四章 獄炎の魔女と七つの人災1
泣き笑いというに相応しき表情だった小さな魔女は、自分がどんな顔をしていたのか自覚したのだろう。ぶかぶかの三角帽子の縁を掴むと、ぐっと引っ張り深くかぶりなおす。
大き目の帽子だったということもあり、小顔のディーティニアは見事にキョウの視界から隠れることに成功した。
とある理由にて彼女は、多くの人間から忌み嫌われている。親しい間柄の相手は極僅か。
彼女自身一人には慣れたつもりだったが、こうして自分を怖れない人間と会話できるのもどれくらいぶりか思い出せない。
そんな相手にこんな表情を見せてしまったことに少しだけ羞恥心を感じる。
「……素直に驚きました。俺以外に、その目的を持っている人間を初めて見ました」
「―――正確には人ではないがな。ワシとて驚いておる。八百年という年月で、お主が初めてじゃよ」
キョウが驚くのも無理はない。
八百年という歳月には遠く及ばずとも彼の短くはない生涯で、神殺しという目的を知った人間は、馬鹿にするか呆れるか。そのどちらかの反応しか返ってこなかったからだ。稀に、エレクシルを心棒する狂徒からは殺意をぶつけられたりもしたが。
まさか幻想大陸に来て、最初に会った人間が同じ目的を掲げているなど一体どれだけ天文学的な確率になるというのか、キョウ自身信じられない気持ちが胸に広がる。
それともまさか、この幻想大陸ではエレクシルはそういった対象として見られているのか。
「ディーティニアさん、もしかして幻想大陸ではエレクシルは―――」
感じた疑問をそのままに言葉を紡ぐが、その途中。いや、待てっと最後まで言葉に出す前にキョウは口を閉ざす。
先ほどの彼女の発言を思い出せ。彼女はこう言った筈だ。
―――まさか同胞に会えるとは夢にも思っていなかったぞ、と。
八百年の時を生きるという魔女が、こう語ったのだ。
それはつまり、やはり幻想大陸も外界と変わりはしないと捉えるべきだ。
即座にそう考えたキョウの思考をまるで読んだかのように、ディーティニアはコクリと頷いた。
「―――ああ、お主の考えている通りだ。生憎と幻想大陸もお主が居た場所となんら変わりはしない。いや、逆により酷いと言った方が正しいやもしれぬ」
「酷い、ですか?」
「うむ。何せ、この大陸にはエレクシルは時々姿を現す。人が滅びそうになる手前に現れては奇跡を起こすのじゃよ。ワシからしてみれば茶番にしか見えんがのぅ。だが、他の人間からしてみれば自分達を救ってくれる女神にしか見えんというのもある意味当然か」
ディーティニアは、ようやく気持ちが落ち着いたのか三角帽子を普段通りの位置まで戻す。
さきほどまでの泣き笑いの表情とはうってかわって、どこか不機嫌そうに眉を顰めている。ちっと舌打ちをしたのが聞こえた。勿論キョウに向けてではなく、どこかで薄ら寒い笑みを浮かべている女神に向けてだろう。
「魔王や竜王種、魔獣王種。巨人王種といった超越種達は、幻想大陸の戦力を拮抗させるために存在しておる。本能に女神がそう刻み込んでおるのだが、極稀にそれを己の力で外すことが可能に至った個体も現れる。そういった固体によって人は滅びの危機を迎えるのじゃが―――それらに対抗するために女神は己の力を分け与えた人を生み出す。勇者やら英雄やらよばれるそれらじゃな。女神の力を受けた人間……【使徒】と呼ばれる英雄は己の命と引き換えに、人類の危機を救う。この幻想大陸を救う女神様。それがあやつの立ち位置じゃよ。どうじゃ、御伽噺のようじゃろう?」
「―――ええ、話を聞く分にはそうですね」
「女神は、本来ならば超越種といえど容易く屠れる力を持っておる。だが、直接的に手は出さん。人の足掻くさまを、人の生き抜くさまを、この混沌とした幻想大陸を眺めながら楽しんでおるだけじゃ」
そこでディーティニアは何かを思い出したかのように、ポンっと手を叩いた。
「そういえばお主、女神に会ったと言っておったようじゃが。その時に殺されはしなかったか?」
あまり思い出したくないことを聞かれ、キョウは沈黙する。
別に恥だとは思っていないが、あそこまで完膚なきまでに殺されてしまっては口に出すのも憚れるのも仕方あるまい。
口を閉ざしたキョウの姿に、その理由に思い至ったディーティニアは、彼が黙るのも当然かと納得しつつ、肩を竦めた。
「お主もあやつに遊ばれたか。ワシも今でも思い出せるほどに屈辱を感じたものよ」
遊ぶ―――確かに、とキョウは頷く。
神殺しを目指し歩んできたが、それでも全くといっていいほど勝負にならない戦いだった。
圧倒的という言葉ですら生温い。人間が子犬と戯れる、エレクシルにとってはその程度の認識しか持たれていなかった。
「悔しいですが、同感です。十七回も殺されてなお―――あいつの底は見極められませんでした」
「うむ。そうじゃろうな。お主も苦労したな。まさか十七回も殺されるとは―――」
キョウの発言を繰り返そうとして、ピシリと固まったのは銀の魔女。
何やら口の中で十七回、十七回と繰り返している。
そして―――。
「……ま、待て。それは真の話か!?」
「ん―――ええ。嘘は言ってませんが」
ディーティニアは凄い形相でテーブルに両手を叩きつけ、身体を乗り出してきた。
じーっと穴があくのではと言うほどキョウの顔を睨み付けてくる彼女だったが、彼の表情から嘘は言っていないと読み取ったのだろう。驚きを隠せず、首を振った。
「あの気狂い女神がそこまで付き合うか……一体お主はどれだけあやつの攻撃を避けることができたのじゃ?」
「最大で六度でしょうか。傷をつけることができたのは一度。ほんの僅かの血を流させるのが限界でした」
そして今度こそ―――空気が凍った。
パクパクと陸上に打ち上げられた魚のように口を開閉させること暫し―――。
ありえぬ。
辛うじて言葉に出さなかったのは、僅かに残っていた冷静さのおかげだった。
あの絶対的な力を持つ怪物に。あの圧倒的な力を持つ怪物に。あの超越的な力を持つ怪物に。
―――血を流させた。
それだけではなく、一度の攻撃で竜王種までも滅ぼす女神の裁きを六度もかわしつづけるなど、一体誰が想像することができるだろうか。
ぞくっと果たして何度目になるかわからない、冷たい悪寒が背筋を這った。
目の前のキョウ=スメラギという男の計り知れない底力に対する恐怖と期待。
だが、まだだ、っとディーティニアは心を落ち着けた。
実際にその現場をみたわけではない。ただ、キョウが語っているだけだ。証拠も何もない、証言だけの出来事。
だからこそ、見極めなければならない。
「―――のぅ、小僧。食事の後の腹ごなしといかぬか?」
立ち上がっていたディーティニアは、外を指差しキョウを誘惑するような甘い声で誘う。
「ええ、丁度良いですね。確かめたいこともありますので是非お願いします」
魔女の提案にあっさりと乗ったキョウは一足先に外へと出る。
残ったディーティニアも、部屋の片隅においてあった、不思議なオーラを放つ木の杖を手に取ると後を追う。
外へと出てみれば、地平線の彼方へと太陽が落ちつつある時間帯となっていた。オレンジに輝く光が、白浜を照らし見惚れるような光景を演出している。
生憎と二人はそれに少しも足を止めることなく家から離れていく。
数分も歩いただろうか。木も岩も邪魔な物はなにもない、ただ白浜が続いている場所でキョウは足を止める。
遮蔽物も見当たらないまっさらな空間で足を止めたことをディーティニアは離れた場所から、キョウへと声をかけた。
「このような場所で良いのか? ここでは盾になるものなど何もないぞ?」
「ええ、構いません。いつも自分に都合が良い場所で戦えるとは思ってもいませんしね」
「ふむ。お主がいいのなら、ワシも文句などないが……」
片手に持った杖を肩に乗せながら、ディーティニアは自分から十メートル以上も離れている剣士の姿を窺う。
剣士などの接近戦を得意とする者は魔法使いと戦う場合、出来るだけ接近戦を仕掛けねばならない。森といった身を隠す場所が多いところでなければ近づく前に魔法で打ち倒されてしまうというのが常識だ。
その常識を真っ向から否定するように佇むキョウの姿を見つつ、内心から湧き出る期待を抑え切れない。
「まぁ、よい。始めるとしようか。ワシもそこそこは本気でゆく―――死んでも恨むでないぞ?」
くるりと杖を回し、キョウに向かって真っ直ぐ突きつける。
そして、戦いの宣言を告げた。
ディーティニアは軽く目をつぶり、開け放つ。
翠に輝く瞳が、色を深くする。表情から感情がすっと消え、絶対零度を思わせる無表情。
炎獄の魔女の名とは正反対の、凍てつく寒さが周囲を包む。
相対するキョウの四肢を縛り付けるように、放たれる異常なまでの威圧感。
ばさりっと遠く離れている森から鳥達が飛び去ってきてゆく。
そこに居たらこれからおこる戦いに巻き込まれてしまうのではないかと、彼らは心底脅え逃げ出したのだ。
―――なるほど。
思わずキョウは内心で呟く。
呼吸をするのでさえも苦労する。女神には及ばずとも、これまでキョウが戦ってきた相手の比ではない。
ギガントタートルなど子供にしか見えないほどの死の気配を纏わせ、小さな銀髪の魔女は杖を向けてきている。張り詰めた空気。それは僅かでも動いたら崩れ去る。
―――これは、確かに強い。いや、強すぎる。
口の中が乾いてゆくのがわかる。
幾百もの戦場を駆け抜け、幾千もの死を生み出してきた。
世界から七つの人災―――【剣魔】とまで称されたキョウだからこそわかる。
百三十程度の小さな少女、いや魔女の力は、想像を絶する高みにあるということが。
彼の戦歴は数多い。しかし、それらは殆どが格下の相手ばかりだ。
特にここ十年程度は多対一が多く、一騎打ちで彼と互角に戦える者などそうはいなかったのだから当然だ。
そんなキョウが女神に続いて戦うもの―――獄炎の魔女ディーティニア。彼の確認したいこと。それは世界最高を名乗る大魔法使いの戦闘力は如何ほどなものか。相手の力量を測るつもりで戦いを受けた。だが、もはや認めるしかない。彼は自分が驕っていたことを。相手の力量を測るつもりだったが、逆だ。彼の力を今現在測られている。
ふぅっとため息一つ。驕りをすてたのならば後は簡単な話だ。
全身全霊全てを賭けて、相手を斬る。何時も通り、それが彼の戦い方だ。
「―――炎の矢」
何かが凝縮する音が耳鳴りとなって響き渡る。
杖の先に赤い炎が凝縮。一瞬後にて炸裂し、幾つもの炎の矢がキョウへと放たれた。
風を裂いて飛来する合計五本の矢がキョウへと降り注ぐ。それに一瞬驚き、大きく後ろに跳び間合いを外す。
砂浜に打ち付ける音が鳴る。ジュワっと高温を連想させる矢が突き刺さり、暫くそこで燃え続けた後、何事もなかったように消え去った。幻ではなかったのを証明するのは焼け焦げた後を残す砂浜のみ。
キョウが驚いたのにはわけがある。
魔法とはエレクシルが世界に与えた秘法だ。大気中に浮かぶマナを操り、奇跡を為す。
だが、魔法には必ず言霊による詠唱を必要とする。言葉に出すことによって魔法のイメージを固め、マナを操り、それぞれの奇跡を具現化するのだ。
勿論外界にだって魔法はあった。これまで斬り捨ててきた魔法使いは数知れない。だからこそ魔法使いとの戦い方はある程度は理解していたつもりだ。
しかし、これまで戦ってきた魔法使いには、魔法の名前を唱えただけで奇跡を具現化する人間は誰一人としていなかった。
タイムラグがほぼ零という、異常すぎる目の前の出来事に、驚くなというほうが無理だろう。
「―――ああ、そうか。言うのを忘れておった。これはワシが二種類持つ特有の特異能力の一つ―――詠唱破棄。中位魔法程度までならば、詠唱を必要としない。お主もそれを覚悟の上でかかってくるがよい」
片手で握る杖をキョウに向けたまま、もう片方の手でチョイチョイと手招きする。
なんでもない風に語るディーティニアに対して、乾いた唇を舌で舐めて湿らせた。詠唱破棄といった非常識な能力など聞いたこともない。そんな能力があればどんな魔法使いでも欲しがるものだ。魔法使いにとっては、致命的ともいえる詠唱による隙を無くす事が出来るのだから。
それを何でもないようにネタばらししてきた魔女は氷の表情のまま―――。
「お主がワシの力を推し量っておるのは分かっている。だが、忘れるではないぞ。ワシもまた、お主の力を知ろうとしていることを」
杖を両手に持って切っ先を地面に勢い良く差し込む。
ずぶりと砂浜に鋭い先が突き刺さった。
「炎の壁」
パチリと、火花が散る。
杖を起点としてディーティニアの前方に巨大な赤い壁が立ち塞がった。
縦幅横幅ともに数メートルはありそうな灼熱の鉄壁が、熱気を伝えながら赤く燃えている。杖を持ち上げ、遠く離れているキョウへと向けた。
砂浜を駆け抜けるは、巨大な炎壁。進路上にあるものを焼き尽くしながら瞬く間にキョウへと迫る。
大幅に右手へと跳びぬけ、着地。
身体のすぐ横をちりちりと肌を焦がす炎が通過していく。
一息つく間もなく、さらにその場から跳躍。その刹那の後、キョウが今の今までいた砂浜が重い衝撃で弾かれた。
砂が弾けとび、小さな穴が開いてから僅かに遅れてパチンと音が耳に届く。
小さな銀の魔女の杖から長く伸びるのは炎の鞭。それが十メートル以上も離れたキョウへと強かに打ち据えたのだ。
即座に杖を振るい、キョウへと迫ってくる鞭が砂浜に何度も衝撃による穴を開ける。魔法使いとは思えない、的確にキョウへと攻撃を加えてくる様は非常に厄介だ。
基本的に魔法使いとは、身体能力が総じて低い。魔法の修得にほぼ全ての努力を向けている以上それは仕方ない。故に、これまでキョウの動きを見切って魔法を使ってきた相手はいなかった。速い動きで翻弄して終わり。それが、これまでの戦闘だった。だが、ディーティニアは違う。恐ろしいほど精密に、キョウの動きを読み取り、攻撃を仕掛けてきている。厄介な相手だと再確認するが―――。
―――十分に潜り抜けれるか。
ふっと短く呼吸を残し、砂浜を蹴る。
ばさっと砂が空中に舞い散った。その砂が地面に落ちるよりもなお速く、一つの肉体が翻る。爆発的な脚力が、遠い間合いを奪い去った。一踏みで、半分近くの距離を削る。そして、二踏みでキョウの間合いへと到達する。
一瞬としか言えない瞬速に、無表情だったディーティニアが目を見開く。
刀を抜くまでもないと、手刀を一閃。隙だらけの魔女の首筋を狙って放たれたそれに、蛇のように何かが巻きつく。
「―――はっ?」
呆けた声が出た。
その発生源はキョウ=スメラギだ。
気がついたときには彼の身体は投げ飛ばされていたのだから。
天が下に。地が上に。上下逆の光景が彼の視界を支配する。そんなキョウの目の端に、彼が手刀を放った筈の手を両手で掴んで投げ飛ばしているディーティニアの姿を捉えた。
自分が魔法使いに投げられたと理解したキョウは、慌てて身体を捻る。掴まれていた手を強引に引き、相手の両手を無理矢理引き離す。
類稀な平衡感覚が、突然の事態にも対応し、辛うじて両足で砂浜に着地することに成功した。
それと同時に襲ってくる脅威。ちりちりと肌を焼く熱。
顔をあげるよりも速く、その場から後方へと飛び下がる。
ついでキョウが居た場所に落ちてくる炎の鉄槌。炎の鉄槌と聞こえたが、気にしている余裕は無い。
ドンっと激しい音。ぶわっと舞う砂。生み出されるのは幾重にも波状となった砂浜だけだ。
「魔法使いは近寄られれば何も出来ぬと思うておったか? 生憎とワシは八百年を生きる魔女。魔法だけではなく、それなりに対応できるように修練を積んでおるわ」
もっとも、そう何度も通用しないだろうことはディーティニア自身が知っていることだ。
確かに彼女は接近戦に関しても一流の域に達している。幼い肉体で止まってしまった彼女ではあるが、肉体強化の魔術により並みの人間よりも高い性能を誇る。
だが、今の一瞬の交錯で理解できた。
ディーティニアとキョウ=スメラギでは、接近戦に関して言えば桁が違う。
最初の一合。キョウが油断していたからこそ決めることができた投げ技。
次からは決して通用しない。技の錬度があまりにも違いすぎる。
投げた瞬間、彼は無理矢理にディーティニアの掴んでいた手を切ったが、それは彼女が自分から手放したため簡単に外すことができたのだ。彼女が手を離した理由、それはあまりにも簡単なもので―――手から伝わってきた異様なまでの悪寒。そして、もし後一瞬手放すのが遅かったならば、キョウの本能が空中に投げ飛ばされた身でありながら、恐らく自分の手を圧し折っていたと言う確信。
だからこそ―――。
「―――その程度か、小僧」
抑え切れない怒りが、口から噴き出る。
「その程度で神殺しを為せると思っておるのか」
本気をだしていないキョウに対しての怒り。
無論彼女とて本気は出してはいないが、それにしてもこれは酷いと胸の内に荒れ狂う感情を抑え切れない。
特に先ほどの手刀。ディーティニアの意識を刈り取る程度に抑えた一撃。明らかに手を抜いていたその一撃が余計に怒りに油を注ぐ。
「その程度ならば、もはや語ることはない。お主はここで潰えた方が、幸せだ!!」
辛辣な魔女の叫び。杖を掲げ、天を貫かんばかりに高まる魔力の胎動。
そして、炎が収束していく。圧倒的な存在感を示す業火は。魔女の杖に宿っていく。ナニカを形作るように蠢き、弾けた。
杖を纏うようにに現れたのは巨大な炎剣だった。周囲を満たす夕陽を飲み込むような、赤く燃え滾る輝きを放っている。
「―――狂炎の剣」
炎剣を振り下ろす。決して届かぬ距離からの炎閃。
しかし、ぞわっと襲うは得体の知れぬ気配。このままここにいては死ぬという予感。
後ろに逃げたら終わる―――そう直感が囁いてきた。それに従うように横へと跳躍。それに遅れて振り下ろされる炎剣。
一メートル超の杖の上から纏われた炎剣が砂浜に激突した瞬間、砂浜が爆撃されたかのように破裂した。
弾け飛ぶ砂や小石がバシバシと横に逃げたキョウへと叩きつけられる。
それと共に視界を邪魔するように飛び散る砂。まるで土砂のように、一瞬彼の視力を奪う。
視界を奪われたキョウは、軽く目瞑り耳に神経を集中させる。耳に届くのはかすかに聞こえる空気を裂く音。
再び地面を蹴りつけ後方へと退避する。
逃げた直後に、今まで居た空間を炎剣が薙ぎ払っていった。
「火弾」
炎剣が消失。今度は拳大の火球が数個時間差で迫ってくる。
威力はたいしたことがなさそうではあるが、速度は速い。それらを尽くかわしきり、後ろへと流す。後方でドンっと地面に激突した火球が炸裂していた。
「―――非礼は詫びよう。一宿一飯の恩があると思い、手を抜いていた。剣を向ける以上、もはや手加減はしない」
ディーティニアの本気を感じ取ったキョウは、静かな声で相手に告げる。
それは戦場にしては小さな囁きだった。だが、それでも聞こえた。
ぞっとするほどに冷たく、脳髄にまで叩き込まれるぞくぞくとするような低音。
そして、この空間は軋むように泣き声をあげて、凍結した。
この場に居たディーティニアは、この世の果てから吹きつけるような吹雪に身を震わせる。
その吹雪はあらゆる者を排する、絶望的なまでの悪意。この世に住まう存在全てを嘲笑し、愚弄する。
キョウを中心として圧倒的な殺気が、狂気が、凶気が、雪崩を打つように、空間全てを埋め尽くす。
「―――それで、良い!! 神をも傷つけたお主の力量!!ワシに示して見せよ!!」
世界最高たる獄炎の魔女と世界最凶たる七つの人災。
魔法を極めた者と剣を極めた者。
見届ける者は誰も居ない。天上の戦いが、今始まった。