begin
握手・・・?
家に着くまでに、その事がなぜか気になっていた。
・・なぜ、ハグをしなかったのか・・・?
なぜか、ためらったような気がする。
その夜、彼からメールが届いた。
いい時間をすごした事へのお礼と、これからも仲良くね。という内容。
なんとなく、気分がいい。
夕飯のとき、「今日、どうだった?」とたずねる父と母に、いかに楽しかったかを話した。
いつも、あまり話さない私が止まらない勢いで話す姿を笑いながら冷やかした。
「お前の話は全部、そいつの事じゃないか」
「あはは・・そうだね。私、彼とだったら結婚してもいいな・・・」
言った後、自分でも驚いた。
でも、なぜか、そうなるような気がしていた。
帰国してからも彼は毎日連絡してくれた。
友達や家族をとても大切にする人たちだから、私のことも、新しい友達として
気にかけてくれているのだとわかっていた。
少しづつ、私たちのバランスが微妙に揺れ始めていた。
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数ヶ月後、いつものように私たちはパソコンと受話器越しでデートを重ねていた。
毎日の彼からの電話も、きり際が難しくなっていた。
「自分でもおかしいんだけど、樹里のことばかり考えてるよ」
私たちはいつの間にか、そうなっていた。
私たちはお互いの将来の夢を語り合い、
[未来がいかに明るく、嬉しいもので、
そこにはずっとお互いが存在していて、こんなに幸せなことってないよね。]
そんな普通に恋人たちが繰り広げる甘く、爽やかな時間を私たちも共有し始めていた。
離れている分、思いも急速に大きくなった。
彼は、まったく不思議な人だった。
あの国の人とま全く違う感覚をもっていた。
もともと、日本人や他の外国人の友人が多い彼は、固定観念がなく、
新しいものを受け入れる柔軟さがあった。
それから、彼にはかわいい癖があった。よくいろんな言い間違いをした。
私の名前も呼び間違えた。
「じゅんこじゃないよ、じゅりだって。一体誰とまちがってるんだか」
「あはは、ごめん、日本人の名前はどれも似ているんだもの」
いつも私はそれを冷やかし、笑いの耐えない楽しい幸せな時間だった。
お互いが10代の頃に戻ったかのような錯覚を感じていた。
それは私にとって、限りなくピュアで、健全な恋愛だった。
一つだけ除けば・・・。
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彼には妻と息子がいた。
私はそれを知った上で、彼との距離を縮めた。
彼の国は、法的に一夫多妻が認められている国。
男性は4人まで妻を設ける事ができる。
彼の考え方は違っていた。
彼は、第2夫人はもうけず、離婚し、私との生活を始めたいということ。
彼は10年以上、妻と息子と別居していた。
「これが僕の進むべき道なんだと思うし、ずっとそうするべきだったんだ」
彼の妻と息子はオーストラリアにいた。
「何度も妻と離婚の話をしてきた。でも結局息子が大きくなるまでは・・そういって、お互い、はっきり話し合っていなかった」
あの国に住んでいた私は、十分、その考え方が理解ができた。
だから何度も、彼と、その事を話した。私の不安をぶつけるたびに、
彼は時間をかけてゆっくりと説明し、希望を持とうとした。
私は、彼の計画を受け入れ、二人の将来が寄り添えるように願った。
そしてある日、私たちは密かに結婚を誓い合った。
それはやはり、とても穏やかな時間で、二人のもっともピュアな時間だった。