閑話1 七夕の場合
特に内容がないような話ばかりです。
カルラ、アルストロメリア、ミリアーナとかは時間なくて書けませんでした。
《ラグムシュエナの場合》
「お兄さん、お兄さん!! 今日は七夕らしいっすよー。一緒に出かけるっす!!」
キョウ達が宿泊している宿の部屋を開けて飛び込んできたラグムシュエナが、ベッドに寝転がっていたキョウの手を掴むと無理矢理に外へと引っ張っていく。
こういう時の彼女の強引さは理解しているため、キョウは特に反抗せずに途中からは自分で歩くようにして、二人揃って宿の外へと出て行った。
外に出れば、なるほど。
そこまで大きくない街だというのに、多くの住人が通りを歩いていた。
通りには露店も数多く出されており、それを目当てで外出している住人もいるようである。
「お兄さん、この浴衣どうっすかー? 結構可愛いの選んできたつもりっすけど」
露店ばかりを見ていたキョウに、業を煮やしたのかラグムシュエナがくるりとその場で回転してみせる。
確かに何時もの彼女らしからぬ服装だった。普段は動きやすい服で統一しているが、今回は七夕ということもあり東大陸特有の服である着物―――の一つである浴衣を着ていた。
水色玉模様の浴衣で、彼女の赤い髪とは対照的だが、ラグムシュエナにはよく似合っている。
「ああ、良く似合っている。どうしたんだ、それ?」
「貸衣装屋さんはどの街にでもあるんっすよー。今回は借りてきたっす」
褒められて嬉しいのか、ピコピコと狐耳を激しく動かして満面の笑顔の彼女に、キョウまでほんわかとした気持ちになってきた。
そんな時そういえば、と考えてラグムシュエナの背中―――腰の位置を盗み見る。
果たして尻尾はどうなっているのだろうか、と。
きちんと尻尾はでており、尻尾もまた嬉しそうにブンブンと左右に揺れている。
丁度腰の部分に穴が開けているのが確認できて、なるほどそうなっているのかと納得できた。
「じゃあ、お兄さん。一緒に七夕を楽しもうっすよー」
「……ああ、そうだな。たまには良いかもしれないな」
キョウの腕を手に取ると、自分の両腕を絡ませてグイグイと引っ張っていくラグムシュエナに苦笑して―――キョウもまた人通りが多い街の中へと消えていった。
《ディーティニアの場合》
「……七夕? そういえばそんな行事もあったのぅ」
「ああ、俺もすっかり忘れていた」
宿泊している部屋の一室で、ベッドに転がっているディーティニアが眠たそうに欠伸をしながらの返答に、キョウも特に関心がないのか自分のベッドで座りつつ刀を手入れしながら特にやる気の無い言葉を発する。
しかし、ディーティニアはキョウのベッドまで歩いてくると傍にある窓をあけた。
すると、その窓からは夜空に煌く星々が瞬いて見える。
「キョウ、ちょっとこっちまでくるのじゃ」
ポンポンっとベッドを叩いてキョウを呼び寄せるが、彼は訝しんだように近づいてくる。
そしてディーティニアは窓の傍のベッドにキョウに胡坐をかかせると、その膝に頭を乗せて寝転がった。
角度が丁度よく、窓から夜空が見える。
綺麗な光景に、キョウも刀の手入れをやめて二人で空を静かに見上げていた。
二人で夜空を眺めること数分。
「―――美しいのぅ」
「そうだな。ああ、綺麗だ」
くしゃりっと膝を枕としているディーティニアの銀髪を撫でつけ。
「来年もまた―――」
「―――ともにみるか」
ディーティニアの言葉を遮るように、キョウがその先を一歩早く口に出す。
それに少し驚いたように小さな目を大きく見開き。
「―――約束じゃぞ?」
笑顔を見せるディーティニアの頭を何度も何度もキョウは梳いて、緩やかな時間が流れていった。
《ナインテールの場合》
さぁっと夜風がキョウの頬を撫でる。
街から僅かに離れた草原。その草原の一部に盛り上がった丘がある。
その丘の上に腰を下ろしているキョウが、夜空に浮かんでいる星々を見上げていた。
「やぁ、待たせたかな? 準備に少し戸惑ってしまったから悪かったかねぇ」
「いや、俺も今さっききたばかりだ。気にするほどでもない」
背後からかけられた声に驚きもせずに返答するキョウ。
そんな彼の前に、髪も瞳も服装も、何もかもが金色に包まれた幼女が姿を現す。
幻獣王ナインテールは、クスクスと笑みを浮かべながら手に持っていた一本の徳利と御猪口を二個をキョウの前で振って、これのせいで遅刻したと無言でアピールしているかのようだった。
彼女は腰を下ろしているキョウの足の間に腰を下ろすと、背中をもたれかけさせる。
小さな丸い肢体が、幼いというのにやけに女を感じさせ―――金色のツインテールからは甘い香りが漂ってきた。
「はい、どうぞ」
「ああ、すまんな。ありがとう」
御猪口をキョウへと手渡すと、それにナインテールが徳利のお酒を注ぐ。
お返しに注ぎ返そうと徳利を受け取ろうとするが、彼女はそれに首を振って、自分で御猪口に酒を満たした。
カンっと御猪口同士を合わせて音をたてる。
同時に酒を口に含むと、カァっと焼け付くような熱さが喉を襲う。
キョウはそこまで酒に強くないため、これほどの度数のアルコールが入った酒は正直なところ少々きつい。
一方のナインテールは御猪口に入った酒を一口で呷る。
自分のペースで酒を飲み続けるナインテールに若干呆れつつ、ちびりちびりと御猪口に口をつける。
「キミは七夕の由来を知ってるかい、キョウ?」
「ああ―――詳しくはしらないな、そういえば。お前は知っているのか、ナイン?」
「知っているけど、長くなるからまたにしようか。僕から話をふっておいてあれだけどねぇ」
「まぁ、また来年にでも聞かせてもらおうか」
「それでもいいかなぁ。どうせ僕達は無限に近い年月を生きないといけないんだしさ。時間はいくらでもあるよ」
「ああ、長い付き合いになるな―――お前とは」
静かに二人は、夜が明けるまで夜空を見上げていた。
《アトリの場合》
「……帰って寝る……」
「あー、そうだな。俺もそうしよう」
《アールマティの場合》
「え? 七夕? いや、興味ないし」
「お前が興味もっていたら逆に怖いな」
「なにそれひどい」
《テンペストの場合》
「……七夕? そんな行事が人間にはあったのか……」
「知らなかったのか? まぁ、俺も由来は詳しく知らないんだが……」
「ふむ。とりあえず街を歩いてみるか」
キョウとテンペストは二人並んで人通りが多い町を歩いて行く。
長身の二人―――特に歩くだけであらゆる年齢性別問わず魅了するテンペストのせいで目立って仕方が無い。
「おお、見るのだ。何やら初めて見かける食べ物が一杯あるぞ」
並んで歩いている以上、そんな居心地悪い視線に晒されるのは当然だが―――テンペストと一緒に行動して長いキョウは随分とそんな視線にもなれてしまった。
竜女王はキョウの苦労も全く気にせずに、並んでいる露店で販売されている商品に眼が釘付けとなっている。
神話の女神様のような容姿のテンペストが、子供のように目をきらきらとさせて露店を回っている姿は微笑ましい。
そんな時彼女に注意していたキョウは、前から歩いてきた長身痩躯の男に肩をぶつけられた。
男にしては長い金髪。キョウにも勝るとも劣らない長身痩躯。中性的な典型的な美男子なのだが、何故か眼を吊り上げて睨んできていた。
「おいおい、兄ちゃん。どこ見て歩いてるんだよ、いってぇなぁ」
顔が良い割にはやけに荒っぽい言葉遣いの青年に、若干驚き素直に頭を下げる。
「眼を逸らして歩いていました。非常に申し訳ない」
「申し訳ないで済んだら自警団はいらねーんだよ、おいこら!! ぶっころすぞてめぇ!!」
怒気を露に胸元を掴みかかってきた金髪の青年に、内心で面倒くさいと思ったキョウは、とりあえず振り払おうと考えたが、それよる早く―――。
ドゴンっと轟音が響く。発生源はキョウに掴みかかってきた金髪の青年。
彼の背後から現れたサングラスをかけた赤髪の野性溢れる別の男性が、おもいっきり金髪の青年の後頭部を殴りつけていたのだ。
ガクっと両膝を地面について意識を失った金髪の青年をヒョイっと肩に担ぎ上げると、赤髪の男はニヤっと男臭い笑みを口元に浮かべた。
「わりぃな、小僧。俺のツレが面倒をかけたみたいで」
カカカっと快活な笑い声をあげて、ひらひらと手を振って人波のなかへと姿を消していく。
どこかで見た顔だなと考えながら―――走り回っているテンペストの後を追っていった。
《操血の場合》
「……言葉もない、ぞ」
口からでた言葉が震えている。
キョウの目の前。川原で夜空を見ようと誘われ、待ち合わせ場所であるこの場所へ来たのだが―――目の前は死体で溢れていた。
頭が。腕が。足が。胴体が。脚が。内臓が。脳漿が。
本来の色合いから川原を真っ赤に染め上げていた。
透き通っている水さえも、赤黒く。
濃厚な血臭。吐き気のする臓物の香り。
地獄という名が相応しい、その川原にて一人の女性が佇んでいる。
これだけ大地が血に塗れているというのに、彼女は一滴も血に汚れていないのが異常であった。
「ようやくきたか。女を待たせるとは良いご身分だな?」
女性はキョウが来たことに気づいたのか、言葉とは裏腹に歓喜で顔を綻ばせて―――片手を振る。
それだけでキョウから女性までの血と死体に満ちていた道が綺麗に一掃された。
「さぁ、空を見ろ、キョウ。此処まで綺麗に星が瞬いているのは久しぶりだ。一緒に見物しようじゃないか」
「……見物するだけなら、殺す必要はなかっただろ?」
「んん? ああ、そうだな。お前の言うとおりだ。確かに殺す必要はなかった。だが―――」
くはっと酷薄な笑みを口元に浮かべ。
「―――殺さない理由もないだろう?」
地面に転がっている死体を踏み潰し、狂った笑顔で彼女は笑う。
両手を広げて、くるりと回転した彼女に姿に、心臓を握られたような圧迫感を受けて、ため息をついた。
本日の《操血》の被害人数。
九百五十二名。辛うじて千名を超えなかったと、後日アールマティから聞かされるのであった。