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Genuin  作者: 麻友里
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second contact


数週間、私は死人のようになっていた。



電話を貰った時、あんなに毅然としていられたのに、後からどんどん、悲しみに沈んで行った。


仕事をしていても突然涙があふれてくる。


突然、機関銃のように喋りだして、笑いが止まらなくなる。


毎日私をみている両親は不安で仕方がなさそうだった。

家の仕事と、自分の部屋でしか生きていなかった。


外に出るのは億劫で、何もしたくないと思った。

このまま消えてしまいたいと思った。





あれ以来、いつものように毎日彼は電話をかけてくる。


一度もでなかった。



彼が私を呼んでいる携帯を握り締めて何度も何度も泣いた。


メールを開くと、彼からのメールが何件も送られている。


スクリーンが真っ黒に見えるほどの長い文で、例の話しとそのいきさつ、私に対する思い、


すべてが書かれていた。


何度も何度も同じことを彼は諦めず書いた。

新しく彼が感じている気持ちもかいた。

それを読んでまた泣き崩れた。




信じたいもの。信じられないもの。

見つからない答えを探そうともがいていた。




しばらくそんな状態が続いたある日、哲也が連絡をくれた。


「気分転換にタイにおいでよ。ぱ~っとしようよ。いつでも待ってるからさ」


彼の優しさにまた泣いた。




どれだけ泣いたのだろう、少しずつ、消化し始めた私は遂にタイに出かけた。


傷心旅行・・・かっこわるい響きに苦笑いしながらも、久しぶりに長旅をすることに嬉しさもこみ上げてくる。


何をする予定もなくチケットを買った。

バンコクでうろうろして、すべてを忘れてしまおうと思った。


悲しみとか、苦しみとか、迷いとか、すべてをバンコクの街に捨ててこようと思った。


バンコクに着くと空港に哲也が迎えに来てくれていた。


数年ぶりに会う彼は元気そうで、相変わらず、私たちは兄と妹のように安心した気持ちで居られた。

その日、哲也のうちの泊めてもらい、夜に色んな話をした。

でも結局最後は私と彼の話。そればっかりだった。


酔った勢いで、私が彼を今でも愛している事、彼も愛しているだろうと言う事、

そして、根拠は無いけど、一生、私たちはお互いを求めていくような気がする・・

と言うとこまで暴露して眠った。



:::::::::::::::::::::::::::


翌日、目が覚めると哲也はすでに仕事に出かけていて、私は一人でぼーっと時間を過ごしていた。



哲也の部屋のベランダの真下には黄金色に輝く寺院があって、お線香の煙で霞んでいた。


遠くに空港に続く高速道路が見えた。

夕暮れを背景に、たくさんのネオンやテールランプの鮮やかさが、燻る心に色んな影を作った。


夜、帰ってきた哲也と屋台にご飯を食べに行った。

哲也の家から数ブロック歩くと、たくさんの屋台が並んでいた。


香ばしい匂い、スパイスの匂い、あまったるい、フルーツの匂い。

それだけでおなかが一杯になるような気がした。



「あのさ、まだ、奴のこと好き?会いたい?」哲也が突然そう切り出した。


「え?・・・う~ん・・・そりゃぁ好きにきまってるよ・・。そんな簡単に気持ちって変わらないじゃん・・」


「・・だよね・・。」


「うん・・っていうか、知ってる?よく考えたらね、私と彼ってね、1回しかあったことないんだよ?たった一回。・・最初で最後だったんだね・・きっとさ。」


「あははは・・そうだったね。そっか、あの日だけしかあってないんだ」


「そう、だから、その分愛しいって言うか・・な~んか今までとは違うんだよね・・・人に言うの恥ずかしいけど、なんか・・純愛・・っぽいっていうか・・」


「え?純愛?はははは!純愛かぁ。中学生じゃん」


「そう!そうなの。大人になると、体の関係ってでてくるでしょ?それがないから余計、心と心がこう・・呼び合うというか・・ははは。こりゃ~一生の傷もらっちゃったね・・」


「・・そっか・・・一生の傷か・・・ごめんな。」


「なんで哲也が謝ってんの。やめてよ、そういうの。さ、飲もう飲もう。きっと一生一度しか会えない人だったんだよ ははは。なのに私バカみたいに、一緒になるって思ってた」


ビールで饒舌になった私は屋台のおじさんにビールを追加する。


「・・・のさ・・今さ、奴、来てるんだよね・・」気まずそうに哲也が切り出した。


「え?」


「いや、あのさ・・実はさ・・奴、今、バンコクにいる。・・んで樹里ちゃん到着する前、昨日も俺、奴と会ってきた」


私たちの横を大きな音でバイクが走っていく。

きわどいドレスをきたタイの女の人たちが酔っ払って甲高い笑い声をあげた。


「え?・・どういうこと・・・?」


「実はさ、俺、樹里ちゃん来るって奴に話した。俺もさ、樹里ちゃんから話しきいて、許せないって思ったから。友人として信頼してた奴だし、樹里ちゃんは俺の大事な妹みたいなもんだし・・」


「・・・哲也・・」


「それに俺が紹介したみたいなもんだしさ・・そしたら奴、飛んできたよ。樹里ちゃんに会って、話がしたいって、すっ飛んできた・・」


「・・・・」


目の前が霞み始める。

だんだん色んな感情で目が熱くなっていく。


「な~んか俺もよくわかんないけどさ・・・まだ、好きなんでしょ?だったら話てみたほうがいい。樹里ちゃんが一生苦しむ事がないようにさ・・・。」


「・・・・」


「それで気持ち踏ん切りつくかも出しさ・・・無理はいわないけど・・でも昨日、樹里ちゃんの話きいて、奴の話も聞いて、俺的にお互いの気持ちに区切りつけたほうがいいと思った」


「・・でも・・わかんないよ・・怖い」


「・・・・番号だけ、奴に教えといた・・」


私たちは黙ってビールを飲んだ。


沈黙の後「・・ありがとうね・・なんかね、正直、嬉しいって言うか・・感動してる・・かもしれない・・。彼さ、毎日メールとか電話してくんの・・そのたび、私はまた彼を好きになっていく・・。さよならしてからのほうがどんどん好きになってんの。笑えるよね。」


「・・・」


「あの女の人の事はあんまり問題じゃないんだ・・だってなんかあったとしても、私と出会う前の話しだし、私だって過去にいろんな恋愛してるじゃん?だから、そのことで彼を責める気はないのね・・ただ誰でもいいのか・・っておもってさ。」


「・・・普通に・・最低だよな・・。」


「うん。一夫多妻制とはいえ・・既婚者だしね・・。」


「・・だよな・・・。」


「なんかね、奥さんとかの事、まったく考えて無かった。そこにあの女の人もいたんだって・・・ある意味、彼ってすごいよね。ははは」


「・・う~ん・・・」


「私は他の人と同じか・・って・・あの幸せな時間はなんだったのかな・・って言うのが残念っていうか・・。一人ですっごい特別な気がしてた・・自分ひとりで感じてたんだろうなぁって思ったら情けなくて・・やっぱ辛い・・」


「・・そっか・・じゃ、会わない?」


「・・・会わない・・ほうがいい」


その後哲也の部屋に一緒に帰るあいだ、なにもお互い話せなかった。


:::::::::::::::::::::


翌朝、哲也はまた仕事に出かけていた。


冷蔵庫を勝手に開けて食べれそうなものを探す。


ビール以外、何にも入ってなかった。


マンションの横にコンビニがあったことを思いだす。


シャワーを浴びて着替えると、コンビニに出かけた。

マンションの管理人室で鍵を預け、エントランスを抜けると広い遊歩道がある。

その横がコンビニになっていた。



買い物をすませ、コンビニをでると、そこに見覚えのある顔が目に入った。




あの日と同じ、会いたくて、会いたくて何度も願った、

見覚えのある、あの丸い目、丸い鼻、丸い顔。小さなカールの髪。



立ち止った私を、彼はしっかりと見つめていた。


心臓がひっくり返ってしまうくらい早鐘を打つ。

手足が震え、感覚が冷たくなっていく。


彼は動けないでいる私にゆっくり近づき、静かに微笑んだ。

その顔は、懐かしく、穏やかだった。



突然、今すぐ抱きつきたい衝動に駆られた。

目の前にいる彼にずっとずっと触れたいと願っていた。



初めて会った日に触れた手が、今、私の頬に触れた。

暖かさが心地よかった。


「・・・なんでいるの・・?・・・なにしにきたの?」


やっと口から出た言葉は消え入りそうなほど小さかった。


頬に当てた手をそっと放し、「・・会いたかった。やっと会えた」と何度も彼は繰り返した。


「・・・なんで・・?・・なんで・・?」声にならない声とともに涙が溢れる。


「Oh樹里・・樹里・・会いたかった。泣かないで。今、目の前に君がいる・・自分でも信じられない。夢じゃないよね。僕らはまた会えたんだ。」


「・・お願いだぼくの話を聞いてくれ。そしてその後、僕を嫌いになってもいい。でも、ぼくの話をきいてくれ・・」


ぽろぽろと涙がTシャツに染みをつくる。


その染みの形を不思議な気持ちで見つめていた。

そうする事でなんとか平静を保とうとした。



哲也の部屋に戻るエレベーターのボタンさえ、私は押せなかった。

足も手も、とても震えていた。


ぎこちなく並んで待つ部屋の階までとても長く感じた。

途中落とした鍵を拾うとき、彼の手もまた震えている事に気が付いた。





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