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渇望の聖母マリアンヌ~私は今世で異世界の神となる~  作者: ししのこ


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第二部:偽りの天国 第九章:転生と覚醒

 目覚めた瞬間、鼻をついたのは、懐かしくも忌々しい臭いだった。腐った生ゴミ、排泄物、そして死臭。私が最期に吸い込んだ、あのアパートの臭いと同じだ。

「……ふざけるな」

 私は、反射的に悪態をついた。声が高い。舌が回らない。目を開けると、そこは薄暗い路地裏だった。石畳は冷たく、頭上には見たこともない二つの月が浮かんでいる。

 自分の手を見る。小さく、薄汚れた、子供の手。水たまりに顔を映す。痩せこけた頬、ボサボサの金髪。栄養失調の浮浪児。

 転生。その単語が、知識としてではなく、直感として脳裏に浮かんだ。私は死に、そして生まれ変わったのだ。

 だが、なぜだ。なぜまた、こんな底辺から始めなければならない? 私はマリア・ミシェルだ。選ばれた魂だ。生まれ変わるなら、王族か、大富豪の娘であるべきだろう。神はどこまで私を愚弄すれば気が済むのか。

 怒りで、小さな体が震えた。空腹で胃が痛む。寒さで指先が痺れる。前世の最期と同じ感覚。

 ――いいえ、違う。

 体の奥底に、前世にはなかった「熱」があることに気づいた。へその下あたりに、どろりとした黒い塊が渦巻いている。それは、私の「渇望」そのものだった。もっと欲しい。奪いたい。支配したい。その欲望が、形を持って脈打っている。

 私は、路地裏を歩き出した。まずは状況把握だ。そして、食料と寝床を確保しなければならない。ふらつく足で大通りに出る。中世ヨーロッパのような街並み。行き交う人々は粗末な服を着ている。貧民街だ。

 パン屋の店先で、焼きたてのパンの香りがした。唾液が溢れる。店の主人は、禿げ上がった中年男だった。彼は、薄汚れた私を見て、シッシッと手を振った。

「あっちへ行け、乞食め!」

 乞食。その言葉に、私のプライドが逆撫でされた。お前ごときが、私を乞食呼ばわりだと?

 私は、男を睨みつけた。殺してやる。この男から全てを奪ってやる。強烈な殺意と、支配欲が湧き上がった。

 その瞬間。視界が、赤く染まった。私の体内の「黒い塊」が、目を通して外へ溢れ出したのだ。

 男の動きが止まった。彼の目が、虚ろになる。怒りに歪んでいた顔が、だらしなく緩み、頬が紅潮していく。

「……あ、あれ? 可愛いお嬢ちゃんだな……」

 男の声色が、甘ったるいものに変わった。彼は、まるで恋人を見るような目で私を見つめている。

「お腹が空いているのかい? 可哀想に。さあ、これをお食べ」

 男は、売り物の一番高いパンを、籠ごと私に差し出した。私は、呆気にとられた。何が起きた? 私は何もしていない。ただ、「こいつを支配したい」と強く願っただけだ。

 私はパンを受け取り、一口かじった。甘い。温かい。そして、男を見た。彼の体から、薄い光のようなものが漏れ出し、私の方へ流れてきているのが見えた。その光を吸い込むと、空腹だけでなく、体の疲れや寒さまでが消えていく。

 ――理解した。

 これが、この世界での私の「力」だ。言葉巧みに騙す必要もない。金を積む必要もない。ただ「欲する」だけで、相手は私に魅了され、その生命力さえも差し出す。

 固有スキル:【魅了チャーム】と【魔力吸収ドレイン】。

 私は、パンを貪り食いながら、クツクツと笑った。素晴らしい。前世で私が喉から手が出るほど欲しかった「絶対的な力」が、今、この手にある。金も、地位も、法律も関係ない。私が望めば、世界は私のものになる。

 それから数日。私は、この力の使い方を学んでいった。

 路地裏を仕切るギャングのボスを【魅了】し、「この子を守ってやれ」と部下たちに命令させる。暴力は彼らに任せて、私は安全な場所で結果を待つ。完璧だ。自分の手は一切汚さず、全ての利益だけを得られる。

 ある夜。私は、路地裏でうずくまっていた病気の老婆を見つけた。誰も見向きもしない、死にかけのゴミだ。実験台にはちょうどいい。

 私は、聖女のような慈愛に満ちた顔を作り、老婆に近づいた。

「お婆さん、辛いの? 私が祈ってあげる」

 老婆の枯れ木のような手を握る。【魔力吸収】を発動させる。老婆の体から、わずかに残っていた生命力が、私の体へと流れ込んでくる。甘美な味だ。パンよりも、高級フレンチよりも美味い。他人の命を啜る味が、これほど極上だとは。

 私は、吸い取った生命力を、自分の体内で魔力に変換し、ほんの少しだけ老婆に還元してやった。すると、老婆の顔色が良くなり、呼吸が楽になった。

「おお……痛みが、消えた……。あんたは、天使様かえ……?」

 老婆は涙を流して私を拝んだ。私は微笑んだ。

「ええ。神様が、あなたを救えとおっしゃったの」

 老婆は、数日後に死んだ。私が生命力を吸い尽くしたからだ。だが、彼女は死ぬ瞬間まで、私に感謝し、私を崇めていたという。

 完璧だ。これこそが、私が求めていた「対価のいらない支配」。前世では、金を使い、時間をかけ、リスクを背負って男たちを操っていた。だが、この世界では、スキル一つで全てが手に入る。

 私は、この力を使って、今度こそ世界の頂点に立つ。誰にも邪魔されない、私だけの王国を作るのだ。

 八歳の少女の体の中で、四十五歳の怪物が、産声を上げた。


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