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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
二部 北大陸編
28/106

二十七章 剣士と魔女と竜女王



 遥かなる大海。

 幻想大陸の多くの領域を占める青い海。

 東大陸よりやや南に向かった場所にある孤島。

 そこは決して近づいてはならないとされる呪われた陸地。

 古くから言い伝えられている伝承だった。そこは地獄の蓋をした場所。あらゆる厄災を封じた土地。

 島の大きさは精々が十キロあるかどうかの小さな島だ。その島の周りには、ぽつぽつと岩礁が見え、人の上陸を阻止している。


 その島の内部―――丁度島の中央には穴があいていた。

 ぽっかりと、それこそ地獄の蓋をしているようにも見えた……が、その穴の中には綺麗な透き通る水しか入っていない。

 生物もなにもいない。そんな穴の底に黒い影が映る。

 その影は徐々に大きくなっていき、ザパンっと水飛沫をあげながら姿を現した。


 水中から顔をだしたのは、巨大な蛇だ。

 いや、果たして蛇と称してもいいのだろうか。それほどの巨大さを誇る怪物だったのだから。

 全身には青い鱗がびっしりと敷き詰められている。水からでて遥か彼方を眺めている半身だけで十メートルを軽く超え、数メートルはある横回りの太さだった。その蛇の上空では突如として雨雲が集まり、パラパラと雨を降らしていく。


 島の周辺を泳いでいた魚達は、まるで蛇を恐れるように逃げ去っていく。

 それは勿論危険生物も例外ではなく、半径数キロ以上に渡って生命の輝きは無くなっていった。


 シュルシュルと赤い舌を出し入れしながら、巨大蛇は北西の方角を見ていたが―――やがて、ザパンっと音をあげて水の中へと戻っていった。

 

 海獣王―――ユルルングル。

 彼が動き出すまでもう暫しの時間を必要とする。
















 西の大陸のやや南にある巨人の島(ジャイアントランド)

 そこには多くの巨人種が住む。下位巨人種もいれば、中位巨人種もいる。そして、第三級危険生物である高位巨人種もまた数多いる。さらに―――それらを超える第二級危険生物。巨人王種も、島の最奥にて存在していた。

 

 そんな島の中心に、巨大な山が一つある。

 標高一万メートルちかい、幻想大陸最高の霊峰だ。

 そこには不思議と巨人種達を見ることがない。もしも、誤って巨人の島(ジャイアントランド)に上陸してしまったら、この霊峰に逃げ延びれば巨人に喰われることはないという。


 ただし―――それ以上の怪物が、この山には住んでいるのだが。



 霊峰の頂上。

 人間では普通に生活することもできないほど高度差がある場所。そこは広大な更地となっていた。

 この空間を住処としている生物が、自分の好きなように山の頂上を切り崩し、埋め立てたのだ。

 そんなことが出来る生物がいるのか。本来ならばいるわけはない。だが、この場所を住処としている怪物がたった一体だけいる。 


 ばさりっと翼をはためかせて、一人の人間が頂上に舞い降りた。

 いや、見かけは人間であるが―――存在としてのレベルが違う。一目でそう理解できる気配を身に纏い、美しい容姿の女性は、何かに気づいたように北東の方角へと視線を向ける。

 純白の翼が風に揺らぎ、さらさらと女性の髪も靡いていた。あらゆる男を魅了する傾国の美女。そんな言葉が相応しい、青髪の女性は暫くじっと北東を眺めていたあと―――。


「……貴方が負けたのですか、セルヴァ」


 自分達と同様に、女神に生み出され幻想大陸の脅威として君臨することになった、理性を持たぬ友を脳裏に描き。


「今は祈りましょう。貴方の魂に平穏が訪れることを」


 両手をあわせ、眼を閉じ女性は祈る。

 もう数百年以上も顔を合わせていない、かつての同胞の魂の安らぎを願い。


 空獣王―――アエロ。

 彼女もまた、女神のひいたレールの上を歩む怪物の一体だった。

 











 中央大陸の南部には広大な砂漠がある。

 迷い込んだら二度と出られないというほどに蜃気楼が多発し、昼の温度で身を焦がされ、夜の温度で身を凍えさせられる。

 生物も碌に存在しない砂漠には、一つの伝説があった。


 砂漠の中心には前時代の遺跡が残っており、そこには手付かずの財宝が眠っている、と。

 それが嘘か真か、誰一人として確かめたものはいない。だが、幻想大陸の最古の資料が眠っている中央大陸図書館には、それらしいことを示唆した書物が見つかり、遺跡の信憑性を高めていた。

 

 その情報が流れて既に数百年の年月が流れている。

 だが、未だ嘗て誰一人として砂漠の中心にまで辿り着いた者はいない。


 多くの探求者や、時には一国の王が軍隊まで差し向けたこともあったが―――誰一人として帰還したものはいなかった。

 いや、たった一人だけ生きて帰ったものがいた。とある王が送った数万の兵士のうちの一人。

 ぼろぼろになった身体をおして、王のもとへ帰った彼が語った真実。


 砂漠の中心に向かった者達は自然の猛威によって命を落としたのではなく、どこからともなく現れた怪物の手によって皆殺しにされたのだと。 

 雷を自在に操り、単体で数万にも及ぶ兵士を虐殺した。

 砂漠に入った者が生きて帰ってこなかったのは、この怪物に殺されたためだったのだ。


 その事実が知られてから数百年。

 未知なる財宝を狙い、この砂漠に侵入するものは後を絶たない。

 だが、それと同時に生きて帰って来たものもいない。


 何時しか人はその怪物をこう呼ぶことになった。

 砂漠の遺跡を守護するモノ。雷を纏いてあらゆる人間を虐殺する怪物。


 魔獣王―――ワキンヤン、と。
















「ふぅーん。へぇー。セルヴァの奴、負けちゃったのか」


 どこか感心を乗せた風靡な柔らかい声が一つあがる。

 東大陸の人里はなれた山奥の、獣しか立ち寄らないような深遠の地。

 木々に覆われ、太陽の光も届かない樹海の果てに、今にも崩れそうな庵があった。

 

 内部は年季の入った板張りの部屋一つ。

 中央にはパチパチと音をたてて燃えている囲炉裏があり、そこに茶釜をかけて沸かしているようだった。

 そんな囲炉裏の横の座布団の上に、足を放り出して一人の少女が凍りつくような笑みを浮かべて座っている。


 こんなぼろぼろな庵に相応しくない、美麗な少女だった。

 もしかしたら幼女と言い換えた方が正しいのかもしれない。見掛けは人間の子供十歳程度といったところか。

 金色に輝く長い髪。左右で結んだ、ツインテール。その頭から生える二つの狐耳が興味深そうに動いている。これまた金に眩い着物と呼ばれる服を着こなし、その手の趣味がなかったとしても、地面に這いつくばってでも愛を囁いて貰いたいと男に思わせる可愛らしい容姿。たかが十歳程度の小娘とは思えない、男を狂わせる色香を滲ませていた。


「あのセルヴァがねぇ……いやはや、人間って侮れないなぁ」


 ふぁさっと少女の背後で動く尻尾。

 髪と同じく金色で、ただ―――その尾は一本ではなく、根元から九本に枝分かれしている。


 感嘆しているのか、しきりに頷いている少女は片方だけ開いている右目で、遠い異国の地を眺めていた。そんな右目の瞳の色は金色で―――どこを見ているのかわからない、虚ろを漂わせている。

 そしてもう一方の左目は―――何故か、瞑っていて開けようとしていなかった。


 

「面白そうな人間だなぁ。ううん、面白いに違いない。だって、ここで見ているだけで―――」


 ―――ぞくぞくがとまらない。


 


 少女は胸の内に宿った不思議な感情を持て余し、起伏のない自分の胸に手をあててグっと握り締める。

 握り締めたぶんだけ、その感情は抑えられた気が少しだけして―――。


「逢いに行っちゃおうかな……うん、行こう」


 

 幻獣王―――ナインテール。

 魔獣王種に属する最強の一角。

 己に芽生えた感情の答えを知るために、彼女は自分の住まう領域から足を踏み出した。 

























「―――っははははは。す、すげーっすよ。まさか、あの竜女王を……たお、倒すなんて」


 天地終焉(スーパーノヴァ)の大破壊は、解き放たれた方角の大地を円形に削り、なおかつ直線上にあるもの全てを消滅させていた。見えるのは地平線の彼方まで続く、狂暴な魔法の傷痕。

 ディーティニアの前方に広がる崩壊の光景は、一部は未だ煙に包まれ上空へと立ち昇っている。


 ラグムシュエナは、全てを見ていた。

 金色に輝く左の眼で、この戦いの一部始終を見届けていたのだが―――決着がついてから、声に出すまで暫しの時間が必要だったのは仕方のないことだ。

 竜女王と魔女の戦い。それはこの世のものとは思えない、神々の争いを連想させるに値する戦いで、心を鷲掴みにされる輝きを放っていた。

 そして絶妙なタイミングでの、キョウの奇襲。あれがなかったならば、この戦いは逆の結果となっていてもおかしくはない。腕を斬られ、茫然としている僅かな隙があったからこそディーティニアの魔法を直撃させることができたのだ。

 

「すげーっす!! 本当にすげーっすよ、二人とも!!」


 ほんの少し前まで、彼女は自分が命を落とすと確信していた。

 陸獣王セルヴァと戦い、そこをキョウに救われ。

 続いて現れた竜女王。それさえも、二人は撃滅してみせた。


 幻想大陸八百年の歴史において、誰もが為し得なかった超越種の撃破。

 偉業ともいえる戦果を、こんな短時間で二度もあげた。

 この場で見ていなかったならば、信じられない事実。いや、実際に現実なのだろうか。セルヴァに殺されて、都合の良い夢を見ているのではないか。ふと湧いて出た薄ら寒い想像に、ラグムシュエナは自分の頬を軽く抓ってみた。


「……痛いっすね。やっぱり夢じゃないっす」


 抓ってみた彼女の頬に鋭い痛みがはしり、これはやはり現実なのだと再確認できる。

 パタパタと狐耳と尻尾を千切れんばかりに振りながら―――。


「今すぐ手当てす―――」

「くるな!!」


 駆け寄ろうとしたラグムシュエナに飛んで来る、キョウの厳しい声。

 地面に転がっていた彼は、油の切れたロボットのようにぎこちなく、緩慢な動作で身体を起こし、厳しい視線で煙が治まっていない前方を睨みつけている。

 キョウを庇うように立っているディーティニアの顔にも、戦いが終わったという喜びはない。竜女王を打倒したというのに、彼女の視線も真っ直ぐと前方を向いている。

 二人が放つのは、未だ緩むことのない緊張感と集中力。


 ラグムシュエナは疑問に思う。

 何故決着がついたのに、まだ二人は前方を睨みつけたままなのか。戦闘態勢を崩そうとしないのか。

 それを不思議に感じつつ、キョウ達の視線の方角を追って―――。


「……ありえ、ねぇ、っす」


 恐怖に戦く声が漏れた。

 膝が笑うのが止められず、地面にペタンっと座ってしまった。

 ガチガチっと歯が噛み合わさり、音をたてるがそれを気にしている余裕は今のラグムシュエナにはない。

 

 天地終焉(スーパーノヴァ)の破壊の跡。煙が治まったそこ―――彼女はいた。

 黒い着物は殆ど意味を為さないほどに焼失し、右腕を根元から失い。腰まで伸びていたエメラルドグリ-ンの髪は首元近くまで焼き焦げ、身体中に酷い火傷を負っている。


 それでも、竜女王はそこにいた。

 不屈の闘志を身に纏い、揺らぐことのない鋼鉄の意志を瞳に宿し。

 女神の如き美しさを微塵も損なわず、テンペスト・テンペシアは歓喜に満ち溢れ、己が愛すべき仇敵達へと視線を向けていた。


「……ああ、素晴らしい。なぁ、我は嬉しいぞ。ここまで、ここまで我が追い込むことができる相手は―――気が遠くなる過去、果ての無い未来。悠久に続く我が生涯において、後にも先にも、そなたらだけだ」


 普通ならば、死んでいてもおかしくはない。

 いや、むしろ死んでいなければおかしい。

 ディーティニアの王位魔法を二度くらい。キョウの特異能力(アビリティ)を一度受け。 

 それでも、何故立っていられるのか。


 

 キョウもディーティニアも、目の前の化け物に呆れるしかない。

 流石に二人とも、今ので倒すことができると考えていたからだ。

 そのために全力を振り絞り、互いの奥の手を直撃させたというのに、この結果ではもはや苦笑いをうかべるしかない状況だ。


「……さて、どうしたものか」

「ふむ。キョウよ……お主、まだいけそうか?」

「……無理だ、とはいえんな。この状況では」

「そうじゃのぅ。暫しの間休んでおれ。今度は奇襲は通用せんだろうし、なんとかお主の奥の手が決まるようにワシが撹乱してみせよう」

「……お前も、そんな余裕があるわけがないだろう?」


 キョウへ対して休めと命じたディーティニアに、彼は反論するが鼻で笑った後に魔女は一歩前進する。

 それだけの動きで喉からせり上がってきた血塊を、ゴクリっと飲み込んで吐血を隠したディーティニアの様子に、キョウは気づく。もはやまともに動けないのはキョウだけではなく、ディーティニアも同様だ。

 あれだけの魔法を二連続で放ったのだ。気絶しないで、普通に話している方が信じられない話である。


「ふっ。ワシがまだ奥の手を隠していないとでも思うておるのか? 女神を殺さんがために歩み続けてきた八百年の歴史は、この程度の浅さではないぞ?」


 綺麗な笑みを相棒へと送り、魔女はさらに一歩を踏み出す。

 それが本当なのか嘘なのか。キョウにも判断できない自信を漲らせ、竜女王へと向かうディーティニアに―――。


「一分だ。それだけあれば―――俺も刀を振るえる」

「なんじゃ、たった一分で良いのか? まぁ、良い。どうせならお主が動けるようになる前に―――」


 その瞬間―――奇跡は起きる。

 いや、それは魔女が覚悟を決めた故に生じた、燃え盛る獄炎の輝き。

 小さな身体から迸るは、これまで以上の超魔法力。

 竜女王をも怯ませる、信じがたいほどの荒ぶる煉獄の大炎。


 

「―――あやつを、倒してみせようぞ」


 

 テンペストは、膨れ上がったディーティニアの気配に息を呑む。

 それは決して恐怖に怯んだわけではない。恐れたわけではない。

 魔女の覚悟に、テンペストは息を呑んだのだ。


 天地終焉(スーパーノヴァ)によって、周囲一帯のマナを枯渇させた結果、暫くは魔法を使用することは不可能だ。

 ならば何故ディーティニアからここまでの魔法力を感じられるのか。

 その答えにテンペストは一瞬で辿り着く。


「―――く、はっはっはっは!! そなた!! 削っているのか!! 自分の命を!! 自分の命を魔法力へと変換させているのか!! そうでなくては説明がつかん!! そうでなくては納得がいかん!! そなた、我を倒すのと引き換えに―――」

「……黙ると良い」


 一歩踏み出すたびに命が削れていくのが実感できる。

 一秒ごとに魂がすりきれていく。耐え難い激痛が全身を襲う。至るところに裂傷を負い、鮮血が溢れていく。

 それでも、もはやこの手しか残されていない。竜女王テンペスト・テンペシアを滅するには、方法はこれしかないのだ。

 

「狂っておるな、獄炎の魔女!! そこまでその男が大切か、キョウ=スメラギが大切か!! そなたの命を削ってまで戦う覚悟を秘めるほどに大切なのか!!」

「ああ、大切じゃ。愛や恋ではなく―――こやつはワシに大切なことを思い出させてくれた。かつて抱いた願いを思い出させてくれたのじゃ。永遠に続く牢獄のなかで、朽ち果てようとしていたワシを奮い立たせてくれた大切な相棒。この男のためならば―――命を削る程度(・・・・)、容易いことよ」

「―――っ!!」


 ディーティニアの躊躇いのない言葉に、竜女王は揺らぐことのない意思を見た。

 そして、そんな魔女に対して僅かに抱いた嫉妬の感情。


 獄炎の魔女は、竜女王(自分)見てはいない(・・・・・・)

 ここまでの死闘を繰り広げ、命を賭けてまで戦おうとしているテンペストを見てはいなかった。

 ディーティニアが見ているのは―――ただ一人の男だけだ。キョウの敵だからこそ、魔女は戦う。キョウ=スメラギのために、超越種と戦い命を燃やす。果たして自分はそんなことができるかどうか、テンペストはズキリっと心が痛んだ。


 陸獣王セルヴァとキョウの戦い。

 上空から見ていたテンペストは、両者の戦いに魅せられた。

 塵芥に過ぎない人間が、超越存在を降して見せた光景は、竜女王の全てを揺さぶった。

 キョウの放つ剣閃一つ一つが、美しく。虚空を渡るたびに感動を呼び起こす。

 欲しいと願った。欲しいと思った。欲しいと誓った。

 

 キョウ=スメラギを心の底から自分の手元へ置きたいと欲した彼女の意思など、相手にもならない、話にもならない、そこまでの執着を見せて竜女王の仇敵は命を燃やす。

 この瞬間、テンペストは小さな魔女に心の底から尊敬の想いを抱いた。

 

「―――そこまでの覚悟。我も全力(・・)で相手をせねば、生涯の後悔となるだろう」


 ディーティニアの覚悟を認めた瞬間、すぅっと心が穏やかになる。

 パキリっと、テンペストの頭に生えている二本の竜角に小さな皹が入った。その皹は、徐々に広がりを見せつつ―――割れた場所から淡い翠光を垣間見せ始める。

 己の枷を破壊する狂乱の光。その光が発する音は、まるで人間(・・)の肉体を打ち破る生物の産声にも聞こえた。

 竜女王の全身が激しく躍動する。心臓が胸を痛いほどに叩く。血液が沸騰したと勘違いするほどに熱い。


 全ての人間が恐れるモノ。全ての魔族が恐れるモノ。全ての亜人が恐れるモノ。全ての魔獣が恐れるモノ。

 かつて十万を軽く超える軍勢を、たった三体で壊滅させた竜種の王の一人。

 生きた天災。暴風の女王。幻想大陸最強の一体。竜王種の一。風の統一者―――竜女王テンペスト・テンペシア。

 その全力が今この時、数千年にも渡る彼女の生涯初めて解放される。


「―――竜変化(ドラゴンフォース)


 世界は翠色に包まれる。

 駆け巡るのは人やエルフでは到達できない超越領域。

 天空に浮かび上がる一筋の色づいた天風。


 一瞬テンペストを巻き込んだ砂埃が、何かから逃れるように視界を遮ることを辞めて行く。

 砂埃が収まっていくと同時にキョウとディーティニアが見たのは―――異形の影。

 

 ズンっと地響きを上げて、砂埃が収まった空間から歩みだしてきた威容。

 二人の顔がその威容を見上げる。どんな表情をすればいいのか、戸惑っている様子とも見受けられた。

 その姿は、陸獣王セルヴァをも上回る巨躯。

 人が住む二階建ての家に匹敵する大きさの頭部。鋭い獣の瞳がぬらりと、キョウ達をねめつけている。巨大な角と、口。僅かにあけている口からは、一本一本が人間を超える大きさなのが見て取れた。

 四肢もまた巨大。樹齢数千年の木々を連想させるほどに太い。下半身の先からは、セルヴァとは異なり太く長い一本の尻尾が宙に浮いている。ばさりっと風を巻き起こす大きな翼が二枚。全身を強固な翠の鱗で覆った竜女王。高位竜種のムシュフシュが可愛く見えてしまうほどの巨竜が佇んでいた。


 全長にすれば数十メートルを容易く超える威容の姿。

 これが彼女―――竜女王とも呼ばれるテンペスト・テンペシアの本当の姿。

 人間の姿を保っているのは、そちらの方が便利がいいからというだけだ。これだけの巨体で生活していくには、例え竜園であったとしても不都合が多く生じる。

 単純な戦闘能力という点では、この竜化した状態こそが、テンペシアにとっての最強。


「……初めてだ。この形態を引き出したのはそなた達が初めてだ。これが戦う(・・)ということなのだな。イグニード……我も出会えたぞ、そなたが語った己が敵に!!」


 竜の姿をしているとは思えない、美声が轟く。

 ただし、その声量は人間の状態の時とは比較にならず。落雷と勘違いしそうなほどに響き渡る。

 咆哮かと思わせるテンペシアの雄叫びに、それだけで膝をつきそうになるのを必死になって堪える二人。

 そこにあったのは絶望だ。あらゆる希望を圧し折る、最強最悪の竜種がいた。

 勝敗がどうなるかは明白で、何時心が折れてもおかしくはない。


 そんな状況でキョウとディーティニアは―――。


「……どうやら、休んでいられる場合じゃなくなったようだな」

「やれやれ。散々格好つけたワシが恥ずかしいではないか。だが、恥ずかしがっている状況ではないのぅ」


 立ち上がり、ディーティニアと肩を並べるキョウ。

 満身創痍の二人だが、彼らの心は折れてはいない。

 これほどの逆境でなお、勝利を諦めることなく、強い意志を宿した視線を(テンペスト)へと向けていた。


「のぅ、キョウ。お主―――どこまでうてる(・・・)?」

「中々に厳しい質問だな。そうだな―――あいつを殺せるまで(・・・・・)、か」

「くっくっく。そうか、そうか、そうか。ならば決まりじゃな。ワシとお主で―――」


 何がおかしいのか分からない。

 きっと理解できているのは二人だけで。

 そこにいるのは、深い笑みを浮かべた剣士と魔法使い。


 鞘に納めた二振りの刀。

 そこから発せられる、一撃必殺の気配を漂わせる剣気。


 小さな魔女が全身から滲ませる煉獄の炎。

 大気を喰らい、増大していく神殺しの極地。
































「―――あいつを殺す」「―――あやつを殺す」


 そして、二人は文字通りの命を燃やした。

  


 








 



すみません、夜出勤することになったので途中までアップします。

決着ついてねーよ!!って自分で突っ込みいれておきます。

次こそは終了です。

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