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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
二部 北大陸編
30/106

二十九章 後日談







 超越種との死闘から気がつけば五日の日数が流れていた。

 ラグムシュエナが苦手とする回復魔法を必死にかけ続け、近くの街にキョウとディーティニアを担ぎ込み、看病すること三日目に二人は無事目を覚ました。それから二日経った今でも二人はまだ碌に身体を動かすことはできていない。

 第一級危険生物を二体ほぼ連戦ともいえる形で相手取ったのだ。それも仕方なしと考えている。いや、命があるほうがどうかしているのだが―――キョウ達の奮闘に感謝しつつも、ラグムシュエナは狐耳を動かしながら目の前の机に置かれている書類と睨めっこをしている最中であった。


 彼女が今いる場所は都市メルキド。

 工業都市ネールよりも随分と西にいった所にある街だ。

 セルヴァ達と戦った所よりも半日ほど離れているが、あの場所から一番近い街でもある。本来ならばあの場所で治療にあたりたかったのだが、セルヴァ達のせいで完全に街は壊滅してしまっており最後の手段で、最低限の処置をしてこの街まで意識のない二人を引っ張ってきたのだ。

 

 全く役にたっていなかったアルフレッドとラグムシュエナの二人のおかげでなんとか命を拾えたのだから、アルフレッド達は最後に最高の仕事をしたともいえるかもしれない。


 さて、何故ラグムシュエナが書類と睨めっこをしているのかというと、簡潔に言ってしまえば《七剣》の本部に提出する書類にどうやって報告を纏めればいいのか悩んでいる真っ最中である。

 普段だったならば起こった出来事をそのまま書けばいいのだが、今回ばかりは書くのを躊躇われた。

 何せ、陸獣王セルヴァと竜女王テンペスト・テンペシアの襲来。挙句の果てには、悪竜王イグニードの登場。

 頭がおかしくなったのか、という有り難いお言葉が返ってくるのは想像に容易い。


 しかも、セルヴァに至っては一対一での撃破。

 到底書類で送ったとしても信じてもらえるかどうか―――いや、恐らくは信じてもらえないだろう。それほどに第一級危険生物の壁は厚いのだ。

 それにもしもセルヴァの件を報告して、超越存在が軽く見られるかもしれない。たった一人の人間に倒される危険生物程度(・・)だったのだと。所詮は伝説―――自分達は眼に見えない小さな恐怖に脅えていたのだと。

 きっとそう考える人間は出てくるだろう。《七剣》は、実際に魔族との戦争の最前線に出ている者ばかりなので、そんな短絡的な思考をする者はいない。だが、神聖エレクシル帝国の他の重鎮でそのような考えに至る人間がいないとは言い切れない。いや、実際にあらわれることは間違いない。危険生物を甘く見る風潮が軍に広がれば一体どうなるだろうか。魔族との戦争に横槍を仕掛けてくる者もでてくるだろう。果ては《死の砂漠》の魔獣王ワキンヤンに軍を差し向ける者も現れるかもしれない。 

 

 そうなってしまってからでは遅いのだ。これまで自分達の領域から姿を現すことのなかった超越存在―――彼らを下手に刺激して領域から出てこられては、どれだけの被害を被ることになるか。

 セルヴァによるまだ被害は少ない方だ。キョウ=スメラギのおかげで、街が五つ潰されるだけで済んだのだから。殺された人間も民間人と探求者含めて一万人程度。王位種が動いてこの人数ならば奇跡的な数字とも言えた。

 下手をしたら北大陸の人間は全てが殺されるところだったのだから。


「そう考えたら、本当は英雄扱いしないと駄目なんっすけどねぇ……」


 ちらりっと視線を部屋の隅に置かれている二つのベッドへと向ける。真っ白の清潔なシーツに包まれた布団をかぶり、横たわっているキョウの姿があった。その隣のベッドにはディーティニアが寝ている。相当に疲弊していたのか、二人は未だ寝ることしかしていない。他には、時折トイレへいくために痛む身体をおして起きるか、食事を取るために起きるかのどちらかの行動を取るだけだ。


 まだ身体が回復していない二人の身辺警護もかねてラグムシュエナもまた、この部屋で寝食をともにしている。

 キョウだけならば狙われる心配もないのだろうが、生憎とここにいるのは獄炎の魔女。彼女を恨んでいる人間も多く、情報は漏れないように徹底しているものの、どこから漏洩しないとも限らない。もし命を狙った刺客でも送られてきたならば、動くのがやっとな二人では対処が厳しいだろう。そう判断して彼女が警護をかねているのだ。

 アルフレッドも警護を申し出たのだが、ディーティニアが女性であることを強調して説得した結果泣く泣く諦めて、現在は復興の指揮をとっているところである。


 ラグムシュエナ一人で大丈夫なのか、と心配を―――アルフレッドにされるわけもない。

 セルヴァやテンペスト・テンペシアの時は全く役に立っていない彼女ではあるが、仮にも《七剣》の第七席。ラグムシュエナに勝てる者は、人間や亜人ならばそうはいない。本気を出した彼女に勝とうと思えば、《七剣》でも第二席か第一席でも連れて来なければ勝負にもならないだろう。

 第一席は基本的に存在が反則級の強さを持っている。一人で魔族との戦線を維持できるほどの異常な戦闘力を誇る亜人だ。《七剣》創設以来、間違いなく歴代最多の魔族撃墜数を誇り、第三級危険生物である将軍級魔族をも数多く屠ったことがある怪物だ。

 第二席は、基本能力だけでいうならばラグムシュエナよりやや下だ。種族が人間のためそれは仕方ないが、剣術を馬鹿みたいに極めた男であり、所有している武器が反則級である。《天下五剣》と謳われる、炎の属性を刀身に宿した伝説に語られる武器を愛用しているため、それが彼の戦闘力を跳ね上げる。


 この二人以外ならばラグムシュエナは互角以上に渡り合える自信はあった。

 それ以外には五人いる魔女。そのうちの誰かがこなければ、この場で襲われたとしてもキョウ達を守ることは可能である。

 例えセルヴァとの戦いで負った怪我をしていたのだとしても―――。


「うーん、どうしたもんっすかねぇ」


 先程から一文字も書き進めていない報告書類の前で狐耳を自分で弄りながら、幾度目になるため息をつく。

 探求者組合にした報告と矛盾しない報告をするべきかとも思ったが、恐らくはアルストロメリアには通用しないだろう。彼女は何故か嘘や偽りといった事を簡単に見破ってしまう。

 やはりここはアルストロメリアだけには正直に本当のことを伝えるべきか、と決断するとラグムシュエナは書類を書き進めていく。ただし、内容は探求者組合に報告したのと同じ内容にして、《七剣》にのみ通じる暗号で付け加えておく。アルフレッドが詳しいことを説明しに帰ります、と。


 たまにはアルフレッドにも仕事をしてもらおうと、心を鬼にして書き終える。


「―――もう、朝か?」

「あれ、起きたんっすか? まだ寝てて良いっすよ」


 それと時を同じくして偶然にも、キョウが眼を覚ましたようで上半身を起こそうとしていた。

 まだまだ疲労が残っているのか体をベッドの上で起こすのも一苦労しているのを見たラグムシュエナが、キョウの身体を支えながら手伝う。

 起こすのを手伝う振りをしつつ、クンクンっと匂いを嗅いでいるのだが、それに気づく余裕は今のところ彼にはまだなかった。寝ているときに近づくと無意識のうちに反撃をされてしまうので、眼を覚ましている時に身体を拭くくらいしかできていない現状だが、そのせいで多少汗臭い。

 その汗臭さが何故か病みつきになってしまったラグムシュエナは、とろんっと目尻をさげ幸せそうに狐耳と尻尾を千切れんばかりに振っている。


「……何か邪な気配を感じるぞ」

「っえ!? な、何のことっすかねー?」


 入った突っ込みに、びくっと反応し慌ててキョウから一、二歩後退するが、じっと見つめてくるキョウに誤魔化そうと吹けない口笛で必死で吹きながら部屋の天上へと視線を逃す。

 暫く見つめていたキョウだったが、こんなことに体力を使っても仕方ないと考え直し、ベッド上で寝すぎて固まっていた身体を軽くほぐし始めた。

 

「それで、だ。俺達が寝込んでいたここ数日の状況を聞きたいんだが……」

「え? ああ、了解っす。えーと、何から話したらいいんっすかね」

「何からでも構わない。どうやら時間だけはたっぷりあるようだからな」


 上半身を動かすのさえ一苦労のキョウが、やれやれといった様子で自嘲気味に呟いた。自分の身体の動かなさに呆れているのだろう。


「ええっと……じゃあ、まずはセルヴァについて。怒らないで聞いてくださいっすよ? お願いっすからね? 頼むっすよ?」

「……いいから早く言ってくれ」


 一体何があったのか想像もつかないが、ラグムシュエナの念の入れように嫌な予感がしてくるキョウ。

 頭を下げ、パンっと両手を顔の前で合わせて謝罪のポーズを取っている彼女に先を促す。 


「お二人には申し訳ないとしか言えないっすけど……陸獣王セルヴァはうちら《七剣》二人と探求者の手によって王の森へ撃退することに成功したってことに表向きはなってるっす」

「……ああ、それが無難だろうな」

「―――あれ?」


 激怒か蔑んだ眼で見られると予想していたラグムシュエナは、あっさりとしたキョウの様子に間の抜けた声をあげた。

 命をかけたキョウとディーティニアの戦いによって紙一重のところで北大陸は救われた。その偉業を横から掠め取ったともいえる行為をしたのに、何故こうも冷静でいられるのだろうか。心底不思議にラグムシュエナは首を傾げる。

 カチカチと時計の針が進む音のみが部屋の中に響き渡るが、その針の音が六十回ほど鳴り、ようやく彼女は意を決して言葉を紡いだ。


「あ、あの……怒らないんっすか?」

「……ある程度予想はしていたからな。こいつが居るんだ、表向きには発表できかねんだろう?」


 ぐーぐーといびきをかいて隣のベッドに寝ている自分の相棒を指差して苦笑する。

 言葉の割にはキョウの視線は暖かみを帯びていて―――それがなんとなく少しだけ羨ましくなるラグムシュエナだった。


「それも理由の一つっすね……獄炎の魔女は、神罰対象者。恐れられることはあっても、敬われることがあってはならないっす。それに反するものは神聖エレクシル帝国と敵対すると同じことっす。探求者組合とて、それは例外にはならない」

「それは前もってディーテに聞いていたからな。それで、それ以外の理由は何があるんだ?」

「ええっと……お兄さんには判り難いかもしれないっすけど、第一級危険生物ってのは、お兄さんが考えているよりも遥かに重い存在なんっすよ。彼らが本気になれば国一つどころか大陸一つ……下手をしなくても幻想大陸が滅茶苦茶にされるって考えている人が大多数なんっすよ」

「ああ、まぁ……イグニードやテンペストあたりだったら出来そうだな」

「いや、セルヴァでも十分できるんっすよ? お兄さんが倒さなかったら本気でやばかったんすからね?」


 この人は……と頭を抱えたくなるのを我慢して、ラグムシュエナは続ける。


「それで、そんな第一級危険生物を一人の人間が倒した。そんな情報が広まっていったらどうなると思うっすか? 間違いなく勘違いした馬鹿どもが、第一級危険生物に戦いを挑むなんてことが起きるっす。可能性で一番高いのは《死の砂漠》のワキンヤン。あそこには古代の遺跡が眠ってるって評判っすから……目の色変えて押し寄せるのは確実。今まではそれでも良かったんすけどね……どういうわけか、自分達の領域から王位種が外に出れるようになったと、セルヴァ達の件から考えたほうがいいっす。刺激してあんな奴らが暴れまわったらどうしようもないっすよ」

「―――なるほど」


「だから暫くはセルヴァを倒したことは伏せておいて欲しいっす。お兄さん達には申し訳ないけど、これが幻想大陸のことも考えて一番良い方法だと思うっすから。ただでさえ魔族との戦争で手一杯なのに、あんな化け物達が暴れまわったらお終いっす……いや、本気で」

「事情はわかった。それで、表向きとは言っていたが事実を知っているのは誰が居るんだ?」

「えっと、まずうちとアルフレッド。後はあの場にいた探求者二人には口止めしておいたから大丈夫と思うっす。それと、ネールの探求者組合の支部長の五人っすね。ああ、でも……一応《七剣》の第一席には報告はしておくっす……多分悪いようにはしないと思うけど」

「そうか。まぁ、お前に任せる」

「お兄さんには命を救われたから、全力を尽くすっすよ!!」


 ぐっと両手を握りしめて力説する眼帯狐耳少女。

 あっさりとラグムシュエナに全権を任せるキョウ。彼が見た限り、特に何か裏がありそうにも感じられない。ましてやキョウ自身ができるほどに人脈も自由が効く訳でもない状況だ。ならばいっそのこと丸投げしてしまってもいいか、と判断した結果である。裏は感じないけれども―――妙な下心みたいなものは感じるが。

 

「あ、そうだ。ネールの探求者組合支部長の人からこれ預かってたっす」


 何かを思い出したのか、服のポケットをごそごそと漁っていたラグムシュエナが暫くして目的のモノを見つけたのか、ポケットから出して手渡してきた。

 それは然程大きくない一枚のカードだった。

 受け取って表裏を見てみると、なにやらキョウの名前以外にも様々な情報が刻まれている。


「これは?」

「お兄さんを探求者として証明するカードっすよ。それは第七級探求者として認められている証っす。あの支部長も結構無茶したみたいなんっすよねー。組合が混乱している今の状況を利用してお兄さんの経歴詐称して第七級までぶちこんだんだからかなり頑張ったっぽいっす」

「第七級か。てっきり八級あたりを予想してたんだが……」

「有利に働く分有り難く考えておけばいいんじゃないっすかね。本来ならもっと上でも全然構わないと思うけど、セルヴァの情報を表に出せない限りは無理っすから。ぎりぎり誤魔化せるのが第七級が限界みたいっすよ」

「そうか。まぁ、お前の言うとおり有り難く頂戴しておこう」


 懐に入れると、隣にいるディーティニアを見る。

 相変わらず疲弊しているというのに、幸せそうにベッドで眠り続けている彼女に悪戯したくなる気持ちが沸々と湧いてきたが、流石に今回ばかりは止めておかなければ洒落にならない。

 限界まで肉体と魔法を行使したのだから、ある意味キョウよりも身体の状態はぼろぼろの筈だ。

 横でこれだけ話してても爆睡を続ける彼女のあることがふっと気になったキョウは、指でディーティニアを指差して。


「そう言えば気になってたんだが。こいつって第何級の探求者なんだ?」

「あれ? お兄さん知らないんっすか? 獄炎の魔女ディーティニアっていったら超絶的に有名っすよ」

「探求者登録してるのは聞いてたんだが、聞こう聞こうと思ってたらこの状況だからな」


 自分とディーティニアを指差して苦笑。

 

「あー、なるほど。まぁ、誰でも知ってるので隠すほどのことじゃないと思うっすから言っちゃうっすけど―――」


 ラグムシュエナも苦笑いを返し。


「第一級探求者っすよ」

「……なに?」


 聞き間違いかと思い、キョウが聞き返すも―――。


「いや、だから第一級探求者っす。幻想大陸創世八百年の歴史においてただ一人到達したエルフっすよ、この人」

「……信じられん」

「あっはー。歴史に残る大発見やら色々しまくってたみたいっすからねー。まぁ、それも使徒レヴィアナの殺害やら、魔眼の王デッドエンド・アイを退けるために味方の軍勢一万を巻き込んで壊滅させたり。巨人王種を退けるために島一つを沈めたりしまくったせいで神聖エレクシル帝国から神罰対象者に認定されちゃったんっすけどね。多分幻想大陸で一番びびられてるエルフっすよ、この人」

「そういえば、昔やんちゃをしたとかなんとか聞いた覚えがあったな」

「いやー、やんちゃなんて話じゃないと思うっすけどねぇ。学校で使う教科書にもバンバン名前のってるっすよ」


 二人の視線を受けても、全く気づく様子も見せずに延々と眠り続けるディーティニア。

 まさか第一級探求者だったとは正直なところ驚いているが、そうであっても不思議と納得できてしまう。其れも全ては、この小さな魔女の凄まじさを間近で見続けてきたためだろう。 


「……まさか、他の四人もこいつと同レベルってことはないよな?」

「流石にそれはないっすよー。他の四人の魔女は結構人気者っすよ」

「人気者、だと……?」


 思いもよらぬ返答に多少ギョっとするキョウに対して、ラグムシュエナはベッドに近づいてきて腰を下ろす。

 

「流水の魔女のティアレフィナは幻想大陸随一の回復魔法の使い手で、様々な街を放浪しては無償で人助けをして回ってる聖人っす。確かディーテさんの次の古株だった気が……。撃震の魔女リフィアは神聖エレクシル帝国の宮廷魔術師筆頭っす。時折魔族との戦線にも出てきて敵を薙ぎ払ったりする英雄。神風の魔女シルフィーナは西大陸の南にある巨人の島(ジャイアントランド)からの巨人種の侵入を防ぎ続けている守護者っすね。天雷の魔女アトリは、第二級探求者として各地の人々を危険生物から守るために戦い続けている勇者」


 つらつらとラグムシュエナから出てくる他の魔女の情報に、思わず涙が出てくる。

 他の四人がここまでしているのに、ディーティニアのしたことを考えれば忌み嫌われていても仕方ないのではないかと、キョウですら納得しかけてしまう。


 なんとなく生暖かい目でディーティニアを見つめるも、それに寝ながら気づいたのか気づいていないのか、視線から逃れるように寝返りを打つ。視線を背中で受け止めつつ、起きる様子は微塵もない。

 対してキョウ自身もラグムシュエナと結構な時間喋っていたので、眠気が再び襲ってくる。まだまだ身体が万全ではない証なのか、本能が睡眠を要求してきているようだ。


「俺ももう一眠りす―――」


 キョウが最後まで言葉に出すのを遮るように、トントンと部屋の扉が軽くノックされる。

 ピクリっとラグムシュエナの狐耳が反応し、即座に椅子から立ち上がり何時でも反応できる体勢を整える。右手は腰に差してある剣を掴み、左手は眼帯を外すことができる位置に持っていく。普段のおちゃらけている彼女とは正反対の、戦士足る彼女がそこにはいる。

 そんな姿を見て、こんな表情もできるのだと少しだけ見直すキョウだった。

 

「―――誰だ? この部屋には《七剣》ラグムシュエナがいると知っての訪問か?」 


 何時もは奇妙な語尾をつけて話しているが、今のラグムシュエナは他の人間と変わらない話し方をしており、それもまた少々意外な姿を見れたと一種の感動を覚える。


「あ、あの……ここにキョウさんとディーテさんがいるって聞いて……伺わせて貰ったんですけど」


 扉の向こう側から聞こえてくるのは、ニルーニャの声だった。

 気配は彼女だけではなく、メウルーテのものも感じられ、どうやら二人で訪ねてきているようだ。彼女達がここを訪れるということは別におかしくはない。彼女達も現場にいたのだから、それなりの説明はしている。そのため見舞いに来ても不思議はないのだが―――万が一という可能性も捨てきれない。

 

「残念だが、二人はまだ面会謝絶だ。また後日改めて来るといい」


 ぞっとするような冷たい声。

 ラグムシュエナが口から紡ぐ言葉は人を拒絶する冷たさを滲ませている。

 それだけではなく、身体全身から放つ威圧感。扉越しでありながら、ニルーニャ達が息を呑むのがはっきりとわかった。

 

「……本当に強かったんだな」

「失敬っすよ……。そりゃぁ、お兄さんの前では全く活躍できてなかったっすけど……うちだって《七剣》の第七席っす」


 ズンっと暗い影を背負ったラグムシュエナが狐耳と尻尾をペタンと萎れさせる。

 確かに彼女の言うとおり、相手が悪いといえば悪かった。むしろ、陸獣王に立ち向かえただけでも凄いことなのではあるが、立ち向かって倒してしまった相手と比べてしまっては仕方がない。


 

「あ、あの……顔を見るだけでも良いんです!! お願いします!!」


 キョウの一言で通常状態に戻り、威圧が弱くなった合間に、ニルーニャの嘆願ともいえる叫びが響き渡る。

 このまま続けて騒ぎになったら面倒くさいことになると判断したラグムシュエナが、ため息一つ扉の方へと近づいていく。


「ちょっと追い払ってくるっすよ。お兄さんは待っていてください」

「いや、別に見舞いくらい良いんじゃないのか?」

「ええ? 良いんっすか? ねむそーにしてるっすけど」

「まぁ、少しなら特に問題はないと思うが」

「うーん。じゃあ、本当に少しだけっすよ……」


 困ったお兄さんっすねー、と内心で呟きながら扉の前に行き開く。

 廊下には気配どおりニルーニャとメウルーテの姿がある。瞬間、視線を左右に散らして確認するが、怪しい気配や人影は見つけることは出来ない。どうやら本当にただの見舞いだったか、と判断を下すが―――。


「―――お兄さんになにかしようとしたら、躊躇いなく殺す」


 二人を部屋に通す際に、彼女は二人に顔を近づけて―――。

 顔だけは笑顔で、氷河を連想させる声色のラグムシュエナの囁きが二人の耳元に残される。  


 一瞬ビクリと身体を震わせる二人だったが、無論そんなつもりは微塵もない。

 ならば恐れる必要もないと、ラグムシュエナの脅しにも負けじとキョウ達のベッドへと足を向けた。

 そんな二人の姿に僅かばかり驚きながら、扉を閉めるとベッドの近くの椅子をニルーニャ達に勧める。そしてラグムシュエナは、その二人よりも若干ベッド側に立つ。三人の丁度中間に身体を置き、二人が何かをしようものなら即座に対応できるように眼帯を外す。左目だけは開けずに、それでも気を緩めている様子は全くなかった。  


 

 椅子に座った二人は暫くの間顔を伏せていたが、ちらちらと盗み見るようにキョウの顔を見て、視線が合えば慌てたように顔を伏せる。そんなことを続けていたが、遂に意を決したのかニルーニャが勢い良く顔をあげた。 


「あの!! 本当に有難うね!! 今ここにいられるのも全部キョウさんのおかげだよ」

「―――有難うございました。僕もニルも貴方のお陰で命を拾うことが出来ました」


 ニルーニャもメウルーテもはっきりと感謝の念を述べつつ、頭を下げる。

 何時まで経っても頭をあげない二人に、キョウの言葉を待っているのだと少し時間が過ぎてから気づいた。 

  

「あー。本当ならもっと早く助けに行くべきだったと反省はしてる。大変な目に合わせてこちらこそ申し訳ない」

「ううん!! キョウさん探求者でもないのに、自分の意思で来てくれたんでしょ? 死ぬかもしれないのに、戦ってくれて……感謝してもしきれないんだから」


 本当はセルヴァと戦いたかったという碌でもない理由だったのだが―――二人とも良い方向に勘違いしてしまっているらしい。二人のキョウを見る眼はキラキラと輝いており、まるで恋する乙女のようであった。

 確かにあのタイミングで命を救われてしまったら、彼女達のようになっても無理なかろうことだ。どちらかというと恋ではなく、憧れのような感情に近いのだろうが。まだ歳若いニルーニャ達にとっては区別を付けるのが難しいかもしれない。

 そんな二人の視線に背中がむず痒くなってくるキョウ。この視線は最近感じたことがあるなと過去を思い出しているとすぐに思い至る。コーネル村のミリアーナと似たような視線だったのだ。


「あ、あの……キョウさんも身体が動かないみたいだし。何か僕にできることありませんか? その……お礼というわけではありませんけど、何かしたいんです」


 頬を赤く染めてもじもじと恥ずかしそうに告げてくるメウルーテの姿が、異常すぎるほど可愛い。この場にいる三人ともが認めるほどであり、誰に聞いたとしても同じ答えを得ることは間違いない表情をしている。男でありながら、猫耳が元気良くパタパタと動いて何かを期待している様子を垣間見せていた。異性同性問わず魅了する猫耳少年に見惚れること数秒―――。


「わ、私も!! キョウさんのためなら何でもするよ!! 何かして欲しいことない!?」

「え? いや、僕の方が先に言ったんだし、ニルは後にしてよ?」

「早い者勝ちじゃないし!! キョウさんに決めて貰えば良いんだし!!」


 突然ギャーギャーと騒ぎ出した二人だったが、一方のキョウはといえば特にやってほしいことなど思い浮かばない。

 強いて言うならば眠気がある今のうちに寝ておきたいというのが本音ではある。かといって必死な二人に特にないから帰れとも言い難い。

 

「……とりあえず、先にトイレへ行って来る」


 トイレで用を足している間に何か考え付くだろうと気軽に考えベッドから立ち上がろうとする。

 床に両足をつけて腰をあげようとするのにも苦労しているキョウを見て―――ニルーニャとメウルーテの目が妖しく光った。


「キョウさん、身体がつらいなら無理しないでよ!!」

「そうそう。それくらい僕達に任せてよ」

「……ん?」


 やけに嬉しそうなニルーニャと恥ずかしそうに俯くメウルーテ。

 そんな二人の様子に嫌な予感しかしないキョウだったが、二人の姿に何をしようとしているのか思い至ったキョウは頬を引き攣らせた。意識がないときならばまだしも、しっかりと意識がある状態でそんなこと(・・・・・)は死んでもご免だと。身動き一つ出来ないというわけでもなく、身体が辛いが出歩く程度ならば問題はないのだから。

 それに何故女性のニルーニャが嬉しがって、男のメウルーテが恥ずかしがるのか。それも一つの謎である。

 手をわきわきさせて近寄ってくるニルーニャと、視線を外しながらも彼女に続くメウルーテに心底ため息しか出ず―――。


「……ユエナ、頼む」

「了解っす!!」


 身体がまともに動かないキョウは諦めつつ、ラグムシュエラに助けを求める。

 名前を呼ばれて嬉しかったのか、気合が入った返事を残しつつ―――ふっと彼女の姿が消えた。

 ニルーニャとメウルーテが、突然目の前から消えたラグウシュエナに驚き―――。


 ゴンゴンっと部屋中に響く鈍い音が二つ。

 ニルーニャ達の知覚できる速度を遥かに超え背後に回ったラグムシュエナの拳骨が二人の頭に叩き落された。

 軽く叩いたようにしか見えないが、その威力は相当なものだったらしく二人ともが頭を抑えて床に座り込む。普段だったら同情したかもしれないが、今の状況では到底出来るはずもなく。

 

 ラグムシュエナは座り込んだ二人の首を掴むと引き摺っていき部屋の外へ放り投げる。

 投げられた二人は廊下を転がり壁にぶつかって止まった。涙目になっているニルーニャ達を尻目に、ラグムシュエナは扉をしめて鍵をかける。

 我を取り戻した彼女達は、扉を激しく叩くこと数分全く反応がなく完全に無視されていることを悟ると肩を落としながら去っていくことになった。

 ようやく平穏を得たキョウは、用を足すのはもういいやっと決断して布団に潜り込もうとしたその時。


「あ、あれ? トイレは良いんっすか?」


 キョトンっとした表情の狐耳少女が傍にあった尿瓶を手に持っていて―――ニルーニャ達のようにどこか期待でわくわくしているのは決してキョウの見間違いではなかった。

 じっと睨むように無言で見つめるキョウの視線に耐え切れなくなったラグムシュエナは、渋々手に持っていた尿瓶を元の場所に戻す。 


「仕方ないっすねぇ……もう、お兄さんは我が儘さんなんだから困ったものっすよ」

「……」


 果たして自分が悪いのか一瞬悩んだキョウだったが、とりあえず自分は悪くないはずだと思い込み、布団に包まろうとして―――何かを思い出したのか上半身だけ再び起こす。 

 

「ああ、そうだ。一つ聞きたいんだが……ここらで腕の良い鍛冶職人はいないか?」

「鍛冶職人っすか? わざわざ聞いてくるということはネールの路地裏のドワーフのおっさんより上の職人ってことっすよねぇ……」

「できれば、でいいんだがな」


 決してラギールの腕に文句があるわけではないのだが、外界(アナザー)からの愛刀が修復不可能なほどに砕けてしまった以上代わりとなる武器が必要だ。愛刀はラギールの刀よりも一段どころか、二段は格が上の刀だったため―――正直なところラギールの刀では満足が出来ないというのが本音である。


「そうっすねー。一応あては一人いるっすよ。多分幻想大陸で一、二を争う腕前のはず……」

「―――本当か? 駄目もとで聞いてみたがそれは有り難い」

「駄目もとってのも少し悲しいっすけど……力になれると思うっすよー。東大陸に住むドワーフなんっすけどねー、知り合いだし、お願いしてみてもいいっすよ?」

「おお、頼む。是非お願いする。希望が見えてきた……」


 心底ほっとした様子のキョウに、鍛冶師の知り合いがいて良かったと心の中でガッツポーズを取るラグムシュエナはホクホク顔だ。

 本当は伝説にも語られる《天下五剣》を紹介したかったのだが、彼女が知っている限り存在が明らかになっているのは《七剣》第二席の鳳凰丸が所持している《オーガイーター》一本だけである。他の四本の武器は誰かが隠し持っているのか、見つかっていないのか紛失されたのか不明となっている。

 鳳凰丸からオーガイーターを盗んでくるかな……と、かなり本気で考え始めるラグムシュエナは危険な思考に陥り始めてきていた。

 はっきり言ってオーガイーターは凄まじい名剣だ。何度か見たことがあるが、それはもう剣に興味がない彼女でさえも見惚れるくらいだ。それを盗んで持っていったらキョウは喜んでくれるだろうか……きっと喜んでくれるはずだ。  


 



 ―――これは、凄い剣だな。まさかこんな剣を持ってきてくれるとは……本当にいいのか?


 ―――当然っす!! お兄さんのために命を賭けて持ってきたんっすよ!! 


 ―――そうか……。やはり俺にはユエナ、お前が必要だ。一緒に来てくれるか?


 ―――勿論っす。地獄の果てまでおともするっすよ!!





 脳裏で描いていた未来の映像に、気がついたら涎をたらしていることに気づく。

 口元から垂れていた涎を慌てて手の甲で拭うと、咳払いを数度繰り返す。


「お兄さん、ちょっとお兄さんの刀パクッってくるっすから待っててくださいっす!!」

「……いや、待て。流石に盗んでまで取ってくるな、馬鹿者」

「え? いや、でも……うちとお兄さんの二人だけの愛の旅路のためにも必要っすから……。ああ、うちの心配をしてくれてるんっすか? 大丈夫、意地と根性と始祖返りを使えば多分ぶち殺せるはずっす!!」

「話が全く噛み合っていない気もするが……落ち着け」

「落ち着く? そうっすね……確かに鳳凰丸は手強いっす……うちも念入りに準備をして、証拠を残さないようにして殺らないと、《七剣》から追われることになるかもしれないっすからね……」


 もう駄目だ、こいつ。

 そう判断したキョウは、ベッドの傍に居たラグムシュエナの延髄に手刀を叩き込んだ。

 悶絶した彼女は、床に蹲っていたが―――しばらくたって、首を押さえながら立ち上がる。少しだけ涙目になっている彼女は、ようやく妄想から帰って来たのか首筋を何度もさすっていた。


「お兄さん、酷いっす……まじで鬼畜っす。こんな可愛い美少女に容赦なく手刀を打ち込むなんて、悪魔の所業っすよ……」

「いや、まぁ……そうだな。確かに悪かった」


 幾ら妄想しているラグムシュエナを元に戻すためとはいえ、手刀はやりすぎだったかと素直に反省する。


「仕方ないからオーガイーターは諦めるとして……東大陸のドワーフのところに行くとするっすかー」

「ああ……って、お前もくるのか!?」

「うん、勿論っすけど?」


 何を当然と、可愛らしくラグムシュエナは首を傾げる。


「いや、お前は《七剣》の仕事は……?」

「休み貰うっすから!! アルフレッドに仕事全部回すっすから!! 特に問題ないっす!!」

「休み、貰えるのか……?」

「余裕っす!!」

「……そ、そうか。それなら案内を頼もうかな」

「了解っす。東大陸までの旅は大船に乗ったつもりでこのラグムシュエナにお任せあれっすよー!!」


 本当に余裕なのかわからないが、ラグムシュエナの勢いに負けて反射的に頷いてしまう。

 確かに彼女がいなければ腕の良いドワーフのもとまで辿り着けないのは明白だ。いや、多くの街で聞いてまわれば辿り着けるかもしれないが、時間が比べ物にならないほどかかることだろう。

 それを考えたらラグムシュエナの力は是非借りたいというのが本音でもある。色々なことを考慮に入れた結果―――彼女とともに旅をすることを受けいれたキョウ。


 さて、ディーティニアをどう説得するか、と考えながら―――時間は流れる。




  








 こうしてキョウとディーティニアの旅に一人の狐耳族の少女が加わることになるのだった。



















北大陸編これにて終了です。

次回は東大陸へと舞台は移ります。

このような話を読んで頂き有難うございました。

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