第十三章:にえとの邂逅
「ロンドの聖女」。最近、辺境の町でそんなふざけた二つ名で呼ばれる冒険者がいるという報告を受けた。アンデッドを浄化し、人々を救っているという。
生意気な。聖女は一人でいい。
私は、王からの召集という形でその少女を王都に招いた。表向きは功績を称えるためだが、本音は違う。手駒に加えられそうなら洗脳し、無理なら殺して石の餌にすればいい。優秀な人材なら、取り込んで利用する。前世のM&Aと同じだ。
謁見の間。扉が開く。
入ってきたのは、みすぼらしい格好をした、小柄な少女だった。銀色の髪。そして、色のない瞳。
視線が交わった瞬間。背筋に、冷たいものが走った。
――何、この目。
彼女は、【魅了】のオーラを浴びても、眉一つ動かさない。美貌にも、権威にも、全く関心を示さない。ただ、私という存在を「分析」し、「評価」しているだけの、無機質な瞳。
既視感があった。
遠い昔。前世の記憶。ゴミだらけのアパートで、私を見下ろしていた、あの娘の目。
『私は、ママの道具じゃない』
ラム。
死んだはずの娘の面影が、目の前の少女と重なる。
不快だ。猛烈に、不快だ。
完璧な世界に、異物が混入した感覚。支配が及ばないものが、この世に存在していいはずがない。
「……あなた、名前は?」
聖女の微笑みを貼り付けて尋ねた。少女は、淡々と答えた。
「……にえ」
にえ。贄。
ふん、お似合いの名前だ。お前は、神への階段となるための、生贄になる運命なのだから。
だが、まずは取り込めるかどうか試してみよう。私は、ビジネスライクに提案した。
「にえ。あなたの噂は聞いているわ。優秀な人材ね」
私は、椅子から立ち上がり、彼女に近づいた。
「あなたには、特別な任務を与えましょう。それは、私が運営する『救済の家』……恵まれない子供たちを保護する施設で、子供たちの心を癒し、導くという、とても大切なお仕事です」
これは前世でも使った手だ。優秀な人材を高待遇で取り込み、利用し尽くす。組織のトップが使う常套手段。
だが、少女は動かない。その瞳の奥に、明確な「拒絶」の色が見えた。
彼女は何も答えなかった。ただ黙って、私を見つめているだけだった。
――ああ、そう。言葉にしなくても分かる。この目は、私を拒んでいる。このマリアンヌ様を。
体内で、石が激しく脈打った。怒りと、そしてサディスティックな歓喜。
へし折ってやる。
その生意気な瞳が、絶望と恐怖で染まり、涙を流して命乞いをするまで、徹底的に壊してやる。前世では逃げられたが、今度は逃がさない。この世界は、箱庭なのだから。
だが、その時だった。宰相アレンが現れ、王への謁見を優先すると言い出した。
くっ……邪魔が入った。
私は、冷たく微笑んだ。
「……では、王への謁見が終わりましたら、必ず『救済の家』へお越しくださいね。子供たちが、あなたを待っていますから」
にえは、無言で宰相と共に謁見の間を去った。
その後ろ姿を見送りながら、私は確信した。
あの子は、必ず私の元に来る。
そして、その時こそが――最高の「教育」の時間だ。
こうして、役者は揃った。偽りの聖母と、感情を持たぬ少女。二つの魂の因縁が、世界を巻き込む最後の戦いへと加速していく。




