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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
三部 東大陸編
39/106

三十八章 ラグムシュエナ2






 港町ファイル。

 東大陸の西に位置する中央大陸との玄関口である。

 都市プラダよりもやや南西に位置し、人口はプラダよりやや超えている。

 それも当然で、理由としては北大陸との玄関口であるレールと似たような理由だ。

 中央大陸との貿易は全てこの街を通して行われるために人も物も集まる仕組みになっている。本来なら港町一箇所で他大陸全てとの貿易をしたほうが効率的なのだが、海流の関係でそう上手くはいかない。

 そのため仕方なしにレールとファイルの二箇所に別れて貿易を行っているのだ。


 この港街ファイルは四十年前に不死王ノインテーターに攻められた事もあるので、街を全体を覆う石壁は数メートルもの高さと、並大抵の危険生物では突破できない分厚さを誇り、強固な鉄壁の街としても知られている。

 しかも西側と南側は海で海獣種(・・・)でもなければ侵入は不可能。北側にも門があるのだが、そちらは地下を通る非常用にしか使われない、街から離れた場所に繋がる緊急通路となっていた。

 基本的に東の門しか普段は使用されない。そのため警備兵達も東を重点的に警戒するので少ない人数でも問題な任務に励むことが出来る。


 そのファイルの街を歩く一人の少女の姿がある。

 真紅の髪とそれを束ねる蒼いリボン。狐耳と尻尾が太陽の光を反射して金色に輝くのが特徴の《七剣》ラグムシュエナだ。


 馬を走らせることプラダから三日。

 なんとか期日までにファイルに到着出来た彼女は、クンクンと自分の胸元の匂いを嗅ぐ。

 急いできたため風呂や汗を拭くことも出来ずに、三日三晩。気になる相手が出来た身としては、自分の匂いが多少気になるお年頃だ。例えその相手が遠く離れていたとしても、やはり気になるものは気になる。


 予定によればアルストロメリア率いるエレクシル騎士団千名が船で着くまで一日近くはかかるとのこと。

 ならば先に汗を洗い流すのもありかなと考えていたが、お風呂の誘惑を首を振って逃れる。

 

 《七剣》として任務にあたっている以上、先にこの街の警備責任者に挨拶をせねばならない。

 街の中央にある警備隊の詰め所に向かうと、入り口で若い警備兵に止められたが《七剣》の紋章を見せると青い顔をして敬礼をされた。これは毎度のことなのでラグムシュエナも慣れきってしまい、苦笑いと気にしなくて良いという声をかけて詰め所の内部に入っていった。

 

 詰め所の中で彼女を迎えてくれたのは、一人の中年の亜人。

 人狼族の男性で、バルバトスという名の騎士に出迎えられた。

 神聖エレクシル帝国からの出向騎士であり、彼がこの港町ファイルの警備隊長を務めているらしい。ラグムシュエナの顔は見知っていたようで、入り口であった押し問答をせずとも助かったことに胸を撫で下ろした。

 いちいち説明するのが非常に面倒くさいと毎回思っていたからだ。


 その後詰め所内にいる警備兵をバルバトスが集めて、皆の前でラグムシュエナの紹介をされた。

 彼女が《七剣》だと知ると、歳若い若者達は尊敬と羨望の眼差しを向けてくる。幻想大陸にその名を轟かす七人は、戦う者にとっては憧れる存在でもあるからだ。


 手短な挨拶の後、集まっていた警備兵達は自分たちの仕事場へと戻っていく。

 若い兵の幾人かがラグムシュエナと話をしたそうにしていたが、年配の兵士達に小突かれて泣く泣く去っていくのが印象的であった。


「それでは街の案内をさせていただきましょうか?」

「軽くで構わないのでお願いできるか?」


 親と娘ほどの年齢の差がありながら丁寧な言葉を使うバルバトス。

 そして、それを当然のように受け入れる《七剣》モードのラグムシュエナ。

 普段通りの快活な姿は見られず、表情は引き締まり冷たい雰囲気を発している。

 彼女としては普段通りの対応をしたいのだが、一応は《七剣》。彼女の失敗は彼女だけではなく、他の《七剣》にまで迷惑をかけることになる。それ故に、公共の場合は気を引き締めて相手をするわけだ。


 詰め所から外に出るとき、中庭らしき広い場所で先程集まっていた警備兵達の何人かが槍を打ち合わせていた。

 槍の切っ先は流石に真剣というわけではなく、鍛錬ように人を傷つけないために丸めてある。それを使用して、互いに全力で戦っているようだが―――ラグムシュエナはそれに多少の違和感を持った。


 ―――真剣にやりすぎてるっすねぇ。うちがいるから? いや、それにしては鬼気迫るモノを感じるっす。


 中庭にいた警備兵が、ラグムシュエナの姿に気づき敬礼をする。

 それに手で合図をしてバルバトスとともに詰め所から街へと出て、彼の先導で街の中を歩き始めた。


「流石に《七剣》殿は鋭いですね。彼らの様子に気がつきましたか?」

「……ええ。とはいっても、何かがおかしいとしか気がつかなかったが」

「ここ数日嫌な報告が入ってきています。何でも東の辺境の村から定期連絡がなくなったそうです。様子を見に行った者達によると、村から生物全て(・・・・)がいなくなっていたそうです」


「……そんな事件が?」

「はい。異常な事件が続いておりまして、警備兵の間でも緊張が続いております。中には緊張が続くあまり寝込んでしまう者もいるくらいです。何せ、東の辺境といえば、あの化け物(・・・・・)を思い出させますので。それはそうと、《七剣》殿はそのことを知らないとは少々意外でした。てっきりその件でこの街にこられたのだと」

「いや、第一席からこの街で待てとしか―――」


 言葉を途中で止めたラグムシュエナが何かを考えるように口元を右手で隠しながら視線を地面に向ける。

 都市プラダで《七剣》の任務を伝えられたがために、ここにきたが―――良く考えればそれはおかしい。

 フリジーニの家に訪れた若い騎士。彼は間違いなく神聖エレクシル帝国の者には間違いないが……アルストロメリアの命令が口頭だけ(・・・・)というのが有り得ない。

 彼女は仕事に完璧を求める。そのために任務の間違いが起きないように、口頭と文書(・・)で必ず任務を伝えてくる。それが今回に限って騎士による連絡だけ。

 

 ―――また、()からの嫌がらせっすかねぇ


 心当たりに思い至ったラグムシュエナが、仕方なしという調子でため息をつく。

 

「何か?」

「いや、何でもない。足を止めてすまない。案内の続きを頼めるかな?」

「はい、では東門からご案内いたしましょう」

 

 気づかったバルバトスに、まさか考えていたことを話すわけにもいかず、そのまま東門へと足を向けた。

 一度通りは多く、住人意外にも旅人が結構な人数見受けられた。今は中央大陸との船が到着していないのと、中央大陸へと向けて船が出航しているせいか、本来のファイルの人口よりかなり減っていることを途中でバルバトスから聞かされた。


 この人通りで減っているのか、と内心で感嘆しながら東門まで到着。

 巨大な正門の前には門番が数人。街を覆っている石壁の上では警備をしている兵士が幾人か見つけることが出来た。

 ラグムシュエナが確認できたところ警備兵の人数は数十人。これだけ大きな街を警備するには少ないかもしれないが、それも仕方ない。兵士というのは間違いなく金食い虫だ。戦争をしている間は仕事があるが、戦争が終わってしまえば戦うべき相手はいなくなる。中央大陸はまだ魔族との戦争が激しいので仕方ないとはいえ、東大陸の最後の戦争は四十年前の不死王種だ。それから危険生物との小競り合いは多々あれど、これほど大きな街に直接牙を剥いてくる敵はいなかった。

 四十年の間で一度も戦に巻き込まれなかったら、自然と常備兵の数が減っていくのも道理だろう。

 兵士の数を増やせば増やすほど、街にかかる負担は大きくなるのだから。


 ふと気づけば夕陽が街を赤く染め上げていた。

 もう、そんな時間帯になったのかと周囲を見渡すラグムシュエナの鼻がクンっと音を鳴らす。

 なんだ、これは。なんなんだ、この異臭は。おぞましいや、汚らわしいというレベルを遥かに超えた腐臭。胃の中のものを吐き出したくなる衝動を受けながら、駆け出した。


「あ、あの。どうかされました―――」


 バルバトスの声が背後からかけられる。

 だが、そんなものに構っている暇はない。

 身体全身に感じる悪寒。ああ、これは知っている。内心で愚痴りながら、頬が引き攣った。


 門の外。まだ遥か遠方だが―――それこそ地平線の彼方まで何か(・・)で埋め尽くされていく。

 注視して見てもよくわからない。いや、違う。脳が理解したくないだけだ。

 大地を埋め尽くす黒い群れ。一万や二万では到底及ばない、死者の大軍勢。

 それらが、ゆっくりと此方に向かって腐臭を漂わせて進行しているのだ。 


「―――見張りの警備兵!! 鐘を鳴らせ!! ぼさっとするな!! 門を閉めろ!!」


 美声が轟く。ラグムシュエナの切羽詰った悲鳴にも似たそれで、ようやく止まっていた時間が動き出す。

 周囲を通りがかっていた通行人や、隣にいたバルバトスが何事かと訝しむも、壁の上にて警備に当たっていた兵の誰かが緊急事態を告げる鐘を鳴らす。

 その鐘が響くのは四十年間で初めてのことで―――街の住人達は何事かと足をその場で止めるだけだった。


 ラグムシュエナの命令で即座に正門は閉められ、最悪の事態は免れたものの、現在の状況を理解している者は彼女含めてまだ誰もいない。

 ラグムシュエナは階段を駆け上り石壁の上の見張り台から眼下の景色を見下ろした。

 遥か彼方だった死者の軍勢は少しずつではあるが、街へと近づいてきている。

 見渡す限りが人間。エルフ。ドワーフ。猫耳族。人狼族。狐耳族。低級の危険生物―――誰もが絶望に襲われるに値する数の群れだった。上から見下ろして漸くわかるのは、一万や二万どころではない。今見渡すだけでも十万を軽く超え、さらにぞくぞくと地平線の彼方から数を増やしていく。

 

 絶望を体現した死者の群れ。

 石壁の上にのぼって来ていたバルバトスがそれを見て茫然と―――。


「……不死王、ノイン、テーター?」 


 彼は四十年前の地獄の経験者だった。

 だからこそこの死者の軍勢を見て、気づいてしまう。

 この死者の王は、間違いなく不死王ノインテーターだと。


「―――門が破られないように、何かバリケードになるものを置け!! 一分一秒が生死をわけるぞ!!」


 誰もが茫然とする中で、指揮をとばすのは最も歳若いラグムシュエナだった。

 彼女の声に、兵士達は慌てて行動を開始する。

 これだけの死者の軍勢を前にして取り乱さない《七剣》の姿に、この場にいた者達は僅かに希望の光を見た。  

 自分だけは冷静さを失ってはいけないと心の中で必死に己を鼓舞しながら、頭の中で思考を繰り返す。

 

 バルバトスの推測は、間違いない。これだけの死者を支配下に置けるのは第二級危険生物の不死王種くらいだ。ましてや東の辺境が発生源ならば疑いようのない話となる。

 

 彼女が取れる手段は現在の所二つだけ。

 一つ目はこの街に篭城して援軍を待つこと。だが、この状況で援軍に来てくれるところは東大陸には絶対にない。救いがあるとすれば、中央大陸からアルストロメリア率いる一団が後一日程度で到着するということだ。ただ、正確な時間はわからない。風によって時間はかなり前後する。早く来てくれればいいが、もしかしたら一日以上かかるかもしれない。アルストロメリア達が来たからといって、これだけの死者の軍勢と戦えるかどうかも不明だ。それでも、少なくとも今の状況よりは間違いなく良い方に転がるだろう。ただ、この街の兵士の数で一日持つかどうかが、一番の不安要素だ。


 二つ目は北の門から住民を逃がすこと。幸いにも北門からの避難通路へ続く道は、数十メートルの崖を挟み東からは回り込めなくなっている。そして、通路が北に向かっているのならば死者の軍勢がいない場所に繋がっていると予想が出来る。ラグムシュエナと警備兵で住民が逃げ延びるまで時間を稼ぐ。ただし、住民はかなりの人数だ。皆が逃げ切るまでどれだけの時間がかかるかわからない。北へ逃げる最中に他の危険生物に襲われるかもしれない。こちらも多くの不安要素を抱えている。


 ガリっと親指の爪を意識せずに噛む。

 現在のこの状況での最高責任者はラグムシュエナに当たる。

 全ては彼女の肩にかかっているのだ。どちらを選択するにしても、多大な被害が―――下手をしたら全滅という最悪の事態が巻き起こされる。万の人の命を背負わなければならない。


 腐臭がさらに強くなっていく。

 鐘の音と風に乗って匂ってくる腐臭によって、住人達も異常な事態が起きているのだと漸く気づくものが現れ。


「―――《七剣》様!!」


 西の通りから慌てて走り寄ってくる一人の警備兵。

 思考を邪魔され、なんだと怒鳴り返したくなる気持ちを必死で押さえつけ、その警備兵に視線を向けた。


「どうかした?」

「西から!! 海から!! 危険生物が!! 恐らくは、ギガントタートルが数体!!」

「―――くそっ」


 クシャクシャと髪をかきむしる。

 西からの敵はいないと考えていた自分の考えの甘さに頭が痛くなった。

 相手は死者の王。海獣種だろうが、死んでいる生物なら配下に加えることは容易い。

 

 誰かを西の防衛に当たらせるか……と、考えたが首を振る。

 敵はギガントタートル。幾ら海中でないとはいえ、生半可な腕では太刀打ちも出来ない。

 ならば、自分がいくしかないではないか。しかし、ここで自分がいなくなったら指示は誰が出すのか。

 

「《七剣》ラグムシュエナ殿。ここは私にお任せください。貴女は西をお願いいたします」


 バルバトスが、街の外に広がっている死者の軍勢を見下ろしながら冷静にそんな発言をした。

 いや、冷静であるはずがない。四十年前の地獄を経験し、今まさにまたその地獄を目の前にして、逃げ出したくなる気持ちを必死で抑え、それでも気丈に言い放ったのだ。

 

「すぐ、片付けて戻る。下手に攻撃は加えなくても良い。防衛に全力を尽すように―――それと、探求者にも強制徴集をかけて。《七剣》ラグムシュエナの名において、命じる!!」

「はっ!!」


 最低限のことを言い残し、彼女の肉体がその場から爆ぜた。

 石壁から傍にあった家の屋根に飛び移り、そのまま屋根伝いにファイルの街を一直線に駆け抜ける。

 彼女の足が屋根を蹴るたびに、屋根にめり込んだ小さな足跡が作られていた。


 ひたすらに西を目指したラグムシュエナの視界に、広大な海が映る。

 普段だったら綺麗だと見惚れるのだろうが、今はそんな余裕は一切無い。

 港に近い家の屋根で一端立ち止まると、眼下では生気の無い眼をした、身体の至るところを腐らせたギガントタートルが五体。それらを相手に、必死になって抵抗している警備兵の姿があった。

 詰め所で見かけた顔ばかりで、あそこから駆けつけてきたのだろう。両手に持った槍で、街にこれ以上入れさせまいと戦い続ける彼らには頭が下がった。


「―――始祖返り(メタモルフォーゼ)!!」


 左目の眼帯を外し、特異能力(アビリティ)を発動。

 周囲のマナを取り込み、全身に巡らせる。全身の毛が金色に染め上げられ、圧倒的な身体能力が解放される。

 かつて港町レールの時に感じた悪寒と激痛は今度は感じることはなく、内心で安堵のため息をついた。


 屋根の上で両脚に込めていた力を解放。

 足が踏んでいた屋根が爆散。その勢いをそのままに、ラグムシュエナの身体がギガントタートルの一体へと躍りかかる。

 腰から抜いた剣を一閃。首を跳ね飛ばし、地面に降り立つ。地面を削りながら止まった彼女の前で―――首を失いながらも歩みを止めない巨体。

 

「―――舐めるなよ、雑魚どもが!! 《七剣》ラグムシュエナの前に立ったのが不幸と思え!!」


 右手に剣を。

 左手に緑に輝く魔法を。


 幻想大陸に名前を轟かせる《七剣》の狐耳族が、狂暴な笑みを浮かべて咆哮をあげた。

 


 






















 都市ファイルの外を埋め尽くす死者の軍勢。

 その中心にはぽっかりと穴が空いており、そこだけは死者が寄り付こうとしていない。

 そこの中心には一人の男がファイルの方角へ身体を向けながら佇んでいる。

 総勢百万を超える死者の王。不死王―――ノインテーター。

 

 彼の顔には何の表情も浮かんでいない。

 人を死者にすることに喜びも後悔も苦しみも何もない。

 淡々と作業のように繰り返す。全ては獄炎の魔女を殺さんがために。


 彼の現在の目的は西の港街ファイル。

 かつて壊滅させたことがある街だとおぼろげながら覚えていた。

 たかが四十年ほどでここまで復興したことに多少の称賛を感じるが、再び自分の手で崩壊することになるのだから皮肉な話だ。


 獄炎の魔女と決着をつけるために、逃げ出されたくはない。

 そのためまずは他大陸へ渡る手段を潰すためにもこの街を狙ったというわけだ。

 この街の次は北の港街レール。そしてようやく獄炎の魔女との決着をつけることが出来る。


「……ノイン、報告がある」


 どの死者も踏み入ってこないぽっかりとあいた穴に一人の女性が突如として姿を現した。

 黒いローブ姿の人物は、ノインテーターのもとまで歩いてくると、頭からフードを外す。露になったのは長い赤毛に、青い瞳。街で幾らでも見かける平凡な姿の女性だった。


「どうした、ストリゴイ? お前には獄炎の魔女について調べるように命じたが?」

「……ああ、所在はわかったよ。ここから北東にいったところにある街。プラダってところに今奴は滞在している」 

「ああ、よくやったな。引き続き、奴の監視はお前に頼む」

「……」


 第二級危険生物。不死王種の一体。

 《絶叫する者》ストリゴイ。

 獄炎の魔女を倒すというノインテーターに賛同した不死王種だ。


 そんな彼女は、ノインテーターに言葉を返すこともなく沈黙を保つ。

 その姿に彼も珍しく眉を顰めたが、次の彼女の発言に驚きを隠せなかった。


「私はここで手を引かせてもらう。これだけの戦力があるんだ。後はお前だけでも十分だろう?」

「……良かろう。もとより獄炎の魔女は俺が倒すつもりだった。お前は戦力に勘定していないしな。好きにするといい」

「ああ。頑張れよ。お前が大願を叶えれるように祈っておいてやる」


 そもそもノインテーターとストリゴイは同格。

 あくまで善意の協力者であるストリゴイが、協力を辞めると言っても止めることはできない。

 彼女もまた死者の女王。ストリゴイが歩けば死者の軍勢も真っ二つに割れていく。

 もはや彼女に微塵の興味もなくなったノインテーターは、港街ファイルをどう落とすかだけを考えている彼の背中に少しだけ視線を送り。


「……お前は負けるよ、ノイン。私はお前の()に勝る()の化け物を見た」


 どこか寂しそうに語り去っていくストリゴイ。

 一方のノインテーターはファイルの巨大で分厚い石壁を眺めながら策を練る。

 自分の手で破壊するか、それとも巨人種を出すか。竜種で上空から攻め滅ぼすか。

 いや、そこまでしなくても自ずと目の前の街は崩壊していくだろう。そのために西側から貴重な海獣種を突入させたのだ。死体となったギガントタートルといえど、それが背負う甲羅は頑強。しかも、死体となった彼らならば首が飛ぼうが、四肢を斬りおとされようが突撃を止めはしない。

 後はギガントタートルが街の正門を壊すまで待っていれば、正攻法で攻めて余計に死者を減らさずとも蹂躙できる。

 

 その時―――。


「……な、に? ギガントタートルが、全滅だと?」


 僅かに驚いたノインテーターが、魔力の流れを確認。

 街の中で暴れまわっていた反応が確かに五つ消えていた。

 あれほどの危険生物を打破できる腕前の者が街内部にいることに、どうしたものかと臍を噛む。

 とにかく、ギガントタートルが滅ぼされた以上、内部から門を開けることはできなくなった。

 ならば多少の被害も覚悟して真正面から突き破るかと考え、死者の軍勢の移動を開始する。それにここで減った分は、この街の人間で十分に補充は可能だろうという計算も彼の中ではできていた。


 死者の群れの力では、正門や壁を破壊することは出来ない。

 だが、塵も積もれば山となる。それに加え死者の大群は門を破るための巨人種を移動させる良い隠れ蓑にもなっていた。 

 その時、石壁の上から矢を放ち続けていた兵士の手が一瞬止まる。

 

「さすが《七剣》様だ!!」

「ああ、ギガントタートル五体を瞬殺だったってよ、すげぇ!!」


 ノインテーターの優れた聴覚がそんな言葉を拾った。

 噂には聞いていたが、ギガントタートル五体を屠れるのならば、その腕に偽りはない。

 そしてノインテーターは気づく。


 ―――それが(・・・)お前達の心の支えか。

 

 くっと口元を歪ませた彼は、ファイルへと向けて歩み始めた。

 死者の軍勢が彼の行く手を阻むまいと左右に散っていく。

 その姿は、まさしく死者の王。この光景を見ている者に、そう感じさせるほどには十分なもので。


 ファイルからはっきりと姿まで確認できる距離となったところで彼は足を止めた。

 そして、ノインテーターはせせら笑う。


「俺の名はノインテーター。貴様らが不死王と呼ぶ存在だ。四十年前のことを覚えている者もいるだろう。そのことを頭に置いて俺の話を聞いてもらおう」


 さして大きくもない声が、空気を伝わってファイルの中まで伝わってくる。

 ノインテーターの名前を聞き、明らかに恐怖の感情が強くなっていった。

 

 ―――お前ら人間は生き汚い。死を恐れる貴様らなど容易く操れるぞ。


「俺の目的はここではない。下手に死者()を減らしたくはないしな。そこでお前達に選択肢をくれてやる」


 くはっとおぞましい笑みを口元に浮かべ。


「《七剣》を差し出せ。そうすれば俺はこの街に手を出さないと約束してやる」


 悪魔は、人の心を惑わす残酷な選択肢を与えた。
















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