a opportunity
「樹里さーん、はじめまして」
私の目の前にいる一人の外国人が片言の日本語で手を合わせながら近寄ってきた。
お互い初めて会った。
「アッサラームアライクム」彼の国の言葉で私も微笑む。
私はずっと彼を待っていた。
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「だったらさぁ、樹里ちゃん会いに行ってあげてよ。きっとさ、初めての日本でさみしいかもしれないし、現地語で仲良くなってあげてよ」
「わかったよ、じゃ、今度の土曜に熊本城に行ったらその人がいるんだね」
電話を切った後、哲也の友達に熊本まで会いに行く約束をしてしまっていた。
何年ぶりだろう、あの国の人に会うのは。
2006年、私はインド洋に浮かぶ小さな島国にいた。
そこで、ボランティア活動をしていた。
英語が得意じゃなかった私は現地の言葉をわりとすぐ覚えた。
現地人と同じ生活レベルでその国の文化を覚えた。
現地の言葉が上達すると、たくさんの友達、知人ができた。
自分と同年代の女の子の職業訓練をしていた私は、彼女たちとプライベートでも親しくなり、
生活や文化の違いを超えた友情を育んだ。
任期が終わって帰国する時には、自分がなぜこの国に生まれなかったのか・・
そう思うほどあの国に染まっていた。
あれから何年だろう・・。あの頃、自分自身が毎日喜怒哀楽をしながら、
しっかり輝いている自信があった。
正直、あのままずっとあそこで一生暮らしたかった。
帰国後、私は毎日実家にいて、父の仕事を手伝って、本業の美容師から遠ざかっていた。
自分がやりたいと思うことが様々な事情で実行できず、毎日悶々とし、過去にしがみついていた。
そんな時、タイでカメラマンをしている友人の哲也が再び私にあの国とのつながりを作ってくれたのだ。
「私、今度の土曜日、熊本に行くつもりだけど、仕事休んでも平気?」
作業場で機械の点検をしていた父と母に尋ねると
「あらそう、土曜日はどうせ大型注文ないし、いいよ、気をつけて行っておいで」
と二つ返事が返ってきた。
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前日の夜、久々に、鏡を見つめた。
いつも実家と作業場での生活で、鏡をまともに見ていなかった。
昔のように外に出ることもなくなっていて、10Kgも太っていた。
明らかに手入れをしていなかった肌を見つめて落ち込んだ。
こんなにも外見を気にしなくなっていたのかと情けなくなり、またいつものように憂鬱なため息を吐く。
帰国してずっと、この鬱蒼とした気分がとれない。
でも、なぜだろう、明日の事を考えると、心の一番底の部分が大きく波を打ち、妙に気分がいい。鏡の中の私の口角が少し上がった。
「よし・・・やるか・・」伸びて原型に戻った眉毛を抜き、キレイに整える。
クレンジングとクリームで念入りにマッサージをし、顔を洗った後、
しっかり化粧水と、パックで保湿をする。
風邪をひいて、鼻水をとりすぎたせいか、鼻の下が赤く、かさかさになっていた。
保湿クリームをさらに重ねて塗った。
最後に伸びきった髪を切った。
腰まであった髪を肩でまっすぐにそろえると、気分がとても軽くなった。
翌朝、念入りに化粧をし、短くなった髪をアイロンでカールする。
「よし。決まった。さて・・行くか・・」
「行ってきまーす」玄関から家の中に叫びながら熊本に向かった。