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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
一部 邂逅編
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一章   銀の少女?







 幻想大陸と呼ばれている世界がある。

 巨大な五つの大陸が東西南北と中央に存在している。それ以外にも小さな島や大陸も幾つかはあるが。主にあげるとすれば、五大陸をあげなければならないだろう。

 そしてそれらを包むように、天まで貫く死の霧と呼ばれる黒い靄が、四方八方を障壁となって外の世界への行き来を阻んでいた。歴史を遡ること八百年―――それより以前はまだ死の霧はなく、外の世界と自由に往来できたという。

 

 今では誰一人として死の霧の外に出た者はおらず、故に既に幻想大陸と呼ばれるこの内部は、一つの世界と認識されていた。

 この世界で最も勢力が強い生物といったら間違いなく人間種である。単純に数が多い。それに加えて女神エレクシルから与えられた魔法と呼ばれる能力も使用可能だ。南の大陸を除く他の大陸全てに多数の国家を建て、生活している。

 次は亜人。人狼族や、猫耳族、鬼人族、エルフといった人と魔族の中間ともいえる種族だ。彼ら彼女らは、どちらかというと人間寄りである。人と協力することも多く、人と共に生活している姿をみるのが普通だ。


 人間と亜人と敵対しているのが魔獣。

 所謂理性のない、獣。人も亜人も、魔族さえも見境無く襲い、喰らう。基本的には深い森の奥に生息していることも多いが、草原や町の近くにも巣を構えていることもあり、人間や亜人が命を落とす原因はこれらの存在が大きい。


 そして魔族。

 女神エレクシルに反旗を翻した人外達。異形の姿をしているものもいれば、人に近い姿の者もいる。

 本能に組み込まれた呪い。血と臓物の匂いを愛する殺戮狂。南の大陸を拠点として、他の四つの人間達が住む大陸に戦争を仕掛けてきている。南の大陸には五体の王が存在し、それぞれが魔王を名乗り、人間達以外に同族同士で覇権を争っている。もしそれがなかったならば、既にこの幻想大陸から人間や亜人といった種族は根絶していただろうとも言われていた。


 そんな多くの種族たちが日々争いを続けているこの世界。

 その五つの大陸のうちの一つ、北の大陸。その大陸の北の果て―――数多の魔獣が生息する樹海から物語りは幕を開ける。 

















 


 北の大陸。魔族の本拠地である南の大陸から最も遠いために、五大陸の中で一番の平和を享受している―――と、思うかもしれないが、残念ながらそれは違う。

 逆に北部の地域は、ある意味幻想大陸でも有数の危険地帯である。

 その理由は簡単で、北大陸からさらに北上していくと五大陸ほどではないが、比較的巨大な島が見受けられる。

 そこは【竜園】と呼ばれる、幻想大陸最悪の地域。


 幻想大陸に存在するほぼ全ての竜種は、ここに生息しているのだ。

 下位竜種の飛竜(ワイバーン)や、中位竜種の代表的な火竜といった属性竜。高位竜種、それを超える竜王種などの名称持ちといった人の手に負えない怪物達が蠢いている。

 彼らがその気になれば、幻想大陸全ての生命は瞬く間に消え去るだろう。だが、竜種はそのような行動は起こさない。その理由は単純なことで、女神エレクシルから本能に刻み込まれているからだ。人も魔獣も魔族も、それら全てを滅ぼさない程度に暴れるように、と。   


 だが逆に言えば、絶滅しない程度ならばなにをしてもいいというわけで―――竜園に住む怪物達は、時折自分達の望むがままに他の大陸に飛び立ち、破滅を撒き散らす。一番距離的に近い北大陸が被害にあうことが多いとはいえ、当然他の大陸も襲われることもある。南大陸も例外ではなく、時折出現した竜種によって壊滅的被害を浴びたという例もすくなくない。ようするに竜種とは、女神に変わって幻想大陸のバランスを保つ役割を担っているというわけだ。人と亜人と魔獣と魔族。それらの戦力が拮抗するように淘汰を行う幻想種、それが竜園に住む彼らの役割。


 そんな幻想大陸最悪の種族が住む場所に最も近い北の大陸最北端。

 誰もが近づくことを躊躇う辺境の地。十数キロに渡って巨大な木々に覆われた、竜園に近いということを差し引いても近寄ることが憚れる魔獣が多く生息する森だ。ここに名称はない。誰からも怖れられ、北の森としか呼ばれてはいなかった。 

 その森を潜り抜け、更に北へと向かうと海岸へと辿り着く。その海岸は陽光を反射し、砂浜がまるで宝石のように輝いている。水平線の彼方には、巨大な竜園が豆粒と勘違いしそうなほどに小さく見えた。


 綺麗な砂浜と比例して、海も汚れ一つない透き通ったマリンブルー。目を凝らさずとも、海の中で泳いでいる魚がはっきりと確認できる。場所が場所でなければ、多くの人が訪れることは間違いない海岸であった。

 

 そんな海岸のすぐ近く。海へと突き出した巨大な崖。ゴツゴツとした岩肌が、十メートルほどの高さで連なっている。

 その崖の上に一つの人影があった。


 海の彼方を見ながら釣竿を握っているのは大変小柄な少女だ。座っているのではっきりとはわからないが、精々が百三十を超えるかどうかといったところだ。容姿も身長と相応に幼く見える。白銀に輝くショートカットに切りそろえられた髪が、キラリと太陽の光を受けて輝いていた。銀の髪の隙間から、人間とは異なった長い耳が突き出している。

 透き通るような白い肌。僅かな染みもない、まさに白磁。エメラルドを思わせる、翠の瞳。細い眉に、すっきりと鼻筋が通っている。ぞっとするほどに美しい少女ではあるが、何故か感じられる印象が薄い。

 街を歩いていて誰もが振り返る美しさとはまた異なっている。美しい花の横でひっそりと咲く花。そのような清楚な可愛らしさを少女はたたえている。

 少女の身体に合っていない、大きめのゆったりとした白装束を身に纏い、頭にはこれまた同色の先がピンっと尖った三角帽子をかぶっていた。

 銀髪の少女はどこか不機嫌そうに、綺麗な眉を八の字にひそめ唇を尖らせている。

 

「……ふむ。どうやら今日も坊主で終わるようだのぅ」


 見かけとは裏腹にやけに古臭い言葉遣いの少女は、ふぅっと深い溜め息をつきちらりと隣に置いてあるバケツに目をやる。

 青いバケツの中には水が八割ほど入っているだけで、彼女の言葉を肯定するように魚は一匹も見受けられなかった。

 どれだけ長時間釣りをしていたのかは不明だが、少女が不機嫌になるくらいの時間は釣り糸を垂らしていたようである。


 パシャンっと水が弾ける音がする。

 少女が音に反応して、崖の下に視線を送った。海へと釣り糸が伸びている先、その近くを魚が何匹も跳ねているのが見えた。数十センチの大きさの魚影が幾つも釣り餌の近くをくるくると回転して様子を見ていたが、やがてそれら全ては彼方へと消えていく。全く餌に食いつきもしないことに、疲れたように肩を落とす。


「今日こそは魚を食べたかったが、これでは仕方ないか」


 どっこいしょっと掛け声をかけながら立ち上がると、手に力を入れる。くいっと釣り竿をひきあげると水面を弾く小さな音が聞こえた。糸の先には針がかかっている小さな肉片がある。それを手繰り寄せると、竿を肩にかけてついでに横に置いてあったバケツを手に取った。


 立ち去ろうと背を向けようとしたその時―――少女の長い耳がピクリと動いた。  


 遥か遠方から徐々に大きくなってくる男の声。

 どこから聞こえるのかと、意識を耳に集中させる。ピクピクと動く長い耳。それが少女の可愛らしい外見とあいまって小動物を連想させてくる。


 後方に広がっている森からではない。

 それがわかると、さらに意識を集中させる。さらにはっきりと聞こえてくる。声だけではなく、何やら空気を突っ切ってくる風の轟音も聞き取った。


「……上?」


 確信を抱いた少女はキッと目を細めると、勢い良く天空を見上げる。

 海のマリンブルーと同じく、空は雲ひとつない晴天だった。目が痛くなるほどの純粋な青。

 そんな青一色の空に、ぽつりと浮き上がる黒。小さな点だったそれは見る見るうちに大きくなっていき、何かわからない点だったモノの正体を現した。

 黒い服を身に纏った男性がどこか焦ったように、表情を引き攣らせながら空から落下してくる。

 

 空から流星の如く墜落してきた男性だと確認した少女は―――とりあえず、その落下の行方を見守った。

 不幸中の幸いというべきか男性の落下予測地点は、少女の前方数十メートル先。つまりは澄み渡るマリンブルーの沖。大地に叩きつけられるよりはマシだろうと、少女は無情にも墜落していく男の姿を見送った。


「―――ぅぉぉぉおおおお!?」


 響き渡る焦った遠吠え。

 しかし幾ら吼えたとしてもどうにかなるわけでもなく、数秒後激しい衝撃音が遠方から聞こえてくる。

 それと同時にその衝撃で生み出された波紋が大きく海面を揺らしていく。

 黙って見続けること数秒程度の時が流れる。静けさを取り戻した海の表面が、再度バシャリと音をたてて盛り上がった。


 少女の視線の先、海面から顔を出したのは先ほど墜落してきた男性。

 げほっと咳き込むと、何回か頭を振って水気を飛ばす。どれくらいの高さから墜落してきたのかわからないが、全く怪我をしている様子は見られなかった。


「ほう。あれほどの衝撃を受けて意識をとばしておらぬか。なかなか見所のある若者よ」


 素直に驚嘆を言葉にのせ、少女はバケツと釣り竿を地面に降ろすと、腕を組んでそう一人ごちた。

 対して青年は自分が一体どういう状況なのか確認しようと、四方に顔を動かす。

 やがて、陸地は少女がいる方角にしかないことに気づき、ゆっくりとそちらに向けて泳ぎ始めた。


「まぁ、意識を保っていても……終いのようじゃが。運があるのかないのか分からぬなぁ」


 僅かな憐憫を瞳に宿し、陸地を目指してゆっくりと泳いでくる青年の暗雲の未来を祈る。

 青年は気づいていないが、少女からははっきりと見えた。彼のさらに下の海底から、巨大な何かがせりあがってきているのを―――。


 その正体を少女は知っていた。

 この地域の海底に潜む海獣の一種。ギガントタートルと呼ばれる巨大な肉食の亀。肥大化した鉄壁の甲羅を背負い、鋭い牙であらゆる獲物を喰らい殺す。ここら一帯では、竜種を除き食物連鎖の頂点に位置する海の王者だ。

 海という戦い難い環境もあいまって、第六級危険生物に指定されている怪物である。

 自分のフィールドにいるのならば、魚だろうが獣だろうが人だろうが、この怪物の餌としかなり得ない。


 己へと迫ってきている死の香りに感づいたのか、青年の動きがぴたりと止まった。

 訝しげに周囲を観察する。しかし、それは悪手であった。せめて全力で陸地を目指して泳いでいれば―――いや、例えそうしていても間に合わなかったのは明らかだ。

 人と海獣では、そもそものスピードが違いすぎる。


 そこでようやく青年が、海底から猛スピードで迫り来る脅威に気づいた。

 人を遥かに越える巨体。全長にして五メートル近い。ギラギラと血に飢えた獣の眼球が、ぎょろりと新たな獲物を捉えている。緑の皮膚が、見る者の嫌悪感をひきたてる。海をかきわける力強い四肢。

 ぐぱりっと人を丸呑みにできそうな口が大きく開いた。


 終わった―――そう、少女が考えたのは当然のことだ。


 だが、その想像は裏切られることになる。  

 それも全くの予想の範囲外。理解に苦しむ結果が、そこに生み出された。  

  

 その時吹いた風は何だったのか。

 物理的な圧力を秘めた突風が、少女の全身を強く叩いた。反射的に腰を落とし、両足を踏ん張って力を入れる。そうしなければ後方へと尻餅をついていたかもしれない。

 荒々しい旋風。いや、戦風。未だ青年が喰われていないのに、血生臭い血風が少女の鼻についた。

 長きに渡る人生を歩んできた少女でさえも、吐き気をもよおさずにはいられない、それほどに死というものをイメージさせる異様な気配が爆発的に膨れ上がる。

 それを放ったのが第六級危険生物ではなく、命の灯火が消える寸前の青年が発したものなのだと気づくのに幾許かの時を擁することになった。


 ギガントタートルが、勢い良く水上に飛び上がる。水しぶきが激しく散った。

 喰いつかれるその間際、青年は左手で上顎を掴み、左足を下顎に引っ掛ける形となってギリギリの所で命を拾っていた。喰いつけなかったことに苛立ったのか、ギガントタートルの瞳がさらに狂暴に光る。無力な獲物が無駄に命を長らえるな、と叫んでいるようにも見えた。

 しかし―――。


 海獣が次の行動を起こすよりも速く、青年の右手が霞む。

 腰に差してあった鞘から抜刀。何かを切り裂く音もせず、それは無音の出来事となる。

 喰いつこうとしていたギガントタートルの動きがピタリと止まった。


 変化は突然。

 ずるりっと巨体を誇る亀の半身がずれた(・・・)

 丁度巨体の中心を境目に、左右対称となって巨躯が斜めにずれてゆく。鉄の剣をも軽々と弾き返す鉄壁の甲羅さえも、例外ではなく。真っ二つに切り別たれた断面から、今ようやく斬られた事を思い出したかのように鮮血が溢れ、海面を赤く染め上げていく。

 その断面もまた見事。見る者の視線を釘付けとするほどに滑らかで、もしも今すぐに断面図を合わせれば元通りにくっつくのではないかと思えるほどだ。

 

 確実に殺したと確認した青年は、刀を鞘に戻す。

 そこでようやく空中へと飛び出していた死体となったギガントタートルと青年が飛沫をあげて海へと落下する。

 一瞬海中へと潜る結果となったが、すぐに海面から顔をだし、口の中に入った海水をぺっと吐き出した。

 呆然とその光景を見ていた少女だったが、我を失っていたのは数秒の話。

 

 到底信じられない光景を目の前にして、少女はくっと口元に笑みを浮かべた。

 人から聞いたのでは信用できない結果ではあるが、自分の目で見たのならば信じるしかない。

 長きに渡って生きてきた少女でさえも、海上で第六級危険生物を打倒する人間を見たことは無かった。船の上ではない。文字通りの海上で、だ。しかも、見た限り青年が魔法を使ったわけではない。魔法が宿している武器というわけでもない。一瞬とは言え見えた刀身からは、本人と同じく魔法力を感じられなかったからだ。

 ただの鉄の武器で鉄壁の甲羅を両断するという異常な神技。それは純粋な青年の技量。ただの人の技で、ギガントタートルという脅威を屠ったのだ。

 

 何者かはわからない。果たして人なのか。それとも人の姿をした何かなのか。

 ぞぞっと背筋を駆け抜ける悪寒。それに加えて驚愕と一抹の期待。


「―――面白いのぅ」


 知らず知らずのうちに少女はそんな言葉を発していた。

 そして気づく。自分が笑みを微かとはいえ浮かべていることに。

 期待に胸を膨らませるとは何時以来だろうか。竜王種や魔王、魔獣王種といった超越存在とはまた違った危うさを放っていた人の姿をした何かに、視線が釘付けとなる。

 気が遠くなる年月を生き抜いてきた少女は―――この日久々に心が躍った。


 


   

   

 



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