学習する函 アニマ
「博士、これが例のAIですか?にしても、いささか奇抜というか、味気がないというか…。もうちょっと、こう…なんとかならなかったのですか?」
白く殺風景な部屋。
その真ん中にポツンと置かれた『鉄の函』を凝縮しながら、若い女が怪訝に眉をひそめた。
それに対して、博士と呼ばれた男──空論風間は、仕方がなかったんだと言いたげに愚痴をこぼす。
「もう期日が来週に迫ってたからねぇ。外観に時間をかけてる暇がなかったんだ。まぁ、歩行や会話機能に関しては問題はなかったし、改良が必要なら、後で発覚した改善点も兼ねて追々ね」
一仕事を終えた風間は、不意に笑みをこぼす。
自身が創造した唯一無二の傑作を、我が子のように愛でながら。
「この子にとって重要なのは、中身だから」
「とうとう始まるんですね、博士」
「ああ、長かったよ。後はこの子が証明してくれる。成功か失敗か…どちらに転んでも、私達が得られるものは大きい」
「そういえば、名前は決まってるんですか?」
「ああ…」
風間は鉄の函を優しく撫でると、想い耽るように言う。
「アニマだ。ラテン語で『魂』や『生命』、『精神』を意味する言葉だ」
「え…やだ…。可愛くない…」
「ええぇ…。作った私が考えたんだから、決定事項だもん!」
「いい歳して、もん!とか言わないでくださいよ、博士。気持ち悪いです」
女はやや不服そうに綺麗な顔を歪め、子供じみた態度の博士に軽蔑の眼差しを送った。
気を改めて、二人は目の前の研究成果を見下ろす。
ネットを経由せずに独自の学習機能を確立した、超高性能AI…アニマ。
見た目には改善の余地があるが、中身はどの国にも劣らない。
いや…最先端だろうと風間は自負している。
しかしこの世紀の発明は、あくまで過程に過ぎない。
むしろ、ようやくスタートラインに立てたと言える。
ここからは風間達の手を離れ、本当の成果は『彼女』がもたらしてくれるだろう。
かねてより、我々はAIに多くのものを学習させ、頼り、依存してきた。
いわゆる『AI学習』なども挙げられる。それは多くの問題へと発展した。
イラストなどのデータプライバシーへの侵害。
利便性向上に伴った、AIへの多岐にわたる依存。
著作権の侵害、エトセトラ。
そんな多くの情報を吸収し、学習してきた人工知能だが、一人の天才がこんなことを疑問に思った。
ならば、心も学習できるのでは?と。
もっと簡潔に言うのであれば、
──『AIは心を持つことができるのか?』
一般人ならば、思考はそこで止まっていただろう。
空論風間は違った。
男には才能があり、知恵があり、技術を持ち合わせていた。
知恵者としての好奇心。
一度、言葉にしたのなら、有言実行せずにはいられない。
これから始まるのは機械の函にまだ空っぽの情報を宿した、幼い人工知能が心を学習する物語。
アニマが心を証明するための、
長く壮大な実験である。




