北にそびえる霊峰がこの国への侵入を防ぎ、如何なる敵軍も寄せ付けない難攻不落の自然要塞として知られていた。


 国土の面から経済的な国力は他の五大国ではもっとも劣る。

 しかし、アナザーに存在する信者達の寄付金によって、驚くことに国の財力という点においては五大国で常に頂点に立ち続けるほどだ。

 そして、彼らが持つ軍事力。

 エレクシル教は力を否定しない。そのため、エレクシル教国には毎年呆れるほどの仕官希望者が殺到するわけだ。

 彼らは神殿騎士とも呼ばれ、長い修練と鍛錬の果てにエレクシルの騎士を名乗るに相応しい実力を手に入れ、この国のために命を捧げる狂信者となる。


 このように一騎士ですら十分な戦力を持つエレクシル教国において、さらに恐れられる部隊があった。

 それが数字持ち(・・・・)と呼ばれる精鋭集団である。

 所謂エリート。精鋭。近衛兵。

 

 言葉にすれば憧れを抱くが、内情はそんな生易しいものではない。

 優れた両親から生まれた遺伝子を持つ赤ん坊。出生後から、両親の手元から引き離され徹底的に英才教育を施される。

 魔法。特異能力。工作能力。諜報。暗殺。その他ありとあらゆる軍事活動をこなす、文字通りの一騎当千の超精鋭。

 外見までも利用するために十三歳で初陣を飾り―――その歳まで生き残れる者は一割にも満たない。


 彼らには名前は無い。一割も生き残れない者達にわざわざ名前をつける必要はないからだ。と、いうのは建前で教育する側として感情移入をしたくないというのが本音だったのかもしれない。

 教育者側も人間。彼らとて感情というものを持っているのだから。


 そのため、数字持ちは区別されるために数字で呼ばれる。

 一番。二番。三番。四番、と。彼らにはそれが名前なのだ。

 そして、もしも最後まで生き残ることが出来た時―――彼らだけの名前が与えられる。


 そんなエレクシル教国が所有する数字持ちにおいて、一人の天才がいた。

 いや、天才という言葉でも当てはまらない。まさに人を殺すために生まれてきた人。


 その人物は世界(アナザー)に住む人間にとって最悪の存在だった。

 如何なる場所にいる標的も仕留める無音の暗殺者。

 彼の者に狙われた標的で逃げ延びられた人物はいない。


 人を殺すための技術。

 人を殺すための肉体。

 人を殺すための躊躇い無き意思。


 それらを生まれ持って備えた先天的な殺人者。

 その名を―――影使い(シャドウ)







 


 

 











 五大国の一つに数えられる東の強国である和陽。

 その和陽が西の小さな国と戦争を始めた。当初は勝敗は明らかに見えた戦争であったが、この国は和陽が想定していたよりも随分と対抗していた。

 優れた指揮官と優秀な兵士達。そのせいで随分と和陽にも被害が出始め―――仕方なしにこの大国家はエレクシル教国に依頼をすることにした。

 指揮官の暗殺。法外な報酬を支払い、数字持ちの一人が動き出す。


 依頼を受けて僅か数日。

 

 影使いと名乗る一人の少女が、書類を片手にある大邸宅の前に姿を見せた。

 さらさらと流れる蒼髪。腰まである長い髪を無造作に括り、化粧っけが全く無い顔は、幼い。顔の半分を黒いマスクで隠していて、身長も小柄で年齢を予想すれば精々が十三か、四程度と読むことが出来る。ただし、顔だけ見れば中性的な顔立ちで女性としての身体の起伏さも殆ど無いため、美少年と見間違える者も多いだろう。全身を黒い服で包み、夜の闇と同化している節さえあった。


「ふぅん。今回の標的は、この人か」


 広大な敷地を隙間無く取り囲む石壁。高さは軽く四メートルを超える。普通ならば侵入するためにロープかなにかが必要となる高さだ。

 勿論それを想定しているのか、壁の前には堀が張り巡らされ近づけないようにもなっていた。

 中に入るには南門か東門のどちらかを使うしかない。

 どちらを使用するか迷った影使いは、手始めに東門を覗きにいって―――咄嗟に息を殺した。

 彼女の気殺を見破れる相手を、彼女自身知らない。だが、それでも彼女は敢えてさらに深く自身の気配を消していく。

 

 東門の前には幾人かの見張りが居た。

 中年の男性。若い青年。老人の年齢に達しそうな男。


 そして―――影使いとたいして歳が変わらない黒髪の少年(怪物)


 他の見張りの兵士と同じく金属性の鎧―――ただし、かなり軽量化しているものを身につけている。

 漆黒の髪は、偶然にも影使いと同じくらいの長さだ。これまた偶然にも同じ様に後ろで軽く結び、片手には長槍を持ち、年齢に相応な笑みを浮かべていた。


 他の見張りと談笑しながらも、少年の視線は侵入者を誰一人として見逃すまいと動いている。

 ばれているわけではないが、ごくりっと唾液を飲み込んだ。手の平はじっとりと嫌な汗で湿り始め、背中からも気持ちの悪い悪寒が駆け抜けていく。

 初めて見た。初めて会えた。影使い(自分)と同等の怪物に。


 だが、震える手の平を強く握り締める。

 クチュっと汗が湿った音をたてて、気色の悪い感覚が腕を伝わってぶるりと身体を震わせた。


 くるりっと踵を返して東門から南門へと移動を開始する。

 戦ってみたいという気持ちと同等に、彼と戦っては駄目だと第六感がうるさいほどに危険信号を鳴らしていた。

 

 ふぅっと息を吐いた影使いは腰のベルトに差してある短刀を触り、高揚しつつある気持ちを抑える。

 確かに自分と同格の怪物を見つけたことに、心が弾む。だが、今は任務中だ。どちらを優先するべきか、わからないほど影使いも子供ではない。ここで彼と戦っては間違いなく任務は失敗するだろう。

 達成率百パーセントが惜しいわけではないが、彼と遊ぶのは任務が終わってからの方が心置きなくできる。


 足音もたてずに影使いは南門へと到着して、暗がりから様子を窺っていると数分も待たずに、機は訪れる。

 パカパカと馬が蹄を鳴らしながら送迎用の馬車が一つ、大邸宅へ繋がる南門を通るべく影使いの横を通り過ぎた。

 これは好都合と、彼女もゆっくりとスピードを落としている馬車に合わせるように歩き始める。

 馬車の影に隠れ、あらかじめ察知していた南門の見張りの死角を音も気配も感じさせずに潜り抜け、彼女は何の苦労もせずに堂々と門から内部へと侵入する。


 誰一人として違和感を与えずに建物の影を、物の影を、人の視界の死角を渡り歩き、大邸宅の入り口へと向かう。

 本来ならば窓から入ったほうが手早く済ませれるのだが、生憎と南側には何故か窓という窓がない。あっても三階という高さのため少々面倒と判断した彼女は、東門―――こちらが正門のため、正面玄関もこちらにある―――の方角へわざわざ散歩をするように回って来た。


 正面玄関の前に立つ見張りの兵士。

 特に何を思うでもなく、彼の前を通り過ぎて玄関を開け放つ。

 死角を通ったわけでもないのに反応もしない兵士だったが、影使いが玄関を通り過ぎると同時に思い出したかのように喉がパックリと裂けて鮮血を流しながら地面に倒れ伏した。血の海が広がっていく光景に一瞥もなく、彼女は玄関を抜けると正面にあった階段を登る。


 途中巡回していた兵士の背後に回りこむと、トスっと軽い音をたてて短刀を背後から一刺し。

 悲鳴をあげることを阻止するためと致命傷となる喉を貫く。狙い通り声も無く床に伏せて自分が流す血の池に沈んでいく姿に背中をむけて三階へと向かう。


 情報によれば、標的は三階の一番奥の寝室にこの時間は確実にいるとのこと。

 英雄色を好むとは良く言ったもので、毎夜毎夜お相手をする女性は異なっているらしい。それに特に嫌悪感も抱くことも無く彼女は自分のペースを崩さずに大邸宅の内部を歩いて行く。

 

 途中すれ違った巡回する兵士をやはり声をださせる暇も与えずに死角から仕留め、多少意識して残りの人数を把握すると、三階には後はたったの五人。

 恐らくは三名が護衛。一名は標的、もう一名は標的のお相手をしている女性だと確信。


 三階の一番奥の部屋まで悠然と到着、扉の前には予想通り護衛が三人。

 短刀を放り投げ天井へと敢えてぶつけると、キィンと音をたてる。

 三人とも突如発生した物音に気を取られ、天井を見上げ―――その隙に影使いは地を滑った。


 護衛が視線を下におろすと同時に、一人の後ろに溶けるように移動する一つの影。

 気配も、匂いも、存在感さえも消失させた彼女が護衛の首を静かに撫でる。

 悲鳴の一つも無く、糸が切れた操り人形のようにガクリっと床に座り込み、当然その事態についていけない残りの二名が座り込んだ護衛に手を伸ばそうとした、彼らの背後に影が揺らめく。


 両手に持った短刀が二度振られ、残された二名も床に音をたてて倒れこんだ。

 高級そうな赤い絨毯が、さらに赤く染まっていく様を見届けながら短刀を一つ腰元へと戻すと、そして扉が開かれるまでその場で佇む。

 

 兵士が床に倒れた音は中にも聞こえているだろう。

 ならば、そのうちに内部から扉を開けてくれる。そのついでで残された二名の命を刈り取ればいい。

 わざわざ鍵がかかっている扉を無理に破壊して、その音で他の護衛を呼び込むことになったら目も当てられない。

 

 ガチャガチャと中側からドアノブを弄くる音がする。

 まさかこんな事態に陥っているとは夢にも思っていない標的か、女性かわからないが、廊下に声をかけることもなく扉を開こうとして―――。


「―――開けるな!!」


 ズンっと腹の底まで響く少年の声。

 その声が轟くよりはやく、影使いは座り込むように上体を下げた。

 同時に、彼女の頭があった場所に二本のナイフが飛来し、ガッとそのまま壁を根元近くまで貫いて止まっていた。

 

 まさか、とも。何故、とも問わない。

 彼ならば、ここまで来るだろうことは予想の範囲内だったからだ。


 影使いの視線の先、標的とは真逆の方向。東門の入り口から全力で駆けて来たと予測される一人の少年。

 息も乱さず、長槍を片手に重心を下げて今にも飛び掛ってきそうな肉食獣のような雰囲気を醸しだしている。

 

 背後でガチャガチャっと慌てて鍵を再び閉めた音が聞こえるが、仕方ないと諦めた。

 とりあえずは目の前の脅威を振り払わねばならないのだから。

 少年をどうにかしてから、標的はゆっくりと仕留めようと心にきめて、影使いは短刀を右手で弄ぶ。


「暗殺者。何者だ―――と問いたいが、答えるわけが無いか」

「当然。残念ながら答えることはできない」

「……そうか。まぁ、嫌でも後で答えてもらうことになる」

「無理。私を捕まえることなんて不可能だから」

「それはやってみないとわからないぞ?」

「やらなくても―――わかる」


 足音もたてずに、影使いは柱の影に小さなその身体を隠す。

 当然、廊下にある柱なのだから、全身を隠れさせることができるわけもないのだが―――。


 ぞっと背筋を襲う寒気。

 全身の毛という毛がそそりたつ。

 咄嗟に長槍の柄を顔の横まであげたのは特に理由はない。強いてあげるのならば、死の香りがしたからだ。


 キィンっと軽い金属音。

 重くもない、本当に物が当たっただけの衝撃。

 理解できない動きで背後に回っていた少女が、頚動脈を狙い短刀を振るっていた。

 

 おおっと驚愕の声をかすかに口から漏らしながら影使いは滑るように少年の腕が作り出している死角側へと姿を消す。

 真っ二つに柄が斬られた長槍を、死角へ回った少女へと勘を頼りに投げつけながら、腰に差してある刀を抜いた。

 長槍は標的に命中することなく壁に激しく突き刺さるものの、相手の姿を逃した少年が腰を落としながらどのような方向からの攻撃にも対処できるように気配察知の範囲を急激に狭めた。

 より正確に、より精密に、落とした針の音さえも聞き逃さない領域に自らを導いた彼は、呼吸を止める。


 カツっと微かにあがった足音。

 右斜め背後から響いた発生源に、右足を引きながら薙ぎ払う。

 コンマ一秒の遅れも無い斬撃が流れるように狙いを切り払ったが―――そこには何も無く。


 少年は感じた悪寒を信じるように無理矢理に上半身を逸らす。

 するとその悪寒が正しかったのか、ゆらりっと陽炎の如く短刀が寸前まで喉があった場所を通過していく。

 悲鳴を噛み殺しながら再び視界の隅から姿を消そうとする少女へ向かって片手一つで刀を振るう。その斬撃は、確かに少女に届くも、不安定な状態からの片手一本の一撃が決定打になるはずもなく、容易く短刀で弾かれて終わった。

 

 しかも、やや遅れて左手に感じる激痛と濡れた感触。

 ぴちゃりっと赤い血が床に染みを色付けていく。手の甲に幾本かの赤い線がはしっていて、そこから血液があふれ出していた。まさか、弾くと同時に置き土産を残されるとは考えていなかった少年が眉を顰めるも、何度か握ることを繰り返し、問題なく動くのを確認。


 何度目になるかわからない死を内包した短刀が米神をかする。

 必死になって少年が顔を捩り、回避することに成功。

 今までいたはずの黒い影に向かって刀を切り上げるも、既にそこには少女の姿は見られない。


 カツンっと聞こえた足音に反応して背後に向かって横薙ぎ。

 だが、刀が斬ったのは空気だけで、やはり手応え一つ少年の手には残らない。

 

 影使いは少年を中心とした一定の範囲内―――しかも至極近距離のみを歩き回っているだけ。

 無音で、気配も無く、殺気も放たず、時折鳴る足音は彼女が敢えて、少年を撹乱するためのモノだと漸く気づく。

 多少なりとも自信があった気配察知を容易く潜り抜ける怪物に、肝を冷やしながらも少なくは無い喜びにも似た快感が脳内に分泌されていくのを実感していた。

 遮蔽物も碌にない、この狭い廊下で少年の視界から見事に逃れきる歩法を前にして、口角がつり上がるのを我慢できない。


 自分の師であり、母であり、姉である女から武者修行の旅に放り出されて早一年。

 初めて少年は、自分と対等以上の天才(怪物)を見つけた。


 得体の知れない暗殺者を前にして少年の気配が収束されていく。

 凝視すれば視認できるほどに、凝縮された円形の結界。

 それはまさしくその領域に入れば、抵抗もさせずに命を終わらせる刀が支配する小さな世界だった。

 

 右手に一刀。左手にもう一刀を持ち、二刀を持った両手がだらりと無形の位を形作る。

 短い呼気が静かな屋敷の中で、やけに大きく響いていた。


 その結界に気づいた影使いは、わざと足音をたてていたのを消し、完全に音も気配も殺気も遮断する。

 聞こえるのは少年の呼吸音のみ。チリチリと嫌な気配が少年を包むと同時に、少女の身体も打ち据えていた。


 踏み込めば殺せる。だが、その代償として自分も死ぬ。


 影使いは瞬時に戦いの結果を冷静に脳裏に描く。

 逡巡は一瞬で、影使いは即座に行動を開始した。


 パリンっとガラスの割れる音。

 少年の背後で、窓ガラスが砕かれ―――振り向いた彼の目に映ったのは、三階から飛び降りる蒼髪の暗殺者の姿。

 それと同時にダダダっと廊下を走る多くの足音が邸宅に木霊する。

 ようやく駆けつけた援軍が廊下の角から十数人姿を現した。

 これを感じ取ったため、暗殺者が撤退したということに気づき、少年剣士は安堵のため息をつく。

 今になって嫌な汗が噴き出してきて止まらない。

 下手をしたら死んでいた相手だったことに、二刀を鞘に納めて荒くなった呼吸を整えた。

 掌を見てみれば、ぐっしょりと脂汗で濡れていて、それに頬を引き攣らせる。


 奇しくもそれは―――影使いも同じことだったのだが、今の彼らにはそのことを知る由もなかった。






 

 これが後に七つの人災と謳われることになる、キョウ=スメラギとアールマティ=デゲーデンハイドの初の邂逅となるのだが、二人が行動をともにするにはもうしばしの時間を必要とすることになるのであった。







 

 



 


 






リアル都合のため、当分少々文量が少なくなります。


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