二十五章 魔女と竜女王2
「お、お兄さん……大丈夫すっか?」
痛む脇腹を片手で押さえて、足を引き摺りながら壁に座りながらもたれているキョウへと声をかけてきたのは《七剣》ラグムシュエナだ。可愛らしい顔もところどころが、砂や泥で汚れている。セルヴァと戦った際に地面を転がされてしまったためだろう。
キョウがちょいちょいっと手招きすると、不思議そうな顔をして傍まで近寄ってきた。
「少し、我慢しろ」
「え? なにをっ―――わぷっ」
懐から出した手拭いで顔の汚れを拭う。突然の行為だったため、ラグムシュエナは一瞬驚いた様子を見せたがすぐに為されるがままの状態となる。特に嫌がっているそぶりは見せず、金色の狐耳と尻尾が元気にパタパタと左右に揺れていた。
「よし、これで綺麗になったぞ」
「ええー。もう終わりっすか? もっとやって欲しいっす」
ラグムシュエナの顔の泥を拭き終わると、キョウは彼女を解放する。
しかし、当の本人はまだ未練があるのか顔をよりいっそう近づけてきた。そんな彼女に対してキョウはパシンっと軽く額を叩くだけに留める。
叩かれたラグムシュエナは、はぁっとため息をついてわかりやすいほどに、両肩を落として落ち込んだ―――振りをした。当然その程度のことが分からないはずもなく、ラグムシュエにはもう注意を払わずに魔女と竜女王へと意識を集中させる。
ちらちらと横目キョウの様子を窺っていたが演技がばれているのに気づくと、諦めたのかすぐ隣で腰をおろした。地面に直接だというのに、ラグムシュエナが何故か正座で座っている姿に凄い違和感を感じるキョウ。
そんな視線に気づいたのか、照れたように頬を指で掻きながら、彼女は眼を逸らした。
「いやー、うちってこう見えても東大陸の狐耳族では結構な家に生まれたんっすよ。そのせいで身体に古臭い動作が染み込んじゃってるわけっす」
「……それならまず、その口調をどうにかしたらいいんじゃないか?」
「それは言われてるんっすけどねぇ……今更直しにくいっすよ。もう口癖みたいなもんなんすっから」
「……それもそうか」
「そうっす。そうっす」
戦場とは思えない会話を続ける二人の視線が前方にて交錯する場所において、ディーティニアとテンペストが睨みあっている。二人からは、この世のモノとは思えない気配が迸っていた。特にテンペストは、眼に見えて恐ろしい。彼女が纏っている気配―――吐き気を催す邪悪を濃縮したかのような邪気。美しく感じる翡翠色に色づいた風が、テンペストの周囲を漂っているのを見るだけで、自分が死んだと勘違いするほどだ。
多くの危険生物を見てきたラグムシュエナでも、ここまでの怪物は見たことがなかった。陸獣王セルヴァも格の違う怪物だとは思ったが、竜女王は更にもう一つ上の段階に住む生物だと言っても的外れな意見にはならないだろうと、彼女は判断を下す。 知らず知らずのうちに、ラグムシュエナの口に溜まっていた唾液を、ごくりと音をたてて嚥下した。
「……お兄さん、いいんっすか?」
「何がだ?」
「セルヴァとタイマンはったお兄さんも大概っすけど、幾らなんでもあの化け物に一騎打ちって無理無謀っすよ……だってあいつ竜女王テンペスト・テンペシアっすよね?」
「なんだ、聞こえていたのか。あれだけ距離が離れていたのによく聞き取れたな」
「生憎とうちは地獄耳っすから。で、お兄さんも協力したほうがいいんじゃないっすか?」
キョウの耳へと顔を近づいてこそこそと囁く。
ふっと口から漏れた息が耳にあたって何とも言えない気分になるが、それに対処する体力すら今のキョウには惜しい。
「……今の俺では足手まといにしかならん。せめて一度だけでもまともに動く体力を回復させることができるまでは様子見だ」
「いやいや、気持ちはわかるっすけど……流石に竜女王は無理っす。あの魔女の魔力は凄いと思うっすけど。竜王種の力は―――」
「いいから黙って見てるといい。ディーテはお前が考えているよりも遥かに強い。俺の戦ってきた化け物どもの中でもその強さは―――同率一位の怪物だ」
「……え?」
キョウの絶大な信頼の言葉に、ラグムシュエナが反射的に聞き返そうとして―――。
「―――爆炎の大連鎖」
凍えるような緊迫した雰囲気を破り、先手を取ったのはディーティニアだった。
それはある意味当然のことだ。ディーティニアは魔法使い。対してテンペストの身体能力を持ってすれば、人間の肉体程度ならば紙くずと変わらない。力を然程いれずとも、撲殺なり殴殺なり好きに殺すことは可能である。それだけではなく、セルヴァの巨躯を消滅させた魔法能力。遠近ともに隙がなく、万能な力を発揮する。
そんな相手に後手に回ったとしたら、即座に命を落とすことになるだろう。
ディーティニアとてそれを理解しての速攻魔術だった。
拳大の炎の塊がテンペストの周囲に顕現。
十数個にも渡ったそれらが、竜女王を中心にして眩い光を発光。炎塊の一つが弾けて内部から灼熱の業火が巻き起こされる。それと連鎖して他の炎の塊も弾けて爆発と灼熱の入り混じった破壊を撒き散らした。岩をも容易く溶かす高熱の大爆発が幾度も繰り返されテンペストを焼き尽くす。
だが、さぁっと風が吹く。
それだけで破壊を続けていた炎が消え去り、その場には相変わらずの姿のテンペストが立っている。
やはり、火傷一つ負っていない。服さえも燃えず、何も変化していない彼女は―――ディーティニアに対して少しだけ関心を示したかのように、視線に興味深そうな色を乗せた。
「驚いたな。そなた詠唱破棄の使い手か。しかも、信じがたいことに今のは高位魔法に属する類のもの。ここまでの魔法を即座に発動させるか。ムシュフシュ程度では相手にならぬ力量よ。実に見事だ」
「……随分と上から目線で言ってくれるではないか」
「それは当然だ。確かに驚きはした」
―――だが、それだけだ。
テンペストは、静かにそう語った。
彼女を襲った高位魔法は、テンペストの見立てでは中位竜種を軽々と焼失させることが可能な威力だ。魔法はそれを扱う魔法使いの技量によって威力を大きく変化させる。マナをどれだけ体内に取り込み、どれだけ体内に蓄積させ、どれだけ体外に放出できるか。その大小で威力が増減してくるのだが、ディーティニアが操るマナは規格外。ただの下位魔法でも、一流の魔法使いが放つ高位魔法を凌駕する。竜種にとって脅威に値する魔法使い。本人が語る大魔法使い、幻想大陸最高という肩書きは決して冗談ではなく、純然たる事実であった。
問題は、そのディーティニアが放った高位魔法でさえもテンペストに火傷一つ負わせることができていないことだ。
しかも彼女は、魔法や他の何かで防御したのではなく―――何もしていない。
無抵抗の状態で魔法を受けて、平然としている。流石のディーティニアとて、このような経験は初めてであった。
かつて戦ったことがある南大陸の魔王の一体。
魔王デッドエンド・アイ。視界に入った相手の生命を強制的に散らすことができる魔眼を持った魔王でさえも、ここまでではなかったのだから。
魔法を防がれたわけではなく、避けられたわけではなく、相殺されたわけでもない。
ただ―――効かなかった。
「……やはり、力の差が離れすぎておるようだ。とはいっても、我も時間をかけることはしたくない。時間は無限と考えていたが、今は惜しいと思っている」
遠く離れ、壁に寄りかかって座っているキョウへと艶やかな流し目を送る。
されどそんなテンペストの背後には飢えた竜種の幻想を、霞む視界の中でキョウは確かに見た。
傍にいたラグムシュエナは、可哀相なくらいビクっと反応してキョウの背に隠れようとするのだが―――それが気に食わないのか竜女王の狐耳娘を見る眼は大層冷ややかである。
「さて、キョウよ。もしも、そなたの身体が動くようになったならば何時でも構わん。斬りかかってくるといい。それくらいの緊張感を持って遊ばねば、戦闘という行為にすらならん」
ディーティニアの先ほどの発言を揶揄するように、竜女王は言葉を紡ぐ。
そしてあろうことか、キョウへ対して挑発する。二人がかりでなければ自分には到底及ばないと、その発言の裏には込められていたのだ。
そんなテンペストの挑発に二人は反応をしない。圧倒的な差に対する恐怖や絶望、諦観、悔しさといった感情が全く見られなかった。言ってしまえば二人は普段通り。自然体。超越存在を前にして、その姿はあまりにも不自然過ぎる。
「……言われてるぞ、ディーテ?」
「ふん、吠えるだけの力は持っておる。驕っても、自惚れてもおらぬ。こやつの力量―――底がとてつもなく深い」
「それには同感だ。俺も万全な状態でも勝てるかどうかわからん」
「よう言うわ」
視線はテンペストに固定されてはいるが軽口を叩き合う二人の姿に、不可解な様子を見せるのは竜女王だ。
自分を前にして、何故ここまで平然としていられるのか。ディーティニアの魔法では、高位魔法でさえも通用しなかったというのに―――。
「だが、底がとてつもなく深いだけじゃ」
片手を突き出したディーティニアは薄い酷薄な笑みを口元に浮かべて―――。
「―――底は見えた」
狂炎の剣、と可憐な唇が呪文を奏でる。
巨大な炎剣がディーティニアの片手に一瞬で顕現。振り下ろすと同時に大地に赤い炎の線がはしった。三日月形の炎を纏った真空波がテンペストへと叩きつけられる。
それを一瞥した彼女は、迫り来る炎の斬撃を―――片手で受け止めた。拮抗するのは一瞬で、掴んだまま力いっぱい地面へと投げつけた。激しい音をあげて大地と炎がぶつかりあい、その場に小さなクレーターを作り上げた。
「―――爆炎の火球!!」
直径一メートルにも及ぶ火弾がその隙を狙って放たれる。
見事なまでにテンペストの隙をついた一撃だったが、火弾が激突して炸裂するも、煙と炎が治まった後にはやはり怪我の一つも見られない。
「……つまらんな。確かにそなたは強い。魔眼の王を退けたというのも頷ける。だが―――」
微かに乱れている翠色の長髪を、手で軽く梳きながら。
「―――我ら竜王種を他と比べてもらっても困る。我らは古より世界でさえも最強と謳われてきた超越種だ」
空気をうならせ、ディーティニアが構えるよりも速く、テンペストは魔女の目の前にいた。
特に力を振りしぼったわけでもなく、何かの技術を使ったのでもなく―――単純に速い。生物としての根本的な身体能力の違い。決して埋めようがない差。
そして竜女王は、驚いた表情のディーティニアのに向かって軽く手を振った。
空気を狂暴な破壊音を告げて打ち抜き、裏拳が魔女の横顔を捕らえる。容赦なくめりこみ、彼女の頭を容赦なく吹き飛ばす結果となった。
首から上が無くなったディーティニアの姿を見て、うわっと声をあげたのはラグムシュエナである。
まさか一撃で殺されるとは考えていなかったが―――相手は竜女王。これもまた順当な戦いの結果だ。
だが、ディーティニアを理不尽ともいえる力で圧殺した当の本人は、目を大きく開け動きを止めた。
彼女が動きを止めたのとほぼ同時に、頭を潰されたディーティニアの身体がゆらりと揺らぎ、波打つようにして消えていく。テンペストの手には人を潰した感触はなく、形を持たない何かを殴りつけた感覚しか残ってはいない。
「―――踊れ、狂え。導くは焼き尽くす白き聖炎。我望むは滅亡。混濁する欲望の渦。天より降り注ぐ宙の牙。地より這い出でる大地の爪。天地併せて森羅万象を水泡へと帰す混沌と化せ」
声が聞こえる。
誰の、と問うまでもない。急激に温度をあげていく空気。
呼吸をするのも一苦労となっていく重圧。テンペストの邪気を振り払い、逆に侵食していく灼熱の戦意。
「超重の超炎!!」
瞬間、赤い線で描かれた六芒星がテンペストを中心として大地に出現する。
その魔方陣の大きさは、かつて西の山脈で巨人種を一掃するために使用した時よりも遥かに小さい。あの時は直系にして百メートル近くはあったというのに、今度は精々が数メートル程度だ。
あれは多数の敵を仕留めるために敢えて効果範囲を広げた結果であり、その分威力が随分と低下してしまうデメリットがあった。逆に言えば、威力が下がっていながら、数十を超える巨人種を撃滅したということだ。
つまり、ここまで効果範囲を狭めた状態で使用すれば―――。
「―――っなん、だと!?」
焦燥が混じった声が初めてテンペストからあがった。
身体全体に圧しかかる重圧。普段感じているものとは比較にならず。上空から襲い掛かる重力が、テンペストの身体を圧し折る勢いで増して行く。強靭な肉体を持つ竜女王であっても、徐々に増大していく重圧に膝をついた。
ミシミシと骨を圧し折ろうとする魔法力に、くはっと獰猛な笑みを浮かべて―――震える身体で立ち上がった。押し寄せてくる重圧は増す一方。しかし、それでも竜王種はそれに負けじと完全に立ち上がり、ディーティニアが居る方角へと顔を向ける。足を一歩踏み出せば、それだけで地面に足跡がつき、ベコンっと音をたてて埋まっていく。
そして、そんなテンペストに向かって降り注ぐ炎の閃光。地面の六芒星から立ち昇った炎が、天空へと到達。そこから大地を進んでいる彼女に降り注いだ。
骨も残さぬ、王位魔法の前にてテンペストは炎の海に飲み込まれた。彼女を焼き尽くさんと燃え盛るそれらに全身を包まれながら―――。
「なめるなよ、エルフ如きが!!」
獰猛な雄叫びとともに、テンペストが両腕を振るった。
突風が吹き、火の海となっていた彼女の周囲の全ての炎を鎮める。腕の一振りで王位魔法を相殺されたことに驚いたのは、その威力をしっているキョウだけだ。ディーティニアは全く感情を見せないまま既に次の一手を打っている。
「燃えよ、燃えよ、燃えよ。終局へと導く蒼炎の千手。湧き上がり、混沌へと導く煉獄から召喚されし黒き炎脈。全ての闇を導き照らす、終炎の光。森羅万象遍く滅ぼす、棺を掲げよ」
重力の影響で動きが鈍くなっているテンペストだったが、その状態でもディーティニアとは身体能力の差は歴然であり―――。
天に掲げた右腕を振り下ろす。手に集まっていた翡翠の色合いをしている疾風が、何十もの刃を形作りディーティニアへと乱舞する。何の容赦もなくそれらはディーティニアを切り刻み、粉微塵にしながらも、その後方にあった建物の残骸を蹴散らし彼方へと消えていった。
「―――灼熱の女王。世界を構成する万象の理。戦乱と争乱を制圧し、四界を正せ。我が名において終焉を告げよ」
「また、幻炎か!?」
テンペストが狙った魔女は今度も炎が創り上げた幻で、再びあらぬ方向からのディーティニアの声に声を荒げる。絶対強者たる自分が翻弄されている様に、僅かながらの苛立ちを見せ始めていた。
「終焉の終炎!!」
瞬間。
テンペストの視界全てを覆い隠す爆炎の龍が顎を大きく広げながら飛来する。
彼女の肌を焼く熱量。痛いほどに伝わってくる破壊力。女神以来となる脅威を感じながらも―――竜女王は逃走を選択することは無かった。
セルヴァが獣の王であると同様に、彼女もまた竜種の頂点。数千年に渡って不敗を貫いた怪物達の一柱。
如何なる存在も凌駕する超越存在。決して彼らに死の予感を感じさせる相手はいなかった。
其れ故の、王者としての誇り。それが自然と逃走という選択肢を、テンペストから奪っている。
「は、はっはっは。実に、笑える話だ。そなたの力もまた―――我らと並び立つというのか」
狂える龍の顎が、高らかに笑うテンペストの身体を飲み込んだ。
地面を蒸発させながら、それの直線上にるモノ全てを焼失させ、飛翔していく炎の龍が―――。
ビシリっと皹が入る。
その皹が一つだけだった。だがすぐに二つ、三つと際限なく増えていき、霧散する。
炎が散った後に残されたのは、やはりと言うべきか、恐るべしと言うべきか―――無傷のテンペスト・テンペシアの姿だった。
ディーティニアの王位魔法。その二つを真正面から受けながら、それでも打破しえない怪物がそこにはいた。
「そなたは見事だ。キョウ=スメラギとともに、その魂の輝きは称賛に値する。されど―――」
手を天空へと掲げたテンペスト。
青空に支配された海の大海を連想させる上空が、彩りを変えてゆく。
どこからともなく数多の雲が現れて、巨大な積乱雲を形成し始めた。そこから生み出される生暖かい血風が、テンペストを中心として、密度を濃くしていく。吹き飛ばされるような突風と威圧。彼女の手に集まる異様な力は―――ディ-ティニアの王位魔法の重圧にも匹敵するもので。
「―――そなたでも、我には届かん」
テンペストが放とうとしているのは風の砲撃。翠と黒が入り混じった、二つのエネルギーが螺旋を描いて敵を蹴散らす。竜砲とも呼ばれる、王位竜種のみが使用できる破壊の閃光だ。それを一度放てば、人間が住む王城一つ軽く消し飛ばすことが可能という代物だ。その破壊力故に、竜王種達も滅多に使うことがない技である。この形態で放つのは多少無茶ではあるが、それでも自分をここまで本気にさせた相手へ対する褒美の意味も秘めていた。
絶望的な気配が周囲を包む。
大地が恐れたかのように地震を起こす。風がテンペストに全て奪い取られ、周囲は無風となる。
そんな中、ディーティニアはちらりとキョウへと視線を送った。遥か彼方にいたはずのキョウは、ディーティニアの視線に気づく。顔さえ見えない、見えるのは豆粒みたいな小さな彼女の身体だけだというのに。それでも、一瞬だけ送ってきた魔女の視線に気づき―――その意味を理解した。
「―――ならば、今ここで届かせよう」
そして―――魔女は静かに吠える。
テンペストへ向けて片手を向け、これまで以上の超魔法力を身に纏い。
周囲一帯はおろか、数キロメートルに渡って満ち溢れていたマナを喰らい尽くし、全てを己の力へと変える。
それは赤だった。それは紅だった。それは朱だった。一切の余分のない真炎。
純粋にあらゆるモノを燃やし尽くす。その炎は敵対するものに、魔女の罰を与える。
これはディーティニアの本当の意味での奥の手の一つ。女神を殺さんがために到達した神殺しの極地。
「―――瞬く星々。終わりにして始まり。始まりにして終わり。原始の時から時間を刻む悠久なる時の流れ。時空を歪めし荒々しき世界の胎動。凝固する天空。凍結する大地。三千世界に渡り、万物全てを貫く終光の槍。天地開闢に等しい我が力―――とくとご覧じよ」
足を踏ん張り、テンペストに向けた右手を、もう一方の手で固定。
右手の掌を中心に展開した魔力障壁が、そこだけにマナを収束し続ける。
最初は数センチ程度の大きさだった炎の球は、急速に拡大して行き気がつけば十数メートルを軽く超えた大きさに到達していた。そこからさらに増大していく。それから発せられる高熱が、地面の表層を溶かしていった。
「……ばかっな。なんだ、それは!? ありえん!! そなた、そなた一体―――」
ディーティニアが収束させ続けている炎に、取り乱したかのようにテンペストが叫び―――。
「天地終焉」
破滅を告げる言霊が、遂に放たれた。
魔女の照準が、真っ直ぐと、躊躇いなくテンペストを見据える。
炎に塗れる魔女と天風を纏う竜女王。
互いの極限が解き放たれ―――。
―――赤光と翠光が世界を支配した。




