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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
三部 東大陸編
41/106

四十章  開戦

今回は短いです。

本当にギリギリです、時間。












 フリジーニが仕事部屋に篭ってから早一週間の月日が流れた。

 一日一回あるかないかの頻度で彼女は、家へと魚が死んだような目をしながら戻ってきて食料を腹の中に掻き込むと、すぐさま仕事部屋に戻っていく。

 睡眠も碌に取らずに刀を打つことに全てを捧げる姿は、一種の狂気を連想させるほどに狂気染みていた。


 その間キョウ達はフリジーニの家に滞在していたのだが、この数日ディーティニアは何時も難しい顔をしていることにキョウは気づく。

 本当は港街レールから乗り合い馬車で南へ下った場所にあった村で、死者を倒した時から時折そういった表情を浮かべていたのだが―――そのうち話してくれるだろうと考えて言葉には出さなかった。


 そんなある日の昼下がり。

 珍しくディーティニアが太陽が中天に差し掛かる前にベッドの誘惑を断ち切り、一階へと降りてくる。

 あまりに意外過ぎる事態に、珍しくキョウが口を大きく開けて幽霊でも見たかのように、ディーティニアの姿を視線で追っていた。

 とはいっても、やはり眠いことは眠いのかふらふらとジグザグに歩いている姿を見ると心配になってくるキョウはしばらく見守っていたが―――。


「―――ぎゃぁっ」


 床のでっぱりに足を引っ掛け、床に転がる。

 ころころと転がった挙句にゴンッと音をたてるほどに強くテーブルの脚に頭をぶつけていた。

 予想通り―――いや、予想以上に酷い結果に呆れて手を差し伸べる。


「大丈夫か?」

「う、うむ……問題ないのじゃよ」

 

 ぶつけた頭を両手で押さえ、涙目で見上げてくるディーティニアを引っ張り起こすと傍にあった椅子に座らせる。

 ついでに地面に落ちていた三角帽子を手に取ると無言で彼女の頭の上にかぶせ、隣にある台所へと顔を出す。

 するとそこには、一人の女性。ディーティニアとの身長差が相変わらず凄いと反射的に思わせてしまう高身長のカルラが鼻歌を歌いながら手に持ったフライパンを前後に動かしていた。

 長い黒髪は後ろでポニーティルに。普段の着物から動きやすい服装へと着替えていて、白いエプロンをかけている。

 リズミカルにフライパンで料理をしている様子は、どこか楽しげだ。


「あらあら。どうかしましたか、旦那様? お昼御飯が待ちきれなくなりましたか?」

「いや、ディーテが珍しく起きてきた。三人分に今から変更できるか?」

「ディーテ殿が……それは確かに珍しいですね。大丈夫ですよ、元々ディーテ殿の分も申し訳ないですが作りおきしようと思って準備していましたしね」

「ああ、そうなのか。なら頼む」

「はい、お任せください」


 笑顔を残し、再び料理に専念を始めるカルラ。

 そんな彼女を背にキョウもリビングへと戻ると、ディーテの隣の椅子へと腰を下ろした。

 

 隣の台所から漂ってくる匂いが鼻をくすぐる。肉が焼ける音と香ばしい匂いが胃袋を刺激していく。

 ラグムシュエナが《七剣》の任務で旅立って以来、料理当番は意外にもカルラが引き受けていた。

 何でも鬼人族の里にいた時に花嫁修業で相当やらされていたとのこと。戦闘民族と聞いていたので多少意外だったが、その旨を告げると笑っていた。キョウ達のイメージは間違っていないらしく、一番優先されるのは修練だったらしい。


 この世界の女性は皆料理ができるんだなー、と改めてキョウは再確認した。

 何せ《操血》に拾われてから二十数年は一緒にいたが、一度も料理をするところを見た事がない。外食で済ませるか、獲ってきた獲物は丸焼きにして食べるかのどちらかだ。七つの人災の影使い(シャドウ)も、簡易食品で食事は済ませ、アナザーにいた頃は知り合いが料理をしている姿を見たことがない。


「はいはい、お二人とも出来上がりましたよ」


 思考を遮るようにカルラが手に大きな皿を持ってリビングへやって来た。

 テーブルの上に皿を置くと、ぶわっと濃厚な香りが部屋中に広がっていく。

 皿の上にのっているのは、肉と野菜を絡めたパスタのようで、三人分をまとめて盛り合わせているのか随分と大量に自分達の存在をアピールしている。

 いや、三人分にしても尋常ではない量だ。

 

「……ちょっと多くないか?」

「そうですね……《七剣》殿のことを考えて作っていましたので、ついつい彼女を基本にした量にしてしまったかもしれません。いえ、お恥ずかしい」

「ああ。あいつならこれくらい余裕でいけそうだな」


 自分の失敗を恥じているのか、頬を指で二、三度かいたカルラは台所へと戻り三人分の皿とフォ-クを持ってきて各人の前に並べた。

 御飯の準備もできたわけわけで、三人はそれぞれ好き勝手に大量にあるパスタを自分の持つ皿に小分けにして食べ始める。

 そんな折、ディーティニアがパスタを啜りながらキョウへと視線を向けてきた。


「―――のぅ、キョウよ。この前の村で死者を操っていた黒幕の正体じゃが」

「ん、ああ。いきなり何かと思えばそのことか。何か心当たりでもあるのか?」

「まぁ、十中八九間違いないじゃろうが、不死王種のどいつかだとは思う」

「あらあら。東の辺境に引き篭もっているという噂のですか?」

「うむ。四十年ほど前に随分と暴れておったノインテーターを追い払ったことがあったからのぅ。あのねちっこそうな男がその時の恨みを忘れているとは思えんのじゃ」

「では、この前の死者を操っていたというのはノインテーターじゃないのか?」

「うーむ。基本あやつは前面には出てこない奴じゃったからなぁ。いきなり顔を見せにくるとは考え難い。恐らくはやつの部下か、協力者にワシの動向でも探らせておったのじゃろう」


 話ながら食べていたためか、三人が考えていたよりも食がすすみ消費できるとは思えなかった大量のパスタは彼らの胃袋へと消えていっていた。

 味が良かったのもあるが、なんとか皿から強敵を駆逐した三人は膨らんだ腹をさする。


「それでは後片付けをしてきますね」


 使用した皿を重ねて台所へと戻っていくカルラを見送り。


「で、今まで黙っていたのは何か理由があるのか?」

「大した理由はないが、間違いなくあやつはワシを狙ってくるはずじゃ。出来ればやりあいたくない相手でのぅ」

「ほー。お前に戦いたくないとまで言わせる相手なのか」


 ディーティニアの発言に、キョウの言葉に驚きが乗る。

 彼の目の前にいる小さな魔女の戦闘力は、理解しているつもりだ。

 身体能力は低めとはいえ―――それでも十分にそこらの危険生物を相手取ることは可能なレベルなのだが―――それを補って余りある超絶的な魔法力。マナを取り込むどころか、喰らう域に達した魔法使い。

 世界最高。第一級危険生物とも渡り合える唯一のエルフ。

 

 そんな彼女が戦いたくないとまで言わしめる敵。


「なんというか……戦ってみればわかるぞ? ワシはあやつと戦った後は疲労感しかなかったしのぅ。ワシはともかく、お主は相性が最悪の相手ともいえる。何せあの時は十万近い死者の群れとやりあう羽目になったんじゃよ……セルヴァよりもお主にとっては厄介な敵とも言える」

「……十、万? 冗談……というわけではないよな?」

「うむ……四十年前は、王位魔法を何度使ったか……。戦いが終わった後しばらく寝込むことになったのは懐かしい思い出じゃな」

「それは確かに厄介だな……十万。十万か……昔は結構外界(アナザー)でそれくらいの数とは戦ってたが、数年ぶりになるな。そこまでの戦力差があるのは」

「……ワシとしては、そんな馬鹿げた経験があるお主がどうかと思うぞ? 一体外で何をやらかしてきたんじゃ、お主」

「まぁ、そのうち教えてやる」 

  

 半眼で睨んでくるディーティニアを、適当に流しつつカルラが自然と差し出してきたお茶を受け取り啜る。

 東大陸特有の茶葉を使用したもので、独特の苦味が口の中に広がっていく。

 外の世界にいた頃に時々飲んでいたお茶と似通った味わいに、懐かしい気持ちを抱きながら、一気に飲み干した。


「お代わりはどうされますか?」

「いや、大丈夫だ。有難う」

「はい。お気になさらずに」


 甲斐甲斐しく働くカルラが、再度台所へと戻っていく。

 残された二人は椅子に背をもたれ掛けさせ食後の休憩をしていたが、数分も休んでいただろうか……ディーティニアが、傍に置いてあった本を手に取る。

 フリジーニが集めていた本で興味を惹かれるものを見つけたのか、彼女は最近読書で時間を潰すことが多かった。

 どんな内容なのか気になって覗いてみたところ、必死になって中身を隠しながら逃げられたため、それ以来そっとしていることにしていた。  

 本当はキョウも多少は気になっているのだが。

 あのディーティニアが読むのだから相当に高尚なものなのだろうと予想をしていた。


「それでは、俺は少し出かけてくるが、構わないか?」

「うむ。ワシは読書に励んでおこう。迷子になるでないぞ」

「あ、旦那様はお出かけになられるので? でしたら私もご一緒させていただきます」


 水で濡れた手をエプロンで拭き取りながら、二階へパタパタとスリッパの音を残してカルラが駆け上がっていく。  

 間もなくして降りてきた彼女はこの僅かな時間でどうやって着替えたのだろうか、若草色の着物に着替えていた。

 着付けの苦労をしっているキョウにとっては、驚きに値する凄まじい早業だ。


「お待たせしました。それでは参りましょうか」


 ディーティニアを家に残し、キョウとカルラは連れ立って大通りの方角へと足を進めた。

 フリジーニの家は南東の壁付近に建てられている。そこから大通りへ抜けるには、何度も枝分かれしている裏通りを抜ける必要があり、中々に苦労する場所である。

 そこから大通りへ初めて行こうとした時は迷いに迷って、一時間近くこの近辺をうろつき回っていたのは懐かしい思い出となっていた。


 ここ数日何度も大通りへと買い物に行っていたので、既にそこまでの道は完璧に等しくなった二人は、今度も迷うことなく辿り着く。

 多少早めの昼食だったためか、他の住人にとっては現在が昼食の時間帯となっている。

 太陽も丁度中天。ジリジリと暖かい陽射しが街に降り注いでいた。


 その暑さに負けじと、大通りの左右に見られる露店商は声を張り上げながら客の獲得に務めているところのようだ。

 肉系。魚系。野菜系。パスタ系。パン系。米系。果物系。等々、様々な料理が販売されている。中にはキョウも見たことがない得たいの知れないものもあって、少しだけ興味を惹かれたが昼食を食べたばかり。

 そこまで大食というわけでもないキョウの腹はこれ以上の侵入を拒絶している。


「あー。そういえば何か買いたい物があるのか?」

「はい。本日の晩御飯の食材を少々。何か食べたいものはございますか?」

「そうだな……ああ、魚だ。久々に海のものが食べたいかもしれん」

「あらあら。それもそうですね。最近は肉類の比率が多かったですから。魚も宜しいですね」 

「そういえば鬼人族は山暮らしのようだが、魚は食べられるのか?」

「はい、問題なく。鬼人族が住む山にも川くらいはありますし、よく川魚を釣って食べていましたので」

「ああ、それは美味そうだな。俺も山暮らしをしていた時はよく手で掴み取りしていた」


 ふ、とキョウの表情に影が差す。

 《操血》と一緒にいた時、エレクシル教国の追っ手から逃れるために山に逃げ込んだこともあった。

 その時は、火を起こしては煙でばれてしまうということもあり、よく生で食べた経験もある。腹を壊したことも数知れず。今となっては楽しい思い出―――な、わけもない。

 やはりあの女だけは二度と関わり合いになりたくない、と心から願った。

  

 大通りを歩いて北へ向かう二人ではあったが、キョウとカルラが並んで歩いていると周囲の人間から異常なほどに注目を集める。

 それに居心地を悪く感じるも、まさか一緒に買い物に来たのに離れて歩くわけにもいかない。

 特に悪意や害意は感じられないため、背中をむず痒くさせながらも歩く速度は落とさない。


 何故ここまで二人が注目されるのか。考えればそれは非常に簡単な理由だ。

 まず、カルラが鬼人族というのが大きな理由と言えた。鬼人族は滅多に里から出ない一族ということもあり、それだけで注目を集める。人口が多いプラダでも鬼人族はカルラだけだ。もっとも、旅に出ている殆どの鬼人族は顔を隠すフードをかぶっているため、それで正体を隠している者が大多数である。ここまで堂々と自分の正体を露にしているのは彼女くらいだろう。

  

 そんな鬼人族と並んで歩けば注目されるのも当然。

 特にキョウは百八十を超える長身、カルラもまた彼より低いとはいえ百七十を余裕で超える。人混みでもそんな長身が二人揃えば目を惹く。

 さらには、二人ともが着物と呼ばれる珍しい服装だ。


 これだけ揃えば目立つなと言う方が無茶な話となる。

 注目されることに慣れているのか、カルラはスイスイと人混みを抜けていく。

 キョウに遅れを取らない体捌き。歩くのにも苦労する大通りを、キョウの横から遅れることなくニコニコと笑顔で歩いて行く。その動きを横目で見ながら、たいしたものだと内心で彼女に称賛を送る。

 身体能力だけに頼らない、彼女の動きは確かな技術に裏づけされたものだ。


 見ていたキョウに気づいたのか、カルラは視線を交錯させるとニコリっと笑みを浮かべる。

 そこで、何かを思い出し―――あっ、と小さく声をあげた。 


「旦那様。申し訳ありませんが少々寄り道してもよろしいですか?」

「別に構わないが……何処によるんだ?」

「探求者組合で更新手続きを取らないといけないのを忘れていました」

「更新、手続き?」


 初めて聞いた言葉に、キョウが思わず聞き返す。

 隣を歩く剣士の反応に訝しんだカルラだったが―――彼がまだ幻想大陸へ来て間もないことを思い出して得心を得たという様子で説明を始める。


「探求者は危険な職業ということはご存知ですよね? 誰もが旦那様や私みたいに危険生物と戦えるというわけでありませんし。そのためかなりの死亡率なんですよ。探求者組合としても所属している探求者は把握しておきたいということもあります。組合から依頼を出そうと思っていた相手が死んでいた、では話になりませんしね」

「ああ、まぁ。それは確かに」

「そういったことを防ぐために探求者には一年に一回。必ずどこかの探求者組合で更新手続きを取る義務があります。もししなかった場合はまた第十級からやり直しになるか、罰金を支払うかのペナルティを受けるので注意したほうがいいかと。このあたりの説明は最初にされたとは思うのですが……?」

「……ん、あー、そうだな。忘れてたようだ、すまん」


 なんとか適当な理由を口に出して誤魔化す。

 勿論、キョウは詳しい説明を受けていないので、これは初耳だ。

 まさか裏から手を回してもらって第七級探求者になったとは口が裂けてもいえない。 


「そうですね。結構忘れる方もいるみたいですよ? 毎年何人かは必ずいるとか。旦那様もご注意をされた方がいいかと」


 視線を逸らしたキョウの反応から、何か知られたくないことがあると察したカルラが、クスクスと笑ってそれ以上話に突っ込むことはなかった。


 二人は中央の四方に別れている中央通りまで来ると、そこから西へと向かう。

 西側に行くにつれて徐々に通行人の数が減っていく。それに比例するように、露店の数も少なくなっていき―――住民とは違った風体の人間、亜人を多く見かけるようになった。

 探求者らしき者達はそれなりの腕前の者ばかりのようだが、あくまでそれなり。

 キョウを驚かせるには至らない。カルラからして見ても食指が動くことはない程度の相手だ。


 西の方角へと向かう二人だったが、やがて前方に一際大きな建物が姿を現す。

 周囲にある家よりも数倍―――いや、十倍以上もある大きさだ。

 どことなく、工業都市ネールで見た探求者組合を思い出させる外観である。

 北大陸からこちらへ移動するまで何箇所か組合は見つけたものの、ここまで巨大な所は見当たらなかった。 


「それでは参りましょうか、旦那様」

「ん、ああ。ついでに俺も手軽に受けることが出来る依頼でも探してみるか」

「いいですね。ただ待っているだけでは退屈ですし」


 建物の巨大さの割には可愛らしい扉を押し開けて二人が中に入ると前方には二階へあがる階段を見つけ、それの横手に広がる待合室。壁にかけられた依頼板。そこに張られた多くの依頼書。その前で自分に相応しい依頼を探している探求者達。

 待合室を半分にわけて木の長机が幾つも置かれていて、そこの奥側に組合の職員が座りながら、探求者達の相手をしている。


 カルラもそんな探求者と同じくカウンターへと足を進め、キョウは依頼書を適当に見繕おうとしたその時。


 バンっと激しい音をたてて扉が開かれる。

 転がるように入って来たのは一人の若い男。

 土や泥で汚れきった服を着て、顔は青白く痩せこけ―――だが、ぎらぎらと瞳だけは憎悪に塗れ。


「皆、聞いてくれ!! やつが、あいつが来る!! 不死王、ノインテーターが!! あの糞野郎が、この街にやって来る!!」


 底知れない悪意と憎悪と怨恨を乗せて、その男は破滅を告げる咆哮をあげた。 
















ラグムシュエナは残念ながら完全に逝っています。でも出番はありますよ(幻想大陸2 この時代から数百年後の世界 転生体)で、ですが。



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