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幻想大陸  作者: しるうぃっしゅ
二部 北大陸編
19/106

十八章  メウルーテ



 ここ(・・)は戦場だった。

 そこにて蟻のように群がってくる軍勢を相手に、たった二人で迎え撃っている男女がいる。

 その二人は異常だった。押し寄せる敵兵は数千を超える。僅か二人では抵抗する間もなく殺されるのは当たり前の話だった。十秒と持たず、圧倒的な数の暴力で制圧されて終わる。それが当然のことだ。


 だが、その二人は普通とは違った。

 異常だった。異様だった。異質であり、異端。

 数の暴力を凌駕する―――個の暴力を持つ人災だった。


 兵士達は二人を中心に円形の陣形が組み、休まず絶え間なく攻め続けている。

 近づくだけで新たな死体を生み出す二人の男女に、この場にいる誰もが恐怖を抱いていた。しかし、彼らは手を休めない。彼らは皆逃げ出すことが出来ない。家族を人質にとられ、戦うことを強要された兵士達。逃げ出したならば、家族ともども処刑をされる運命が待つがために、死を確信しながらも戦い続ける。


 空気を貫く音がして、数百本の矢が一斉にふりかかる。

 しかし、二人には慌てる様子は全く見えない。女が一瞥すると、二人の周囲に赤黒い薄い膜状の円形の壁が出現。降り注いできた矢を全て防ぎきる。

 そこから飛び出し、男が手に持った刀を一閃。瞬く間に数人の首を刈り取ると、混乱する敵を置いて新たな箇所に切り込む。既に男が斬った数は数百を超える。地面には恐怖と無念で顔を歪めた遺体が転がり、敵の足を止める役割も担っていた。

 襲い掛かってくる兵士達はそれこそ悪鬼のような形相だ。眼は血走っており、頬は引き攣っている。それでも突撃し続ける様は、もはや後がないということだろう。だが、二人には―――いや、女にはそんな相手の事情は関係ない。必要ない。敵ならば、いや生きている相手ならばもはや殺すしかない。


「―――もういいぞ(・・・・・)、キョウ。もう十分だ」

「ああ、そうか」


 斬って斬って斬り続けていた剣士―――キョウ=スメラギは一息つくと、女性の下までさがる。

 常に前線で動き続けてきたキョウが後退したことを、疲労と判断した兵士達はこの機を逃すまいと円陣を縮めてきたが―――それは悪手にほかならない。

 

「無様で愚かで救いようのない馬鹿どもめ。だが、赦してやる。お前達の罪を私が赦してやる。だから死ね。懺悔も必要ない、だから死ね。謝罪も必要ない、だから死ね。お前達に許されるのは死ぬことだけだ」


 女性は片手を地面に叩き付ける。

 その瞬間―――地面が蠢く。大地が生き物のように蠢きまわる。土に染み込んでいた数百人分の血が、まるで意思を持ったと言わんばかりに、地面から鋭利な棘となって兵士達を貫き始めた。

 円陣を組んでいた兵士達を前から順番に血液によって、足を、手を、頭を、胴体を貫通され―――次々と死体へと変えていく。

 そして新たに死体となった肉体から零れた血液が、その後方にいる兵士達に襲い掛かる。そしてまた生み出された死体から漏れた血がさらにその後方の兵士達へと―――。

 それは無限に続く殺戮の連鎖。自分の血液のみならず、他人の血液さえも自在に操る特異能力(アビリティ)世界(アナザー)の長きに渡る歴史の中で、初めて確認された最悪の能力。血が流れる戦場において、その真価をもっとも発揮する。一人で数万にも及ぶ大軍勢を滅ぼした悪魔の御技。

 七つの人災と呼ばれる災厄達が、たった七人で一国を滅ぼせた理由―――それが七つの人災最強、《操血》による能力が大きい。

 

 この女性がいたからこそ、たった七人で《エレクシル教国》という、人類至上主義を掲げる国家を滅ぼすことが出来た。

 その結果世界中から狙われることになったのだが、それは一国を滅ぼした自業自得といえるかもしれない。


 これだけの血を得た以上、数千にも及ぶ兵士達を皆殺しにするのに、そう時間はかからなかった。

 後に残されたのは戦場を埋め尽くす死体のみ。命を拾えたものは誰一人としていなかった。 


「―――相変わらずお前は化け物だな」


 そんな時に操血が言葉を放った。凍りつくような冷たさの声だったが、口調とは裏腹にそこには難詰する響きはない。冷たい声色の割には不思議と興味や関心といった感情が込められていたのだが、今はまだそれを向けられた当の本人に気づく余裕はなかった。

 その場で生存している者は僅か二名。

 一人はキョウ。淡々と自分の愛刀の血糊を拭っている。

 もう一人の操血はというと切れ長の細い目。黒みがかった焦げ茶色の瞳。頬から顎にかけてのシャープなライン。腰まで届く長い黒髪を後ろで括り付け、ポニーティルにしている。年齢は二十代半ばくらいだろうか。ほっそりとした身体を、男物の服で包んでいる。女性の雰囲気というものが彼女には感じられない―――冷たい目付きに、乱暴な言葉遣い。起伏のない肉体と悪条件が重なっている。

 だが、理由はわからないが自然と目を惹き付けられる不可視の雰囲気を纏っているようにも感じられた。 

 

「化け物はお前の方だと思うけどな」


 操血にそんな返事をするキョウは、ようやく血糊を拭えたことに満足して鞘へと刀を納めた。

 この世界の人間の認識はどちらかというとキョウよりだ。誰もが《操血》という存在を七つの人災の最強だと認めている。畏れている。誰よりもまず殺さなければならない忌むべき存在だと考えられていた。


「ふん。私の力など特異能力(アビリティ)に恵まれただけの最強だ。だがお前は違う。お前は刀一つで私と同じこちら(・・・)側に来ようとしている。そんなお前を化け物と言わずして何とする」

「散々殺しかけてどの口でそんな言葉をほざく」


 キョウは少々機嫌悪そうに鼻を鳴らす。

 幼い頃に操血に拾われて早二十余年。母親であり、姉であり、師であるこの女に勝てた試しは一度としてなかった。

 といっても、彼女はキョウに家族として何かをしてきたということはない。幼い頃から戦場に連れて行き、戦場で育てた。刀を与えたのは特に理由も無い。単純にキョウが一番最初に興味を持った武器が刀だった―――本当にただそれだけのことだ。


 それにしても―――と、キョウは改めて操血を横目で見る。

 相変わらず女性という点でいえば色香は感じないが、倒錯的な美しさを放っていた。それは二十年以上一緒にいたせいで慣れただけかもしれないが、少なくともキョウがこれまで出会ってきた中で彼女より美しいと感じた人間はたった一人だ。

 そう、初めて出会った二十年以上も前から、全く容姿が変わることのない操血は果たして人間なのかとも思ったことも多々あるが、結局はこう結論付けた。

 この化け物は人間であるほうがおかしい(・・・・・・・・・)と。


「しかし、お前は愚かだ。お前の特異能力(アビリティ)は、希少だ。私には及ばずとも全能に為り得るだけの可能性を秘めていた。お前の行く道には何十もの進むべき道があった。結局それらを捨ててしまったのだからな」

「……ああ。他の奴らにも散々馬鹿にされたが。俺にはこれ(・・)しかない。それに、神殺しを目指しているんだ。これくらい(・・・・・)しなければ、この切っ先すら届かないだろう」

「ああ、そうだな。お前は愚かだ。救いようのない愚か者だ。最悪の選択肢を選んだ馬鹿者だ。無限の可能性を自らで摘み取った大馬鹿者だ。だが―――」


 操血はそこで一旦言葉を止める。

 そして、息を吐き―――。


「私はお前を愛そう。世界中の誰もがお前を見限っても、私だけはお前を愛そう。世界中の誰もがお前を恨んでも、私だけはお前を愛そう。世界中の誰もがお前の選択を理解せずとも、私だけはお前を愛そう。キョウ=スメラギ―――私はお前だけを愛し続けよう」


 冷酷な瞳のなかに、苛烈な意思を宿した操血は薄く笑う。


「だからこそ、お前も私を愛してくれ(殺してくれ)。お前の力で、お前の刀で、お前の特異能力(アビリティ)で―――お前の全てで。お前が剣の答えを識った時、お前が剣の頂点に立った時。最高のお前をそこで愛してやる(殺してやる)。だからこそ―――」


 そこにいるのは狂人だった。

 まともな思考回路を残していない、真の意味での厄災だった。

  

「お前は私以外に本気(・・)をだすな。全力(・・)を見せるな。私と戦うためだけに、その時だけのためにお前の全てを自身で抑圧(・・)し続けろ。私以外に、本当(・・)のお前を見せることを誰よりも私が許さない」


 操血が朗々と語るそれは、キョウの心に刻み込む呪いの様で―――。


「最高のお前と貪りあったその時は、どんな気持ちを抱くか分からない。だが、楽しみだ。心が躍る。今から想像しただけで身体が熱くなる。私は心底お前と―――愛し合いたい(殺し合いたい)


 



 






















「……夢を見るのは、久しぶりか」


 ズキズキと痛む頭に手をやりながらキョウは、天井を見上げていた。

 結構な年季を感じさせる木造の天井はところどころ薄汚れているが、久々のベッドで寝れたということもありあまり気にならない。やや硬さを感じるベッドだったが、野宿よりはよほど身体には負担をかけずに寝られたようだ。

 一つだけある窓から外を見れば、若干陽の光が差し込んできているようだ。夜明けを少し過ぎた頃とよんだキョウは、ベッドから起き上がると深呼吸をしながら体を伸ばす。

 

 ふと隣を見れば、当たり前というべきかディーティニアは熟睡中だ。

 恐らくは昼間では寝ているだろうと判断すると、傍にあった刀を手に取ると腰に差す。

 隣に人がいるのに夢を見るほど深く寝れたことにキョウは多少驚きを隠せない。七つの人災と行動を共にしていたときでさえ、浅い眠りにしかつけていなかったというのに。

 ディーティニアに慣れた為か、追っ手が誰も居ないことが原因なのか―――今はまだキョウには分からなかった。


 窓を開けて顔を外に出してみる。

 流石人口が多い都市だけあり、朝早い時間でも裏通りを歩く人間を幾人か見受けられた。

 身体を捻り空を見上げてみると、厚い雲に覆われている。どうやら、本日は天気はそれほど宜しくないと確認したキョウは窓を閉めると部屋から出ると一階へと向かう。


 階下では、まだ人の気配もまばらだった。それもこの時間なら無理はないと考えつつ、キョウは昨日と同じ食堂へと向かった。昨日は大量の料理を腹になんとか詰め込み、残すことはしなかったが腹が満腹になりすぎて暫く椅子から動くことが出来なかったことを思い出す。

 ニルーニャとメウルーテと一時間ほど雑談をして部屋に戻り、昨日は眠りについた。ディーティニアだけはうきうきとした様子は隠せずに風呂に向かったのだが。


 食堂を覗いてみれば、やはり人は少ない。

 昨日は満席だったが、ざっと見渡す限り精々数人の人間しか席についていなかった。好きな席に座れるが、敢えてカウンターの椅子へと腰をおろす。

 宿の受付をした少女の父らしき中年男性が、別の客のところへ料理を置いてから近寄ってきた。


「おはようさん、兄さん。早いが朝食を済ませるかい?」

「ええ、お願いします。三階に宿泊させていただいている―――」

「ああ、キョウさんだったか。確か小さいエルフの子と泊まっている」

「……よくご存知で」


 まさか名前を覚えられているとは考えていなかったキョウが、少しだけ怪しむような視線となる。

 その視線に気づいたわけではないだろうが、男性はカウンターの中で手早く食材を調理しながら面白そうに話を続けた。


「昨日はあの猫耳族の双子と仲良くしてたみたいだからな。嫌でも目立ってたぞ?」

「あー」

「あの二人組みは、こんな場末の宿に相応しくない可愛らしいお嬢さん達だし、結構人気があるんだよ。狙ってる探求者も少なくはないと思うけど」


 そういえば、ニルーニャ達に大声で名前を呼ばれたせいだったのか、途中何度もあまり好ましくない感情を込められた視線が刺さり続けていたのをふと思い出す。

 特に手をだしてくるという雰囲気ではなかったため放置していたのだが、そういった意味合いがこもっていたのかと一晩たってようやく答えを知ることが出来た。 


「なるほど……そういうことでしたか」

「ああ。どういう関係かしらないが、もし何かされそうになったら大人しく逃げた方が良いぞ。宿の中なら手出しはさせないが外の時までは面倒みきれないしな」

「ご忠告痛み入ります」


 コトンと音をたててキョウの前に差し出される皿。

 小さいパンが二個と、目玉焼きが乗った野菜炒めだ。量は普通だったため、ふぅっと安堵のため息を吐く。もし朝食まで昨晩の料理の量だったら逃げ出す自信が間違いなくあった。

 目の前に置かれた食事に手をつけようとしたその時、食堂に新たな来客が一人。

 まだ眠いのか、目元を擦りながらふらふらとやってくるメウルーテ。傍にはニルーニャがいないのを見たのは今回初めてで、多少珍しいと感じる。


「おじさんー朝食お願いしますー」

「あいよ、ちょっと待ってな」

「はーい」


 うとうととした様子のメウルーテは、揺れながらもなんとかカウンターの椅子に到着し、座ることに成功。

 ふわっと手で隠しながら口を大きく開けて欠伸をする。目尻に涙が浮かぶが、再び目を擦ってようやく目が覚めてきたのか目が通常運転を開始した。そして、ピシリっと固まる。よく見てみれば、二つ隣の席でキョウが朝食を食しているところだったのだから。


「おはよう、昨日は世話になった」


 固まったメウルーテに声をかけるが無反応。

 これはどうしたものか、とキョウが悩んでいる間に正気を取り戻したメウルーテが、カウンターに頭を隠すように塞ぎこむ。あーやら、うーやら、奇妙な声をあげていた。暫くそんな様子が続いていたが、諦めたのか顔をあげて恨みがましい目を宿の主人に向ける。


「うー、キョウさん来てる事教えてほしかったなぁ」

「はははは、いやいやご免。まぁ、いいじゃないか」

「良くないですよー。変な姿見られちゃって凄く変な気分です」

「これを機会に半分寝ながら降りてくるのは辞めたらどうだい?」


 何やらメウルーテに責められている主人は、笑いながら聞き逃し朝食をテキパキと作り続けている。

 彼女も本気で怒っているというわけではなく、照れ隠しという意味でこんな発言をしたのだろう。


「……お早うございます。キョウさんって朝早いんですね」

「ん? ああ、そうだな。昔からの習慣で大抵目が覚めるようになっている」

「そうなんですか? 健康的ですねぇ、でもなんかそんな雰囲気がしてますから、納得できます」


 カタンっとメウルーテの前に置かれた皿。

 朝食の内容はキョウと全く同じだ。会話を一旦打ち切ると二人で目の前の食事に舌鼓を打つ。

 味はやはり極上であり、到底小金貨二枚で泊まれる宿に付く食事とは思えない。

 静かに朝食を食べ続けて数分。二人の前の皿はすっかり空となり、主人が満足そうに片付けていく。

 ふぅっと一服し、コップに入った水で喉を潤す。


「ニルーニャは一緒じゃないのか?」

「あ、はい。ニルは朝が弱くて……放っておいたら昼近くまでは寝てる筈ですよ」

「……うちのディーテと一緒だな」

「ディーテさんもそうなんですか? 意外ですね……しっかりしてそうな雰囲気でしたのに」


 確かにディーテは外見が幼いとはいえ、そんな弱点を持っているようには見えない。キョウとて最初にそれを知った時若干驚いたものだ。

 一方ニルーニャはというと、なんとなく納得できてしまいそうな雰囲気だ。朝が弱いと教えられても―――ああ、そうか。で、終わってしまう。


「だから依頼がある時以外は大抵昼まで寝てるんです。もうちょっと早く起きて欲しいと思ってるんですけど……」

「ほー。それなら今日は探求者としての依頼は無いのか?」

「はい、昨日依頼を終わらせて報告したばかりですから。ただ、今から割の良い依頼がないか見に行く予定ですけど」

「今から? やけに早く行くんだな」

「僕達が受けれる十級か九級の依頼はライバルが多いですから。結構な早い者勝ちになってしまうことが多いんです。なので僕が朝一番でどんな依頼があるかだけ見に行って、良さそうなのがあったらそのまま受けて帰ってきます。微妙なのしかなかったらニルと相談ですね」


 柱にかかっている時計の時間を見たメウルーテが立ち上がる。

 そろそろ出発する時間ということだろうか。


「―――探求者組合に行くのなら俺も一緒に行ってもいいか?」

「え? 別に構わないですが、何か用事でもありましたか?」

「いや、俺も一度くらいは探求者組合を見学して起きたいと」

「……ああ、そういえば。キョウさんってコーネル村から出てきたばかりでしたっけ。構いませんよ、ご案内しますね」


 キョウの昨日の説明を思い出したメウルーテが、にこりと微笑んでキョウの申し出を受け入れた。どこか機嫌が良さそうで、猫耳は元気良く頭の上で動いている。

 ニルーニャもディーティニアも両方ともが当分起きないことを確信している二人は、特に部屋に戻るわけでもなくそのまま《勇敢なる野兎の館》から外へと向かう。

 建物の外はやはりというべきか裏通りに存在するだけあって多少薄暗い。まだ陽が昇りきっていない時間帯なのだからなおさらだ。道を熟知しているメウルーテと並んでキョウは大通りへと向かう。そこまでの道のりは複雑で、一人で行けと言われても恐らくは不可能。どこかで道に迷ってしまうことになるのは想像に容易い。


 昨日は《勇敢なる野兎の館》に到着するのに一時間近くかかったが、今回は大通りにでるまで十分もかからなかった。これは心強いと、キョウはメウルーテに感謝する。なんとなく道筋は覚えたが、完璧に辿れる自信はない。


「二人はここにきてもう長いのか?」

「そうですね……元々は東大陸から一旗あげようってことで北大陸にやってきたのが一年くらい前です。王都トリニシアにいたんですけど、どうもニルには肌が合わなかったらしくて。それで色々と放浪しているうちにここに落ち着いた感じです。なのでまだネールは三ヶ月くらいのはずです」

 

 僕も王都は嫌だったんですけど……と、呟くのが聞こえた。

 どうやら二人にはあまり良い思い出がないらしく、表情は優れない。

 初めてネールの門の前で会った時にも王都のことを好ましくないような言い方をしていたのを、キョウは思い出した。

 

「探求者として仕事は上手くいっているのか?」

「うーん。どうでしょうか。王都では碌に依頼も受けれなかったので除外しますけど、ネールに来て三ヶ月で第九級にあがれたのは結構順調らしいです。普通はもうちょっとかかるらしいんですけど……多分二人で依頼を遂行できるというのも大きかったと思います」

「ほー。それは順調みたいだな。第八級までどれくらいかかりそうなんだ?」

「う、うーん。まだまだ力不足な毎日を実感していますので何とも……一年くらいであげれればいいかなとは考えています」


 大抵の探求者は十級から九級になるまでに一年はかかると言われている。

 それを考えれば、ニルーニャとメウルーテの三ヶ月というのは異例のスピードとも言えた。

 そして一年と口に出したメウルーテの言葉も普通ならば異常なことだ。九級から八級に挙がろうと思えば、それなりに討伐依頼も増えることも相まって更に長い期間を必要とする。本来ならば三年近くの月日を費やして漸く、といったところだ。そして大抵の人間がここで探求者としての道を諦めるか命を落とす。もしくは引退を余儀なくされる怪我を負う。

 探求者とはそれほどに厳しい道なのだ。


 昨日はキョウ達は北の正門から大通りを一直線に降りてきたが、今回向かう探求者組合は南通りの方角にあるようで、メウルーテはそちらの方向に足を進めている。

 昨晩は露天商が道の両端に隙間なく店を立ち並べていたが、流石に朝が早いということもあり出店されている店は多くはない。まだ準備中の店もあれば、既に開店している店もある。

 そんな大通りを付きぬけ南どおりを少し歩くと、離れていても一目でわかるほどに大きな建物が視界に入ってきた。明らかに周辺の建物とは違う。外からぱっと見る限り三階建てで、横幅も周囲の建物よりも遥かに長い。百メートル程度はあるだろうか。奥行きもあり、他の建物が邪魔で確認は出来ないが、《勇敢なる野兎の館》とは比較にならない。


 メウルーテは、トントンとリズムよくその建物の扉へと続く数段の階段をリズム良く駆け上がっていき、ばっと振り返る。

 そして、にっこりと満面の笑顔を浮かべ―――。


「ようこそ、探求者組合へ。僕は貴方を歓迎します!!」


 中性的な美声が、静かな大通りに響き渡った。

 






















 巨人の山々ジャイアントマウンテンより東へ半日ほど歩いた場所にある平原。

 そこには小さいが、人間の手による集落が建てられていた。

 人口は最北端にあるコーネル村とほぼ同等くらいだ。数百人程度の人間が暮らしている、片田舎。

 

 そこは巨人の山々ジャイアントマウンテンを監視するという役目も担っている平原の民が暮らしている。

 しかし、巨人達は基本的に山から降りてくることはないため、毎日を平穏に暮らしているといっても過言ではない生活を続けていた。 

 そんな日々は―――遂に終焉を迎えた。


 異常事態に気づいたのは、この集落に住んでいる全ての人間だ。

 ズン。ズン。ズンと規則正しい地響きが、遠くから聞こえてくる。最初は地震かとも考えられたが、それにしては連続して続きすぎている。余震にしては妙だと感じたある村人が、村の西側を見て―――固まった。


 山のような巨躯を誇る怪物が、一歩ずつ村に向かって近づいてきている。

 それを見た村人は、夢か幻と勘違いしたくなった。だが、それはすぐさまに現実だと脳が受け入れる。

 何故ならば、この村に住まう者達は巨人の山々ジャイアントマウンテンだけではなく、これ(・・)の監視も兼ねていたのだから。もはや気が遠くなるほどの昔から西にある王の森から出ることはなかった、魔の獣。

 伝承に語られる古文書にのみその姿を書き記された、王位種の一体。


 それが今―――表舞台に姿を現した。


 ガクガクと全身が恐怖で震えながら、男は走る。

 無様に何度も転げ、それでも彼は村の中を駆け抜け、目的の人物を見つけた。

 彼よりも随分と低い身長の少女。今年で十三を迎えたこの一族の族長の娘だ。男は延々と続く地震に驚いている少女の手を掴むと傍にあった馬小屋に駆け込む。一番足が速い馬を選ぶと外に出た。地響きは段々と近づいてくることに焦燥を感じる。だが、諦めることだけはしてはならない。この日のためだけに彼らはこの村を存続させてきたのだから。


「ファル、いいか良く聞け。お前はこれから東に走れ。回り道など決してするな。いいか、馬を潰しても良い。休むことなく走らせ続けろ!!」

「う、うん、一体何が起きてる?」


 普段は勝気なファルと呼ばれた少女も、有無を言わさない男性の様子に不安を隠せない。

 だが男性は余計なことを言わない。言う余裕もない。心にも時間にも、そんなものは有りはしないのだ。


「東にある町についたら探求者組合の支部があったはずだ。そこの支部長に伝えるんだ。どれだけ疑われても、相手に信じてもらえるまで話し続けろ」

「だ、だから一体なにが起きて―――」

「セルヴァが、巨人の山々ジャイアントマウンテンを越えてきた、と」

「―――え?」


 男はファルを無理矢理に馬へと乗せる。

 地震のせいで馬も興奮状態にあるが、この際仕方ない。

 そのまま馬の尻を思いっきり叩くと、ファルを乗せた馬は驚いて走り出した。


「ま、待って―――」

「必ず伝えろ、いいか必ずだ!! 北大陸全ての命運がお前の肩に託されたことを忘れるな!! 必ず―――伝えろ!!」


 馬に乗ったファルが混乱する考えを纏めようとして、小さくなっていく故郷を見ようと背後を振り返ろうとした瞬間―――光が迸った。目を焼き尽くす神々しい光。集落の半分近くを一瞬で焼失させた光景がファルの脳に焼きついた。嘘だと叫びたかったが、それにしては生々しすぎて―――。


 ぼろぼろと涙を流しながら彼女は馬を走らせ続ける。

 命をかけて自分を逃してくれた村人のためにも。彼の最後の願いを叶えるために。

 視界が涙で波打つ。それを手の平でおもいっきり拭う。

 そして彼女は―――たった一人でセルヴァの脅威を伝えるために平原を駆け抜けていく。


 今この時、セルヴァ襲来を知って生存している者はまだ―――ファル一人だけだった。


 

 

 

 


 

 

これからこれくらいの時間を目安に投稿させていただきます。

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