doubt
「樹里さんですか?直接お話したいことがあります・・・」
突然、ある女性からメールが届いた。
その人は知人の知人で現在、彼の国にいる日本人女性だった。
私はもともと、勘が鋭いほうで、なぜだか、急に、彼の事だと悟った。
何故か・・・
彼はよく私の名前を呼び間違えた。
その女性は順子さんだと名乗った。
彼女が言うに、彼とは約1年くらい、恋人関係にあると言う。
そして、私と彼が出会ったのを機に捨てられた。
だから彼はそんなひどい男だから、気をつけてくださいということだった。
メールを読みながら全身が強ばる。
頭の先からつま先まで、冷たくなっていく。
それはまだ、ほんの始まりだった。
メールに記載されていた番号に電話をしてみると、いぶかしげな返事があった。
「はじめまして・・・メールみました。・・・あの、樹里です・・」
「・・あ・・。・・突然すみません・・でも、どうしてもお話したくて」
彼女はしっかりした口調で、彼とのいきさつを2時間以上にわたって話した。
彼女と彼は1年前から知り合い、半年前くらいから数回、肉体関係を持っていたという。
彼が日本から帰った後から態度がおかしく、電話も無視されるようになった。
問いただすともう終わりにしたいと一方的にいわれた。
そしてその時に、私の存在を知ったのだと。
「・・だから、樹里さんも気をつけたほうがいいよ。あいつはすっごい最低な男だよ。」
自分がいかに傷つき、彼がいかにひどい男かと何度も何度も早口でまくし立てた。
両手が震えて受話器を持つ手がしびれた。
何も考えられなかった。ぼーっと今までの事を思い出していた。
初めて握手した日・・
すでにあの人を特別に感じていた・・
聞きたくない・・聞きたくない・・
もう止めて・・・
違う・・彼はそんな人じゃない・・
でも彼には妻と息子がいる・・・
やっぱり・・私も?・・・
「・・・妻子あるくせに私に手をだして、また樹里さんにも手をだした。私はあいつにもてあそばれた。だから樹里さんもそうならないように・・・別れたほうが」
「・・めて・・。」
「え?・・だからね、あいつは、日本人の女をバカにしてるんだよ。すっごく最低で無能な男って気づいてませんか? 樹里さんもきっと遊ばれてる・・」
「・・止めてください・・。もうこれ以上聞きたくないです・・」
「聞きたくないって・・でもあなたのためを思うから、全部私の恥をおしんで・・」
「止めてください!!!!これ以上、あの人を悪く言わないでください」
「・・・」
「あなたと私を一緒にしないで!」
そのあと沈黙が続いた。
彼女の話は事実だろう。
本当に、私以外の人と、関係を持っていたのだろう。
妻子があって、彼女とも関係があった。
そして、あの人は彼女を傷つけた。
彼女はあの人を愛していた。
あの人は・・?
「最低・・・」
彼女は何度、彼に触れたのだろう。
彼女に彼は何度、優しく笑いかけたのだろう
彼はどんな風に彼女に触れたのだろう。
「最低・・・」
私は?
たった一度、触れただけ。
あの人のキスすら知らない。
私は?
たった一つの約束をした。
遠い将来にあるはずの未来を約束した。
彼から愛をもらった。
彼に愛をあげた。
それは私と彼の間には本当に存在しているものだと感じる。
私と、彼との間には、間違いなく、存在していて、暖かい何かが私たちを繋げている。
他の誰かはそれを感じる事はできない。
私と彼だけのもの・・。
「もしもし・・・すみませんでした・・。」
「・・・いえ・・」
彼女の声は、苛立っているように感じた。
私は深呼吸をした。
「・・・お話してくださってありがとうございました。。でもあなたは、彼に奥さんがいる事を知った上で関係をもったんですよね?」
「だったら何?」
「いえ・・お互いが大人である以上、同意の上、関係をもたれたのですよね。」
「・・・だけど、 結局私はすごく傷ついたの、あいつに捨てられてすごく・・」
「・・あの・・あなたのお話で私もショックです。悲しいです。正直、怒りとか、なんだか、よくわからないくらい、心が痛いです・・・」
「・・だったら、早く別れなさいよ。あなたも遊ばれてるだけだから」
「・・いえ・・違うんです・・。違うとおもいます・・あなたと私は違います。
これを機に私はあの人から去るだけです。あの人をすぐには嫌いになれません。
だからあの人を批判することもしません・・私は、彼から幸せな気持ちしか貰ってないから・・・」
「・・・あんた相当なバカ?」
「・・はい・・バカかもしれません。あの、最後に一つ聞いてもいいですか?
彼はあなたに、愛していると言った事ありますか?」
「・・・・」
その問いに、彼女は答えなかった。
そしてそれ以来、彼女からの連絡も無くなった。
なんとなく、彼は彼女に愛は無かったはずだと感じていた。
本当に、遊びだったんだろうな・・とチクチクする心のまま感じていた。
私が盲目になっていたからではない。
むしろ、いつも、怯えていた。
こんなに幸せな事ってあるはずがないと、常に怯えていた。
だから、彼女の話を聞いていて、悲しみに沈みながら、どこか、やっぱりね・・
そう、落ち着いていられた。
彼女との会話の後、彼に対して私はすぐに別れの連絡をした。
「あなたとお付き合いをしていた人が、悲しんでいるの・・・。
私もとても悲しくて、つらいよ。だから・・さようなら」
それだけを言って、電話を切った。