十二章 コーネル村3
キョウが風呂場から戻ってみれば、彼の気配察知が正しかったことを肯定するように、村長がミリアーナ宅へ招き入れられ、テーブルを囲って置かれていた椅子の一つに腰をおろしていた。
部屋の中にキョウが戻ってきたことに気づくと、席から立ちあがり頭を下げる。
「夜分の訪問をお詫びします。本当でしたら明日に―――」
「いえ、構いません。何か御用がありましたか?」
村長の謝罪を遮って、キョウが用件を聞き出そうと直球に尋ねた。
室内の二箇所に空けられている窓、そこにはめられている格子の隙間からは既に光は入ってきていない。村長の言う通り、外は夕闇に包まれており、夜といっても過言ではない時間帯に突入していた。
こんな時間に訪ねてくるのだから、どうでもいいような内容であるはずがない。何かしらの重要な話をしにきたと見たほうがいいと判断して、キョウは余計な会話を省こうとしたのだ。
それが相手にも伝わったのか、村長は特に気分を害したわけでもなく、椅子に座りなおして居住まいを正す。
キョウもまた、空いている椅子に腰をおろした。村長はゴホンっと咳払いを一つして、やや躊躇うように口を開いた。
「その、まずはこの村の危機を救っていただき有難うございます。貴方様の助けがなければ、どうなっていたことか……」
「こちらとしても、屋根とベッドがある場所で休みたかったというのが本音ですから。そのついでと思っていただけたら構いませんが」
「そ、そうですか……それで、その村を救っていただいたお礼なのですが、その何分村の被害も大きく、貴方様のご期待に添えるだけの金額が用意できるかどうか……」
心苦しそうに表情を歪めて恐る恐る語ってくる村長に対して、何故こんなに緊張しているのかキョウは悟った。
もしも彼らが払う謝礼に満足しなかったら、どういった行動を起こされるのかと戦々恐々としているのだろう。いや別に暴れないし、と内心で思いながら、どんな対応をするか思考する。
正直な話キョウにとっては、謝礼目的で助けたわけではない。本当に一泊の宿のためだけにサイクロプス達を斬り殺しただけなのだ。流石に死体に埋め尽くされた村では寝たくないということもあり、剣を振るった。
それに酷い話になるが、こんな辺境にある村の謝礼には期待できないのが本音だ。街まで行けば竜鱗を売りさばいて十分なお金も手に入る。それなのにわざわざ受け取る意味があるのかどうか。
さて、どうしたものか……考え込みながらチラリと横目でディーティニアに視線を送る。
アイコンタクトでどう対応するべきか問うと、ワシに任せておけと言うように胸を張った。まさか通じるとは思っていなかっただけにキョウが若干驚きながら、本当に伝わったのか内心で疑ってもいた。
変なことを言い出したらとりあえず止めようと、何時でも椅子から立ち上がれるように重心を変える。
「勘違いしているようじゃが、ワシらは謝礼目的でお主らを助けたわけではない。長旅の疲れを癒そうと、たまたまこの村に寄ったついでにアレらを片付けただけじゃ」
「え? いや、その……」
キョウと話していると思っていたら突然会話に割って入ってきたディーティニアを見て、微妙に困惑した村長がキョウの表情を窺っている。
この少女をどうにかしてくださいと視線は訴えている気がした。
「あー、その、言い忘れていて申し訳ないです。こいつはこんな小さな姿をしていますが、エルフなんです。俺よりも余程年上なので、交渉ごとはこっちに任せているんですよ」
「エ、エルフでしたか。ああ、確かに耳が……こ、これは失礼しました」
身体の成長が幼い時に止まってしまうというのも苦労するんだなと、改めてディーティニアの苦労をわかったキョウがこれからはもう少し優しくしようと心に誓う。
「小さいは余計じゃが、先ほど述べた理由により、謝礼は謹んでお断りしよう」
「しかし、その……」
謝礼を支払わなくても良いと聞いて、村長の顔に浮かんだのは安堵と疑惑。
どれだけ多額の請求をされるかと胃が痛い思いで尋ねてきてみれば、謝礼はいらないという。だが、それは幾らなんでも怪しすぎる。もしかしたら他のことで請求されるのかもしれない。無償の助けほど、疑わなければならないものはない。
そんな村長の表情から、そういった疑念を読み取ったキョウは肘でディーティニアの腹部を軽く突く。
その肘をパシっと手で払われる。任せておけと無言で語っている自信満々のディーティニアの横顔を見たキョウは、余計な口出しはしないほうがいいかと判断して、二人の会話を見守った。
「無論謝礼はいらぬが、その代わりに水と食料を分けて貰いたい。タダでと言う訳ではないぞ? それなりに値引いて貰えれば助かる」
「は、はぁ……その程度で宜しいのでしたらこちらとしても有り難いのですが」
「うむ、幸いワシらは金に困っているというわけでもない。村の復興費用にでも充てるがよい」
ディーティニアのお金に困っていないというのは事実である。
何でも大昔に探求者として世界を巡ったことがあり、その時に随分と荒稼ぎしたとか。それが原因で彼女の悪名がまた有名になったと自嘲気味に教えられていた。その荒稼ぎしたという金額を見たとき、キョウとて眩暈がしたものだ。
竜鱗を二十枚ばかし売ったところでは到底及ばない金額だったのだから。
「有難うございます。それで、その……もう一つお話したいことがあるのですが」
「む、まだあるのか?」
「ああ、その……もしお疲れでしたらまた明日出直して参りますが」
「いや、構わぬよ。二度手間になるよりは今すぐ聞いたほうが互いによかろう」
話が終わったと考えていたディーティニアが、村長の台詞に眉を顰めた。
それに慌てたのは村長だ。もし、機嫌を損ねて前言を撤回されては元も子もない。
しかしそれは杞憂だったようで、ディーティニアは話を続けよ、と声をかけた。
「お二人は、明日にはもうこの村を出発されるご予定でしょうか?」
「食料と水を補給できたならば、そうしようと考えておるが」
「そうですか。何かお急ぎのご予定でも……?」
「いや、特に急ぎと言う訳ではないが。かさばっておる荷物もあるし、出来れば速めに南の工業都市ネールに行こうと考えておるところじゃよ」
「そ、そうでしたか……」
村長は何かを口に出そうとしているが、やや躊躇っている様子が見受けられる。
一体何をそんなに躊躇っているのか分からなかった二人だが、キョウが不意にピンと来る。脳内で途切れていた思考の糸が繋がったような感覚が響く。
「つまり、貴方はこう言いたい訳ですか? 何時サイクロプスが襲ってくるかもわからないから暫くこの村に滞在して欲しい、と」
「……っ、ええ。その通りです」
思考を読まれた村長は驚いて眼を見開く。
実際には、これくらいの推測は誰にだってできるだろう。
村人を食い殺し、多大な被害を齎したサイクロプス。それらが今日襲ってきた三匹だけとは限らない。
そんな楽観視できるほどこの辺境ともいえる地は甘くない。確実にまだいると考えたほうがいいだろう。
再び襲われてしまったら、間違いなく今度こそ壊滅だ。第十級危険生物なら兎も角、第七級の怪物など、村人達がどれだけ数をそろえようとも、武器を持とうとも意味はない。全ては無駄に終わってしまう。
今から他の街や村に避難するにしても、そこまでの余裕があるところはすくない。ましてや、数百人規模の逃避行。無事で目的の場所までいけるとは限らない。それに村を捨てることを良しとしない者達もいるはずだ。特に年齢が上の、老人達は自分達の生まれ育ったここから離れることはないだろう。
そういった点を考慮して、キョウ達による村の警備をして貰うというのがもっとも現実的な手段となる。
それでも、村長がこの話を切り出すのを躊躇ったのは多くの理由があった。
本来こういった仕事は探求者組合に回して、そこから組合を通して探求者を派遣して貰う。
組合を通す以上、受け継いだ難易度によってかかる費用は異なってくるわけだ。だが、その費用の限度額はある程度が組合によって定められており、そこまで無茶な金額とはならない。また、探求者の責任は全て組合が背負うこととなる。
しかし、組合を通さずに依頼者が探求者個人に仕事を回す場合もある。そういった時にかかる費用は組合を通さない以上、目安となる金額が存在しない。つまりは、下限もなければ上限もない。依頼者が金額を出し渋るときもあれば、探求者が金額を吊り上げるときもある。それは依頼者側か探求者側のどちらかが有利不利で変化してくるのだが―――。
今この状況でいえば、間違いなく後者。
キョウとディーティニアが望めば望むだけ、依頼料を吊り上げることが可能と言うわけだ。
しかもサイクロプス達がいつくるかもわからない。いや、もしかしたらこないかもしれない。それを考えればどれだけの間キョウ達をこの村に拘束しなければならないのか。第七級危険生物を打破できるレベルの探求者の拘束―――それを考えたら一体どれだけの金額になるか想像もできない。下手をしなくてもこの村が立ち行かなくなるだけの請求をされてもおかしくはない。
そしてもう一つ。
探求者組合から派遣されてきた者達には責任が生じている。いや、個人で雇われた者達に責任がないかといえばそうではない。組合から派遣された以上、彼らは組合の看板を背負って働かなければならない。そのため、依頼者へ対する態度は紳士的な対応を取り、乱暴を働いたりは決してしない。そんなことをすれば自分達が属する組合に泥を塗るようなものだからだ。もしそういったことをすれば組合から直接ペナルティを受けてしまう。それ故に、探求者組合から派遣された者達と個人で雇った探求者とでは信頼度が段違いとなる。
村を救ってくれたキョウとディーティニアではあるが、はっきりいってこの二人は村人からしてみれば余所者である。
どんな人間なのかもわからない。信頼も何も出来ない、サイクロプスよりも遥かに強い人の姿をしただけの怪物が、村の中で寝ている。果たしてそれで安心して過ごすことができるだろうか。出来るはずも無い。
幾らキョウ達が命の恩人だからといって、それで全てを任すことができるほど世の中は甘くないことを皆が知っている。
それでも、今現在頼ることが出来るのは二人だけという現実。
そのために、村長もこの話をするのを躊躇っていたのだろう。
ここまで推測できたのは、北の森で迷っている間にこの世界のことを嫌と言うほど語られたためだ。迷ったことにも意味はあったのかとキョウは、感謝を込めてディーティニアを見る。
彼女もまた、キョウと同じ結論に達したのか、どこか納得したように視線を交差させる。
その視線は、どうする? と言った問いかけだ。キョウは、お前に任せると軽く頷いて答えとした。
「……では、折中案としてこういうのはどうじゃろうか?」
「は、はい?」
「お主らが不安なのはよく分かっている。何せ、ワシらは余所者じゃ。身元も何も分からぬ二人を信用できまい」
「い、いえ!! そんなことは!!」
「よい、気にするでない。それでじゃ……お主たちは明日朝一番で工業都市ネールに早馬を送ればよい。これこれこういった事情のため探求者を派遣して欲しい、と。その後探求者達がここに来るまでの間、ワシらはここに残ろう。金はいらぬが、ここに滞在する間の宿と食事といった最低限のことは保証して貰いたい」
「……あ、あの……その程度で本当によろしいのですか?」
「よい、構わぬ。キョウ、お主もそれでよいか?」
村長が考えていたよりも、破格といってもいい条件―――村にとってだが―――を提示したディーティニアの問い掛けに、キョウは特に反対する理由も無い。
「ああ、お前に任せるよ。俺としても特に急ぐ用事はないしな」
「ならば決まりじゃ。明日から村を適当に見回ることくらいはするので、村人達にはそのことを言い含めておいてくれぬか? 無用のトラブルは御免被るからのぅ、頼むぞ」
「あ、は、はい。わかりました」
まさかこんな最良を更に超えた極上の交渉で終わるとは考えていなかった村長は、魂が抜けたかのように不安定な足取りで自分の家へと帰っていった。
キョウ達と村長との交渉を黙って見守っていたミリアーナは、室内に四人しかいなくなったのを確認すると、おずおずと手を挙げる。表情が曇っているのを見ると、何か心配事でもあるかのようだった。
「あのー、本当にいいんでしょうか? キョウさんみたいな凄い方が無理に残って貰って。しかも、お金もいらないって……探求者だったら有り得ない事ですよ」
ミリアーナの言うことももっともである。
探求者は危険生物と戦うときは当然命を賭ける。実際に命を落とす人間も少なくはない。
だから、彼らは報酬に関してはシビアだ。それが悪いというわけではなく、むしろ当然なのだ。命を削ってまで危険に赴き、戦う。それなのに、二人はまるで当たり前のように報酬はいらないと言い切った。
「うむ、お主の言いたいことはわかるが……ワシの予感によると恐らくは、奴らはこぬよ」
「奴ら? サイクロプスですか?」
「そうじゃ。理由はないただの直感じゃがな。だからこそ、この村の警備くらいならば別段料金を請求しようなどという気にはならぬ」
肩を竦めたディーティニアに対して、これ以上忠言するのも失礼にあたると考えてミリアーナは口を噤んだ。
「そういうわけで、暫くこの家に泊めて貰うことになるやもしれぬが、構わぬか?」
「え、はい。私は構いませんけど」
ミリアーナが妹を見ると、ミリスもまさか姉の手前嫌だというわけにもいかず、静かに頷いた。
強く拒絶しなかったのも思っていたよりもキョウが理性的な人間だと、把握できたためだろう。
「あ、それではそろそろ晩御飯を作りますので。お二人は少し待ってていただけますか?」
「お姉ちゃん、私も手伝うから」
「うん。お願いできる?」
ミリアーナとミリスの姉妹は、炊事場の方へと向かい調理に取り掛かる。ミリアーナが置いてあった火打石をカチカチを何度も打ち合わせ、火種を作ろうとしている。一度や二度で出来るはずもなく、幾度も火打石を手元で鳴らしている姿を見て、ディーティニアが立ち上がった。
口元で何事かを小さく囁いた瞬間、ボゥと音をたててカマドにくべてあった薪に火が勢いよく燃え広がる。その光景に眼を丸くして驚くのは姉妹だ。
「驚かせてすまぬな。それでよいか?」
一体何が起きたのかと固まっていたが、その火がディーティニアの魔法による結果だと気づいたのか、ミリアーナが尊敬と称賛が入り混じった表情で振り返った。
「格好からしてもしかしてと思っていましたけど、ディーテさんって魔法使いだったんですね」
「うむ。そこそこの腕前を持っていると自負しておるぞ」
「あ、そういえばキョウさんと会ったのも北の森でしたっけ。あんな場所に一人でいけるくらいですものね」
ミリアーナの言葉に、ディーティニアがキョウへと視線を送る。
兼ねてより打ち合わせていた通りのことを話したという意味合いを込めて小さく頷いた。なにやらこの村に来てアイコンタクトが増えたな、とふと思ったキョウだが、よく口にも出さず意思疎通ができているものだと同時に感心もしていた。
どうしてかディーティニアの考えていることはよくわかる。それはディーティニアとて同様であり、キョウが何を考えているのか不思議と理解できていた。
ミリアーナ達が調理を再開しはじめたその時、キョウが立ち上がる。
軽く背伸びをして、固まった肩の筋肉を軽く回してほぐす。
「すまんが、少し鍛錬をしてくる。すぐ戻ってくるから心配しないでくれ」
「え? た、鍛錬ですか!? わ、私もご一緒に―――」
「お、お姉ちゃん? 料理はどうするの?」
「……うっ」
鍛錬をしてくるという言葉に、眼をキラキラとさせて同行を願い出ようとしたミリアーナの動きを、冷静なミリスが見事に止めた。料理をすると言い出した手前、放り出すわけにもいかない。しかし、キョウの鍛錬にはついていきたいといった雰囲気を滲ませるミリアーナだったが、はぁっと諦めたのか肩を落として調理を始める。
どれだけ一緒に行きたかったのだろうか、ずーんっと暗い陰を背負い、幽鬼のように包丁で野菜を切っていた。
剣士として上を目指しているミリアーナとしては、サイクロプスを苦も無く撃退したキョウの鍛錬を是非見たいと考えるのもわからないでもない。だが―――今回ばかりは遠慮してもらわねばならない理由があった。
そのため、ディーティニアもキョウもミリアーナへ対して助け舟は出さなかったのだ。
「ふむ、キョウよ。心配はしてはおらぬが―――他の村人に気づかれるでないぞ」
「ああ、すぐ終わらせてくる」
ひらひらと手をあげてディーティニアに答えると、家を出る。
その際にまだ未練たらたらで、キョウの後姿を見送るミリアーナだったが、完全に彼の姿が見えなくなると大人しく料理に集中し始めた。明日はついていこうと心に決めながら。
家の外に出たキョウは、意識を集中させる。
自分の周囲に人がいないかを確認。いるのは家の中にいる三人だけで、他の住人もまた大人しく各々の家に閉じこもっているようだ。これならば問題ないと判断したキョウが―――地面を駆ける。
暗闇の中を一寸の迷いも無く、ある方向に向かって一直線に疾走した。
キョウの足が地面を蹴りつけるたびに、地面が抉られ飛び散っていく。村人が見ていたとしても黒いナニかが駆け抜けていったとしか感じられなかっただろう。
さらに意識を集中させる。戦いのときのように、一切の迷いもなく。自分の刀と意識を同化させてゆく。
多くの家の間を潜り抜け、村の奥に目掛けて足を止めない。森とほぼ一体化しているこの村の奥。野生動物対策に周囲を柵で囲っている村の外れ。スピードを殺さぬままにその柵に突撃、蹴りつけると同時に手をかけ自分の身体を持ち上げる。
空中に跳ね上がるキョウの肉体。細く薄められた瞳が、前方に広がっている広大な森を構成する木々の隙間に、異物を見つけた。明かりは雲がかった天空からの月光のみ。薄暗い、足を踏み出すのを躊躇わせる夜の森。木々の列が、雄大に広がっているその空間。
その一箇所にキョウは狙いを定める。
地面に降り立ったその瞬間、歯を食いしばる。音が鳴るほどに強く噛み締め、両脚に全力を込める。
土が爆ぜる。爆発を聞き間違えるかのような、残響。一瞬とはいえ、人の限界を遥かに超える筋力を引き出し―――識剣領域と呼ばれるそこに、自分を導く。
その速さ、人には非ず。その姿、人には見えず。
人間を容易く超越した速度で、一筋の黒雷が駆け抜けた。
キョウの前方。暗闇に潜んでいたナニかが、慌てて蠢く。
この場から脱出しようと、ガサリっと草木を踏みしめる音がした。そのナニかは遅かった。あまりにも遅すぎた。
キョウから逃げようと思うのならば、もっと早くから行動を起こさねば意味は無かったのだ。
全速のキョウから逃れることは出来ず。暗闇に溶けようとするナニかに向かって姿勢を低く、刀を抜刀。
鞘から解き放たれた白銀の剣閃が、何の抵抗も音も無く、断末魔をあげさせることなくナニかを断ち切った。
その瞬間、バシャっとバケツ一杯に入った血をばらまいたかのように青黒い血液が地面と木々を濡らす。
命の灯火が消えたナニかは、ごとりと音をあげて転がった。そこに転がっていたのは奇妙な生物であった。体長はキョウよりはやや大きいだろうか、二メートルを超えるほどだ。全身を血液と同じ青黒い鱗で覆われている。四肢が長く、手と足の指は人間と同じ五本指だった。頭には小さな角が一本だけ額から生えている。竜種とも考えたが、これはどちらかというと巨人種に近い構造をしているようだ。巨人種にしては小さいが、なんとなくサイクロプスと同種なのだろうという予感がした。
遠くから感じていた気配もまた、彼らと似たようなモノだったからだ。
暫く前から―――サイクロプスを倒す前からこの存在にはきづいていたが、全く動こうとはしていなかった。いや、正確には気配は二つあったが、サイクロプスを倒したときには一つになっていた。
恐らくは村を見張っていたのだろう。もしくは村人が逃げた時の処分をするために隠れていたかのどちらかだ。
しかし、そのうちの一つがいなくなっているのを見る限り逃げたか、報告しにいったか。
前者だったならばまだ良い。だが後者だった場合、まだこの村を狙っている怪物がいるということだ。それもサイクロプスを顎で使えるような上位種が。
自然と浮かんでいた口元の歪んだ笑みを手の平で隠し、今はまだ見えない新たな敵に期待をしつつ、キョウはミリアーナ達の家に帰宅して行った。
休みでしたので今日はもう一話追加です。
また明日宜しくお願いします。